第三十一幕

逡巡


「エルビウム卿。ちょっとええか?」
「おう?」

ある日の夕方、部屋でのんびり昼寝をしていたベルドは、部屋の扉をノックする音に目を覚ました。なんだ? 返事を返すと扉が開き、仲間のフリードリヒ・ヴァルハラ(愛称ツァーリ)が顔を出す。

「……なんというか、眠そうな顔やな」
「寝てたからな。で、何か用か?」
「うむ。実は、モリビトの長から使者が来ての」
「長って、アルカナ? 『異国の月』の連中じゃなくて?」

ツァーリの言葉に、ベルドは若干眉を顰めて返事をした。

『異国の月』とは、現在彼らのギルド『紆余曲折』と共にモリビトの里に滞在している冒険者ギルドで、クランベリー・クラインという一人のメディックと、セガールという姓を持つ家族の面々で構成されているギルドである。『紆余曲折』の一員であるカレン・サガラはこのセガール家の次女であり、母親のローラとの関係に問題を抱えていた。

別に虐待云々ではない。むしろ逆である。ローラは子供達に対する過保護な性格が災いし、そしてカレンは随分長い間家族に会っていなかった反動で甘えが全面に出てきてしまっており、親離れ及び子離れが出来ていない状態に陥ってしまっていた。これを重く見たカレンの父(つまりローラの夫)キョウスケ・セガールは、『紆余曲折』の面々と一度カレンの身の振り方について話し合いの場を持つことを提案、そのときは『紆余曲折』も別の問題を抱えていたため、とりあえずその問題が解決したら『紆余曲折』側から使者を送ることで同意していた。その問題は数日前に一応の解決を見ており、この日の朝ツァーリが使者として『異国の月』の宿舎へと赴いてその旨を伝えていた。

そのようなことが今朝あったため、その返事が来たのではないかと思ったベルドだが、話は全く違っていた。

「で? アルカナのジジイはなんだって?」
「別にジジイやないんとちゃうか? ついでに一応お前さんらの長やろ? ええのかそんな言い方で」
「記憶封印した挙句に追放しやがった男にどうして敬意を払わなくちゃなんねーんだ。幼くピュアなベルド少年の心はこっぴどく傷ついたんだぜ?」
「封印されてたんやろーがその時お前さんグレインやったろーが。どっから突っ込めばええんじゃ」
「えーっと、この国の経済政策について?」
「なんでいきなりそういう方面に話が飛ぶんじゃボケ! つかお前さん絶対寝てなかったやろ!」
「いんや、寝てたぜ?」

ベルドの答えは本当であるが、ツァーリの叫びもよく分かる。というか、寝起きでここまでボケられるというのはある意味賞賛に値するのではないだろうか。

「で、アルカナのジジイがなんだって?」

ひとしきり引っ掻き回しておきながら、ベルドはしれっと言ってのける。いっそのこと「畏れよ、我を」でもぶっ放してやろうかと思ったがぐっとこらえ、ツァーリは用件を切り出した。

「明日の朝、『紆余曲折』のメンバー全員アルカナの屋敷に集合やそうだ」
「ん、りょうかーい」
「わしはキュラージ卿とロードライト卿へ伝えてくるから、お前さんはサガラ卿を頼めるかね?」
「へいへーい」

サガラ卿ことカレンは、現在『異国の月』の宿舎で寝泊りしている。たまに思い出したかのように『紆余曲折』の宿舎へとやってくることもあるが、そのことからもカレンが揺らいでいることが分かる。やれやれ――そう一つため息をつき、ベルドは宿舎を後にした。

しっかり剣を掴んでいくのは、剣士たるものの基本かもしれない。

 

 

 

