第十九幕

切り落とされる火蓋


一方、その頃。

ベルド・エルビウムとヒオリ・ロードライトが少女を相手に修行を開始したその日、ゲリュオ・キュラージは単身世界樹の迷宮に向かっていた。

「メディカ……よし、アムリタ……よし、テリアカ……二つともよし、アリアドネの糸……よし」

事の発端は冒険者ギルドから出された試練だ。「さらなる強さを目指すなら、地下六階にいる森の破壊者を一人で打ち倒して来い」とのお達しを受け、最強を目指すゲリュオはほぼ二つ返事で引き受けたのである。

とはいえ、さすがのゲリュオも単身で樹海に挑むのは危ない。そこで、危険を最小限に抑えるべく、ケフト施薬院で入念な準備を整えた。

「……ゲリュオか?」
「ん?」

と、その荷物を確認していたゲリュオに、突如として声がかけられる。見上げると……そこには一人のブシドーがいた。ベルドとはかつて、現在彼の修行相手をしているあの少女と三人でカレン・サガラ親衛隊(非公式)に共に挑んだ仲だったりするのだが、当然ながらゲリュオはそんなことは知らない。

「……セルティス・カルナーノ?」
「やはりゲリュオか。久しいな」

……が、このブシドーとはそれ以前からの知り合いで会ったらしい。どこか不透明ながらもゲリュオは記憶にある名を聞き返し、相手のブシドーは、笑みを浮かべて肯定の返事を返した。

「本当に久しぶりだな。何年ぶりだ?」
「……ざっと五、六年か。この年齢層になると、大して顔も変わらないな」
「ふっ」

相手のブシドー……セルティスのウィットに、ゲリュオは笑ってそれに返す。


セルティス・カルナーノ。ゲリュオの出身国・和国において、彼と並んでナンバーツーの実力者だった、氷の力を持つブシドーだ。アルケミストの母とブシドーの父を持つらしいが、実際の所は不明である。だが、刀を使っての剣術と自在に氷を作り出す魔法攻撃の併用戦法は並みのブシドーの実力をはるかに抜き去り、目下の所彼と対等に戦い得るのはゲリュオ・キュラージただ一人だった。

しかも二人の実力は完全に伯仲しており、過去十四回戦っておきながらなお決着はつかずじまい。十五回目の戦いも引き分けに終わり、その後彼らはこの国で得られるものは全て得ていた事を悟り、さらなる強さを求めて旅に出た。ゲリュオは西に、セルティスは北に。そのまま数年の歳月が流れ、現在に至ったというわけである。


と、いうことは。

「郊外に開けた場所あるが?」
「いいだろう」

当然、再会した二人が取る行動は決まっていた。

 

 

「…………ふっ!」

短い呼気と共に、先手を打ったのはセルティスだった。大きく踏み込み、同時に牽制で氷刃を一発。だが、氷の刃はゲリュオに切り裂かれて打ち落とされる。それでも剣の間合いに入るだけの時間は稼ぎ、真上へと斬り上げる一撃を放つ。対するゲリュオはそれを刀で受け流し、体勢を崩し気味になったセルティスめがけて貫突攻撃。唸りを上げる銀の風を、セルティスはターンを決めるように回避した。そのまま大きく距離を取り、構えた刀を振り下ろす。

「氷術・霜塵霧!」

霧のような氷を大量発生させる範囲攻撃。振るわれた刀の軌跡に沿って空気中の水分が氷結し、その全てが多方向へ飛び交った。対するゲリュオはそれを卸し焔で強引に焼き払うと、居合いの形に刀を揃え――抜刀。

衝撃波が襲い掛かった。飛んだ斬撃はセルティスめがけて一直線に飛び、セルティスは大きく跳躍してそれを躱す。ここでゲリュオは違和感を覚えたがそれを一瞬で振り払い、上段に刀を構えると必殺を賭して剣技を打ち込む。

その一撃は、本来空中の敵を打ち落とす技・ツバメ返し。人に限らず、ほとんどの生き物は空では自在に動けない。その隙を突いて、ゲリュオは問答無用の一撃を叩き込んだ。

が。

「――ぐっ!?」

その手に響く感触は、肉を切り裂いたあの独特の感覚ではない。鋼同士をぶつけ合わせる、硬質にして頑丈な激突感。ゲリュオの手が痺れ、次の瞬間にはその刀が吹っ飛んでいた。

