一話


――――――――――――――――――――――――


「さてと……」

 どかっと背嚢を落として、中身をあさること数十秒。目算をつけること、数分。リストに書き出すこと、二分。俺は前の町からやってきた時に使ったものと、次の町までの距離を計算して、補充する物品等を決めた。紙が一枚無駄になるが、うっかり忘れてて死ぬよりは何十倍とマシである。

「トウヤ。終わったぞ」
「おう、お疲れさーん」

 ぴっ、と、紙を見せてくれたのはゴーズだ。この男、一言で言えば修行好きの変わり者。魔法系の能力はさっぱりないのだが、その分刀一本で生き抜く素晴らしい侍ぶり。その実力は……悔しいことに、俺よりも強い。しかも俺は半分魔法にも頼っている戦い方だから、長期戦に持ち込まれてもアウトである。

 別に無理に張り合いたくはないからいいのだが。

 ……のだが、脳みその中まで修行で出来ているらしく、冒険用品の調達はいつも大雑把。初めて行動を共にした際、コイツよく生きていたものだと別の意味で感心した。結局俺が物品調達のイロハを教えて、ゴーズは随分成長した。

 まあ、もっとも、そんな奴は、もう一人いるにはいるのだが……

「トウヤ君、いる?」
「おーう、いるぜー」

 がちゃり、という、テンプレ通りの音がして、一人の少女が顔を出した。魔術師の、セナちゃんだ。ある町で、三人以上はいないと依頼を渡せないとか抜かしやがったギルドに対して、利害の一致からメンバー入りを果たした一人。

 ……なのだが、冒険をしたことがないらしく、冒険用品の調達は何も出来なかった。あそこがセナちゃんの故郷だったのか、それとも別の理由があるのかは知らないが、ともすれ俺は今度は彼女に物品調達のイロハを教えることになった。どころか、冒険のイロハまで全部教えねばならないという事態になった。もっとも、女の子にモノを教えるというのは男たるものヒジョーに嬉しいからいいのだが。そこ、現金とか言うな。

 セナちゃんは、今回も背嚢を抱えて来ている。彼女の年齢、実際は俺よりも一つ年下のようなのだが、胸も含めた小柄な体躯は、絶対もう少し下に見える。なんというか、マスコットだ。

「ここ、借りていい?」
「どうぞー」

 間延びしながら、俺は答える。ずりずりと体を下げると、セナちゃんは中から荷物を取り出して、部屋の中に広げ始めた。ゴーズはというと、部屋の隅っこで刀を抱いて見物体制。この男、女性が苦手で、若い頃は仕事以外の用件では女性と話したこともなかったらしい。

「……骨董品かこいつは」
「は?」
「いや、なんでもねえ。忘れてくれ」
「……まあ、分かった。しかし、ミミィの奴は今日も来ないのか。まったく、あんな奴をメンバー入りさせたのは、拙者の痛恨の失態だったな」
「まあまあ、そう言うなよ。頼られてるって、嬉しいじゃん?」

 そして、メンバー入りを果たしたもう一人が、ミミィという女性だった。しっとりとした黒髪に、同じ黒い目をした美人さん。動作全てに品があって、いつも大人の余裕を絶やさない、俺の好きな人。ちょっと冒険用品とかにお金がかかるのがネックだが、育ちが高貴なものだったらしいから多少は仕方ないだろう。事実彼女は、治癒魔術の使い手だ。治癒魔術はセナちゃんたちの攻撃魔術よりも覚えるのが難しく、どの冒険者たちも喉から手が出るほど欲しい代物。

 ミミィさんもあまり冒険の心得はなく、最初はセナちゃんとセットで教えていたのだが、いつしか「貴方がたにお任せいたしますね。トウヤさんの技術は、素晴らしいですから」と、花のような笑みで言われてしまい、それ以降は俺が彼女の準備もやっている。

 ……いいように利用されていると、言わば言え。毎回毎回、やるたびに嬉しそうにお礼を言われれば、男の株も上がっている、はずだ。

「……はぁ」
「……うー」

 と、ゴーズのため息とセナちゃんの呻きが、同時に俺の耳を打った。どうやら、呆けていたらしい。いかんいかん、セナちゃんはとにかく真剣に技術を吸収しようとしてくれているのだ。ミミィさんとはまた違った意味で、好感の持てる娘である。

