二十一話


――――――――――――――――――――――――


「なっ……」

 その場所は、凍っていた。

 無数の男に群がられ、少女の姿は顔さえ見えない。

 だが、男たちから少し離れて立っている女は、しっかりと見えた。

 男たちも、その女も。一人残らず、こっちを見ている。

 そりゃそうか。鋼鉄の扉を吹き飛ばしたんだ、そりゃ凄まじい音もする。

 下半身を、丸出しにしている男もいる。ちなみに陰茎はふにゃふにゃだ。

 まあ、それもそうだろうが。だがそれは、俺の知ったことじゃない。

「セナを返してもらいに来た。いるんだろう? とっとと出せよ」
「く……」

 侵入者に対して、無防備な格好はまずいと思ったのだろう。とりあえず、男たちはズボンを上げる。まあ、それは非常に正しい。女の子の秘部ならともかく、野郎の秘部を見て喜ぶ趣味は生憎と持ち合わせていない。

 が、女がぱちりと指を鳴らすと、左右から沢山の人が飛び出してきた。

 武装した集団。胸についている印は、ミミィの装備品についていたものと同じもの。

 ……なるほど。こいつら、ファルメルウーナ兵か。ミーナさんも知らなかったみたいだから、自分の金で私兵化したのか?

 が、悠長に考えている暇はなかった。兵士集団と俺を見て、女はそのまま口にしたのだ。

「続けなさい。むしろ、悪魔退治の様子をトウヤさんに見てもらえて、光栄だわ」
「なっ……!?」

 正直、その展開は予想してなかった。闖入者を前にして『続けろ』だ? こいつ、頭大丈夫かよ!?

 しかし、そんな俺の思考など、セナの傍にいた男共が知るはずもない。ミミィの声に、そいつらは一斉にセナに襲いかかった。服は既に破られており、先のショックで驚かせたとしても、人の性欲は凄まじい。

「っの野郎……! るせえ、上等だ! てめえらまとめて、薙ぎ倒してくれる!!」

 どけと叫んで、どくような相手じゃない。ならば、こいつらを速攻で片付けて、セナを取り返してくるだけだ。

「この戦力差にか! よかろう、やってみてもらおう!」

 と、その兵士達を束ねているだろう、リーダー格の男が、上から目線で言い返す。その言葉には、余裕と怒りが見受けられた。

 曲がりなりにも、ファルメルウーナを守る兵。ざっと見ても、十人はいる。それなのに、無法者の冒険者一人にそう叫ばれて、それらの感情がこもったのか。

 だが、そんな事を気にしている場合じゃない。早く、早く、こいつらを倒さないと、取り返しのつかないことになってしまう。だけど、一体どうやって。

 打てる手なら、ないわけでもない。“あれ”を使えば、全力を出せば、なんとかならないわけでもない。だけどそんなことをしたら、セナを助けた後の力は欠片ほども残ってないだろう。

 その状態で、ミミィに捕まってしまったとしたら? そうでなくても、ミミィがファルメルウーナに泣きついたとしたら? だといってミミィを倒しても、その後にファルメルウーナの人たちに見つかってしまったとしたら?

「ちっ、くしょうがっ……!」

 最悪の結果を示す可能性が、次々と脳裏に浮かんでくる。だが、迷っている時間は一秒たりとも存在しない。こうなったら、やらないで後悔するんだったら、やって後悔したほうがいい。

 意識を、少しだけ集中する。体の奥深くから、脈動する吹雪の力を解き放――

 

「――何故貴様という奴は、こういうときに仲間を頼ることを忘れるのだ」

 

「――えっ!?」
「――破ッ!」

 突如として、後ろから響いた声。その声が誰のものなのかを認識するより早く、“奴”が疾風の如く飛び込んできた。瞬く間に二人を切り伏せると、俺の前に立ちはだかる。

「無事か、トウヤ」
「ゴ、ゴーズ!!」

 あまりにも聞き慣れた、数年前から行動を共にしてきた、男の声。だが、どうして奴がここにいる!?