相手を凍てつかせる焔を纏った剣で斬り卸す、セルティスの得意技だ。明確な技名はなかったはずだが、自分の卸し焔と似ている以上、さしずめ卸し白焔か。いや、自分と別れる前にも確か使えたはずだから、卸し焔がこちらの技に似ている形だというべきだろう。

とはいえ、ゲリュオも伊達にセルティスと互角だったわけではない。相手の刀がゲリュオの急所に突きつけられる前に大きく距離をとり、そのままジャンプ。セルティスが苦無状の氷塊を作り出して飛ばしてくるのを横目で見やり、空中を舞う凍った刀を片手で掴むと、その刀に「気」を流し込んだ。

ごうっと音を立て、刀に絡みついた氷が一瞬で解け散った。卸し焔。炎を纏った刃を振り下ろす、上段からの攻撃技だ。灼熱の炎纏う緋色の刃は、セルティスの飛ばしてきた氷塊を一瞬で融解させてねじ切った。着地したゲリュオは刀を構え、対するセルティスも油断無く刀を構えなおす。


と。


「…………どうした?」

ゲリュオが、おもむろに刀を鞘に収めた。

「……何か、掴めた気がする」
「何がだ?」
「正直、何とはうまく言い表せないんだが……」

こめかみを押さえて、ゲリュオは言葉を捜す。だが、この感覚をうまく説明する言葉が出てこない。

ゲリュオは、セルティスと戦っているうちに芽生えた違和感がどんどん大きくなってくるのを感じていた。それはリーシュ戦と関連しているものであることもなんとなく分かる。

無論、リーシュ戦の敗北を引きずっているわけではない。確かにあの戦いでさらなる強さを目指さねばならないとは思ったが、「あそこでああすればよかった」等と今更どうにもならないことを考えたりはしていない。

していない、が……。

「……悪い、今回は俺の負けでも構わない。戦いはまた今度にしてくれないか?」
「? ……あ、ああ……構わないが……」

今までずっと引き分けで、勝ってはいなかったが負けてもいなかった相手に勝ちを譲るゲリュオを見て、何かを察したのかセルティスは戸惑いながらも頷いた。

 

 

それから三日――世界樹の迷宮の入り口からちょっと離れた所にある木の上に、ゲリュオ・キュラージは立っていた。

セルティス・カルナーノと戦いを繰り広げてから、ずっとその体勢で直立したまま動かない。せいぜい一日か二日に一回、思い出したかのように少しだけ体を動かす程度だ。食事もそのときに取る。それ以外はずっとこの体勢のままだ。

「…………」

リーシュ戦、そしてセルティス戦。この二つを通して、ゲリュオは己が先にある「強さ」のヒントを掴んでいた。

そのため、ゲリュオは木の上に立って微動だにせず遠くを見つめていた。しかし、その目におそらく樹海の木々は移っていない。彼の目の先では、自分の先にある「強さ」がぼんやりと像を結んでいるのだろう。その像を捕らえるため、ゲリュオはずっと見つめ続け、そして時には体を動かす。

……と、その時、遠くを見ていたゲリュオの感覚が気配を捉える。その正体を推測するまでゼロコンマ数秒。

「……出て来い、リーシュ」

ゲリュオは低い声で呼びかける。戦闘中だった前回は不覚を取ったが、今回は草むらに隠れていた相手の『気』を的確に捉えていた。

「……おや、見つかってしまいましたか」

少々意外そうな声と共に、数日前に見た人間――リーシュ・アーティミッジが草陰から現れる。その姿にゲリュオは容赦なく声を浴びせた。

「当たり前だ、何度もごまかせると思うな」
「そうですね、少々見くびっていたようです」

ゲリュオは木の上に立っており、リーシュは地面だ。だが、視線の高低差をものともせず、リーシュはつっと笑ってみせる。物理的には見上げながら心理的には見下ろしている――そんな感じだ。

「修行ですか?」
「お前に答える義理は無い」
「そうですか。まあ、努力する者には結果はついてくるでしょう」

冷たく言い返されてもリーシュは余裕の笑みを崩さない。そして、元が『絶世の』と言ってもまだ足りないほどの美青年だ。同性も見ほれさせるほど、その笑みさえも美しかった。

そのままリーシュは向きを変え、歩き去っていく。その途中、唐突に動きを止めたリーシュはゲリュオのほうに振り返り、片手を上げた。

「君たちの健闘を祈りますよ」

中指を折り、人差し指と交差させる――指十字と言われる、相手の幸運を祈るしぐさをすると、リーシュは再び向きを変えた。今度はもう振り返らない。その姿は少しずつ小さくなり、やがて消えた。


