第四十二幕

第四階層最深部


「……ここだ」
「ここですか?」

世界樹の迷宮第四階層最深部――地下二十階の階段を下りた小さな広場に、ギルド「紆余曲折」の一行は案内されていた。

案内したのは、彼らを利害関係の一致からしばらくの間匿ったモリビトの長、アルカナ。ある目的のために「紆余曲折」の面々に修行を行わせ、これはその最終仕上げというわけだった。

「では、最後の修行のルールを説明する。この階にいるモリビトの精鋭達、及びその守護鳥を倒せれば君らの勝ちだ。制限時間は日没までとし、倒すのにはどんな手段を用いても可とする。正面切って戦うもよし、背後から不意打ちを仕掛けるのもよし。一度に多数を相手にしてもいいし、一匹ずつ集中砲火して倒してもよい。とにかく、日没までにこのフロアにいる精鋭達を全て倒すこと、それが条件だ」

何か質問はあるか? そう付け加えるアルカナであるが、これだけ単純明快な内容に質問なんぞそうそう無い。故に、誰からも質問は出ることはなく、そのまま修行開始を迎えることとなった。

 

 

「さて――」

アルカナが去り、修行が始まる。とりあえず、彼らは円形を組んで座り込んだ。

「とりあえず、敵の兵力を把握しないと話にならん。ゲリュオ、相手はどれだけいる?」
「そうだな――」

ベルドの言葉を受け、ゲリュオは左膝を立てた。左手をその膝にかぶせ、軽く腰を浮かせる。瞳を閉じたゲリュオの知覚に、生あるものの存在が探知されていく。

「…………」

やれやれ、相変わらず凄えな――ゲリュオの探知能力に、ベルドは感心したような吐息を漏らす。ゲリュオの集中力は、並外れたというレベルではなかったのだ。優れた建築家が設計図の断片から建物の完成図を解き明かすことが出来るように、ゲリュオもまた相手の状況を完全に解き明かすことが出来るのだ。

まもなく、ゲリュオの集中の姿勢が解けた。

「分かったのか?」
「ああ。冷酷なる貴婦人と禍乱の姫君が四体ずつ、別のでかい気が三つずつ、さらに馬鹿でかい気が一つだ」
「なるほど、奴らか……」

ゲリュオの報告に、ベルドは眉を曇らせる。そこへカレンが聞いてきた。

「奴らって?」
「フォレストオウガとフォレストデモン。特殊訓練を積み、体まで変容させちまったモリビトの精鋭だ。モリビトを守るはずの貴婦人やら姫君やらより圧倒的に強え」
「……マジですか?」
「オウガは極限まで体を鍛えた者、デモンは自然と一体化して強力な術を覚えた者だ。とりあえず、対策法としては――」
「――待て」

と、話を続けようとするベルドに、ゲリュオが厳しい声で割って入った。その声音に、ベルドは説明の言葉を止める。

「どうした?」
「多分……貴婦人だ。奴の一体が、こっちに近づいてきてる。動けるか?」
「……了解。んじゃま、ウォーミングアップ代わりに叩き潰すとしましょうか」
「……待って」

ゲリュオの分析にベルドが頷き、剣を引き抜いて立ち上がった時。ヒオリが制止の声を上げた。

「どうした?」
「まだ、ベルドたちは動かなくていい。こいつら倒しても、そのオウガやらデモンやらと戦わなきゃならないんでしょ?」
「まあ、そりゃそうだが……」
「じゃあ、動かなくていいよ。今回は休んでて。ボク一人で相手するから」
「は?」

ヒオリの無謀ともいえる発言に、ベルドだけでなく全員の動きが止まる。それでもいち早く我に返ったゲリュオが、ヒオリに向かって問いかけた。

「一人で相手するって、いくらなんでも厳しすぎる。お前は基本的に魔法型だ、接近戦に持ち込まれたらアウトだろうが」
「分かってるよ、そんなこと。でも、アルカナが言ったでしょ? 勝つためには手段を選ばなくていいって」

ゲリュオの冷静な指摘にも、ヒオリの余裕は崩れない。そうこうしている間に、敵が姿を現した。ゲリュオの言うとおり敵は冷酷なる貴婦人で、一行を見つけると鞭状の蔦を振り抜いた。