そして、翌日。一行は、モリビトの長・アルカナの屋敷に集合していた。

「来たね、紆余曲折の諸君。こんな朝早くから、申し訳ない」

と、予定調和のように謝罪して、アルカナはひとまずベルドに聞く。

「体の調子はどうかね?」
「ま、大体回復してますかね。おかげさまで、今はベルドで安定してますよ」
「そうか……」

その報告を受け、アルカナはふむと頷いた。

「ならば、今回の話を持ち出しても大丈夫そうだな」
「…………?」
「今回、君の記憶を取り戻したのは、今からする話と奥深くの部分で関係している」

疑問顔のベルドに、アルカナは話を始める。

「実は……ここ数年、我がモリビトの里は、ある魔物の襲撃を受け続けている」
「魔物、ですか?」
「うむ。立派な鬣に大きな二本の角、皮膜の翼と猛毒を持った脚と尾を持つ、マンティコアと呼ばれる魔物なのだ」
「その魔物がこの里に襲撃を?」
「うむ」
「神の使いだかなんだかって言い伝えでもあって、手出しが出来ないとか?」
「いや、そういうわけではない。ただ単に、奴が異様に強いだけなのだ」
「そうですか……」

アルカナの言葉に、ベルドは頷く。モリビトという民族がどれだけ戦闘能力に優れているかは、半分とはいえ彼らの血を受け継ぎモリビトとして暮らしてきた彼自身、よく理解している。そのモリビトたちの里に何度も襲撃をかけられるなど、それだけで敵の戦闘能力の高さが知れるというものだ。

「この里の守護鳥や、神は? 手出しをしないのですか?」
「いや……フォレストオウガもフォレストデモンも、それどころかイワォロペネレプでも勝つことは出来なかった。やつはさまざまな攻撃を駆使し、どんな相手でも翻弄してしまうのだ。無論、攻撃力も異様なほど高い」
「さまざまな攻撃?」
「尾による薙ぎ払い攻撃は猛毒を生み出し、その喉から発される叫びはさまざまな状態異常を引き起こす」
「異常の内容は」
「確認できただけで、睡眠、混乱、盲目、恐怖……」

ということは、これに猛毒を加えた五種か。しかも、それはあくまで「確認できただけ」だというおまけつき。ということは、これ以外にも状態異常は起こりうるということだろう。

「しかも、何故かこちらの攻撃のタイミングに合わせて防御行動を取ることもある。こちらの行動が読めているのか、衝動を、心を読み取ることが出来るのかは知らんが……」
「うお……」

ツァーリが眉を顰めて唸った。無理も無い。敵への直撃を封じられた上、状態異常と通常攻撃の波状攻撃を仕掛けられる――ほとんど鉄壁ともいえる陣形である。無論、生物が操るものに対して万能も絶対も無いだろうが、それでもかなりの凶悪性を秘めている。カレンのリフレッシュがどこまで使えるか――それが勝敗を分ける鍵となるだろう。場合によっては、彼女もヘヴィストライクで攻撃にも回ってもらわねばならない。

だが――

「…………」

今のカレンに――未練を残し迷い続け、刃を鈍らせている今のカレンに、そんなことが出来るかどうか――そこには甚だ、疑問を覚えるところだった。

 

 

 

――私は、どうすればいいと思いますか?

アルカナと別れて数時間、そのセリフを思い出して、ゲリュオ・キュラージはため息をついた。

正直言って、下らなかった。カレンの質問ではなく、悩んでいる内容そのものが。

家族の存在と親離れ・子離れで悩む――単にゲリュオ自身が幼いころに家族を失い、そんな経験をする必要も無かったためにその感情が理解できないだけなのかもしれないが、それでも下らないと思うことに変わりは無かった。

「…………」

だから、女は嫌いなんだ。ちょっとしたことでめそめそするし、場合によっては自分の性別を武器にもする。この考え方自体かなり偏見が入っていることは理解しているが、カレンという女に限ってだけは、間違っていないとは言い切れない。

あてもなく歩きながら、ゲリュオは自分のギルドにいる、一人の少女に思いを馳せた。

ヒオリ・ロードライト。自分と同じく辛い境遇を持ちながら、それでも泣き言一つ言わなかった少女。自分の半分も生きていないはずの小娘は、一人の少年と一緒だったといえど「アーティミッジ」という枷を乗り越えてまた強くなった。女嫌いであったはずの自分が、あの強く輝く瞳に惹かれていたのはいつからだったろうか? 「女」というものを嫌い避ける自分が、たった一人共に戦う価値を見出した女、それがヒオリ・ロードライトという少女だった。