「お前が情報を収集して裏街の方に向かっていったと聞いたから、まさかと思ったがやっぱりそのまさかだったか」
「ど、どうして……」
「帰ってこないセナと、行方不明になったミミィ。適当な人に聞いてみたら、ファルメルウーナの兵士が裏街に向かったと聞いたなら、答えは一つしかないだろうが」

 それは、分かる。俺だって、手近な人を片っ端から捕まえて、セナの行方を聞いたから。

 しかし、何故ゴーズまで。問いかける俺に、ゴーズは端的に答えを返した。

「こういう汚いやり方は、正直気に食わんのでな」

 眉を顰めて、ゴーズは刀の柄に手を当てる。ファルメルウーナ兵を睨みつけ、ゴーズは俺を押し出した。

「この場は拙者が引き受けた。お前はさっさとセナを連れ戻して帰って来い」
「ゴーズ……」
「――行け!!」

 言葉は不要とばかりに、ゴーズは俺の襟首を掴んだ。驚異的な踏み込みを見せ、隊長の隣にいた兵士を一刀の下に斬り伏せると、その隙間から俺をセナの傍へと突き飛ばす。

「――恩に着る!!」

 一回転して体勢を立て直し、俺はセナの傍へと駆ける。手に束ねた冷凍光線で、群がる男を吹き飛ばした。

「セナ、無事か!」
「トウヤぁっ……!」

 陵辱された形跡はない。本当に、ぎりぎりのところだったのだろう。

「待て、貴様!」

 リーダー格の男が、俺に向かって声を上げた。しかしゴーズは、素早く前方に回りこむと、俺らの前に仁王立つ。地獄の底から響くような、低い声で。ゴーズは、ファルメルウーナの一団に咆えた。

「生憎だがな。あの二人の逢瀬を、邪魔させるわけにはいかんのだ」

 かつて彼は、こう言った。できるなら、今後とも行動を共にして、俺やセナの変化振りを見てみたいと。もしかしたらそれが、今のこの時なのかもしれない。

 ゴーズの“気”が張り詰める様子が、こちらまで伝わってくる。大気が裂けるのではないかという大音声と共に、ゴーズは抜刀して咆哮した。

「――トウヤ・フェザーセリオン及びセナ・ノーワースが仲間、ゴーズ・ランカスター、押し通る! 死にたい奴から、かかって来い!!」


――――――――――――――――――――――――


「っりゃあぁ!」

 魔力の波を流し込み、俺はセナを縛る鎖を吹き飛ばした。この類の鎖は内部からの魔力には強いが、外部からの魔力はそれほど強く出来ていない。それなりの魔術防御はあるが、俺の魔力からすれば一発だった。

「……セナ」
「……ありがと」

 痛々しく引き破られた、セナの服。外套を脱ぎ、渡してやる。少し、涙目だった。

 かわいそうに。この男共に……何よりミミィに、やられたのだろう。

「てめえ……!」

 睨み付けると、ミミィは数歩、後退る。その口が震え、世迷い事を紡ぎ出した。

「ト、トウヤさん……その、悪魔を……」
「るせえ! もうてめえの言葉なんざ聞いちゃいねえよ!!」
「待って、トウヤ」

 さすがに許せなくなった俺だったが、それをセナが押し留める。セナは俺の外套を羽織り、しっかりと前を留めると、魔術グローブの様子を確かめてから踏み出した。

「――ボクに、やらせて」
「……分かった」

 瞳に燃えるのは――静かな、怒り。

 それもそうだ。これで、怒らない奴を見つけるほうが難しい。

「このグローブ、残したのは失敗だったね。大方、さっきみたいに魔術使って、電撃流されて、苦しむボクを見たかったんだろうけど」
「……この、女……!」

 ぎりっと歯を食いしばり、ミミィが杖を手に取った。

「セナ」
「なに?」
「思いっきりやって来い。俺は、周りの雑魚を片付ける。俺に気は配らなくていい。殴りたければ殴っていいし、殺したければ殺していい。さすがに……俺も、頭来た」