「お、終わったのか?」

 セナちゃんの目線が怖いので、とりあえず強引に話題を流す。彼女はまだ納得していない風だったが、やがて紙を渡してきた。その中には、彼女が見繕った必要道具が記されている。

「どれどれ……」

 今ある道具と、セナちゃんのリストに交互に目を走らせる。自分だったら、何を用意するだろう――考えること数分、見ることも数分。セナちゃんはその間、じーっとこっちを見つめてくる。

 ――ああ、どうせなら、ミミィさんにそんな熱い目線を向けられてぇ。

 じゃなくて。

「……よし」

 一回思考が変な方向にすっ飛びかけたが、答えを整理することが出来た。紙を床に置くと、セナちゃんは隣にやってくる。俺は紙をセナちゃん側に押しやると、自分なりの答えを提示した。

「全般的に、ちょっと少なく見積もっている部分があるな。これから先は山越えになるから、進軍ペースは若干落ちる。その部分を見積もって、もう一回考えてみな。保存食、カンテラ、それから油は、特に多めに見積もるんだぞ」
「わかった」

 セナちゃんは素直に受け取って、少し多めに見積もり直す。これでどうかな。再び渡されてきた用具リストは、なかなか完璧。

「よし。随分成長したじゃないか。このままだと、俺ほどとは行かないまでも、ゴーズと同等レベルになるのも、そう遠くない気がするな。そのうち、俺らの頼もしい仲間になってくれるぜ」
「そ、そうかな?」

 セナちゃんの顔に、笑みが浮かんだ。うむうむ、頼もしい後輩を持ったものだ。

「ほんじゃ、次はミミィさんの用具のチェックだな。下着とか、ヤバイものはしまったか?」
「……うん、しまった」

 その笑みは、何故かすぐに消えていた。


――――――――――――――――――――――――


 ところ変わって、晩ご飯。

 宿屋をとる場合、食事をつけるかつけないかで料金が大分違っている。食事をつけない場合だと、つけた場合に比べてかなり安くなるので、ボクたちのメンバーはいつもつけない。外の安酒場とかで取ったほうが、お腹にもお金にもいいのである。

 なんだけど……

「なんですの?」
「……なんでもない」

 ミミィの食事を見て、ボクは文句を言いたくなる。どうにかこうにか、湧き上がる苛立ちを押さえ込んだ。

 ミミィの食事は、紅茶をはじめとして、なんかいろいろついている。おかげさまで、今日の食事代は、全員で銀貨が一枚と、銅貨が七枚。これじゃあ、ほとんど差額がつかない。ここまでやってきた意味もない。

「お前は少し、我々と食事のレベルを合わせたらどうだ」
「いつもは、これほど豪華ではないではないですか。いつもいつも保存食では、冒険の意欲も削ぎ落とされてしまうことですのよ」
「……ったく」

 と、ゴーズさんが文句を言った。このミミィの金銭感覚には、ボクと考えることは同じらしい。ゴーズさんは舌を打つが、ミミィは余裕の態度を崩さない。

 いつもは豪華ではないって、大して変わらないじゃんか。文句を言いたいけど、ボクには言えない。貴族の娘には、逆らえない。

 ゴーズさんは舌を打って、切り分けたお肉を口に運ぶ。一方のミミィさんは、お金のかかる紅茶を追加で注文していた。この金銭感覚が、ボクにはどうにも腹立たしい。そして、もう一つ――

「まーまー、いーじゃねーの。たまの贅沢って事もあるし、これでも宿屋で食事をつけるよか安いんだからよ」
「まあ、さすがはトウヤさん。よく分かっていらっしゃるのですね」
「……お前はどうなっても知らんぞ」

 フォローを入れたトウヤ君に、ミミィはふわりと微笑んだ。ゴーズさんがトウヤ君に文句を言うが、ミミィに褒められたトウヤ君はまんざらでもなさそうで、照れ隠しみたいに水を飲む。

 ――これだ。これ、なのだ。

 よりにもよって、この金銭感覚も壊れている女に、トウヤ君は惚れているのだ。きっかけはよく分からない。でも、分からなくもない。ミミィはボクなんかと違って、難しい言葉も知っているし、上品な態度を取っている。トウヤ君が惚れるのも――悔しいけど――分からなくもない。

