第二十五幕

忘れ得ぬあの日々


「……はい?」

モリビトの集落の長、アルカナの言葉に、ベルドは素っ頓狂な声を返した。言われた言葉を理解するのに約五秒――唇の端を吊り上げて、ベルドはへぇと嘯いてみせる。

「俺が人間じゃない。じゃ、なんなんですか? 獣か鳥か、それともサッキュバス? ああ、男だからインキュバスか」
「……残念ながら、そのどれでもない」

冗談交じりに言った言葉に大真面目に返され、ベルドは返す言葉に詰まる。とりあえず、結構真剣な話のようなので、冗談はここまでにして真面目に聞くことにする。

「じゃあ、なんなんですか?」
「単刀直入に言おう。君は――」


「モリビトだ」


時間が止まった。

風が凪いだ。

生きとし生けるものは全てが停止した。


時間が再起動を果たすまで、約三十秒――たっぷりの時間を置いて、ベルドは再び聞き返す。

「……ちょっと待ってくださいよ、それだけはありえないんじゃないんですか?」

無論、ベルドも馬鹿ではない。自分がモリビトなのではないかという考えも、今までの少女や仲間たちの話から推測は出来た。だが、ベルド・エルビウムがモリビトであるという解は、絶対に存在しないはずなのだ。

「君の疑問も分かる。人間とモリビトは協定を結び、互いの領土に立ち入らないようにした。だから、自分がモリビトであるなら地上にいたのはおかしい。そう言いたいんだね?」
「ええ、そうですが……」
「……ならば、君がモリビトでもないとしたらどうする?」
「は?」

モリビトだ、と断定され、その後否定される。一体何が言いたいのかよく分からず、ベルドは眉を顰めて聞きなおす。

「……人間でなくて、モリビトで、しかもそのモリビトですらない?」
「うむ」
「……まだるっこしいな。要するに、俺の正体って何なんですか?」
「その答えだが……非常に、難しい位置にある」
「…………?」
「ベルド・エルビウム君。君の正体は――」

どう言うべきか、しばらく言葉をもてあそんで。アルカナ・ジェードは、答えを返す。


「モリビトと人間の、混血児だ」


今度こそ――時間は止まっただろう。


「……はぁ?」

その解は、答えになっていない。いつ、どこで、モリビトと人間の間に子なぞ出来たのか。そもそもどうして、モリビトと人間がこれ以前に出会ったのか。しかもベルドの(あくまで外見からだが)年齢から判断するに、そう前の話ではない。無論、モリビトがエルフみたいに何百年と生きるなら話は違ってくるだろうが。

「疑問点は色々あるだろう。だが、とりあえずこれだけは言っておく」

静かだが威厳に満ちた声で、アルカナは告げる。

「ベルド君。君は、モリビトと人間の混血児だ。そして――君の記憶を封印したのも、我々だ」
「何だとっ!?」

その言葉を聞いて、ベルドの血相が変わった。だが彼が詰め寄る前に、アルカナは手を出して機先を制した。

「君が望むなら、我々は君の記憶を戻してやることが出来る。封印を解き放って、な」
「何故、いきなりそれを?」

と、横からツァーリが口を出した。そう、考えてみればおかしな点がある。わざわざベルドの記憶を封印したのなら、何故ここに来るよう導いた上に記憶を返すなど言い出すのか。冷静に考えるなら、ありえないとは言わないまでもかなり不自然な部類に入る。ツァーリの質問に、アルカナは一つ頷いて答えた。

「……かつて彼は、モリビトの中でも落ちこぼれの戦士だった。モリビトは、男は誰しも一度は戦士の訓練を受ける。だが――彼はどうしてか、才能というのが徹底的に欠落していたらしくてな。記憶を封印して、武者修行の為に外に放り出したのだよ」
「……………………」

