二十話


 翌日。

「ごめんなさい……」
「いつまで謝ってんだお前は。気にしてないって言ってるだろ」

 実際死ぬほど痛くって、超興奮したアレもゼロコンマ一秒で完全に縮んでしまった後。涙を流しながら土下座してきたセナの頭を二時間がかりで上げさせて、「怒ってないから安心しろ」と頭を撫でてやること一時間。手がめっちゃ痛くなった夜だったが、それが明けた、次の日。

 朝食を食べ終え、まだ謝ってくるセナに苦笑して、俺はぽんぽんと頭を叩く。子犬みたいだと思いつつ、ウエストポーチだけを持って俺らは部屋を後にする(荷物は一応ゴーズに預けた)。

「おーう、晴れたなー」

 緑の山々が綺麗に見え、空は青く澄み渡る。絶好の冒険日和、洗濯日和、そして俺らは、デート日和だ。

 しかし、お互いがお互い、デートのデの字もないような、完全無欠のいつも通りの格好である。

 とはいえ、この格好は予想済みだ。というのも、セナは逃げ出した奴隷であり、外出用のお洒落着はおろか、そもそも服自体をろくに持っていなかったのだ。俺やゴーズは三着持っているのだが、彼女はいまだ二着だけ。最低限の問題はないが、旅をしていれば何が起こるかわからない。服の磨り減りは十分考えられることだし、その辺を考慮するなら、あと一着は持っておきたい。

 小さな村であるこの場所に、洒落た服屋があるとは思えないけれど、俺等が求めるのは冒険に使う実用的な服である。特にこれからは山岳地帯も旅するわけで、木々の根っこや岩やらで、服をすりむくのは予想済みだ。

「じゃ、行こうぜ」

 セナに対して、手を出してみる。ちょっとだけ緊張したけれど、セナはその手を握ってくれた。手の平を少しだけ動かして、指同士を絡めてくる。

 う、うわわ。予想しなかったわけじゃないけど、恋人繋ぎはびっくりだ。セナは俺の隣に立つと、嬉しそうに見上げてくる。思わず漏れた小さな微笑を隠すことなく、俺はセナの頭を撫で、手を繋いで歩き出した。


――――――――――――――――――――――――


「こんなものでいいわね。準備は整った?」
「は。要望されたものは、こちらに全て整っております」

 昼なお暗い倉庫の中で、私は傍らに控える男に問いかけました。その人は軽く敬礼すると、万事滞りなく進んでいることを教えてくれます。

「ふふ、さすがはファルメルウーナの兵ね。お母様から伝え聞いてはいるけれど、素晴らしい働きをするじゃない」
「は、光栄でございます」

 再び敬礼を返す男に、私は微笑を返しました。その後ろで、別の男性の声がします。

「ミミィ様。お時間が過ぎましたゆえ、彼らをそろそろ招き入れた方がよろしいかと」
「分かったわ。通しなさい」

 いちいち敬礼をしなくていいのに、律儀であるといいますか。だというのに、自分で言うのもちょっとどうかと思いますが、このような仕事を引き受けるのですね。

 およそこんな仕事には似合わないかもしれない、ファルメルウーナの正規兵。そして、私の言葉で入ってきたのは、これ以上ないくらいこんな仕事にふさわしい、多種多様な男の姿。一様に瞳をぎらつかせ、頬を高潮させています。

 もっとも、無理もないでしょう。雇ったのは、破落戸や落ちぶれた冒険者たち。暴力で身を立て、今日の食事にも苦労して身を立てているような、そんな方々。この依頼が完遂されれば、当分は食事に困ることはなさそうですから。