 ――ボクは、トウヤ君が大好きなのに。

 だから、ものすごく腹が立つ。分からなくもないけど、腹が立つ。トウヤ君のこと、利用しているようにしか見えない。学が高いのは本当だろうけど、あの上品な言葉も態度も、上っ面だけなんじゃないかと思う。理由はない。ただのカンだ。なのにトウヤ君はミミィにぞっこんで、さっきもミミィの冒険用具で必要なものを全部見繕ってあげていたのだ。とてもとても、真剣な目で。幸せそうな、目で。

 ボクは、トウヤ君が大好きなのに。

 その時も、トウヤ君の傍にいたのに。

 あの時、トウヤ君の目は、その場にいなかったミミィに飛んでた。ミミィはトウヤ君に丸投げして、自分は遊んでいたに違いない。

 と。そんな目でミミィを見たら、この女、トウヤ君にふざけたことを言ってきた。

「トウヤさん」
「ん?」
「よろしければ、明日、遊びに行きませんか?」

 断れ。断ってよ。お金なんて、ないじゃないか。ミミィなんかと遊びに行けば、お金はトウヤ君が払ってばっかじゃないか。トウヤ君ばっかり、損してるじゃんか。だから、断っちゃってよ。

 そう願っても、現実は残酷だった。トウヤ君は嬉しそうに微笑むと、その提案を受けてしまう。

「お、おう、いいぜ。明後日からは路銀稼ぎで仕事になるだろうからな。明日は思いっきり遊ぶとするか」
「おい」

 横から、ゴーズさんの突っ込みが入る。だけどトウヤ君は、別にいいだろと笑ってしまう。

 ボクも、遊びに誘いたかった。だけど、ここから早く旅立ちたかった。

 ああ、きっと、あの二人の遊び代のせいで。ミミィの無駄遣いのせいで。また、旅に出るの、遅くなっちゃうんだろうなぁ……


――――――――――――――――――――――――


「おい、トウヤ」
「あん?」
「お前、あの女に惚れているのか?」
「――は?」

 夕食後。ミミィさんに遊びに誘われて湧き立つ気持ちを抑えながら、宿屋の男性部屋へと戻った俺は、一緒にいたゴーズにそんなことを言われた。

「……まあな」

 片目を閉じるという、我ながら気持ち悪い方法での照れ隠し。可愛らしい女の子がやれば目を奪われることだろうに、男がやって何になるのだ。

「そうか」

 しかしゴーズは、その点はスルーしてくれたらしい。本題はそこではないのだろう。ゴーズは基本的に、余計な話は好まない。

「……で、なんなんだ?」
「その恋慕。拙者は、反対だな」
「……理由を聞いてもいいか?」

 交際――は、まだしてないが――に対して、反対する。一応理由を問いかけたが、別におかしなことではなかったことを思い至る。修行と強さを追い求めているゴーズからすれば、女性との恋愛は反対であるに違いない。

「あの女。無駄遣いはするし、かといって戦闘面では足を引っ張るし、冒険面でもお前に丸投げだ。よほど、セナのほうが優れている」
「……はぁ」

 が、ゴーズの返事は予想から半分くらい離れていた。彼は、ミミィさんが嫌いなのだろうか?

「じゃあ、セナちゃんだったらいいのかよ?」
「そうは言っていない。女性との付き合いは精神のたるみを起こすゆえ、前提から拙者は反対なのだ。とはいえ、ミミィよりはまともであると思っている」
「結局お前はミミィさんだろうがセナちゃんだろうが反対なんじゃねえか」

 とはいえ、二人の女性を比べて、片方を明確に『こちらが上だ』という評価を下したことに関しては、ちょっと意外だった。十把一絡げとは言わないが、『自分の修行にとっては女っ気など邪魔でしかない』という一くくりで捨ててしまうようなゴーズにとっては珍しいことだ。

 といっても、どちらにせよ反対されているようだが。

「まあ、馬鹿をやらかしてピンチにでも陥ったら、いくらでも切り捨ててくれ」
「言われなくても、そうさせてもらう」

 それだけ言うと、ゴーズは部屋の隅っこへ行き、刀を抱いて座り込んだ。精神修行の一環なのか、晩飯後だというのにびしっと瞑想。しかもその後は、明日どんな服を着ていこうか考えたり、せわしなく周囲をうろうろする俺に眉毛の一本も動かさず、静かに瞑想を続けている。