正直それでも納得は出来ない。ベルドの戦いのセンスはかなり高いし、才能も決して「徹底的に欠落」しているわけではないだろう。だが、それも決してありえないとは言い切れない。記憶を封印し、戦いのセンスも封印し、一から修行をやり直したとでもいうなら……まあ、全く荒唐無稽な話というわけでもないだろう。

確率としては果てしなく低いだろうが。

「だが、今彼は仲間たちと力を合わせたとはいえ、樹海を探索してここまで来た。さらに、今ここに立っているということは、そこにいるウルスという男にも最低一撃は加えたのだろう」

だが、思考を続けるツァーリを無視して、アルカナは話を進めていく。

「となれば、君はもう優秀な戦士だ。そして、君は自力でここへ帰ってきた。ならば、もう記憶を封印しておく必要はないと我々は判断したというわけだ」
「……なる、ほど……」

一応、筋は通っている。

「……さて、ベルド君。もう一度言おう。君が望むなら、我々は君の記憶を戻すことが可能だ。封印の解除を望むかね?」
「当たり前です」

ものの一瞬で、ベルドは切り返した。

失われた己の過去? 知りたくない奴がどこにいる。確かに知るのは怖い。だが、知らなければならないとヒオリに突きつけられた。

ベルドの返事を聞いた長は満足げに笑い、言葉を返した。

「いいだろう。だが、君に施した封印は特別製でな。おそらく、解けるとして明日の夕方になると思うが、構わないか?」
「勿論です」
「そうか。なら、しばらくは個々に宿舎を用意しよう。今案内の者をつけるから、連れて行ってもらうがいい」

 

 

「……俺の記憶、ねぇ……」
「どうや? 自分の記憶が戻るって感慨は」
「正直、微妙なもんがあるよな。最悪の場合、俺が俺でいられなくなるかもしれねえし」
「というと?」
「例えば俺が両親を殺した大罪人とかだったら、今までみたいに気楽にやっていけるわけがねえだろ」
「確かに……」

それからおよそ二時間後、ベルドはツァーリとともにモリビトの里を歩いていた。宿舎、とか言っていたわりにはかなり豪華で、集合住宅の個室が一人一部屋与えられていた。入り口から一番近いのがゲリュオ、その隣から順にベルド、ヒオリ、ツァーリ、カレンの順番だ。モリビトというからには木材だけで生活しているのかと思いきや、意外と鋼を精錬する技術があった。さらに、あの少女が持っていた石版や、墨を使って文字を書く技術もある。言葉は、地上の人間と会話における発音は同じだが文字だけが異なっているらしい。

「おう、グレインじゃねえか!」
「あ?」

と、突如として声がかかる。目の前には五人ほどのモリビトがおり、いずれも両腰に直刀を下げている。中央に一人だけ鋭い鍵状の武器を挿している者がおり、声をかけてきたのはそのモリビトらしい。

この場にはその五人のモリビトとベルド、ツァーリ以外は誰もおらず、したがってその場にグレインなんてヤツはいない。だが、モリビトたちの注目はしっかりとベルドとツァーリにかかっていた。

なんのこっちゃ――内心首をかしげていると、中央のモリビトが歩み寄ってきた。

「んだぁ、おい。てめ俺の前で無視出来る立場だとでも思ってんのかよ、能無しが」
「ああ? 初対面でわけの分からんことほざいてんじゃねえ。それに俺はグレインなんて名前じゃねえ、ベルド・エルビウムだ」

いきなり罵詈雑言を叩きつけられ、ベルドはムカッとして返す。だが、ベルドの答えに対するモリビトたちの反応は、いきなりの大爆笑だった。中央のモリビトが笑いながら嘲る。

「おいおい、ベルドだとよ。お前、遂に名前からも逃げ出したか。まあ、戦えない戦士は逃げるしかないよな、せいぜい逃げまくっていてくださいな」
「……だから俺はグレインじゃねえって言ってんだろ」
「またまた、変な意地を張っちゃって――それにしても、お前七年間もどこに逃げてたんだ? ……まあ、いいか。久しぶりにお前も帰ってきたみたいだな――とりあえず、こいつは挨拶代わりだぜっ!」
「うおっ!?」