「皆様、よくお集まりくださいました」

 集まってくれた方々に、軽く一礼。貴族がこのような卑賤の者に頭を下げるなど異例ですが、まあ、今回はよしとしましょう。

「依頼の内容につきましては、先ほど従者が説明したと思いますが、念のため、私からももう一度説明させていただきます」

 分かっていると笑う者、一応耳を傾ける者、配られた紙をもう一度見る者。配布した紙に描いたのは、あの奴隷の似顔絵でした。

 自慢するわけではありませんが、私には結構絵心があります。トウヤさんの似顔絵を描いて、とても喜ばれたことについては、今でも頬が緩みます。それで描くのがあの汚い奴隷だというのも癇に障るところですが、あの女の外見を最もよく知っているのは、冷静に考えて私です。確実な成果を挙げるためには、この際文句は言えません。今日この場で確実に仕留めてしまわなければ、トウヤさんはあの奴隷に纏わりつかれたままなのですから。

「対象者の名前は、セナ。身長は百五十センチ前後で、黒い髪に青い目、細身の体つきをしています。別の紙に書いてあります男性二名とパーティを組んでおりますゆえ、一緒にいるという場合もありますが、単独になったところを狙ってください。夕方から夜にかけてが狙い目だと思いますが、夜までに捉えられなかった場合、私が外へと誘導します。手段は問いませんが、絶対に生かしたまま捕らえてください。腕の一本くらいは切り落としても構いませんが、五体満足の状態で捉えて来たならば、報酬は少々割り増しします」

 できればあの侍も仕留めてしまいたいところですが、別にあの男は反りが合わなかっただけであり、何も殺そうとまでは思っていません。それに、悔しいですが、あの侍の実力は相当のもの。迂闊に手を出して両方とも仕留め損なってしまえば目も当てられなくなるでしょう。それよりも、ここは確実にあの奴隷を始末することに重点を置きます。

 その後に、トウヤさんをセナの名前でおびき寄せ、目の前でこの奴隷を断罪します。トウヤさんはおそらく、あの奴隷に何かをされたはず。そういえば、淫魔の一種は魅了の魔法を得意とすると聞きました。まったく、汚い奴隷のことですからね。どんな卑劣なことをしたのか、私には想像もつきません。少なくとも、今の彼は奴隷によって何かをされた状態で、真実の状態ではないことだけは断言できます。

「くれぐれも、単独のところを生かしたまま捕らえてくださいね。それだけは、最低条件になりますので」

 重々そこに念を押すと、男共は外へと出て行きました。私は兵士にも命令を飛ばし、倉庫の中で待機させます。

 まかり間違ってトウヤさんやあの侍に嗅ぎつけられてしまったとしても、十分対処が出来るように、万全の体制を整えて。

 待っていてくださいね、トウヤさん。今すぐ貴方を、正気に戻してあげますからね。


――――――――――――――――――――――――


 服を買い、昼食を摂って、会計をして。午後のデートは、アクセサリーでも見るつもりだ。しかし、言っちゃなんだが小さな村では、あまりいい代物はないだろう。というわけで、やはりここでも実用的なものになってしまう。

「おっ」

 見てみると、結構いい店が構えられていた。アクセサリーだけでなく、化粧品も売っている。この村では唯一なのか、結構繁盛しているようだ。まあ、中には女の子達ばかりなので、男の俺には結構居辛い場所なのだが。

 ちなみに、一組だけカップルがいた。冒険者ではないようで、この村の住民なのだろう。男性がいるのはちょっと助かる。向こうも同感だったらしく、小さな笑みを返してきた。

「じゃあ、セナ」
「うん」

 顔を見ると、セナもどこか嬉しそうだ。化粧っ気はなくとも、やはり女の子なのだろう。他の客に混じってアクセサリーを見る姿には、壮絶な過去など見受けられない。

 そういえば、別に逃げ切ったわけじゃないんだよな。

 完全に安心できるのは、もう少しバリガディスの領土から離れたらになるだろう。具体的には、トネール領の中心地まで行ったらか。中心地ならいいものも結構あるだろうなと、今後のプランをひっそり練っている俺の前で、セナは化粧品を見ていた足を止めた。

「あ……」

 手に取ったのは、櫛だった。自分の髪を触ってみて、続いて値札をチェックしている。そういえば、あまり手入れされてないもんな。ミミィもそんなことを言っていたし、俺もそんなことを思ったっけ。セナはしばらく迷っていた風だったが、やがて決意を固めたようだ。そんなセナに、俺は歩いて近づいていく。