「ちょっと待って!」

だが、敵が攻撃に入ろうとした瞬間、ヒオリが鋭い声を上げた。同時に篭手を外してベルドに渡すと、その両手を高く上げる。いわゆる、降参や無抵抗のポーズである。

「お、おい、ロードライト卿!?」

ツァーリが慌てた声を上げるが、ヒオリの耳には入らない。ゆっくりと近づくヒオリに、貴婦人は戸惑いながらも攻撃を仕掛ける素振りは無い。武器等を隠し持っていないことが分かっているのだろうか。

やがて、冷酷なる貴婦人の所に辿り着いたヒオリは、二言三言言葉を交わす。最初は普通に頷いていた貴婦人だったが、突然その顔が真っ赤に染まる。そこに勢いを得て耳元で囁くヒオリに、貴婦人は二、三歩よろめいた。

続いてヒオリが言葉を投げると、貴婦人は転がるように走っていく。その姿が木陰に消え、それを見届けるとヒオリはベルドたちの下へ戻ってきた。

「……一体、何をしたんだ?」
「すぐに分かるよ。とりあえず、フォレストオウガとフォレストデモンへの対策を教えて」
「え? あ、ああ――」

謎めいたヒオリの言葉に、ベルドは首をかしげながらも説明するしかなかった。

 

 

それから約一時間――冷酷なる貴婦人は、一行の前に戻ってきた。見るとそこにはいるわいるわ、貴婦人&姫君軍団、合計八匹。どうやら、ゲリュオが読み取った敵の気配、その貴婦人と姫君たちが勢揃いしていた。皆一様に顔を赤くし、若干息が乱れている。その様子を見て、ヒオリはおもむろに立ち上がった。

「うん、全員揃ったみたいだね。そんな顔しなくたって、ちゃんと全員相手してあげるから」

女性達に笑いかけるヒオリは、次にベルドたちのほうへ向き直った。

「それで、ベルドたちにも頼みたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「ロープ、ありったけ貸してもらえる?」
「ロープ?」

眉を顰めながらも、ベルドたちはヒオリにロープを渡す。何をするのか知らないが、この場でこんなことを言い出す以上、重要な意味はあるのだろう。篭手をベルドに預けた以上、たとえ裏切っても戦闘能力はゼロに近い。

そこまでしたのだ、よもや裏切ることはないだろう。そもそも、今現在ヒオリがベルドを裏切るメリットが思いつかない。彼女にとって、ベルドはほぼ最大の拠り所なのだ。

「ほいよ」
「うん、ありがとう」

ともかくそういうわけで、ヒオリは全員からロープを受け取り、それを束ねて肩に担いだ。そのまま周囲をぐるりと見渡し、木陰に向かって歩いていく。その後ろを、女性達がぞろぞろと着いていった。

「なんなんだ、一体――って、ちょっと待てぇ!!」
「どうした、エルビウム卿?」

首を捻ったベルドだったが、唐突にそれを察してしまった。思わず絶叫を上げるベルドに、ツァーリが横から聞いてくる。

そう、ゲリュオがかつてこの二体と戦ったとき――つまり、吹っ飛ばして木陰に挟んだ時に、彼女たちはどういう反応を示しただろうか。ワンテンポ遅れてゲリュオも気付き、珍しく狼狽に口ごもって意味も無く視線をさまよわせる。


――そして、その予想は違えられること無く、木陰からはいやにくぐもった声と妙に湿った音が響き始めた。


「――――――――っ!!」

カレンが声にならない悲鳴を上げて耳を塞ぐ。完全無欠の処女である彼女であるが、腐女子であり中途半端に性知識がある状態で、それがなにを意味するかも分からないほど無知でいることは出来なかった。というよりも、具体的な経験が無いからこそ、想像は果てしなく飛躍してしまう。

顔全体を真っ赤に染めて、カレンは木陰に背を向けた。さらに耳を手で塞ぎ、漏れ聞こえる物音をかき消すように絶叫する。

「いやーっ! 聞こえないっ、私は何も聞いてないーっ!!」
「騒がしい小娘であるな」

対して、こちらは動揺の欠片も見せずに、ツァーリ。そ知らぬ顔で『ル○イエ異本』を開き、時折大きな物音がしたかと思うと木陰に目を向け「おお、頑張っておるな」などとほざいている。

「いやーっ、誰か止めてーっ!!」


カレンの悲痛な(?)叫びが、枯レ森に木霊した。

 

 

あまりにも長かった木陰からの物音が途絶えると、カレンはようやく絶叫を止め――つまりは全部聞いていた――がっくりと疲れきったように崩れ落ちる。しばらくしてガサガサと草むらが鳴り、ヒオリがひょこっと顔を出した。