 大したもんだった。


――――――――――――――――――――――――


「…………」

 ボクは今、泊まっている宿屋の屋上に来ている。屋上がない宿屋もあるけど、そうなったら外の、適当な所にいつも来ている。夜風に身を任せていると、少しだけ気分が楽になるのだ。

「おっ、先客か?」
「あ、トウヤ君」

 あと、理由はもう一つ。トウヤ君も、よく外の風に当たりに来ていることがあるのだ。タイミングが合うと、馬鹿騒ぎをした話とか、トウヤ君とゴーズさんの冒険譚とか、いろいろな話をしてくれる。特に冒険の話をしているとき、ボクが何かを教えてもらうときのトウヤ君の顔は真剣で、ここに来ている理由の半分は、彼目当てということもある。

 でも今日は、来ないだろうと思ってた。実際にいなかったし、トウヤ君はあの女とデートをするための準備に追われていると思ってたからだ。

「……ボクだったら、お金かけないで楽しめるのに」
「ん? なんか言った?」
「う、ううん、なーんにも」

 声が漏れちゃったらしい。ボクは、いったい何を言っているんだ。もしもそういう関係になれたとしたって、トウヤ君に迷惑をかけて、困らせてしまうだけなのに。

 でも、いつもなら『何かあるんだったら言えよ?』とか言ってくれるのに、明日のデートを考えているのか、今日のトウヤ君はボケてるらしい。

 ――悔しい。

 ボクには絶対にそうなれない関係を、ミミィはトウヤ君と結ぶかもしれない。嫌いな人が、好きな人と恋人同士になっちゃったら。ボクは、耐えることが出来るのだろうか。

 ……耐えなきゃ、いけない。

 耐え抜かなきゃ、いけない。

 だから――

「こんなところで、ボクなんかと話してていいの? さっさと部屋に戻って、準備してたほうがいいんじゃない?」
「馬鹿抜かせ。そんなもんとっくに終えたっつーの。まあでも、ちょっと着て行く服は悩んでるけどな」

 軽口を飛ばしたボクに、トウヤ君もにかっと笑って返した。ちょっと子供っぽくて、魅力的な笑み。どきっとしたボクに、トウヤ君はふと、思い至った顔になる。

「……あ、そうだ。どうせなら、お前もちょっと見繕ってくれよ」
「……え?」
「な、頼む。今度埋め合わせするからさ、このとーり」

 両手を合わせて、片目を閉じて頼まれた。

 

 ――ひどい。

 ――そんなの、ひどい。

 

 どうして、ボクが。好きな男の子が、嫌いな女に会いに行くための服装を、選んであげなきゃならないんだよ!

 しかも、そんな顔でお願いされたら、嘘つくわけにもいかないじゃんか!!

「…………」

 ――だけど。

 だけど。

「……分かった。ボクが、さいっこーの服、選んでやる」

 こんなことしか、言えなかった。それを聞いたトウヤ君は、ガッツポーズで満面の笑み。

「マジか! いやー、女の子からの目線って、やっぱり重要なんだよな! もう、お前みたいな頼りになる後輩持ってて良かったぜ! じゃ、早速頼めるか?」

 ボクは、ただただ、泣きたかった。


――――――――――――――――――――――――


「とはいったものの、そもそも服自体ねーんだよなー」

 男性部屋にお邪魔して、トウヤ君の広げた服を見る。上と下と、それぞれ二着。着ている服と、合わせて三着。冒険者は服を交代交代で洗う上、何日も着たきりということも多い。おまけに服はなかなかかさばる代物なので、大体二着か、三着あれば十分だった。トウヤ君は三着、ゴーズさんも三着、ミミィは……五着ぐらいあった。

