第三十九幕
停滞切り裂く光の刃
もしかしたら、気絶していたのかもしれない。痛む体を抑えながら、ゲリュオ・キュラージは立ち上がる。強烈な斥力を浴び続けていたせいか、どうも体に違和感があった。あえて擬音にするならふわふわするといったような、そんな妙な浮遊感。
「夜影刀は……?」
一拍遅れて、我に返る。顔を向けると、そこにあったはずの夜影刀は無く、あの強烈な斥力の放出も止まっていた。
「…………」
とりあえず、その場にがくんと座り込む。出来れば今すぐにでも、消えた夜影刀を追いかけたかったのだが、まずはこの体をどうにかするほうが先だ。
体中に流れる「気」を操作し、両の掌に集中する。そして、それを――
「……ん?」
――体に当てようとしたとき、それに気付いた。
己の右手に握られる、夜影刀の存在に。
「…………」
ゲリュオは目をしばたかせる。意識が未だに朦朧としているせいか、気絶している間に偽物でもつかまされたかと、わけのわからない思考が脳裏をよぎる。とりあえずそれが本物かどうかを確かめるため、ゲリュオは夜影刀に「気」を注ぎ込み――
「――うっ!?」
まだ意識がはっきりしていなかったらしい。かなりの量の「気」を注ぎ込んでしまい、しかも己の体に何の防御も張り巡らせていなかったため、溢れ出した斥力にまともに体を打ちつけてしまった。宙に浮かされこそしなかったもののゴロゴロと地面を豪快に転がり、洞窟の壁に衝突する。
「きゅう……」
ベルド辺りが聞いたら大爆笑しそうな呻きを上げ、ゲリュオは頭を抑える。直撃を食らったのだから当然といえば当然だろうが、なんというかめちゃくちゃ痛い。
とりあえず、先ほど同様、ゲリュオは己の掌に「気」を集める。それを頭と腹に当て、文字通りの「手」当てを開始。しばらくそのままの体勢を続け――
「っ、く……」
体の治療を完成させる。応急処置を終えたゲリュオは、先ほど斥力を放出させてしまい手を離してしまった夜影刀の元に歩み寄り、それをかがみこんで拾い上げた。そして初めて、ゲリュオは夜影刀を正面から見つめる。
「…………」
美しい。月光を思わせる蒼い刀身と、その月の欠けている部分を象徴したのであろう、黒い柄。かの伝説の刀鍛冶が己の命と引き換えに編み出した、七大器の一つとしても名を残す、芸術品とも言うべきその刀。
長い年月の間に正しい銘は失われ、それでもなお語り継がれた伝説の宝刀。打たれた銘は――
「……『蒼月』か……」
夜影刀“蒼月”であった。
「……どうやら、認められたようだな」
「お前は……」
夜影刀“蒼月”を手に入れ、さらにその横に置いてあった刀の鞘と小手も回収。そのまま用は済んだとばかりに撤退しようとしていたゲリュオに、静かな声がかけられた。
「やはり、消えてなどいなかったようだな」
「……気付いていたのか」
「当たり前だ」
相手の言葉に、ゲリュオも冷たく切り返す。そう、それは夜影刀の守護者としてゲリュオと一戦を交え、「気」を纏った一撃を食らって葬り去られた、あの男だった。
「何か用か。夜影刀なら既に手に入れたぞ」
「見れば分かる。だからこそ、私は再び貴様の前に現れたのだ」
「…………?」
首を傾げるゲリュオの前で、男は再び刀を抜いた。
「確かに、貴様は夜影刀を手に入れた。だが、貴様は本当にそれでいいのか?」
「……何がだ」
「――夜影刀は、その研ぎ澄まされた刃から放たれる斬撃のみにあらず。放たれる斥力と組み合わせ、初めてその真なる力を表すのだ」
「…………」
語る男の目の前で、ゲリュオはなるほどと頷いた。こういう洞察力も優れていなければ、侍なんぞやってられない。
「……つまり、斥力をコントロールできなければ夜影刀は使いこなせないということだな?」
「その通りだ」
「で……用件はその忠告か?」
「ああ。それと、望むなら貴様に修行の場所を用意しようということだ」
「修行場か……出来れば用意してもらえるとありがたいな。だが――」
「だが、なんだ?」
「その修行場とやらは頑丈なのか? 並の場所だったら下手をすれば吹っ飛ぶぞ」