それに引き換え――

ゲリュオはもう一人の女のことを考える。ヒオリよりも年上なのに、受身になって行動してきた女。家族という枷を前に、挑むことも逃げることも躊躇う女。長い間会っていなかったのは分かる。反動で甘えたくなるのも分からない話ではない。だが、それにしても見苦しかった。


問題に直面した時、考えられる選択肢はいくつかある。最良の選択は言うまでも無く、その問題に果敢に挑み、戦うことだ。それは完全な解決に最も近い、だがそれ故に最も困難にして危険な選択肢。常にそれを選べる人間はいないはずだ。無論、カレンがそれを選ばなかったからといって責められるべきではないし、もとよりそうするつもりも無い。ベルドやヒオリはアーティミッジ家と戦ったが、あくまで選べる人間は選べばいいというだけの話だ。

問題はその対極。最悪の選択とは何か、ということだった。

ゲリュオ・キュラージは信じていた。それは、「逃げる」ことではなく、ただ諦めてしまうことなのだと。

正面切って戦うことも出来ず、だからといって全てを捨てて逃げる勇気も持たず、ただそこで全てを諦め終わらせてしまう人間が選ぶ、最悪の選択。『終わる』選択だけは絶対にしてはならないと、彼は固く信じていた。

「ちっ……」

そんなことを考えていたからだろうか。一人の女性が、視界の向こうからやってくる。とぼとぼとあてもなく歩き、双眸は不安に揺れている。そんな最悪の選択肢を取った、ゲリュオにとって胸くそが悪くなるその女性。

「あの……」

冗談抜きで無視して立ち去ることを考えていたが、そうするより早くカレンが声をかけてきた。仕方なく、ゲリュオはその言葉に応対する。

「……なんだ?」

その低い声に一瞬怯んだカレンだったが、すぐに話を続けてきた。

「……家族って、なんなのでしょうか?」
「…………」

その言葉を聞いて、ゲリュオは盛大にため息をついた。「どうすればいいか」の次は「家族とは何か」か。そのぐらい、自分で見つけたらどうだ。「家族」をどう思っているか――そんなもん千差万別だ。ゲリュオからすれば「かつて共に過ごした存在」であり、一度だけ話をしたことがあるが、たしかベルドにとっては「血の繋がった連中」だったはずだ。幼いころに死んだ&十歳で記憶を失った連中に普通の意見を求めるだけ無駄かもしれないが、それでもそれだけの差があるのだ。苛立ちを隠すことも無く、ゲリュオは問い返す。

「何が言いたいんだ、お前は」
「何って……言葉どおりの意味ですけど」
「言葉どおりもへったくれもあるか。境遇も過去も育った土地も、何もかもが違うのに、同じ答えが――お前の納得できるような答えが、俺の口から出て来るとでも思っているのか、お前は」

容赦なく切り込むゲリュオに、カレンの表情が引きつっていくのが分かる。彼女自身、どうすればいいのか分からないのだろう。それがまた、ゲリュオを苛立たせる。

「なにをしたいのか分からんが、自分の答えは、進むべき道は、自分自身で見つけて来い。出来ないようなら――」


「――とっとと冒険者など辞めてしまえ、受身人間」

 

 

 

「…………」

カレン・サガラは悩んでいた。『紆余曲折』につくか『異国の月』につくか、依然として全く結論は出ない。ぐるぐると堂々巡りを続ける思考に苛立ちを覚え、カレンは小さくため息をついた。

受身人間。ゲリュオに言われたその言葉が、カレンの内部に未だに渦巻いていた。何が受身なのだ。能動的に行動してきたはずではないか。そう心の中ではいくらでも叫べるのに、口に出すことが出来ないのは、どこかでその言葉が正しいことを認めてしまっているのか、それとも相手の反応が怖いのか。ただ分かるのは、「家族に会いたい」という一心で迷宮に挑んだのにもかかわらず、肝心の「家族というのはどういう存在なのか」という疑問は全く考えていなかったのだということだ。