「気に入ったのか?」
「え?」

 近くでそれを見てみると、なるほどセナに似合いそうなものである。

 余計な装飾は一切ない、淡い水色のカラーリングが光る櫛。地味といえば聞こえは悪いが、アクセサリーではないのだし、そこまで気を遣う必要もない。

「じゃ、それでいいか?」
「いい……って?」
「ん? プレゼント」
「――――っ」

 セナの顔が、はっとしたようなものになった。皆まで言わせず、俺はセナの頭を撫でる。

「俺らのはじめてのデートだし、記念に残るものぐらいはプレゼントしときたい所だしな。ちなみに、拒否権は一切認めねえ」
「……え……」

 ある意味そのために、ここに来たのだ。値段もそんなに高くないし、デート代もミミィのそれに比べればはるかに安値で落ち着いている。余裕もあるしと笑った俺に、セナは少し遠慮がちに、じゃあ、と櫛を渡してくる。

「買ってもらって、いい?」
「おう」

 今回は結構素直だった。俺が手を出さなければ、多分自分で買っていた。彼女としても、欲しかったのだろう。セナから櫛を受け取ると、店主に渡して会計を済ませる。お値段もお手頃。包装もシンプル。

「じゃ、どーぞ」

 紙袋に入った櫛を渡すと、セナは両手で受け取った。次の瞬間、満面の笑みを浮かべてくれる。そんなに嬉しそうに笑ってくれると、買った甲斐もあったってものだ。

「ありがとう! えへへ、毎日、使うからね?」
「別に、無理して使ってくんなくてもいいぜ」

 そんな笑みを向けられるのが照れくさくて、ついついぶっきらぼうに言ってしまう。セナは櫛の入った袋を大切そうに懐にしまうと、いきなりこっちに抱きついてきた。

「お、おい、人見てるぞ!」
「だって、嬉しいんだもん。えへへ、今度、ボクにも何かお礼させてね?」
「……別にいいけど、くれるって言うなら期待してるぜ?」

 すりすりと頬を寄せて全身で甘えてくる少女に、こっちは苦笑するしかない。ほら、行くぞ。抱きついている彼女の体を引きずるように、俺らは店を後にした。

 ちなみに数日後から、この店でのカップルの入店率がやたら高くなったそうだが……当然、俺らの知るところではなかった。


――――――――――――――――――――――――


「――さてと。それじゃあ、そろそろ帰ろうか」

 段々日が傾き始め、ボクたちのデートも終わろうとしていた。明日からはお仕事があるので、そろそろ切り上げて戻らなくちゃならない。

「えへへ。また、次の町でもデートしようね」
「おう」

 名残惜しいけど、ボクらにはまだ、未来がある。バリガディスから遠のきながら、どんどん西を目指しながら、あちこちの村を回るのだ。

 そう思うと、足取りも軽い。それに、トウヤからは櫛を買ってもらった。ミミィは今まで、色んな物を買ってもらっていたんだ。ちょっと嫉妬するけれど、これからはそれは、ぜーんぶボクのものなんだ。

「……あ」

 と、途中の店で、あるものが売ってたのを思い出した。トウヤは「どうした?」と聞いてくるけど、こればっかりは内緒にしたい。

「うん、ちょっと寄りたい所があるの。トウヤは、先に帰ってていいよ」
「え? いいよいいよ、付き合うぜ」
「んーん、気にしないで。ボクも、すぐに戻るから」
「ふーん……まあ、それならここで解散にするか。早いうちに帰って来いよ」
「うん。夕食までには、帰るから。それじゃあ、また後でね」
「おう」

 ひらひらと手を振ったトウヤに背を向け、ボクはあの場所まで駆け出していく。早く買って、トウヤにプレゼントしてあげるんだ。個人財産は、多分からっぽになっちゃうけど。でも、トウヤの笑顔に比べれば、安いもの。それに明日からはお仕事だし、個人財産もまた新しく入ってくる。

