最終話
――――――――――――――――――――――――
「ガ……グ、ふッ……」
雷鳴が去り、倒れ伏したミミィの弱々しい声を聞いて、トウヤがゆっくりと顔を上げた。
ボクが解き放った最強の魔術は、いくつもの戦いの場を潜り抜けてきたトウヤやゴーズさんでさえ、地面に伏せさせるほどのものだったらしい。
「…………」
トウヤに続いて、ゴーズさんも立ち上がる。油断なく周囲に気を配り、ミミィのほうへと歩いていった。
「……隷、が……、れッ……!」
言い切るまでもなく、ミミィはごぼごぼと咳き込んだ。咳と共に激しく血が吐き出され、こいつの受けたダメージの程を物語る。
「……最後までそれか。あっけないな」
ゴーズさんの声に、憎悪に満ちた目線を向けるが、ほんの一瞬。すぐさま、その目線はボクのほうへと向けられた。
眼光が噛み付いてくるんじゃないかと思えるほどの、悪意と嫉妬に染まった目。トウヤは小さく息を吐くと、右手を掲げて魔力を練った。
「言い残すことがあるんだったら、聞いてやるぜ」
トウヤが与えた最後のチャンスに、ミミィは呟く。
「どう、して……? 私、は……がふ、貴方の、ために、戦っ、たのに……」
「俺のためだろうがなんだろうが、俺はそれを望んでねえ。今更、言っても無駄だろうけどな」
「なんで、こうなるの……? 貴方は、こいつに、騙されっ……」
「何言ってやがる。俺を振って、騙したのはてめえだろうが」
「ウ……アァ……、ワたシは……わタシ、ハ……貴方と、家族と……ミンな、一緒の、旅を……!」
叶った、はずだった。余計な駆け引きとかしなければ、その夢も叶ったはずだった。なのに、それ以上のものを求めて、この女は破滅した。
「奴隷、ごときが……奴隷、ごときがぁぁ……!」
それをこっちに言うなんて、八つ当たり以外の何者でもない。
でも、そんなの知ったことじゃない。八つ当たりなんて、下卑た貴族の得意技だ。
「……セナ」
トウヤは、右手を振り下ろす。そこから生まれた冷たい氷が、ミミィを地面に縫い付ける。首元までを凍りつかされ、たとえ炎を吐かれても、もうボクには届かない。
そのままトウヤは、ミミィから離れた。後はもう、好きにしろってことだろう。
とはいえ、こいつといつまでも長話なんかしたくない。どうせ奴隷がどうのこうのって言うだけだし、気分が悪い。それに、さっき食らったダメージが、かなりボクには残っていた。それこそ、回復魔法を使ってくれる医術師がほしい。
「……じゃあ、そういうことだから。トウヤは、ボクが全力でサポートするから。奴隷ごときの女だけど、なるべくトウヤに相応しい女になれるように、頑張るから。だから安心して、ミミィは地獄で眠ってな?」
「か……お前、ナンカに……トウヤ、さんを……」
「じゃあ、トウヤに都合のいい女になってやる。使い捨てられようが、知ったことか。トウヤにだったら、喜んでこき使われてやる。あんな家に使われるよりは、トウヤにおもちゃにされて弄ばれて、使い捨てられたほうがまだマシだ」
これに関しては、本当だ。まだ何かをほざくミミィに、意地の悪い笑みを浮かべてやる。
「じゃあ、ばいばい。奴隷『ごとき』に奪われた、哀れな哀れな捨て犬さん」
ぱちりと腕に、魔力が篭もる。せめて苦しまないように、一撃で決めるのは最後の情け。
「さよなら、ミミィ。おまえのこと、だいっきらいだったよ。ボクはトウヤのものにしてもらうから、おまえは一人、ここで寂しく死んじゃいな」
「カ……貴様、トウヤ、サああァんッ!!」
――その言葉が、最後だった。
「――エクレール・バル」
射出された雷弾が、直撃したミミィの体を爆心地として荒れ狂う。駆け抜ける稲妻はミミィの体を容赦なく穿ち、その爆雷はミミィの顔面をものの一瞬で消し飛ばした。
「…………」
「…………」
閃光が消えたその先には、首から上が完全に消え、傷口も灼かれたのか、出血すらないミミィの身体。魔物の死亡を確認すると、ボクは後ろを振り向いた。
トウヤはもちろん、ゴーズさんも、その瞬間はきっちりと見ていた。曲がりなりにも、かつて行動を共にした仲間。せめて最期は見届けてやろうと、そんなことを考えたのか。
と、ゴーズさんが静かに歩み寄る。ミミィの傍まで歩いてくると、刀を逆手に持ち替えた。
「ないとは思うが、念のためだ。蘇られても、困るのでな」
一言、冷たくそう言って。ミミィの胸に、ゴーズさんは刀を突き刺した。魔物になっても心臓がその位置にあるのかは分からないけど、噴水みたいに血が噴き出したところからすると、多分そこにあったんだろう。
そう言われると、確かに復活されても困る。ゾンビになられてまで追いかけてくることはさすがにないと思うけど、ここで完全に消してしまおう。
もう一発エクレール・バルをぶちかまして、魔物を完全に焼滅させる。それが終わると、さすがに疲れた。ウエストポーチから小瓶を出して、中身の液体を一気飲み。疲労しきった精神を癒し、魔力を回復させてくれる、魔術師には必須の薬品だ。甘い味が広がって、ほっと一息つくことが出来る。座り込んだボクの前に、トウヤがゆっくりと歩いてきた。
「お疲れ様。使い捨てたりなんかしないから、ちゃんと大事にするからな」
「……うん。ありがとね、トウヤ」
でも、そんな魔力薬よりも、トウヤの穏やかな声のほうが、何十倍も嬉しかった。どんなに優れた精神薬や魔力薬でもかなわない、ボクだけに与えられた特効薬――ボクはゆっくりと立ち上がると、トウヤの胸に顔を埋めた。トウヤは小さく微笑むと、ボクの頭を撫でてくれる。
「トウヤ……」
使い捨てたりなんかしない。トウヤはそう、言ってくれた。
それならもう、弱気な言葉にはさよならだ。
「ボク、頑張るから。冒険者としても、仲間としても。彼女としても、いっぱいいっぱい、頑張るから」
「ああ。でも、倒れられると困るから、程々にしてくれよ」
「うん。ちゃんと可愛がって、大事にしてね?」
トウヤはちょっぴり赤くなって、顔を逸らした。その先にはゴーズさんがいて、簡単に血糊を拭っている。
「……終わったか?」
「ああ。悪いな、恋愛嫌いのお前に、こんな光景見させちまって」
「ふん。その恋愛が何かを生むものである以上、まだ侮蔑はしないでおくさ」
そのまま刀を鞘に納めて、ゴーズさんは小さく笑う。
「さてと……これでまた、当分は貴族から追われる生活になってしまうな。さっさとあの家に舞い戻って、荷物を回収して逃げるとするぞ」
「正直、このまま逃げたいけどな。山越えをウエストポーチだけじゃ、自殺行為か」
ボクの頭を、撫でてくれて。トウヤもまた、小さく笑った。