「あ……」

そして、唐突にその姿は目に入った。

大きな篭手を両腕に下げ、ぱらぱらと本をめくりながら歩いていく少女の姿。淡い紫のかかった銀髪に、燃えるような紅の隻眼。自分と同じギルドに所属する、アルケミストのヒオリ・ロードライトだった。

そういえば、ゲリュオはヒオリにそこまで冷酷ではない。彼女がかつて、料理を教えてと頭を下げた時、彼は黙って料理を作り始めた。教えることが苦手なのか、何を言葉にすることも無いまま、それでも何とか伝わるように苦心しながら。簡単な料理を先に作って、ゆっくりとそのレベルを上げていくのは、口下手なゲリュオなりの配慮だったのかもしれない。

「ヒオリさん」
「うん?」

自分とヒオリの差はなんなのか。唐突に、カレンはそれを知りたくなった。近くを通り過ぎるヒオリに声をかけ、振り向いた彼女に軽く一礼。全くどうでもいいが、ヒオリが開いていたのは占いの本だった。恋占いでもしてるのかな――さらにどうでもいい事を考えつつ、カレンはヒオリに質問をぶつける。

「……冒険者ギルドって、なんだと思いますか?」
「……何が言いたいの?」

さすがに「家族ってなんだと思いますか?」という質問はぶつけられない。いくらなんでもそれくらいのデリカシーはあるつもりだし、他人の気持ちが分からないカレンでもなかった。

対するヒオリは、少し低い声で返事をする。その声を聞いて、カレンは慎重に言葉を選びながら発言した。

「いえ……もしかすると、私『紆余曲折』を抜けるかもしれないんです」

その言葉には、ヒオリも驚きを禁じえなかったらしい。その目が少しだけ見開かれ、ふぅん、という言葉と共に頷いて返す。

「なんで抜けちゃうの?」
「その……『異国の月』が私の家族と師匠のギルドであることは話しましたね?」
「そうだね」
「そして、私が家族を探してエトリアに来たことも知っていますね?」
「……そうだったね」
「それで……その家族に、『異国の月』に入らないかって提案を持ちかけられまして……それに関して、ヒオリさんの意見をお聞きしたいなって」
「……そこでなんでボクの意見を聞きたいってことになるのさ」
「いえ、その……私、どうするべきか分からなくて……」

弱々しく首を振ったカレンに、ヒオリはふぅん、と小さく返す。

「……自分で考えれば? 要するに、あれが家族のいるギルドだからってことで悩んでるんでしょ? 今まで旅を続けてきたギルドか、家族のいるギルドか――違う?」
「いえ、その通りです」

ヒオリの問いに、カレンは肯定の返事を返す。まったくもってその通りだ。特に否定はしない。

「今まで家族に会いたいなって思ってたんですけど、いざ会うと家族って何なのかっていうのが分からなくなって……」

母は戻って来いと言う。父と師匠はどちらのギルドにつくのかよく考えろと言う。そして姉は両方の話を聞いてみろと言う。話し合いの場を持ってくれるのはありがたいが、そこで自分の意見を求められた時にどうすればいいか、それが正直、分からない。

ゲリュオには一言で切り捨てられるし、ツァーリにはあの性格から考えると「お前さんの好きなようにすればええんとちゃうか?」とでも言われるのが関の山だろう。ベルドはこっちに来いと言ってくれたが、そのベルドもヒオリのほうを数倍必要としているだろう。つまるところ、「紆余曲折」内で、自分が必要とされている自信が無いのだ。

と、そこで、ヒオリのほうから思いもかけない言葉が飛んで来た。

「じゃあ、言ってあげようか? ボクから見た、家族ってなんなのかって」
「…………えっ?」

これにはさすがに意表を突かれた。家族の話については触れられたくないだろうと考えていたから「冒険者ギルドとは何か?」という質問をぶつけたのに、まさか自分からそういう返事を返してくるとは思わなかった。そういえば、何か最後の方は隠すこともせずに本音を言ってしまった気がする。さすがにまずかったかな――そう思いながらヒオリのほうを見るも、別段いつもと同じ表情をしており、特に暗い光が目に宿っていたりするようなことはない。どうやら、純粋に答えようとしてくれているらしい。