「んで、どーよ。俺はこの服と、後こっちの組み合わせがいいと思うんだけど」
「……そうだね」

 お呼ばれしたのはいいものの、正直ボクに服のセンスなんかない。心身共に問題なく女なんだけど、服のセンスなんて磨ける環境になかったのだ。

「トウヤ君は、その服には自信はあるの?」
「いや全然。ない知恵絞って必死に考えた結果がコレなんだ。爆笑していいぞ?」
「…………」

 笑えない。こっちの気も知らないで。

 言いたいけど、言えない。爆発して、トウヤ君との関係を壊したくはない。

 だから、代わりに微笑んだ。彼の意見を、そのまま薦めてあげるために。

「大丈夫だと思うよ? 多分ボクも、この格好がいいと思う」
「お、そうか? んじゃ、この格好で行くとしますか」

 トウヤ君の顔に、少しの自信が浮かんできた。無駄と分かっていながらも、ボクは聞く。

「……ねえ、トウヤ君……」
「ん?」
「トウヤ君はさ、その……ミミィ、さんのこと、好きなの?」
「んー……ゴーズにもそんなこと聞かれたな」

 たるんでんのかなー、とかぼやくトウヤ君は、ぽりぽりと頭をかいてみせる。やがて、片目を閉じて、いたずらっぽく返してくれた。

「まあ、な。うじうじ悩むのは性に合わんし、明日スパッと告白でもしちまおうかと考えてるんだけど」
「なっ……!」

 だけど、その言葉はボクからすれば、いたずらを軽く超えていた。歯を食いしばる音が、自分の耳にまで聞こえてきそうだ。今の顔は、とても人に見せられるものではないだろう。

 でも、今日はいつもと違っていた。いつもなら、こんな話題になって、こんな顔でもしようものなら、トウヤ君は『なんかあったのか?』と話題を変えてくれるのに、今日はやっぱり、変わらない。よほど、明日のデートに頭が飛んでいるのだろう。

 そんなボクの気持ちなんか気付きもしないトウヤ君は、いつも通りの笑みを浮かべて言ってくる。

「まあ、それはともかく。セナちゃんには、好きな人とかいるのか?」
「…………」

 いつもは別に鈍くないのに。今日は本当に、ものすっごくボケている。えーっと、筋金入りとか言うんだっけ、こういうの。

 トウヤ君から教えてもらった言葉を考えると、少しだけ心は静かになる。でも、それでもまだ、さざ波のように荒れ気味で。

「あはは、そりゃ、いるよ。ボクだって、女の子だよ? 好きな人の一人ぐらい、いるっての」
「お、そーかそーか。お前に想われる男は幸せ者だな。どこにいるんだか故郷に残してきたんだか知らねーが、しっかり捕まえておくんだぜ?」
「――――っ!!」

 暴発しなかったのは、ある意味奇跡といってよかった。


――――――――――――――――――――――――


 トウヤ君の部屋から戻るや否や、ボクは女性部屋に駆け込んだ。が、すぐに部屋を飛び出した。部屋の中にはミミィがいて、あんな奴と顔を合わせたくなかったからだ。外に飛び出して、ボクは走った。気がつけば開けた場所にいて、ボクは荒い息をつく。思いっきり走ったからか、少しだけ気分は落ち着いた。

 ――トウヤ君を好きになったのは、一体いつからだったろう。

 最初、ある事情でたどり着いた町で、ほんの偶然から彼に会った。そのまま彼の紹介でゴーズさんに会い、ゴーズさんがスカウトしてきたミミィにも会った。トウヤ君は元々ゴーズさんと二人で旅をしていたみたいなんだけど、この町では三人以上はいないと依頼が受けられなかったために、手分けしてスカウトに当たったらしい。

 依頼の内容は、森に生息する変異モグラの退治。格闘技と魔法の両方を使う、好戦的で実力派のトウヤ君と、刀一本を相棒に、強さを追い求めるゴーズさんの二人からすれば、失くしもの探しとかよりはよっぽど早い依頼だったのだろう。

 なんだけど、ボクもミミィも、戦いの経験なんてなかった。一応ボクは攻撃魔術を、ミミィは回復魔術を使うことは出来たけど、実戦経験はゼロだったのだ。

 

 ――おかげさまで、最初の戦いは、散々だった。

 あの時の不幸は、いきなり背中から不意打ちを受けたことだ。つまり、接近戦を得意としているトウヤ君やゴーズさんではなく、魔術師の、しかも実戦経験のないボクらがいきなり敵に襲われたのだ。

 あの恐怖は、忘れようもない。ミミィの口から引きつった声が漏れ、ボクは多分、固まっていた。そんなボクらに、魔物は鋭い爪を振るって、集中攻撃を仕掛けてきた。

 数は三匹。ボクに二匹、ミミィに一匹。

「う……っ!」

 ミミィは咄嗟に攻撃を受け止めて、ボクは地面を転がって避けた。避けた、というよりは、恐怖で身をかがめた上を、モグラの爪が素通りしていったというのが近い。しかも、ミミィはともかく、ボクに襲ってきたモグラは二匹だったのだ。ボクはただ呆然として、もう一匹の魔物の爪を見ていることしか出来なかった。