「終わったよー」
「終わったよ、じゃありませんよっ! 何やってるんですかあなたはっ!!」

数度の深呼吸で気を落ち着かせ、カレンはすかさず食って掛かる。対するヒオリは、ああと頷いてあっさりと返した。

「ゲリュオがこいつらと戦ったとき、偶然にも縛られ趣味だったことを見つけてね。日没までに十五連戦ってのはさすがにきついだろうから、こいつら纏めて叩いといた」
「叩いといたって、あなたね――」
「別にそんなに難しくなかったよ? とりあえず両腕上げさせて手首縛って、ついでに足も開脚させた状態で縛り付けたら、何を興奮したのかもう濡れてたからね。後は適当に言葉責めにした挙句に指突っ込んで――」
「アール指定かかるから止めろーーーーーっ!!」

放送禁止用語ギリギリの言葉を連発して詳細に語ろうとするヒオリに、ベルドは力ずくでその言葉をぶった切る。というか、下手をすれば行為の名称はおろか、その内容説明まで口に出すのもはばかられるほど単語を濫用して詳細に語りかねない。

「別にええんやないけ?」

と、ここでまさかのツァーリが反応してきた。

「誰が聞いているわけでもないんやし、ちょっと放送禁止用語を連発するぐらいで目くじら立てる必要もないんやないか?」
「……いや、まあ、そうなんだけどな……」

なんだろう、この苛立ち。というか、一体どうしたらこの可愛らしい顔からこれほどまでに卑猥な声が出せるのだろうか。しばし真剣に思い悩むベルドの体に腕を絡めて、ヒオリはごめんねと甘く囁く。

「ああするしか、なかったから。でも、指も、口も、胸も、足も、ぜーんぶベルドのものだからね? だから――」
「え、え?」
「帰ったら、上書きしてくれると嬉しいな?」
「ぐはっ!」

問いかけるヒオリに、ベルドは勢いよく鼻血を噴出してノックアウトした。上書きも何も、まだ彼女を抱いたことすらないわけで。そんなベルドに、あの言葉は刺激が強すぎる。

「お前な……」

言葉は聞こえておらずとも、大体のニュアンスは分かったのだろう。怒りを押し殺したような声で続けるゲリュオに、ヒオリは真面目な表情になって手を突き出す。そして、厳しい顔で一行に言った。

「とりあえず、冗談は置いといて――あいつら失神はしてるけど、まだ戦闘不能にはなってない。肉体的なダメージは皆無だから、一応打撃は与えといて」
「分かった」

ヒオリの言葉に頷くと、一行は草むらに飛び込んだ。

 

 

「うわ、すげえなこりゃ……」

一言で言うなら、物凄い状況だった。女性たちは一人の例外もなく秘部から体液を流しており、木陰はむせ返るような「女」の匂いで充満していた。長い間嗅ぎ続けていたらそれだけで発情してしまいそうな臭いを振り切って、ベルドたちは適度に女性たちを痛めつけていく。絶頂の余韻と縛られている状態で体の力が抜けているのか、ほとんどの女性たちはろくな抵抗もせずに倒れていく。数日は動けないようなダメージを叩き込みはしたが、一応命に別状は無いだろう。無抵抗ゆえに調整がしやすかった。

戦利品は濡れて輝く赤い糸と、同じく濡れた紫の糸。一纏めに束ねて袋に放り込むと、ベルドたちはその場を後にした。

ちなみにこの痛めつけている作業中、ベルドの鼻血は全く止まらなかったらしい。

単純に止まる環境ではなかったからなのだが、ヒオリが不満そうにベルドのことを見つめていた。

 

 

「んで、まあ、そういうわけで残りは七匹になったわけだが……」

木陰から大分離れた所で、半分頭を抱えるようにしてベルドが唸った。別に「ああいうシーン」が苦手なわけではないが、やはり間近で見ると迫力が違った。漫画にしたら黒い線が渦を巻いているであろう状況下に、ヒオリが首をかしげて聞いてくる。

「ベルドもしてほしかったの?」
「なわけねーだろ。俺に縛られ趣味はねーぞ」

小首を傾げるヒオリに、ベルドは呻くように返す。頼むからこれ以上余計なことを言わないで欲しい。やっと鼻血が止まったのに、これ以上でたら貧血モノだ。ベルドはヒオリが再び口を開く前に、速やかに話題の転換を図る。

