二十


――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――


「――ふっ!」

 夜闇の倉庫の決戦で、火蓋を切ったのはゴーズだった。刀を鞘に納め、鋭く解き放つ必殺の一撃。居合いと呼ばれる、侍ならではの神速の技。魔物の右腕を狙って走る銀の風が、唸りを上げて空を切った。

「ッシャァ!」

 高い声と共に、ミミィは鋭い鉤爪を振るう。金属同士が激突するような音がして、ゴーズの刀が軋みを上げた。

「ちっ!」

 ゴーズは素早く手首を返し、体ごと回転させた二撃目を放つ。それを跳躍して躱したミミィは、セナめがけて先ほどと同じ光の玉を作り上げた。

「させるかぁっ!」

 そこへ、トウヤが魔法を起動した。上空の水蒸気を凍らせて、無数の氷柱を上から落とす。ミミィは作り上げた光の玉を、咄嗟に氷柱に投げつけた。爆発を起こした赤黒い光弾は氷柱を粉々に砕くものの、そこへ横から雷の弾丸が飛来して、爆音と共にミミィのことを吹き飛ばす。

「貴様ァ!」
「エクレール・バルッ!」

 フルミネ・バルでミミィを地面に撃墜したセナは、続いてその強化型を解き放った。墜落するミミィめがけて駆けたトウヤも、剃刀のように薄い氷の刃を纏わせた拳を叩き込む。ミミィは体を丸め、結界のようなものを作り出して、爆裂する雷弾と氷の拳撃を迎え撃った。両者の攻撃を凌ぎきると、ミミィは結界を解除する。同時に発射した衝撃波がトウヤの体をのけぞらせ、その隙を突いたミミィは腕を伸ばすと、トウヤの体を掴み取った。

「うぐぁ!?」

 トウヤの体から、一気に力が抜けていく。それを見たゴーズが、後ろから焦った声を上げた。

「ちっ……離せぇっ!」

 踏み込み、一撃。しかしミミィは、トウヤの体を掴んだまま、後ろへと飛び退いて距離を取った。しかし、次の瞬間には腕を押さえて、トウヤのことを振り払う。

「くっそ……この化け物がっ……」
「化け物……アあ、この侍と奴隷のコとネ? ……いいワ、今すグ貴方を、助ケ出しテあゲルから!」
「やかましい! なんでもかんでも都合よく解釈してんじゃねえ!!」

 氷の魔力を流し込んでミミィから脱出はしたものの、さっきの一撃で大分体力を吸われてしまった。無駄にしないことを考えてくれているのかもしれないが、あいにくとこいつと共に歩む気は毛頭ない!

 宙を撫でるように腕を振るうと、そこから無数の氷の刃が射出される。狙いを甘くして広範囲に散らした攻撃に、ミミィは息を吸い込んだ。

「ガアアァァァッ!」
「ぬぅっ……!」

 その動作に、攻撃をかけようとしたゴーズが怯む。口から吐き出された漆黒の火炎は、氷の刃を一瞬にして蒸発させてしまったのだ。バックステップするトウヤに追いすがるように、ミミィは腕を繰り出した。手先から不気味にうねる触手が伸び、トウヤを捕らえようと襲い掛かる。

「フレイムノア!」

 後ろからセナの魔法が飛び、かがんだトウヤの真上を抜ける。無数の触手を飲み込んだ炎は、返す刀でミミィに暴悪な牙を剥いた。しかしミミィは再び漆黒の火炎を吐き出し、あっという間に押し返してしまう。このうちにトウヤはウエストポーチから小瓶を取り出し、中身の液体を飲み干した。消耗した体力を回復する、冒険者必須の応急薬。

 と。

「うああぁぁっ!」

 後ろから、セナの悲鳴が上がった。先の火炎に押し返され、まともに食らってしまったのだ。外套が燃え上がり、セナは咄嗟に地面をのた打ち回って火を消した。ミミィは思い切り地面を蹴り、驚くべき跳躍力でトウヤとゴーズを飛び越えると、まだ地面を転がっているセナをめがけて鋭い鉤爪を振り下ろした。

「っざけんなっ!」

 対する俺は、氷の弾丸を下から叩き上げて攻撃する。見えない巨人にアッパーカットを食らったかのように、ミミィの顎がのけぞった。続けざまに右手に魔力を集め、ミミィめがけて思い切り突き出す。

 霰交じりの冷たい嵐が、ミミィの体を吹き飛ばす。壁に叩きつけられたミミィの体に、セナがエクレール・バルを叩き込んだ。さすがに少しは効いたのか、ミミィは頭を振りながら飛び出してくる。致命傷になっていないのが恐ろしいところだ。