……そして、その姿を呆然と見送って、さらに十を数えてゲリュオはぼやいた。

「お前一体何しに来たんだ……?」

 

 

「四十七、四十八、四十九、五十ッ!!」

同刻、ベルド・エルビウムは汗だくになって剣を振るっていた。五倍の重力にも随分慣れ、同時に行われる新聞配達もとっくに砂袋だ。

「――――、――、―――」

そして、その横ではヒオリが今日も滝に打たれていた。明王呪を読み上げる声にぎこちなさは感じられない。まさしく呪と一体化し、己の精神と集中力に着々と磨きをかけていた。

修行開始から三日、槍使いの少女が課した過酷な訓練に、二人は必死で食らい着いていた。乗り越えるべき壁は大きく、そして厚い。だが、乗り越えなければ進めない。逃げることは状況が許しても自分が許さない。だから、彼らは自らを追い込み続けていた。

「九十七、九十八、九十九、百……っと、ふう」

日課となっている素振り百回を終え、ベルドは持っていた汗拭きタオルで顔を拭く。と、その耳に乾いた拍手が聞こえてきた。

「お見事です」
「そう言うならスポーツドリンクでも差し入れしてくんねえか?」

笑って振り返った先、そこにはアーティミッジ家次期当主、リーシュ・アーティミッジがいた。

「いつからお気づきでしたか?」
「七十回くらいだったか? その辺から来たよな?」
「そうですね」
「で、見物か? 見てて面白いもんでもないだろうに」
「はは、努力をしている姿を見るのは面白いものなのですよ」
「へえ、そうなんだ」

なにやらまったりと語り合う二人。一応敵同士なのだろうが、ベルドはリーシュの行為から現在彼にやりあうつもりは無いことは見抜いていた。もしもそのつもりなら、素振りをしているとき、もしくは終わって汗拭きタオルで顔を拭いているときに奇襲をかけるはずだ。

「で、今回は何の用だ?」
「そうですね、貴方に交渉を持ちかけに来ました」

その言葉で、ベルドの表情が変わった。

「……ヒオリのことか」
「はい。そして、我々のことでもあります」
「というと?」

ベルドの問いに対する答えを一旦保留し、リーシュは別の質問を投げる。

「交渉の前に、現状を確認しておきます。あなた方はあの奴隷をかばって共に旅をしている。そして、我々はそれを取り返そうとしている。この認識で間違いありませんね?」
「……かばっているって認識はどうかと思うが、まあ結果的にはそうなってるわな。概ね合ってると思うぞ」
「そうですか。なら、いいでしょう」

同意の言葉を受け、リーシュは頷く。

「しかし、その現状が有害なのはお分かりですか?」
「……思い当たる点がいくつかあるが、どの点で言ってる?」
「言葉どおりの意味です。我々としても暇ではない。これ以上奴隷一匹のために時間は割きたくありませんし、こんな長い期間脱走され続けていると世間体にも影響してきます。そもそも取り返しに行く費用だってただではない」
「だろうな」
「そこで提案があるのですが、今から四日後の正午、世界樹の迷宮地下一階の広場で決着をつけましょう。私が勝ったら有無を言わさずあの奴隷を返していただきます。貴方が勝ったら我々はあの奴隷をクビにしましょう。もちろん、二度と取り返しに行くようなことはいたしません。貴方に譲ります」
「一騎討ちか?」
「あの奴隷も交えたほうが面白いでしょう。私は一人で行きますが、貴方とあの奴隷は一人なら助っ人をつけても構いません」
「最大で三対一ってことか?」
「ええ」

いくらなんでもこちらにとって都合がよすぎる。三対一というのは何かの作戦か、それともリーシュの余裕か。罠の可能性も大いにあったが、ベルドの答えは決まっていた。

「いいだろう。首を洗って待っているがいい」
「一度負けたのに、ずいぶんな余裕ですね。それでは、私はこれにて失礼致します」

そう言って、優雅に一礼。頭を上げると、リーシュは振り返らずに歩いていった。

「……へ、言ってくれるじゃねえか」

その姿が見えなくなり、ベルドは冷や汗を浮かべながらも笑ってみせた。直後、いいタイミングで少女がやってくる。

「ベルドさん、終わった?」
「ああ」
「そう。大分速くなってきたね」
「慣れたからな」
「それじゃあ、一気に十倍の重力まで増やしてみようか?」

いつもだったら『げっ、マジかよ』とかぼやいているところだったろう。だが、リーシュの登場で闘志を燃やしたベルドの返事は決まっていた。

「望むところだ」

 