ゲリュオの言葉を冗談とでも受け取ったのか、男は笑った。だが、その言葉は当然冗談なんかじゃなかった。斥力の修行といっても、当然斥力「だけ」を使おうとするわけが無い。ゲリュオの力である「気炎」だって当然組み合わせるだろうし、爆発的な「気」の放射を迸らせることだってあるだろう。であれば、彼の言葉通り並の修行場だったら場所ごと吹っ飛ぶ。というか、燃える。
「その心配は無い――行くぞ」
男が刀に「気」を込めると、その刀から光が迸った。光は真上に垂直に伸び、その天井と衝突した瞬間、そこに幾何学的な文様を刻む。それの意味するものは「閉鎖」。組み上げられた結界が、数十分前にゲリュオと男が戦った広間を覆いつくしていく。
「……ほう」
その結界を見て、ゲリュオは感嘆の吐息を漏らした。どれほどの量の「気」が込められたのか、並大抵の衝撃では吹っ飛びそうに無い。
「お気に召したかな?」
「ああ」
おどけた口調で語ってみせる男に対し、ゲリュオはふっと笑ってみせる。たしかに、これだけ丈夫な修行場などそう無いだろう。
「ところで……」
「なんだ?」
「貴様、修行法は決めているのか?」
「ああ、もちろんだ」
「よかったら、前の持ち主の修行法を教えてやってもいいが――」
「必要ない。俺は――」
――俺の修行で、夜影刀をものにする。
そしてゲリュオは「気」を練り上げ、斥力の第一波を前方めがけて撃ち出した。
「…………」
抜けていた。モリビトの里で、今まで誰一人として抜くことが出来なかった宝剣が、恐らくは誰も考えなかったであろう、かつて追放された忌み子の手で。
「べ、ベルド……」
ヒオリの声も、ベルドの耳には入らない。揺れながらも吸い付いたように離れない、その視線は――
「浅、緑、剣……」
たった今、自分が抜き放った剣に向けられていた。
木漏れ日を思わせるような、緑色の刃。波紋がゆるく動いているように見えるのは、剣の中に自ら飛び込んだ大気の精霊の力だろう。
「ねえ、ベルド……」
「…………」
「ベルドったら!」
「うおっ!?」
どうやら、半ば以上呆然としていたらしい。耳元で叫ばれ、ベルドは地面から二十センチ近く飛び上がる。その様子を見て、背後のツァーリが苦笑していた。
「な、なんだ、ヒオリか……どうした?」
「どうしたって、それはこっちが聞きたいよ。どうするのさ、それ?」
「いや、どうするって……あー……」
宝剣を右手に持ったまま、ベルドは苦笑して首を捻る。抜くことが出来るかもしれないと思っていたばかりで、実際抜いた後のことを考えていなかった。取らぬ狸も、少しくらいは皮算用をしておかなければ行動するに出来ないらしい。しばらく考えたベルドが選んだのは――
「とりあえず、アルカナに報告に行きますか……」
――最も無難な選択肢だった。
「族長ー」
「ん?」
「浅緑剣の鞘作ってもらえますかー?」
「ブッ!」
数分後、モリビトの里・族長宅――茶を飲んでいたアルカナに、ベルドは思いっきりそれをぶっ放した。狙い通りに茶を吹いたアルカナは、気管支に入ったらしくげほげほとむせる。里に来てから散々こいつの掌の上で踊らされていた感があったベルドは、そんな無様な姿を見て若干スカッとした感情を抱いていた。
「な、何を作れって?」
「これの鞘ー」
さすがに一回では信じられなかったらしく、アルカナは驚いた様に問い返してくる。それに対し、ベルドは持っていた剣を差し出した。
美しい緑色に淡く輝く、浅緑剣と銘打たれた七大器を。
「ま、まさか……」
それを見て、アルカナは愕然と声を漏らす。
「……まさか……抜けたと、いうのか……?」
「ええ」
「まさか……」
それでもやはりにわかには信じがたいのか、アルカナは呻くように声を発する。その言葉に、ベルドは口調と態度を切り替えた。
「……抜いたと、いうのか……忌み子として蔑まれ、記憶すら封じられて追放された、君が……」
「……みたいですね」
「そう、か……」
しかし、そこにある現実は変わらない。厳然とそこにある「真実」を前にし、アルカナは信じられないという面持ちでありながらも一つ頷く。
「……参考までに、聞いていいか?」
「なんでしょう?」
「あの時――私が君をあの場へ連れて行ったとき、君は確かにこれを抜くことは出来なかったはずだ」
「はい」
「なのに、今、君は剣を持っている」
「そうですね」
「ありふれた質問だろうが――何故、抜けた?」
「何故って――」