「く……トウヤサん、騙さレテるノ? ソの、侍と奴隷ニ……」
「聞く耳持たねえ! つか、あんだけ攻撃ぶちこんだのにピンピンしてやがるたぁ何事だ!」
「トウヤ、手を休めるな!」

 叫んだトウヤに、ゴーズの怒鳴り声がした。すぐさま魔力を練り直し、続く魔法を組み立てる。

「――エアブリーナ!」

 近くの水蒸気が一瞬で凍り、優しい雪となってトウヤたちの周りを巡る。吹雪の技や、先の火炎からも身を守る、防御系の魔法だ。

「なラ……今スぐ、助けテあげルネ?」
「――――ッ!?」

 ミミィが体制を低くした、次の瞬間――奴の体から膨れ上がる魔力が、爆発的に増加した。一瞬の後に姿は消え、俺の横を爆風が駆ける。ほとんど反射的に、暴風の駆け抜けた方角を見やると……

「ぶ……」

 その暴風は、セナの身体を直撃していた。回避が間に合うはずもなく、勢いそのままにセナは叩きつけられる。

「ぐ……ぶっ……」

 次の瞬間、セナの口から大量の血液が吐き出された。さらにミミィは手の位置を変え、セナの首を締め上げる。

「死ネ……死ネ死ネ死ネ死ネ、死ネエェェッ!!」

 セナに対する嫉妬だけは、化け物になっても忘れていなかったとでもいうつもりか。セナは膝を振り上げるが、あの化け物に痛覚はないのか精神が身体を凌駕しているのか、まともに効いた様子がない。

 だが。

「チッ!」

 疾風のごとく突っ込んだゴーズが、首元めがけて居合い抜きを放った。痛覚がなくても首を飛ばされれば致命傷になるのだろう、ミミィはセナから手を離し、咄嗟にかがみこんで攻撃を避けた。

「!」

 この隙に、彼我の距離を一気に詰める。セナの近くで思い切り身を低くして、掬い上げるようにセナを抱き上げ、彼女ごと地面を転がった。ミミィからすれば、この場でトウヤを攻撃すれば一瞬でケリをつけられただろうが、ゴーズの邪魔で攻撃が出来ない。

「トウヤ、セナの容態は!?」
「いいとは、いえんな……!」

 ゴーズの声に、トウヤは答えた。今の一撃は、下手をしたら胸骨を粉砕したかもしれない。スピードには誰よりも自信のあるトウヤでさえ、完全に不意を突かれた速度――その勢いをまともにぶつけられれば、一般人なら即死してもおかしくない。

 だが。

「……だい……じょぶ……」
「セナ? ……悪い、失礼するぜ!」

 ごほごほと咳き込むセナの喉に、トウヤは応急薬を流し込んだ。セナはさらに激しく咽るが、とりあえず命の危険は去る。少しだけ胸をなでおろし、トウヤはセナを地面に下ろした。

「下がってろ、セナ。あれはもう、お前の手に負える相手じゃない」
「…………」

 だが。その言葉には、セナは首を横に振った。

「……嫌だ」
「……セナ……」
「ボクは……守られるために、生きてるんじゃないから。それに、あいつだけは……最後まで戦って倒さないと、きっと、一生後悔するから」
「…………、そう、かもな……」

 理屈で考えれば、セナを後ろに下げるべきだ。

 だが、目の前にいるのは、セナの心身に一生ものの傷を負わせ、挙句にその命を奪おうとした存在。そんな奴を前に、戦うことを放棄すれば……きっと彼女は、いつまでもその影を越えることが出来なくなる。理屈ではなく感情で、トウヤはセナに頷きを返した。

「分かった。なら、速攻で終わらすぞ」
「……うん」

 柔らかい笑顔で、セナは頷く。それに小さな微笑を返すと、トウヤは戦場に舞い戻る。

「悪い、ゴーズ。待たせた」
「ふっ。逃げられていたら、さすがの拙者も少々の危機に陥っていたぞ」
「よく言うぜ、少々じゃ済まねえくせに」

 ゴーズの額には、脂汗が浮かんでいる。結果的にとはいえ俺らを守りながら、セナを一撃で戦闘不能に追い込むような強さを持った魔物のミミィを、たった一人で防いでいたのだ。さっきのトウヤの言葉通り、少々の危険ではなかっただろう。