 だが。

「何やってんだこの馬鹿ッ!」

 固まっていたボクの体が、ぐいっと後ろに引っ張られた。入れ替わるように前に出たのは、格闘技をやってるトウヤ君。火花が散るような音がしたけど、この辺はよく覚えていない。

「っの……足引っ張るなっつっただろうがよ!!」

 ボクが我に返ったのは、トウヤ君の悲鳴と、ゴーズさんが上げた怒りの声。うずくまったトウヤ君から零れ落ちるのは……血、だった。ボクをかばって、爪に切り裂かれてしまったのだ。

 ゴーズさんは、トウヤ君に追撃をかけようとした敵を斜め上から斬りつけて、さらに蹴りを入れてトウヤ君から突き放す。トウヤ君はその間に体勢を立て直して、拳を構えて攻撃態勢。

 その後は、ほとんど一方的といってよかった。ゴーズさんの刀はあっという間に敵を斬り落とし、トウヤ君もダメージを受けたとは思えない動きでモグラの一匹をやっつけた。だけど、それでも完全ではなかったみたいで、トウヤ君の横から、一匹の魔物が飛びかかった。

 ゴーズさんは間に合わない。トウヤ君も、攻撃の直後で体重の移動が利かない。

 だから――

「…………っ!!」

 だから。

 ぼーっとしているわけにも、行かないから。

 トウヤ君に傷を負わせちゃったのは、ボクだったから。

 だから。だから――

「やあぁぁーーーっ!!」

 無我夢中で左手から生み出した火炎の弾丸が、最後のモグラを黒焦げにした。

 

 それが、最初の戦いだった。ダメージを受けたトウヤ君をかばいながら宿屋に帰って、治療をしたのはミミィだった。その後、ゴーズさんはすぐにボクらのクビを言い渡した。当たり前だ。むざむざ足を引っ張って、味方をピンチにした人など、冒険者には不要だからだ。

 だけど、そんなことをされたらボクは困った。お金がないからだ。ボクは、あの場にとどまるわけにはいかなかった。少しでも、遠くに行かなきゃならなかった。だからどうしても、旅をするためにお金が必要だったのだ。

 だからボクは、土下座して頼んだ。どうか、連れて行って欲しいと。だけどゴーズさんは、眉毛の一本も動かさなかった。

 無理もなかった。ボクらがやったのは、それだけのことだったのだ。

 だけど。

「五日、猶予をくれ」

 どうしてか、トウヤ君はかばってくれた。ゴーズさんは凄く意外そうな顔をしていたけど、トウヤ君は難しい顔だった。

 その後ボクは、トウヤ君から冒険の基礎を徹底的に教わった。何も知らない事を知られると「しょーがねーなー」とか言いながら、トウヤ君は丁寧に教えてくれた。そんな彼の優しさが嬉しくて、ボクも必死に食らいついた。自分で言うのもどうかと思うけど、ボクはあの五日間で、それなりに実力もついたと思う。

 その結果。ぶつくさ言いながらも、ゴーズさんはボクの同行を認めてくれた。出かけてからも、トウヤ君はあれこれと色々教えてくれて……ボクはいつしか、その真剣な瞳に、恋をした。

 叶うはずのない恋だった。だけど、隣にいられるなら、満足だった。満足しなければ、いけなかった。

 でも、納得いかないのがミミィだ。途中で投げ出しかけて、ボクよりも全然、冒険の基本を覚える効率も悪かったのに。旅に出てからは、物資の用意も投げ出したのに。なのにどうしてか、トウヤ君は二人とも連れてきた。

 連れてくるのは、ボクだけでいいじゃない。どうしてそんな、やる気のない奴まで連れて行くのさ。

 何度、そう言おうとしたか分からない。だけど、ボクを連れて行ってくれるための手助けをしてくれたのも、トウヤ君だった。だから、ボクは何も言えなかった。

 ――でも、どうして。

 どうして、あんな奴を好きになっちゃうんだよ!

 あいつはボクより全然やる気もなくて、覚えも悪くて、金銭感覚も最悪で、ただ回復魔法が使えるだけの女なのに!

 近くの木を殴りつけたボクの気持ちは、また荒れ狂っていた。

 

 
 
 
 
 
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