「とにかく、残りは七匹だな……おい、ヒオリ」
「なに?」
「ひとまず、冷酷なる貴婦人と禍乱の姫君は全滅したって考えていいのか?」
「とりあえずはね。さっき、してほしかったら同じ趣味のお仲間さんたちを全員集めてきてって言っておいたから、多分全員倒したと思うけど……」
「つーか、よく正直に集めてきたな、あいつらも」
「それが性欲ってものでしょ? 特に人に言えない変態性癖の持ち主はね」

けろっと言い放つヒオリに、ベルドは複雑な心境で頭を抱える。その横で、ゲリュオが冷静に言葉を続けた。

「となると、残りはオウガとデモン、それからイワォロペネレプと考えていいのか?」
「多分ね」
「で……ベルド。もう一回確認するが、オウガが物理型、デモンが魔法型で間違いないな?」
「ああ。だが、それゆえに対策も単純だ。オウガには魔法、デモンには物理で攻めればいい。別に弱点って訳でもないんだが、あいつらの領分でまともにやりあうのは自殺行為だ。オウガとデモンは、それぞれ物理と魔法はとんでもねえ耐性持ってやがるからな」
「よし。ならば、どうやって倒していくかだが……ひとまず、ここからだとオウガの方が距離的には近い」
「じゃあ、オウガから倒せばいいんじゃないですか? 日没までとはいえ、早い方がいいでしょう」
「それが、そういうわけにもいかん。俺はそういう知識が無いからよくは分からんが、性的行為を行うとかなりの体力を消耗すると聞く」
「あれー? 実はゲリュオさんにも隠れてそういう趣味があったりするんですかー?」
「一般常識だ馬鹿者」

にやにや笑ってからかうような口調で言ってくるカレンに対し、ゲリュオは一言で切って捨てる。ちなみに男性が射精すると、百から三百メートルほどを全力疾走したのと同じくらいの体力を消耗すると言われている。女性は性交の際の脈拍や血圧の関係上、男性と比べると体力消耗はそこまでひどくはないのだが、やはりある程度の体力は使うだろうし、疲労感もあるだろう。

「というわけで、ひとまずは魔法抵抗の高いデモンから攻め落とそうと思うが、どうだ?」
「んー、まあ、確かにな」

とのゲリュオの提案に、ベルドも肯定に近い返事をした。ツァーリやヒオリ、カレンからも、特に反対意見は出ない。


今回ヒオリは一方的に責めていただけであり、別段快楽を与えられたり絶頂していたりするわけではないが、冷酷なる貴婦人と禍乱の姫君の数から推測すると単純に考えても八回連続で相手をしていたことになり、そうなると塵も積もれば山となる原理でそこそこの体力は消耗している計算になる。ひとまず休ませるに越したことは無いだろう。

「……なら、デモンから倒すか」

とのベルドの確認に、全員はひとまず合意した。

 

 

そして、一時間後――二体のフォレストデモンは倒され、最後の一匹もただいま激戦を繰り広げていた。


フリードリヒ・ヴァルハラとの一騎打ちで。


「なんでじゃっ!? 畜生っ!!」

片手にマッピングの地図を大事に抱えた間抜けな姿で、ツァーリは何かに向かって運命の理不尽さを罵っていた。

無論、それで状況が好転するわけでも無い。何とか逃げ出す隙を見出そうとして、身を潜めていた大樹の影から顔を出す。

途端、フォレストデモンが吐き出した炎の息吹がツァーリめがけて襲い掛かった。

「ぬおっ!?」

慌てて顔を引っ込め、ゴキブリのようにコソコソとその場を離脱していく。どうにか見つからずに距離を取ると、ツァーリは落ち着く意図を込めて深呼吸。

なんというか、本当に理不尽だった。いきなり強風が吹いたかと思うと立ち腐れしていた大樹が倒れ、さらにそれが引っかかて別の木が倒れといった連鎖反応で、いきなり「紆余曲折」は仲間四人とツァーリに分断されてしまった。仕方が無いので迂回して合流しようという話になったが、この移動中にフォレストデモンに捕まってしまったのである。