「セナは、下げたのか」
「いや、下げてねえ。自分で戦って、倒すってさ」
「……ふっ。そう来なくてはな」

 侍という存在だからか、力及ばずとも戦おうとするその理由を、ゴーズは理解しているようだった。ちらりと後ろに目線を向け、ゴーズはセナに言葉を投げる。

「さて……そうなれば、もう貴様は守らんぞ。トウヤの彼女で、拙者の仲間だというのなら……こんなちっぽけな障害くらい、乗り越えてみせろ」
「…………っ」

 その言葉に。セナは少しだけ、目を見開く。

「……うん」

 ほんの一瞬の沈黙の後。セナは、強く頷いた。そしてトウヤも、一言だけ、言葉を投げる。

「期待してるぜ」
「――うん」

 迷いは、なかった。

「ゴーズ。速攻で終わらすぞ」
「……ふっ」

 最後に、ゴーズと一度だけ、目線を交わす。

 そして――

 

「――オルターアクセルッ!!」

 トウヤは、本気にして全力の切り札を、解き放った。猛吹雪が渦を巻き、トウヤの体を包んでいく。光を纏ったその姿は、どこか神々しくさえあった。刹那の後に、その吹雪は掻き消える。見開かれた瞳には人の黒い光は消え失せ、代わりに一本の蒼い線が入っていた。

「やはり使ったか、貴様の切り札を」
「…………ッ!」

 あらゆる存在を凌駕する、トウヤの切り札――オルターアクセル。使用中は凄まじい勢いで魔力を消費し続けるため、長期連用は出来ないものの、開放されたパワーとスピードは、ゴーズさえ数秒で叩き伏せる。ゴーズがトウヤと旅を続ける理由の一つは、このオルターアクセル状態のトウヤと戦って倒すことだった。

 しかし、当然ながらこのブーストが解けた後は、ほぼ空っぽになった魔力と酷使してしまった肉体で、既に戦闘の継続は不可能に近い状態となる。継続時間は短くて二分、よくても三分、保てばいい方だった。そのため、使うならば確実に相手を倒せる保障があるか、絶体絶命の危機に落ちたか、あるいは速攻で決めなければならない時だった。そしてもちろん、その後には十分な休息を取れるか、少なくとももう戦うことはないということが絶対的な前提となる。

 こうなったら、もたもたしている暇はない。言葉もなく、トウヤは前方へ踏み込んだ。ミミィは両手を上空に掲げ、光の弾丸を作り出す。

「――ふっ!」

 爆発性の魔力弾が、トウヤめがけて飛んでくる。対するトウヤは、己の拳に魔力を込め――

「――でえぇりゃぁっ!」

 気合と共に、右斜め下から手刀を振るった。そこから撃ち出された氷の斬撃が、ミミィの魔力弾と激突し――

「あぁァーっ!?」

 一瞬の均衡もなく、魔力弾を両断した。勢い余った氷の刃は、咄嗟に避けたミミィの尻尾に牙を剥く。続いてトウヤは、腕を真横に振るい払った。振るわれた腕の軌跡に沿って空気中の水分が氷結し、その全てが多方向へと飛び交っていく。それをミミィは、火炎放射で迎撃した。漆黒の炎は氷を溶かし、返す刀でトウヤとゴーズを焼こうとする。

「らあぁっ!」

 トウヤが咆え声を上げると同時、眼前に巨大な氷の壁が形成された。盾のように広がった氷の壁は、炎を完全に受け止める。

「まだまだぁ!」

 凌ぐや否や、トウヤは壁を蹴飛ばした。壁は一瞬で無数の氷の断片と化し、ミミィめがけて襲い掛かる。再び襲い掛かった氷刃の雨だが、ブレスを吐き出しきった今のミミィに、火炎放射の選択は取れない。狙いを甘くして広範囲に散らした攻撃を避けきることなどできはせず、ミミィは無数の浅手を負った。トウヤはすぐさま踏み込んで、ひるんだミミィに追い討ちをかける。

「うおりゃあぁ!」

 左足で相手の膝を踏み台にし、右の膝蹴りを顔面めがけて叩き込む。着地するや否やトウヤは腰を深く落とし、氷の魔力も付加して放つ正拳突き。

「――斬る!」

 鋭い踏み込みを見せたゴーズが、“気”を纏わせた袈裟斬りを放った。それをミミィは爪で受けるが、纏った“気”は爪を切り裂き、腕を半ば以上切り裂いていく。両断された断面から、鮮血が噴水のごとく吹き上がる。

「血は赤いか――曲がりなりにも、元は人間ということだな」

 絶叫を上げるミミィの前で、ゴーズはそんなことを呟きつつの第二撃目。しかし、それに対してミミィの右腕がカウンター気味に突き刺さる。

「ぐぶっ――」

 腹部を殴られ、地面を思い切り引きずられたゴーズは、それでも素早く立ち上がる。追い討ちをかけようとしたミミィの前に、トウヤが正面から突っ込んだ。

「いい加減に、ぶっ飛びやがれえぇ!!」

 左の拳が、一気に霞む。目を見開く暇こそあれど、怒涛の連撃がミミィの体に叩き込まれた。一発は防御するものの、残りの拳を一気に打ち込まれて、ミミィは思い切り吹っ飛んだ。