 それだけ言って。俺は、周囲の雑魚に、拳を向けた。

 破落戸、チンピラ、傭兵、落ちぶれた冒険者――よくもまあ、こんな連中ばっかり集めたものだ。実家から、金でもせしめてきたのか。

「さて……誰がやったんだか知らねえが、一蓮托生って言葉もあるしな! セナの純潔を汚しかけた罪、未来永劫償い続けてもらおうか!」


――――――――――――――――――――――――


 断末魔の絶叫が、立て続けに聞こえてくる。漏れ出した冷気が、こちらまで響いてくるようだ。

 トウヤもゴーズさんも、敵の数は十倍以上。特にゴーズさんは、この家の兵士を相手にしている。絶対的優位は覆らないと、ミミィは笑った。

「ふふ……まさか、それで勝ったつもりなの? 仲間二人を連れてきて、この兵力差に勝てるとでも――」
「勝てるよ」

 狂気じみた笑い声に、ボクは返した。あの絶望から、ボクを助けてくれたトウヤと、それ以上の実力を持つ、ゴーズさん。あの二人が、こんな連中に負けることなど、ありえない。

「……さっきから、随分と舐めた真似してくれたじゃない。そのコーヒーミルと豆だってさ、トウヤに喜んでもらおうと思って買ったんだよ! それを叩き壊しておいて、今更恋人とか抜かすなっ!!」
「あは、あははっ……よく言うわ。なら、貴方も……このコーヒーミルと豆のように、粉々に脳天を砕いてあげるッ!!」

 ミミィが、杖を振りかざして突進してきた。距離は大して離れていない。魔法をぶつけるより、向こうのほうが早い!

「っ!」

 振り下ろされた杖を、ボクは咄嗟に回避する。避けられたことを悟るや否や、ミミィが目線を向けてきた。

 血走った目。嫉妬に燃える、醜い顔。元々持ってた綺麗な顔も、台無しだ。

「――フルミネ・バル!」

 そんなミミィの顔めがけて、ボクは容赦なく電撃をぶつける。ミミィは上体を反らして躱したが、距離はかなり近かった。思いっきり、蹴りを入れてやる。

「っ!」

 掴まれて、引き倒された。その上から、ミミィがのしかかってくる。首を絞めようとするミミィの両手に魔力波をぶつけ、ボクはミミィを吹き飛ばした。

「ヘイル!」

 続いて、氷の刃を飛ばして追い討ちをかける。トウヤ程じゃないにせよ、ボクだって氷の魔法は使えるのだ。よろめいた体に、冷たい刃が突き刺さる。

「ぐ……!」

 肩を抑えてうずくまった体に、二発目のフルミネ・バルを飛ばす。それもまともに食らいながらも、ミミィはまだ、倒れなかった。

「ど、奴隷ごときが……!」
「うるさいよ!」

 奴隷奴隷って、気にしてることを言いやがって! どうせこの連中だって、家の金で雇ったくせに!

 一人の人間として比べたら、ボクとミミィに、何の違いがあるっていうんだ。見た目? ああ、そうかもしれない。綺麗な髪、綺麗な服、スタイルも抜群、美人さん。対するボクは、手入れもろくにできない髪に、安物の衣服。胸も薄いし、子供っぽい。

 だけど、ミミィは、ボクなんかとは違っていた。家は貴族で、だからこそ、髪も服も、そんなに高そうなものを着ている。父親も母親もいて、お兄さんもお姉さんもいた。

 なのに、なんで?

 なんで、外見もバックアップも家族も持ってて、それ以上のものを望むわけ?