「……っていうか、なんじゃいこの状況は? 遭遇した先がキュラージ卿たち四人でなくて、なんでわしとの一騎打ちじゃ? わしゃそこまで日頃の行い悪かったかの?」

身の程をわきまえないセリフを吐きつつ、ツァーリは懐から何かを取り出す。出来ればあまり使いたくなかった代物ではあるが、命には代えられない。

ソビエト社会主義共和国連邦制・RGD-33手榴弾。八十グラムのTNT火薬を使用した、円筒形の炸薬に木製の柄を付属させたタイプの手榴弾である。内部に炸薬を充填、作動すると周囲に生成破片を飛散させることを主目的とした、いわゆる防御手榴弾に分類されるもので、有効な殺傷範囲は十メートルないし十五メートル。第二次世界大戦中期から使用され、その後もベトナム戦争において用いられたこともある手榴弾だ。

総重量七百七十一グラムの、他のものより若干重く作られた手榴弾の安全ピンを抜き放ち、肩のスイングを生かして投擲する。気配に気付いたフォレストデモンが追撃をかけるより早く、三秒半の時間を置いて手榴弾が爆裂した。

「グオォォォーッ!!」

狙い違わず、手榴弾はフォレストデモンに当たる直前に爆発した。至近距離での爆風にフォレストデモンは咆哮を上げ、撒き散らされた破片が立派な腕羽へ突き刺さる。

「ル○イエの館にて死せるク○ゥルフ夢見る内に待ちゐたりーっ!!」

その間に猛ダッシュして距離を詰めていたツァーリは、相変わらずいろんな意味でギリギリのセリフを吐きながら思いっきり跳躍した。その勢いを足の裏に全て載せ、ツァーリは足からデモンの上へ着地した。バキッという鈍い音と共に、足の裏から頭蓋の折れる感触が伝わる。

「うむ、決まった」

血の泡を吹くデモンの上でポーズを取ると、ツァーリは改めてデモンの顔を観察した。特殊な修行を積み、より自然と一体化したという「モリビト」。もう人というより鬼の顔で――

「……なんというか、すごい奴やの」

頭を抱えて、ツァーリはぼやいた。

 

 

「というわけで、フォレストデモンも全滅させることに成功したわけだが……」
「ツァーリ、お前、ときどき凄いことやるよな」
「わしに言うなヴォケェ!!」

二十分後――合流に成功した「紆余曲折」が開いた作戦会議で、ツァーリの魂の叫びが木霊していた。内容は当然、先に行ったフォレストデモンとの一騎打ちである。

あの後無事にツァーリと合流できた「紆余曲折」の一行だったが、ツァーリが持っていた森鬼の頭飾りを見て顔色を変えた。ちょっと待てと詰め寄るベルドに、ツァーリは何があったか状況を説明。様子を見に行き、フォレストデモンが倒れているのを確認して今に至るというわけである。

「とりあえず、後はオウガだけだな」
「そうだな。カレン、今何時だ?」
「ええっと、十二時ちょっと前です」
「オッケ。まだ大丈夫だな。ゲリュオ、気配は」
「すぐ近くに一つだ、今から行けば多分すぐに接触できる」
「了解。ヒオリ、ツァーリ。もう戦えるか?」
「もちろん。十分すぎるぐらい休んだよ」
「わしも大丈夫や。何かしらダメージを受けたとかそういうわけではないからの」


損失といえば、前時代の遺物を使ってしまったことくらいだ。

しかも、ヴァルハラ家の古文書を使えばいくらでも作れるし。

さらに、地味に爆弾魔なツァーリさんは作成方法も暗記してるし。


とにもかくにもそういうわけで、彼らはフォレストオウガの撃滅に向けて動き出した。

 

 

「冬将軍の前にファシストの兵器は無力と化す!」
「こいつも喰らえ、卸し焔ぁ!!」

ツァーリの封の呪言・上肢で動きを封じられたフォレストオウガに、ゲリュオの攻撃が炸裂する。オウガの視界が真っ赤に染まり、炎熱に苦悶の声が上がる。

フォレストオウガは、見た目からして恐ろしかった。巨大で強大な二本の角に、顎と下半身を覆う剛毛。鱗に包まれた両腕は太く頑丈そうで、頭を殴られでもしたら一発で首の骨が折れそうである。

その洒落にならない攻撃力もさることながら、恐ろしいことにデビルクライも習得済み。さらに頭縫いの羽・腕縫いの羽といった特殊技でこちらの動きを封じてくることもある、考え方によってはフォレストデモンよりもよっぽど厄介な敵である。

……即死系の技を持っていないのはありがたいかもしれないが。

「氷よ、突き抜けろっ!」
「行っくぜえぇ、チェイスフリーズ!」

炎と氷が入り乱れ、ツァーリの呪言がそれに混じる。ときたま飛んでくる攻撃はカレンによって回復され、やはり全般的に「紆余曲折」が押していた。だが、そんな最中に幸か不幸か戦場に二匹目が乱入してくる。