一人なんかじゃなかった。仲間と一緒に剣を抜いた。たったそれだけのことで、それ以外のことは何もしていない。だが、きっと、それが――
「――そうか」
ベルドの目を見て、隣に立っているヒオリを見て、アルカナはそれを察したようだ。
「――そういうことか」
そう、本当にそれだけのことだったのだ。
たった一人で戦い抜き、その命を引き換えにして、英雄はこの里を救った。
伝説は謡う。この剣を振るった英雄と、敵対する魔術師は、相打ちになって死んだのだと。
そう――きっと、その英雄にも、たった一人助太刀してくれた人がいたならば、きっと相打ちになることなどなかっただろう。たった一人助けてくれる人がいれば、彼も死ぬことは無かっただろう。だからこそ、英雄は言いたかったのではないだろうか。
人は、決して一人で戦うものではないと。
だから、ベルドは剣を抜くことが出来た。ヒオリ・ロードライトという、かけがえの無い存在の力によって。
気付けば、簡単なことだった。フリードリヒ・ヴァルハラという仲間がいたから、そしてヒオリ・ロードライトという何よりも大切なものがいたから、ベルドは剣を抜くことが出来た。
本当にそれだけの――簡単なことだったのだ。
「……分かった」
その姿を見て、アルカナは頷く。
「その剣に相応しい、立派な鞘を作ってみせよう。我らがモリビト、その総力全てを以って」
「……お願いします」
アルカナの言葉に、ベルドは頭を下げる。では、その剣を貸してもらえないか。そう言って近づいてきたアルカナに、ベルドは剣を差し出した。
反射した斥力が返ってくる。球体状に圧縮された斥力は四方八方から襲い掛かり、打ち出したゲリュオ本人を押し潰さんと迫ってくる。それに対し、立っているゲリュオは微動だにしない。
「――――っ!」
跳躍。一瞬遅れ、先ほどまでゲリュオが立っていた位置で斥力球が爆裂した。着地したゲリュオは即座に二発目の斥力球を作り出し、今度は上空含めた九方向にぶっ放す。ベルドの風もかくやという勢いで球体は飛び、夜影刀の守護者が張り巡らせた結界に反射して返ってくる。今度は上空にも逃げられない。だがゲリュオは微動だにせず、さらに斥力球を組み上げる。
「――圧斥球!」
その言葉と共に、ゲリュオの握る夜影刀が、持ち主の意思を反映したかのごとく斥力を発生させる。生じた球体は総じて九個。一つ一つが迫り来る斥力めがけて発射され――
「っぐぅっ!」
その全てを迎え撃った。だが、その副作用で発生した衝撃波は、容赦なくゲリュオの全身を打ちつけた。しかし、ゲリュオはそれでも体勢を崩さず全ての衝撃を凌ぎきる。
「ふむ――」
と、そんなゲリュオの横から、考えるような声がかかる。かつて(というほど昔でもないが)ゲリュオと戦った、夜影刀の守護者だった。
「大分、斥力を操れるようになってきたな」
「まあな」
ゲリュオが夜影刀を手にしてから、既に五日が経っていた。その間の修行に思いを馳せ、ゲリュオは頷く。
最初は本当に大変だった。球体を作り出すどころか、単に斥力を発射したときに生じる反動すら受け流せず、大怪我をしては男に傷を回復してもらうというサイクルが続いていた。
男は、完全な精神体だった。「気」を纏わせなかった攻撃が通らなかったのも道理であり、ほとんど魂だけの存在のようなものだという。だが、そのために回復も速く、己の魂の一部をゲリュオに注ぐことにより、彼の自然治癒力を活性化させるようなこともできる。よって、ゲリュオは傷を負っても一瞬で回復できる上、ほとんど不眠不休で修行を続けることが出来ていた。
が。
「そろそろ、一旦休め。いくら私の力があるとはいえ、そのままでは先に肉体が限界を迎えるぞ」
「……ああ」
いくらなんでも、そんな「力」にも限界はある。男の言葉にゲリュオも頷き、素直に夜影刀を鞘に収めた。
「ではこれが、浅緑剣の鞘だ」
「おお……」
そんな光景からさらに三日後――モリビトの里では、ベルドがアルカナから浅緑剣を納めた鞘を受け取っていた。意匠の凝ったデザインと、素材の時点からグリンヴァルド及びグリンドルイドたちが総出で大気の精と交信しその魔力を込め続けたという、恐ろしく強大な魔力を感じさせる代物だった。当然剣にもこれ以上ないくらいに馴染んでおり、モリビトの総力を込めて作り出すというアルカナの言葉に嘘はなかった。