「……言えるんですか?」

カレンの反問に、ヒオリは一つ頷いて話を続ける。

「例えばさ。例えばだけど、ボクには今まで家族なんていなかったよ?」
「……え?」

その返事も予想外だった。家族なんていなかった――それはまだ推測できた内容であったが、「今まで」家族がいなかったというのはどういうことか。思わず聞き返そうとするカレンだったが、それより先にヒオリの返事が飛んで来た。

「『家族』ってね、多分『安らげる場所』なんだと思うんだ。だから、ボクにとっては、ギルド『紆余曲折』そのものが家族なんだよ。ベルドも、ゲリュオも、ツァーリも、もちろんカレンも、ボクはみんな家族なんだと思ってる」
「…………」

全く、この子は――自分より年下のはずなのに、仲間になった時や彼女が奴隷であることが発覚した時、唯一の同性であり、かつ自分のほうが年上であるという自負も相まって、何か力になってあげなければと思っていたのに、気がついたら逆に力にさせられてしまっている。

じゃあ、彼女の本当の家族は――そう聞きたくなったが、聞くだけ野暮というものだろう。所詮「自分を生んだ存在」ぐらいの感覚しかないだろうし、事実彼女の言葉からはそれ以上のことは読み取れなかった。これ以上、嫌な過去を穿り返してまで聞くような話でもない。

「それはどうも――ありがとうございました」

『安らげる場所』が何なのか、それはまだ分からない。だが――

(――考えてみよう)

色々と――本当に色々とそう思わせるだけの話は、得ることは出来たと思う。

そしてカレンは頭を下げ、ヒオリの前から立ち去った。

 

 

 

「……ん?」

カレンと出会い、容赦なく言葉をぶつけてから数十分。そろそろ自分の宿舎に帰ろうかと踵を返していたゲリュオは、あるものと遭遇した。

「……ヒオリか?」
「ああ、ゲリュオか」

それは、自分のギルドの一員でベルドの恋人、ヒオリだった。なにをすることもなく、木に寄りかかったままぼぅっと天を見上げている。地面には一冊の本が落ちており、それを拾おうとする様子も無い。

「どうしたんだ、こんなところで?」

その態度に不審を覚え、ゲリュオはヒオリに声をかける。ヒオリはゲリュオに顔を向けると、唇だけで小さく笑った。

「……カレンに会ってね」

あの野郎。ゲリュオの眉が顰められる。どうやらカレンはゲリュオだけでなく、ヒオリにも相談を持ちかけていたらしい。答えが見つからなくて悩む気持ちは――情けないとは思うけれども――分からないではないが、なんでよりにもよってこいつに聞くんだ。

苦々しい表情をするゲリュオに、ヒオリはあははと小さく笑った。

「なんかさー、最初に聞かれたときには別になんとも思わなかったんだけど、カレンが歩き去ってからしばらく考えたら、こう、なんかね……」

言葉に出来ないのも無理は無い。十六年間在り続けてきたその感情を、たった数行の言葉にするなど無理だろう。

「ヒオリ……」
「うらやましいなーって、そう思うよ。あんな話されたら、どうしたって妬んじゃうよね。人類みんな平等だって言ってる人もいるけど、そんなのって大嘘だなって」

それはそうだろう。たまに人類は皆平等だと言っている人がいるが、それはあくまで奇麗事だ。もしもそれが真剣に思われ、考えられているのなら、とっくに奴隷制度なんてものはなくなっている。

したり顔でどうこう話す識者どもに何かを言うつもりは無いが、今目の前で言葉を吐き出す少女に何か言うべきなのは分かった。なのに、言うべき言葉が思いつかない。

ゲリュオは、今まで一人でやってきた。自分の強さを追い求め、師匠の下を発ってから、人に頼ったこともあまりなかった。だからこそ、ヒオリの行動にどう対処していいのか分からない。