繰り出された拳を、ベルドはとっさに身を捻って躱した。避けられたことが不快だったのか、そのモリビトは露骨に眉を跳ね上げる。しかし、ベルドもそんな野郎のご機嫌を伺うようなヤツじゃない。不快感をあらわにするそのモリビトに、思い切り怒声を叩き付ける。

「だから俺はグレインじゃねえっつってんだろうが! 大体お前誰だ、いきなり人に喧嘩売りやがって!!」

買ってやろうか!? そう怒鳴りつけたベルドに、モリビトは可笑しそうに唇の端を吊り上げる。

「おい、聞いたか? こいつが俺の喧嘩を買うってよ!?」

その声と同時に、後ろにいたモリビトたちが爆笑した。

「いいぜいいぜ、買ってもらおうか? ちょっとこっち来いや能無し」
「能無し言うな、初対面で」

と、まあ、こんな感じで――ベルドはいきなり、そのモリビトたちに囲まれてどこかに連れて行かれることとなった。

 

 

「命乞いの言葉は用意できたか、能無し?」
「だから能無し言うなっつってんだろーが、初対面で」

結局、連れて来られた場所は大きな空き地だった。そこで、ベルドとモリビトは五メートル強の距離を置いて対峙する。いきなり絡まれていきなり連れて来られて何がなんだかサッパリ分からないが、とりあえず喧嘩を売られたらしいことは分かる。となれば、叩き潰す理由はどこにもない。ウルスにやられた傷もカレンのキュアⅢによってほぼ完全回復しているし、以上のことからさっさとやっちゃえという結論をベルドの脳内は導き出していた。

「んで……こっちから仕掛けていいのか?」
「へえぇ! こりゃ意外! ほんとに勝負しようとするのかよ!?」
「喧嘩売ったのてめえだろうが、しかも人違いで」
「人違い? バックレてんじゃねえ、その髪、その目、間違いなくお前はグレインだろう!」
「……へいへい、もういいよ。で? 仕掛けんのはこっちから? そっちから?」
「てめえ……相変わらず、ムカつくのは変わんねえみてえだな……しかも、俺の恐ろしさを忘れてしまったと見える……」
「口数が多いな、小僧。だったら俺にやられたときの言い訳ぐらいは用意しとけば?」
「てめええぇぇぇっ!!」

雄弁に語っていた所をダイレクトに突っ込まれ、モリビトは顔を真っ赤にして激昂した。そのまま、勢いに任せて突っ込んでくる。

唐竹割の一撃を、ベルドはひょいと躱す。続く薙ぎ払い攻撃も軽く屈んで躱す。続く武器の二段突きも、最低限の顔の動作だけで躱し――カウンターで拳をモリビトの頭に打ち込んだ。

「がはっ!」

続けざまに軽く足を振り上げ――

「てい」
「――――ッ!!」

――男なら分かる「あの急所」へ直撃させた。続いて足払いを仕掛けてそのモリビトをひっくり返し、モリビトをまたぐように足を振り上げる。そして、その胸を思い切り踏みつけた。

「がはっ!」
「何か人を能無し扱いして盛り上がってた所悪いんだけどさ、生憎と人違いだから。……ってか俺、七年以上前の記憶が無くてな、それが明日戻るらしいから、文句は明日以降にしてくれねえ?」

ぐりぐりと胸を踏みにじりながら、ベルドは満面の笑みで言ってのける。

「それとね、あと賠償金としてお財布置いていってくれるとうれしいな?」

とりあえず――その光景を見てこう思わなかった者は、少なくとも一人もいなかったろう。

「……………………悪党」

と。

 

 