「ちぃっ!」

ベルドたちは即座に戦法を全体攻撃へと切り替えた。一匹一匹相手にするのも悪くは無いが、こうなったら多少のダメージを受けるの覚悟で二体同時に渡り合ったほうがいい。

「おらおらっ、死神様のお通りだぁ!」
「今日は話してなんかいられない、ボクの方が不利だから!」
「また微妙なネタをお前さんらは……」

呆れたような声を上げるツァーリの前で、フォレストオウガの豪腕がゲリュオめがけて振り下ろされる。それをゲリュオは身を捻って回避し――

「戦いを見くびるな!」
「キュラージ卿ーーーーーっ!!」
「え?」

『ブルータス、お前もか!』という口調で叫ぶツァーリに、ゲリュオはぽかんとした声で返す。どうやらギャグではなく素でのセリフだったらしい。しかし、フォレストオウガとやりあいながら「え?」とかいう間抜けな返事を返せるというのはある意味物凄く器用なのではないだろうか。ツァーリはどうでもいいところに感心した。

「雷よ、轟けっ!」
「つえぇりゃあぁっ!!」

そんな横で別のオウガに襲い掛かるは電撃の術式にトルネード。あらゆるものを黒焦げにする高圧電流と何もかもを切り裂く鋭い風。一瞬の後にはゲリュオの火炎螺旋槍が炸裂し、フォレストオウガを吹き飛ばしていく。


「――よし、一気にカタを付けるぞ! ヒオリ、術式を頼む!」
「分かった! ゲリュオ、離れて!」
「了解――土産だ、食らえ!」

ヒオリの声に、ゲリュオは後方めがけて地面を蹴った。同時に気炎を二発の矢に具現化すると、置き土産とばかりに腕を振るって発射する。威力はそこまで高くはないが、敵を怯ませるには十分だった。一瞬動きが止まった敵に焦点を合わせ、ヒオリは術式を叩き込む。


「雷よ――」


「――荒れ狂えぇっ!」


瞬間、大地を揺るがす轟音と共に、超強烈な大雷嵐が放たれる。その雷は大地を穿ち、空を駆け抜け、全てを貫き引き裂いた。

超人的なまでの意志力だった。そして、それを完全に制御した集中力はさらに凄まじい。元々の生活環境に加え、槍使いの少女に課せられた修行、そしてベルドと、ゲリュオと、ツァーリと、まさに切磋琢磨して鍛え上げた、これはその賜物だった。

そして――

「――ぶっ飛びやがれえぇぇーっ!!」

――ベルドのチェイスショックが、フォレストオウガを薙ぎ倒した。

 

 

「よっし、これで全部か……」
「ベルド、はい」
「お? おお、助かる」

フォレストオウガを叩き潰し、モリビトの精鋭を全て倒したベルドたちは、木陰に座って休憩していた。大きく息をついたベルドに、ヒオリが水を差し出してくる。

「これで、残りは一匹だけだな……」
「……イワォロペネレプか」

そこへ、ツァーリから借りたタオルで額の汗を拭いながら、ゲリュオが割って入ってきた。話を聞いて、水を飲んでいたベルドも一つ頷く。

「カレン、今何時だ?」
「一時です。とりあえず、お昼を食べて小休止したら向かいましょう」
「そうだな」

日没まではまだ間がある。この階には他の敵はいないらしく、休憩を取るのにも最適だろう。万全の体制を整えるべく、彼らはしばしの休息を取るのだった。

 

 

「……………………」

世界樹の迷宮第四階層最深部――その中央部で、ベルドたちは天空の彼方を睨み据えていた。ゲリュオの言った、気配の真下に位置する場所で、立派な祭壇や神社こそないが、それでもどこかぴりぴりするような威厳は辺りをずっと支配していた。


「…………!」


天空から鋭い声がする。赤い瞳に白い脚、黄金に輝く風切り羽――それがモリビトの守り神、その玉座に最も近きところに位置する守護鳥・イワォロペネレプだった。

「…………」

イワォロペネレプは何も言わない。何かを問うでもなく、何かを告げるでもなく、黄金の翼が雷を帯びる。


最初から、言葉など要らなかった。滅殺の意志、ただそれだけを瞳に秘めて、戦いは轟音と共に幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

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