「出た、トウヤのマッハジャブ……」

 左の拳には半端でない負荷がかかるものの、まともに食らえば大ダメージは免れない、トウヤの必殺技の一つ。追い討ちをかけようとしたトウヤの後ろから、ゴーズの鋭い声がする。

「トウヤ、肩貸せ!」
「トウヤ、伏せて!」
「っ!」

 攻撃直後のトウヤの肩を踏み台として、ゴーズが思い切り跳躍する。その後ろから響いてきたのは、自分の最高の後輩にして、恋人の声。踏まれた力に抵抗せず、トウヤは地面に突っ伏した。髪の毛を数本持っていくようなジャストタイミングで、青白い光が帯を引く。

 凍らされたミミィの左脚を、セナの魔法が付け根から思い切りぶっ飛ばす。ぐらついた所に、ゴーズが上空から超強力な一撃を放った。その一撃は重力加速度の助けも得て、ミミィの左腕を半ば以上切断する。絶叫を上げる間こそあれど、伏せていたトウヤがクラウチングスタートに近い体制から飛び出した。肩から必殺の当身を入れ、続けざまに手刀を思い切り叩き込む。

「――ブリザードレイブッ!」

 唸る手刀が、氷の力を鋭く纏って強く輝く。トウヤ自身にも冷気が吹きつけ、しかしその冷気は寒さに凍えるほどのものではない。絶妙な冷たさを持つ冷気は集中力を底上げし、トウヤ・フェザーセリオンの極限まで鍛えられた冷撃の一撃が炸裂した。

「ああァぁァーっ!」

 受け止めた敵の防御を貫通し、直接冷気が流し込まれる。魂そのものを凍りつかさんとするほどの冷気をまともに食らって、ミミィの苦痛に満ちた咆え声が上がった。

「ゴオおおオォぉオ――――ッ!」

 あれだけの攻撃を加えられて、それでもミミィは立ち上がる。ゴーズの攻撃をほとんど執念で回避して、振り上げた手に魔力を込めた。もう何回も使ってきた、赤黒い光の弾丸だが……

「消えロ! 消えてしマえ! 消えテシマええぇぇぇっ!!」

 その規模は、段違い。膨れ上がった魔力の弾は、狂った嫉妬に暴れ回る。あれが解き放たれようものなら、この倉庫など跡形もなく消し飛ばしてしまうことだろう。

 ……だが。

「……うるさいよ」

 セナ・ノーワースの声が、この場を静かに駆け巡った。生み出されるのは、ぱちりとした軽い音。血走った目をぎょろりと向け、ミミィは醜い咆え声を上げる。

「貴様さえ……貴様さえ、いなければあぁぁっ! トウヤは、私と結ばれたァ!!」
「ああ、同感だね! おまえさえいなければ、トウヤは傷つくことなんかなかったんだよ!!」

 最初に、セナに光弾をぶつけたときと、同じ言葉。妙に人間っぽくぶつけた言葉は、人であろうが魔物であろうが、変わることのなかった心。それに対して、セナは叩きつけるように切り返した。

「化け物になってまで、ボクらの邪魔をしてんじゃないよ! 大人しく、地獄の底で永久に寝てろぉっ!!」

 全てを求めた女と、たった一つを求めた女。天と地ほどの立場が分けた、真逆の結末。

「ぐああぁぁぁぁっ! 死ネ死ね死ネ死ネ、オ前もゴーズも死んジャエぇぇっ!!」

 嫉妬と殺意に塗り固められた爆裂弾が、セナめがけて放たれる。セナの周囲で放電が起こり、青白い火花がスパークした。

「二度と邪魔をするなっつったぁ! お前一人、ここで無様に死んで来い!!」

 フルミネ……エクレール――

「フォルゴーレ・バル――ッ!!」

 爆音と共に、超高圧の雷撃弾が音速を超えて吹き飛んだ。青白く光り輝く弾丸が、ミミィの身体に直撃するや爆発を起こして荒れ狂う。大地を揺るがす轟音と共に、セナの電撃は空を駆け、全てを貫き引き裂いて――

「ガ……ガギャアアアァァァァァーーーーーーーーッ!!」

 ――夜空を真昼の明るさに変えるほどの大雷嵐が、何もかもを薙ぎ倒した。

 

 

 

 
 
 
 
 
二十二話へ
  
目次へ
 
 
 
トップへ 

 

inserted by FC2 system