 ――決まっている。

 彼女は元々、そういう人間だったからだ。

 家族も、お金も。あって、普通のものだったのだ。

 だから、それ以上を、疑問もなく、望んでしまう。

 ……それが、こいつにとっての『普通』なんだ。

 ――ずるい。

 ずるいずるい。

 ずるいずるいずるいずるい、

「ずるいよ、おまえはっ!」

 フレイムノア。放った炎は、怒りと嫉みで、赤く紅く、燃え上がる。

「おまえにはたくさんいるじゃない! 家族もいて、立場もあって、その上なんでトウヤのことまで望むんだよ! なんでおまえは、何の苦労も無く、何の努力もしないままで、全部全部、そうやって手に入れちゃうんだよ――っ!!」

 雷光が、疾る。対するミミィは、防御魔術を展開して、電撃を凌いだ。お返しに魔法を組み立てて、こっちを叩き伏せようとする。

「ええ、そうよ! 人の価値は、決して等価なんかじゃないから! だから、お前は何も手に入れる資格なんか持ってないの! トウヤさんも、私のものだ! お前みたいな追われる奴隷が、トウヤさんを幸せに出来るわけがないでしょうがッ!!」
「よく言うよ、おまえだって幸せにはできないくせに!!」

 ホーリーノック……光の魔法か。医術師は確かに、自分の身を守るために、この程度の攻撃魔術には手をつけていると聞いている。だがそれは、あくまで護身レベルのもの。本場の魔術師を組み伏せるには、力が足りない!

「ああ、そうかもしれないよ! ボクじゃ確かに、トウヤは幸せには出来ないよ! トウヤがこの先、本当に好きになった女が出来たなら、渡さなきゃいけないって思ってるよ! だけど、それまでの間くらい、ボクが持っててもいいじゃないか!」
「奴隷が持つ権利なんかないって言ってるでしょうがあぁっ!」

 二発目のホーリーノックと、こっちの放つエクレール・バル。聖光と電撃がぶつかり合い、ボクの雷光がミミィの光を打ち破る。

「欲しいんだよ! どうしようもなく、ボクはトウヤが欲しいんだよ! あの時トウヤに助けてもらって、決めたんだ! ボクは、ボクは――」

 ――トウヤのために、生きるって!

「うるさい……うるさいうるさい、うるさあぁいっ!!」

 殴りかかる杖の軌道も、力任せで無茶苦茶だ。ボクですら、簡単に避けることが出来る程に。

「私だって、トウヤは欲しい! お前なんかに、奴隷ごときに、貴族の私が好きな人を譲るなんてありえない! トウヤは私のだ、奴隷なんかには渡さない! 家族も、幸せも、名誉も立場も、お金も安定も何もかも! トウヤだって、トウヤだって、私だけのものなんだッ!!」
「ほしいんだったら、どうしてがむしゃらに手に入れようとしなかったんだ! トウヤは告白したんだろ!? 答えるだけで、おまえとトウヤは恋人同士になれたんだろ!? それなのに、わけのわかんない駆け引き気にして、トウヤを傷つけたのはおまえだろうがぁっ!!」

 距離が、近づきすぎた。至近距離になったミミィの顔に、ボクは握り固めた拳を思いっ切り叩き込む。ミミィの頬が弾け飛んだように動き、続いてボクはミミィのお腹を殴りつける。

「トウヤは、おまえなんかのものじゃない! トウヤは、ボクのご主人さまだ! トウヤは渡さない! 駆け引きとか名誉とか、自分のことしか考えてないようなおまえなんかに――トウヤは、絶対に渡さないっ!!」

 ぱちりと、右手に雷光が走る。その魔力と稲光を拳に纏わせ、ありったけの気持ちと怒りを載せて――ボクは思いっ切り、ミミィの顔面を、殴り飛ばした。吹き飛んだ女が地面に墜落する前に、纏った稲光を解き放つ。

 宙に浮いた女の体に、放った稲光が直撃して――

 脱力しきったその体が、背中から床に墜落した。

 

 ――決着を、みた。

 

 

 

 
 
 
 
 
二十話へ
  
目次へ
 
 
 
トップへ 

 

inserted by FC2 system