「いらっしゃい」

 店に入り、目的のものを探し出す。あった。自分のお財布と相談して、そこそこのものと、豆を買う。豆はともかく、本体のほうはもっといいのが欲しいけど、それは後から買い換えよう。

 包みは、簡単なものにしてもらう。どうせ開けて使うのだから、余計なものは必要ない。道具と豆を受け取って、ボクは店を後にする。

 この時、ボクは。デートの名残が、抜けきっていなくて。トウヤの喜ぶ姿しか、頭の中には入ってなくて。

「……ちょっといいか」
「はい?」
「恨みはないが、眠っててもらうぜ」
「え……え!?」

 気がつけば、沢山の人たちに囲まれていて。

「――――っ!!」

 後頭部に凄まじい衝撃を受けて、ボクの意識は闇に落ちた。


――――――――――――――――――――――――


「遅っせぇな、セナの奴。そろそろ、晩飯になっちまうぞ」

 彼女と別れて、屋敷に戻って。ゴーズが取ってきた明日の仕事の依頼書を見ながら、俺は思わず呟いた。

 俺が部屋に帰ってきてから、既に二時間が経過している。何の用事があるのか知らんが、そろそろ帰ってきてもよかろうに。

「行き先は聞いていないのか?」
「ああ。女の子だし、何か入用なのかと思ってさ……」

 ゴーズの問いに、俺は頬をかきながら答えた。

 生理用品とか、下着類とか。要するに、男がいたら買えないもの。それを買いに行ったんじゃないかと思ったんだが、両方を買いに行ったとしたって、長すぎるし……

「……まさか、何か事件に巻き込まれたのではあるまいな」
「よせよ、ゴーズ」

 それは考えなかったわけではないが。まさか、バリガディスの追っ手? それとも、ミミィがまた何かしやがったのか? いや、メンバーが別々になるような奴に、今更何かをするものか。

 しかし、考えれば考えるほど、嫌な予感は膨れていく。ゴーズの野郎、余計な事を言い出しやがって。それとも、俺が甘いのか。

「ごめんなさい、ちょっといいかしら?」

 部屋の扉が、ノックされる。その声は、ミーナさんのもの。セナであって欲しかったが、無下にするわけにも行かない。

「はい、どうかなさいましたか?」

 扉を開けると、不安げな顔をしたミーナさん。予感は、さらに膨れ上がり――

「ええ、実は、ミミィがまだ帰ってこないの。どこに行ったか、知らないかと思って……」

 ――確信に、変わった。

「……あんの、野郎ーーーーーっ!!」
「トウヤ!? おい、トウヤ!!」

 後ろから、誰かの声がしたけれど。

 聞くまでも無く、俺は外へと飛び出していた。


――――――――――――――――――――――――


 後頭部に激しい痛みを感じて、ボクの意識はゆっくりと戻る。ずきずきとした痛みがあって、およそいい目覚めとはいえなかった。

「あら、お目覚め?」

 耳に飛び込んできたのは、聞き慣れた声。それも、安心できるトウヤのものでも、尊敬できるゴーズさんのものでもなく、苛立ちを覚えるほど、むかつく声。

「ミミィさん……、ッ、ぐっ!?」

 いきなり、頬を張り倒された。がくんと体が横にずれて、手足にも痛みがやってくる。

「ミミィ様、でしょう? 礼儀をわきまえない奴隷ね」
「つ、ぅ……」

 体が、全然動かせない。手足は鎖で縛られており、どこかの一室に監禁されているらしい。顔を上げると、ミミィは高慢な笑みを浮かべていた。さらにその周囲には、先ほどボクを殴った男たち。