「つぁっ!」
そんな鞘から抜き放った剣を振るい、ベルドはその質感を確かめる。続けて二度、三度――回数を重ねるごとに、ベルドの顔に笑みが溢れる。
違和感が無い。まるで腕の一部のように、面白いほど手に馴染む。手に入れてすぐアルカナに渡してしまったために振るう暇も無かったのだが、まさかこれほどまでに手に馴染むとは――
「お気に召したようだな」
「ええ。これは――」
興奮で、声が上ずる。その興奮冷めやらぬまま、ベルドは剣を収めて――その感覚にも笑みを浮かべて――アルカナに言った。
「ありがとうございます! こいつなら、俺はますます高みを目指せますよ!」
「そうか」
そんなベルドに、アルカナは笑ってそう言った。
「んじゃあ、俺また修行してきますわ!」
「ああ」
しゅびっ、と手を上げ、隣に居たヒオリと共に立ち去ろうとする。だがその姿に、アルカナが声をかけて呼び止めた。
「待て、ベルド」
「はい?」
「修行を命じた私が言うのも、どうかと思うが……まさか浅緑剣を抜くほどになるとは、正直想定していなかった」
「…………」
「ここまでの実力を持つ君らに、これ以上この場で修行しても、果たして意味があるのかどうか……」
「――貴様らしくない考え方だな、アルカナ」
「……なに?」
難しい顔で続ける男に、後ろから重厚な声が答えた。振り返った先には、刀を鞘に納めた男がいる。
「ゲリュオ。帰ってきてたのか」
「ああ。先にアルカナに報告しておこうと思ったのだが……なんだ、先ほどの貴様の言葉は」
容赦のない毒舌で、ゲリュオはアルカナに言葉を投げる。ベルドも全く同感であり、腕を組んで言葉を続けた。
「正直、その通りですね。俺らが修行を終えたか否かなど、俺らが判断することです。それに、浅緑剣を使いこなす修行もまだしていない、ゲリュオだってこのモリビトのプログラムはまだやってない。得られるところはあるはずです」
「……そうだな。失礼した」
口々に続ける二人の言葉と、それに深く頷いているヒオリを見て、アルカナは小さく失笑を漏らして頭を下げた。その頭が上げられて、アルカナは続ける。
「ならば、気の済むまで、修行を積み重ねるがよい。君らの力が、この里と世界樹を切り開く刃となってくれることを、心から祈り続けているよ」
「上等だ」
刀の柄に手を当てて、ゲリュオが不敵な笑みを漏らした。
数分後。
「言いそびれたけどさ。久しぶりだな、ゲリュオ。元気そうで何よりだ」
「お互いにな」
ゲリュオと再会したベルドは、軽く笑って右手を出した。当のゲリュオも右手を取り、二人は軽く握手を交わす。続いてヒオリも右手を出すと、ゲリュオは少々困惑気味にその手を取った。相変わらず、女性慣れはしていないらしい。そんな姿を見つめながら、ベルドはゲリュオに問いかける。
「……お前、何か変わったか?」
「何がだ?」
「何がって……いや、具体的にどうとはいえないんだが、こう、感覚的に」
「なんだそれは」
ベルドの問いかけに、ゲリュオは笑う。そんなゲリュオに、ベルドは何かに気付いたように言葉を続けた。
「そういや、お前……黒装束なんて持ってたっけ?」
「ああ、これか? 故郷に戻って初心に帰ってな。で、そのときに手に入れてきたんだ」
「その小手もか?」
「ああ」
そうか、とベルドは一つ頷く。じゃあ、その刀もか。そう聞いてやろうかとも思ったが、その直前でふと気付いた。理屈も根拠も無いが、分かってしまう。
だから、ベルドは質問を変えた。
「なあ」
「なんだ?」
「もしかして……お前もなのか?」
その問いかけに、ゲリュオはふっと笑ってみせた。
「なるほど……じゃあ、お前もだったのか。ふん、俺の目に狂いは無かった、ってことか……」
「らしいな。まあ、こうでなけりゃ面白くねえ。で、その能力は?」
「斥力だ。それも、とてつもなく強力な、な」
基本的に手の内は隠しておくものだが、仲間にまで隠す意味は無い。敵を欺くにはまず味方から、という言葉もあるにはあるが、そもそも欺く敵がいなければ意味は無いだろう。ざっと自分の能力を説明し、ゲリュオはベルドに聞き返す。
「お前のは、何なんだ?」
「おそらく……大気の精と交信できる能力だと思う。まだ漠然としてて、明確な確証はないんだけどな」