「……いいんだな?」

その日の夕方。長の家に集まった五人は、アルカナから最後の確認を受けていた。

「準備は整っている。これから一時間ほど儀式を行えば、君の記憶は完全に戻るだろう。だが、そうなったら君は、君でいられなくなるかもしれない。その覚悟は、出来ているな?」
「はい」

ベルドの返事に満足したように、アルカナは笑う。そして、奥にある部屋を指差した。

「なら、そちらの部屋に入るがよい」
「分かりました」

アルカナの指示に、ベルドは力強く頷いてみせる。そんなベルドの手を、ヒオリが握った。

「ベルド……」
「安心しろ。逃げたりしねぇよ」

不安げな瞳で見上げてくる恋人の頭を軽く叩き、ベルドはその部屋に入っていく。扉が閉じられるのを見て、さて、とアルカナは仕切りなおした。

「そこの君、名前は?」
「え?」

ぴっ、と指差してきたアルカナに、指された相手……カレンは戸惑う。だが、別に隠すような名前を持っているわけでもないので、素直に答えることにする。

「カレン・サガラですけど……」
「そうか……やはりな」
「何がですか?」

一人納得したように頷くアルカナに、カレンは眉をひそめて問い返す。対してアルカナは、まっすぐにカレンを見つめながら返事をした。

「昨日、ウルスと戦ったのを覚えているね?」
「はい」
「彼は数年前から、ここの番をしてもらっている。そして――かつて、ある冒険者の一団と戦ったのだ」
「……なんですって?」

その言葉に、カレンは眉を顰めた。かつてカレンたちは、森の王・ケルヌンノスを打ち倒して第三階層に踏み入れた際、執政院から地図を作るようにと要請されていた。その根拠は、第三階層は全く未知の領域であり、かつて足を踏み入れた冒険者こそいたものの、今の執政院にそのデータは残っていないから、というものだったはずだ。

「ここで、ですよね?」
「ああ、ここの里の入り口だ」

そして、今の質問でその冒険者達とウルスが樹海のもっと浅い部分で戦った可能性も潰え、冒険者達はここまで来ていたことも明らかになった。つまり、数年前にある冒険者の一団と戦ったなら、その冒険者が残したデータがあっても不思議ではない。というか、無ければむしろおかしいはずだ。

ところが執政院には第三階層・千年ノ蒼樹海にさえ詳しいデータは残っていなかったはずで、街の統治機関が「ついうっかり」データを紛失するなどという可能性は正直考えにくい。

となると――執政院の情報操作か。意図的にデータを失わせ、消し去ったか……しかし、そんなことが出来るのはそれこそ長クラスの存在でしかない。そういえば、ヴィズルは樹海の秘密は秘するが花だと言っていたというが――

「まさか、ね……」

飛躍しまくった想像に、カレンは苦笑して首を振る。そんなの、あくまでifのifのそのまたifぐらいの可能性でしかない。目下、問題となるのは――

「その冒険者の一団って、どんな奴らなんですか? ブシドーとカースメーカーの二人組とか?」

と、全くいいタイミングでゲリュオが聞いた。そういえば、彼は最強を目指してここに来ているという話だ。自分達の先を行く先輩冒険者がいるとなれば、それは気になる存在だろう。とりあえず、一番ありうる可能性はレンとツスクルの二人組だが――

「いや、違う」

と、アルカナはにべも無くその可能性を切り捨てた。じゃあ、誰が? 全員が浮かべた疑問に、アルカナは答える。

「カレン・サガラ。君なら、知っているだろう」
「…………?」
「クランベリー・クラインという、女の名を」
「――――!!」

その名を聞いて、カレンの動きが止まった。それは――それは、自分の――

「異国の、月……」

カレンが搾り出すように声を発する。

「異国の月?」
「私の、家族と、師匠のギルドです……」
「なんだと?」

ヒオリの質問に、カレンは唸るように答えた。その答えに、ゲリュオが眉を顰めて聞き直す。

「私の師匠と、家族のギルドです。四人で世界樹の迷宮へ行くといったきり、帰ってきませんでした。死んだという報告も無く、ずっと行方不明のままで……」
「じゃあ、お前さんはその家族を追いかけてエトリアまで来たってことか?」
「はい。詳しく知りすぎているが故に盲目的になっているかもしれませんが、あの四人がそう簡単に倒れるはずがないって、そう思って……」
「さよか……」