否、分かってはいるのかもしれない。こんなとき、ベルドならどうするだろうか――答えはすごく簡単に出る。だが、理性としては、思考回路としては分かっているが、当の行動に移せない。移し方を、知らない。誰かに自分から力を貸すなど、数年来無かった行動を簡単に行えるほど、ゲリュオも人間出来てはいなかった。

だから、せいぜい、こんな言葉しか出てこなかった。

「……お前にあって、あいつにないものもあるんじゃないか」

ああもう、なんでこんなこと言ってるんだ。いつもだったらあっさり切り捨てて自分の宿舎に帰っているのに――自分の行動に自分自身で疑問を覚えながら、ゲリュオはヒオリに言葉を投げる。言い終えてみると、実に当たり前の、上っ面の言葉しか出てきていなかった。そのあまりの当たり障りのなさに、あまりにも水臭い答えではなかったかと、内心で一度舌打ちして――ふとゲリュオは、それを悟った。


ああ、そうか――

 

――俺は、ヒオリの強さが好きなんだ。


無論、恋愛感情の意味ではない。だが、今までゲリュオが認めてきたのは、ベルドとツァーリだけだった。勿論、セルティスやウルスといった面々も認めてはいるが、それはあくまで「ライバル」としての尺度。「仲間」として認めていたのはこの二人だけだと思っていたが、三人目としてヒオリを加える必要がありそうだ。

やれやれ、それにしても、まさか女を認めることになろうとはな。しかも、たかだか十六の小娘を。

そんなことを考えながら、ゲリュオは小さく苦笑した。

 

 

 

「うお、何だお前ら、勝手に人の部屋に入りやがって」

さらにそれから数十分、ゲリュオたちと同じく外を歩いていたベルドは、自分の部屋の扉を開けて驚愕した。部屋の中には、いつものメンバー、つまり『紆余曲折』の面々が三人揃って集合していたからだ。それはいいが、なんで俺の部屋に勝手に集合してやがるんだと思うベルドを前に、ツァーリが声をかけてくる。

「すまんの。エルビウム卿だけいなかったから、お前さんの部屋で話をしていれば絶対会えると思っていただけの話や」
「だけって、カレンはよ?」
「あいつはいない」

ツァーリの物言いに疑問を返したベルドに、ゲリュオが返事をした。

「悪いが、今回の話はカレン絡みだ」
「さいですか」

ゲリュオの言葉に、ベルドは頷く。しかしあいつ、今度はいったい何やった? あのゲリュオがそう簡単に他人を認めることは無いだろうし、彼自身カレンを毛嫌いしている。となれば、どう考えても彼女を褒め称えるような内容ではないだろう。首をかしげるベルドの前で、ゲリュオは静かに口火を切った。

「カレンの奴は、悩んでいる」
「見りゃ分かる。それがどうした?」
「それで……色々な奴に、『家族とは何か』とか『冒険者ギルドとは何か』といった質問をぶつけているらしいんだ」

その言葉を聞いて合点がいった。ああ、なるほど。確かに、ゲリュオならそういう話は嫌うだろう。自分で考えろ、そんな考えを持っているから。

ベルドとしてはカレン側の気持ちも分からないではないのだが、次の瞬間、その考えは吹っ飛んだ。

「俺にも、そして、ヒオリにもだ」
「……なんだと?」

その言葉に、ベルドは眉を顰めた。何故だ。何故――よりにもよって、ヒオリに聞く。家族も仲間も失い、体にも心にも傷を負ったそのヒオリに、なんで塩を塗りこむような真似をする。

そんなベルドに、ゲリュオが声をかける。

「あいつは――今のあいつは、迷っている」
「……ああ」
「それだけなら、俺たちの知ったことではないのだが……あいつは今、他人にまで迷惑をかけている」
「……みたいだな」
「そこで今、話し合いをしていたんだが――」


「俺ら三人の間では、結論が、出た」


そして、ゲリュオは――

 

「今度のマンティコア戦だが……」


かつて共に戦った仲間を、周囲に迷い、使えなくなった女を――


「……あの屑抜きで、戦いに挑む」


――問答無用で、切り捨てた。

 

 

 

 

 

 

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