「ということは、お前がそれを手に入れたのはつい最近ってことか」
「いや、鞘が無かったんでアルカナに預けて作ってもらってたんだ。じゃあ、お前のは最初から鞘があったのか?」
「ああ、一応な」
さすがは冒険者の会話というべきか、それとも戦士の会話というべきか。手早く互いの情報を交換し、仲間の力を把握していく。そんな中、ヒオリが声をかけた。
「ねえ、ゲリュオ。ちょっといいかな?」
「なんだ?」
「ゲリュオってさ、その斥力を操れる修行は終わってるの?」
「いや、実はまだだな。一応操れるようにはなったが、まだ満足のいく練度まで到達してない。一月経ったら帰るといった以上、まず約束は守るべきだろうと思ったからな」
「どの辺が不満なの?」
「この斥力は強烈でな、飛び道具や弓矢、果ては相手の術まであらゆるものを跳ね返すことが出来る。無論、そんなに強いものを跳ね返そうとするなら大量の『気』を消費してしまって、その反動でしばらくは斥力を使えなくなりそうだがな。そこまで強くない術なら、普通に跳ね返すことも出来るはずだ。だが、そこまで強い斥力を発生させるとなると、俺の制御が利かなくてな。その辺をもう少し鍛えるべきだと思っている」
久しぶりの再会だからか、ゲリュオはいつもよりも饒舌だった。その説明を聞いて、ヒオリはうーんと小さく唸る。そして、おもむろにヒオリは顔を上げた。
「ねえ、ボク、いいことを思いついたんだけど」
「なんだ?」
「その前に、ツァーリ呼んできていい?」
「ツァーリ?」
そして、それから一週間後。
モリビトの里、その郊外では、莫大な力が荒れ狂っていた。
力の中心にいるのは、たった四人の人間たち。それなのに、このかなり開けた場所は、まるで暴風雨のように他の立ち入りを許さない。
「えやあああああっ!」
「おああああああっ!」
ヒオリの爆炎とゲリュオの斥力が、覇権を賭けてぶつかり合う。込められた『気』と『魔力』が爆発に近い衝撃波を伴って拡散し、その余波だけで岩を、枝を、大地を、薄っぺらい紙細工か何かのように粉砕した。
「死ぬなよ、エルビウム卿!」
「まだ強くなんのかよ、畜生っ!」
その横では、ツァーリがますます強大な魔力を込めて、ベルドを縛り上げていた。対するベルドは、そこからもあがいて動こうとする。両者一歩も譲らず、既に汗は滝のように滴り落ちていた。
ゲリュオが「紆余曲折」に合流してから一週間。ベルドたちは、この間ずっとヒオリの考えた猛特訓に明け暮れていた。
ヒオリの考えた修行プログラムは、決して複雑なものではない。ゲリュオとヒオリ、ベルドとツァーリの二組に分かれて行う、至極単純なものだ。だが、全員の求めているものを冷静に考えれば、これはかなり有効な修行だといえるだろう。
片や、敵の術を跳ね返せるほど強力な斥力を求めるゲリュオ。片や、破壊力を底上げするために術式の精度を求めるヒオリ。さらに、呪言を使いこなすための魔力を求めるツァーリと、敏捷性と防御力、そして持久力を追及するベルド。
前者の二人が互いにやり合えばそれだけで修行になるのは当然のこと、ツァーリがベルドに呪言をかけ続け、ベルドがそれの中でも動こうとすれば、この一見食い違う目的を持つ後者の二人もあっさりと括りつけられる。故に、この二つの修行は、両者の実力が伯仲していることもあって、互いに凄まじい効果を発揮した。しのぎを削るとはこのことである。
午前中は実戦に近いこの訓練。午後は各自で個人的な修行。ヒオリ以外の三人は全員奥地に籠もるものの、その中では別行動だ。
森林の奥、河と交わる場所で、ベルドが抜き身の浅緑剣を置いて大気の精霊に語りかけている。その河を遡ったところにある大きな滝では、ゲリュオが滝に打たれ続けていた。そこからかなり離れた静かな所で、ツァーリがぶつぶつ呟いている。ヒオリは開けた場所で、タッグ戦では出来ない空間系の術式の修行を積んでいた。奥地に籠もらないのはなんのことはない、単に空間系の術式を操るのに際して密集している木々が邪魔なだけだ。
「吹っ飛んじゃえっ!」
「小娘がっ!」
「これで終わりじゃあぁーっ!」
「まだだ、まだ終わらねえぇーっ!」
そして――午前中の修行は、いよいよ佳境に入ろうとしていた。