カレンの家族。そういえば、聞いたことが無い。別にカレンだけではなく、(ヒオリは例外としても)ベルドもゲリュオもツァーリも家族のことなんて話さなかったが、こんなところで出てくるとはさすがに誰も予想していなかった。

「教えてください。それは、本当の話ですか?」
「信じられないのなら、見てみるがいい。ちょうど、ここにローラ・セガールという女を呼んでいる」
「――――ッ!」

カレンの言葉が、再び詰まった。師匠の名だけではなく、母の名も知っている――そうなると、ますますそれが本物である可能性は高くなる。そんなカレンの様子を見て、アルカナはベルドが入ったものとは別の扉のほうへ声をかけた。

「そろそろいいぞ。出て来い」

アルカナの声と共に、扉がゆっくりと開く。開かれた扉の奥には、女性とは思えない長身の持ち主がいた。光り輝くような金髪で、透き通るような蒼い瞳をしている。それは――たとえ何年の歳月を経ても、彼女にとって忘れるはずが無い姿だった。

「……お母、さん……」

 

 

「よう」
「あ、ベルド」

そして、それからおよそ五十分。扉が開かれ、ベルドが数人の祭事と共に出てきた。いつもどおりの表情にいつもどおりの格好であり、別におかしなところは無い。その姿があまりにも今までと変わらなすぎて、ツァーリが思わず声をかける。

「……お前さん、記憶は?」
「おう、戻ったぜ」

ぐっ、と親指を立てて、ベルドはへらへら笑ってみせた。それにゲリュオが質問を重ねる。

「……じゃあ、お前、自分の出生は?」
「もちろん、思い出したよ。ま、封印が解けたというべきだろうがな」
「じゃ、じゃあ、ベルドって……」

ベルドの返事に、ヒオリがためらいがちに声をかけ。


「……まあ、冷静に考えれば分かったことかもしれんがな」

なんで人間のはずなのに炎に弱いとか氷に強いとか面倒くさい体質を持っているのか。

なんでモリビトだのコロトラングルだのに会うと脳髄に激痛が走るのか。

なんで二刀流なんて使えるのか。

複雑に生い茂る木々の合間を、まるで何の障害も無いような速さを出せるのは何故か。

髪の色と目の色のルーツは何か。


そして――何故、デビルクライなんて使えるのか。


その答えは……一つしかないだろう。

「その通り。俺は――」

推測は、解となる。

「――モリビトだ」


再び、時間が凍った。

知らされたことは、昨日アルカナから言われたことと全く同じ。だが、本人の口から語られるというのは他人に言われるのとは比にならない意味合いを持つ。受けた衝撃も半端ではなく、もし昨日アルカナに何も言われていなかったら、彼らはベルドの正気を疑うか、パニックに陥っても不思議ではなかっただろう。

最初に我に返ったのは、ベルドだった。というか、へらへらとしまりの無い笑みを浮かべたままであり、凍ってすらいなかったのだが。

「ところで、カレンは?」
「……えっと、なんかいきなりローラとかいう母親が登場して、着いてっちゃった」
「母親ぁ?」
「ああ。サガラ卿は、そもそも家族がかつてこの迷宮に挑戦して、それで行方不明になってしまったからそれを探しに来たのだそうだ」
「ほー……」