「もっとも、何もわきまえない厚顔無恥な奴隷だから、馬鹿面晒して寝てたんでしょうけど」
「…………」

 こうがんむち、の意味は分からないけど。

「いったい、いつまで寝てたんですか?」
「ふふ、気になるんだ? まあ、教えてあげてもいいけど?」

 いらいらする言葉遣いだ。というか、状況が状況だとはいえ、こいつに敬語を使わないとならないというのも気に食わない。

「三時間ほどね。まったく、敵地の中で三時間も悠長に寝るなんて、頭おかしいんじゃないの?」

 頭おかしいのはお前だろうが……その言葉は、胸のうちに飲み込んだ。

 ふうん、三時間か。

 それなら、十分かもしれないな。

 でも、まだ『それ』はないから。ボクは、なるべく時間を引き延ばす。

「なんで、こんなことしたのさ」

 ――また、頬を張られた。ついでに、蹴られた。

 痛い。鎖のせいで衝撃を逃がせないってこともあるけど、かなり痛い。

「なんで!? 決まっているでしょう! 人の恋人を横取りして、あまつさえ不幸に引き込んだあんたを、このまま許せるとでも思ってるわけ!?」
「……恋人? 横取り?」

 一瞬、何のことだか分からなかった。だけど、その正体がすぐに分かって、ボクはミミィに確認する。

「もしかして、トウヤのこと?」
「ええ、そうよ! 彼は最初から、私だけのものなの! 私に告白してくれて、これから私と、恋人になるはずだったのよ!」
「……じゃあ、なんで振ったのさ」
「分からない? 男なんてね、女のことは道具くらいにしか思わない奴も多いのよ! だから私は、一度振ったの。一回振られて、それでもアタックをかけてきて晴れて恋人にできた女性は、道具扱いは出来ないからね! それが、大人の駆け引きって奴なのよ!!」
「……確かに、その通りかも。女を『落とす』なんて言い方をするのは、男の人よりも女の人のほうが下に扱われているのかもね」

 同意を示したというのに、ボクは腹を蹴飛ばされた。激しく咳き込んで、危うくお昼に食べたものを吐き戻してしまいそうになる。冗談じゃない。トウヤと一緒に食べたものを、戻すなんてできっこない。

 と、ミミィは突如、不思議そうな顔をした。蹴った足に、手ごたえを感じたのだろう。ボクの胸倉を引き起こすと、懐に手を突っ込んで……

「なに……これ……?」
「あ……」

 引っ張り出してきたものは、シンプルな包装。この村の、アクセサリー屋さんのもの。今日、トウヤが買ってくれた、櫛……

「ふふ……そういえば、あれも貴方のよね?」

 余裕を取り戻した口調で、ミミィは横を指差した。そこにあるのは、今日、ボクが買ったもの。

「これで、トウヤさんに擦り寄ろうとしたの? コーヒー好きを生かして、いやらしい」
「なっ……! そ、そんなつもりで買ったんじゃない!」
「そう。まあ、こんなもの、いらないわよね」
「な、なにするんだよっ!!」
「うるさいわね。ちょっと、抑えてて頂戴」

 ミミィが男に命令すると、一人の男が歩み寄る。そのまま、ボクの頬を、思い切り張った。しかも、拳で。

「ぐっ……!」

 痛い。だけど、だけど、それよりも。

 ミミィが、豆の……コーヒー豆の、封を開ける。わざとゆっくりと、開けていく。止めろと叫ぶボクの声を、聞き入れるはずもなくて。

「うああああああっ!」

 ミミィは、コーヒー豆をぶちまけた。香りがいいのか、味がいいのか。いろいろ考えて、買ったはずの豆のセットが、無残に地面にぶちまけられて。

 続いてミミィは、その横にある、携帯用のコーヒーミルを持ち上げる。そのまま、大きく振りかぶって……

「――止めろ! 止めろーーーーーっ!!」

 叫ぶ。思い切り、叫ぶ。だけど、やっぱり、止まらない。分かっていながら、叫ぶことしか出来なくて。

 もしかしたら、このボクの叫びこそが、ミミィの目的だったのかもしれない。

「――悪魔の汚らしい道具は、壊すだけね」
「――――っ!!」

 容赦なく、それを地面にたたきつけた。高い音を立てて、コーヒーミルは、粉々に割れる。

 折角、買ったのに。

 折角、トウヤに喜んでもらおうと、思ったのに……

「あ……あ、あ……」
「きゃはははっ、無様なものね! だけど、こんなもので許すとでも思ったわけ?」

 愉快そうな笑い声が、耳を劈く。ミミィは後ろの男たちに、手を繰り出して命令した。

「身の程知らずのこの奴隷に、礼儀ってものを教えてやりなさい。もちろん、やりたい放題犯してしまって構わないわよ。ただ、殺すのは止めて頂戴ね。心を砕いた後、トウヤさんに見せ付けて、幻滅させた後に悪魔退治はするのだから」
「な……」

 やりたい放題、犯してしまって構わない。その言葉に、ボクの心は絶望の底に落とされる。

「ふ、ふざけんな! なんの権利があって、そんなこと――」
「権利? だったら貴方、私の権利を犯してるじゃない。おあいこよ」

 なにがおあいこだ! そう叫びたかったが、真っ先に寄ってきた男の一人が、ボクの唇を乱暴に奪った。ねじ込まれた舌を、思い切り噛み付いて反撃する。

「んぐあぁ!? こ、このガキいぃっ!」
「ぺっ……うぇ、ぇっ……」

 気持ち悪い。トウヤの優しいそれとは違う、欲望に塗れた汚い口付け。寄ってくる男たちに、魔力波を解き放って吹き飛ばす。しかし、次の瞬間、ボクの体に凄まじい電流が迸った。悲鳴を上げたボクに、ミミィはけらけらと笑いを漏らす。

「馬鹿ね。それは、魔術師を捕縛するための鎖よ? ふふ、もう一発食らったら、また気絶しちゃうかもね。そうなったら、今度は起きるまで待ってはあげないわよ?」
「あ……くぁ……」
「ふふ……じゃあ、無抵抗になったところで、やってしまいなさい」
「う、ぁ……!」

 嫌だ。暴れて抵抗するものの、鎖で縛られてる上に、大の男に数人がかりで押さえられて、とても敵うはずもない。あっという間に組み敷かれて、男は一斉にのしかかってきた。両手両足を拘束されて、瞬く間に衣服を引き破られる。

 やりたい放題、犯してしまって構わない。ミミィは、そう言っていた。

 奴隷を性処理に使う貴族はいるけれど、それには一つの約束がある。決して妊娠はさせてはならず、当然、秘部も使ってはならないというもの。もちろん、本人がその奴隷の所有者であればいいのだが、性行為による病気とかのリスクを計算してのものだった。だからボクも、手や口は数え切れないほど犯されたけど、それでもまだ処女だったのだ。

 しかし、今のボクに対して、そんな気遣いなんてあるわけがない。間違いなく、この男たちはボクを散々に犯すだろう。それをトウヤに見せ付けて、彼の目の前で殺す気だ。

「う……うぅ、うっ……」

 悔しくて悔しくて、涙が零れる。どこで、間違っちゃったんだろう。目の前の女は嫉妬に狂い、勝手な理由で拘束され、ボクは無様に犯される。

「トウヤぁ……トウヤぁぁ……」

 ごめんね、ごめんね。

 処女は――手と口とはいえ、いろんな人の相手をさせられたボクが、「はじめて」といえるのかどうかは分からなかったけど――そこだけは、トウヤに全部、捧げるつもりだったのに。安全な日に、安全な場所で、抱いてもらうはずだったのに。

 奴隷という身分が、嫌だった。

 理由もなく殴られるのも、嫌だった。

 そんな理不尽な暴力から逃れて、いろんな自由を手に入れて、いつか、素敵な男の子と一緒に歩く。それが、ボクの夢だったのに。その夢は、叶うのを前に、あまりに脆く、崩れていく。

「その口で、彼の名前を呼ばないで。身の程知らずの、奴隷風情が」

 ミミィが、笑う。ボクの夢は、ここで、粉々に砕かれて、消えていく。

 汚い男が、おぞましい肉棒を取り出した。それをそのまま、ボクの秘部へと近づけて――

 

 ――天そのものが落ちてきたんじゃないかって思えるほどの、轟音が、した。

 

 

 

 
 
 
 
 
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