また面倒くさい問題を、とぼやくベルドに、いや一番面倒くさいのはお前さんやろとツァーリが突っ込む。ベルドは、まあな、とそれを認め、苦笑して話を戻す。

「……ったく、十になるまでこの里で育てられて、その後記憶を封印されて追放されたなんて俺自身びっくりだぜ。しかもなんたって名前まで変えて追放されるかね、訳が分からんわ」
「……名前?」
「ああ。ツァーリ辺りは一緒にいたから知ってるだろう、いきなり昨日絡んできやがったあのバカ――ラザムっつーんだけどよ、あいつが呼んでた名前あったろ? グレインってやつ」
「ああ」
「まあ、言うべきことが多すぎて、何から話していいのかさっぱり分からんから今は詳しいことは言わないでおくが――とりあえず、この二つは言っておく」
「……………………」
「まず、俺の本名はグレイン・フランティス。モリビトと人間の間に生まれた、ハーフだ」

 

 

「……………………」

モリビトの里、そのやや奥にある一つの宿舎――ギルド「異国の月」が寝泊りしている部屋の布団の上で、カレンはぐるぐると脳を回転させていた。

あの後、母ローラに連れられ、この宿舎までやって来た。それが本物なのか偽者なのか、しばらくは半信半疑だったが、宿舎の中に入った瞬間にその疑念は吹っ飛んだ。そこには自分が捜し求めていた師匠がいて、父がいて、姉もいた。しばらくぶりの再開を祝い、母は自分の冒険譚を聞きたがった。自分も、家族の冒険記録を聞いた。そんな話もたけなわの頃、姉のサクラが切り出したのだ。

自分も、「異国の月」に来ないかと。

これは、気分屋の自分も正直悩んだ。「異国の月」にはもちろん入りたいし、家族や師匠と一緒にもいたい。「紆余曲折」に入ったのもぶっちゃけた話気分だったし、仲間達も信用はすれど信頼はしていない。だが、「異国の月」に入るために今まで共に冒険を繰り広げてきた仲間達をあっさり捨てて「紆余曲折」を脱退する度胸はさすがに無かった。

ひとまず「紆余曲折」の面々にも会ってみてくれ――とりあえずはその答えで保留したものの、自分も結論を出さねばならない。家族にはあんなに会いたかったのに、会ってみると今まで積み上げてきたものが多すぎた。

どうしようもない気持ちを抱えながら、カレンはごろりと寝返りを打った。草を編んで作られた布団は、寝心地は最悪だった。

 

 

「……あっ」

それから一晩空けた朝、宿舎を出たカレンは散歩中のヒオリにばったりと出くわした。おはようございます、とカレンは声をかけ、対するヒオリも挨拶を返す。

「何やってるんですか?」
「散歩してたの。そしたら、偶然ベルドを見つけてね。気付いてないみたいだから、その後を尾けてるんだよ」

いたずらっぽい笑みを浮かべて、ヒオリはカレンを見た。後ろから飛びついて驚かせてやろう――そんな他愛もないことを考えている風情だった。そのためのタイミングを計っているのだろう、そろりそろりと着かず離れずの距離を繰り返している。

そんな視線に気付いたのか、ベルドが後ろを振り返った。咄嗟に二人は身を隠す。ばれてはいない。そしてベルドが再び振り返り、歩き出したとき――ヒオリはそれを実行に移した。見るも鮮やかなロケット・スタートを決め、ベルドとの距離をぐんぐん縮める。そして、最もいい距離まで踏み込んだとき、ヒオリは思いっきり地を蹴った。

「ベルドーっ、おっはよーっ!」
「うわっ!」

そのいたずらは成功したらしい。飛びついたヒオリと、がくんとバランスを崩したベルドがカレンの目にも分かった。どれどれ、ちょっと様子を見てやろうか――そんな軽い気持ちで、軽いいたずらを仕掛けたヒオリと、仕掛けられたベルドのほうに向かって小走りに駆け寄る。

だが、当のベルドの反応は軽くは無かった。バランスをとりなおすと、あっけに取られた顔で肩越しにヒオリを見る。そして――


「……誰?」

 

 

 

 

 

 

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