 

昼なお暗い礼拝堂の中、一人の男性が重々しい声で呪文を唱えていた。

とだけ書くと、何か物凄い宗教行事を思い浮かべるだろう。

念のため言っておくが、あながち間違いではない。間違いではないが、その場所は礼拝堂ではなく、長鳴鶏の宿204号室……手っ取り早く言えば「紆余曲折」の男子部屋である。ただし、暗幕を張って暗くしてはいるが。

となると、呪文を唱えているのは誰か。ベルド・エルビウムが少女に武術指南をされ、ゲリュオ・キュラージが樹海で強さを捉えようとしている今、残った男は――

「聞きたまえ、我は汝は汝の縛めを破り、印を投げ捨てたり。我が汝の強力な印を結ぶ世界へと、関門を抜けて入りたまえ――」

――まあ、らしいといえばらしいだろうか。当然ながら真っ昼間から暗幕張って呪文唱える男はこいつしかいない、フリードリヒ・ヴァルハラ(愛称ツァーリ)である。どっから取り出したのかでかい神像の前に杖を捧げて一心不乱に祈るツァーリに、杖が共鳴するようにぼぅっと光っている。

ここまで分かりやすい神の加護もそう無いだろうが、ツァーリが信じる神々は、ある意味人に近いのかもしれなかった。

 

 

「足元がお留守になってるよ!」
「ぐぁがっ!!」

少女の回転させた槍が、ベルドの右脛を痛打した。それと同時、ヒオリが放った電撃の術式の爆雷が上方から少女めがけて襲い掛かる。対する少女は槍の柄、その中心部を持って頭上で回転させる。刹那、そこから迸った強烈な竜巻がヒオリの雷撃を相殺した。

「ふぅ、まだまだだね」
「くっそーっ、今度こそ上手くいくと思ったのに!」

槍を振るって笑う少女に、ベルドはがんっと地面に拳を叩きつけて悔しがった。ベルドのトルネードによる斬撃と旋風で少女をかく乱し、怯んだところへヒオリの雷撃を本命として叩き込む――シンプルだが、それ故に回避の難しいこのコンビネーションアタックを使い、今度こそ少女から一本とってやるつもりだった。しかし結果はトルネードを放つ前に少女に先手を打たれ終了。あっけない敗北であった。

「あはは、でも今回はなかなか上手くいってたと思うよ。下手をすると多分私も食らってたし」
「下手しなきゃ食らわねえってとこが悔しい」

お分かりだと思うが、対槍術士用の実戦訓練である。リーシュとの戦いに備え、ベルドたちは少女を相手に朝昼晩と一日三回、戦闘訓練を行っていた。この後ベルドはいつもの通り新聞配達に出かけるはずだったのだが――

「――そろそろ、教えても大丈夫かな」

少女が、ぽつりと呟いた。

「教えるって、何を?」
「魔法剣技。それも、かなり本格的なやつを、ね」
「とりあえず、新聞配達は?」
「今日からはいい。そもそも、今までの運動は、今から教える技に体をついていかせるための訓練だったから」

つまり、これからが本番というところか。見ると、いつ隣に来たのかヒオリも神妙な顔で少女を見ている。

「いい? 今日からの修行は、多分精神的な負荷が大きいと思う。今から教える技は、二人の魔力が同調していないと出来ない技だから」
「……合体技?」
「似たようなものかな。この世界の人間は、ほぼ大抵が『炎』『雷』『氷』の三属性を持って生まれてくるのは知ってるよね?」
「ああ」
「魔力って言うのは、本来誰でも持っているものなの。ただ、量が多いか少ないか、それが上手く表せるか表せないかの違いね。一番身近にいる、魔力を表せる者は貴方達『アルケミスト』なんじゃないかな?」

ヒオリのほうに向き直って、少女は言う。ヒオリも同意見だ。確かに「篭手」という媒介はあるにせよ、自分の魔力を練り上げて術式は放つ。

「ってことは、俺にも魔力はあるってことか?」
「そうだね。ただ、纏わせる技術はそこまで高くないみたいだけど」

少女の指摘に、ベルドは特に反論するでもなく頷く。ベルドは、自分が放つ剣技「トルネード」が完全に魔力によるものではないことを知っていた。無論魔力も纏わせてはいるが、近接専門のベルドはどうしてもイメージしやすい『闘気』の方が先に出てきてしまうのだ。闘気と魔力の比率はおおよそ3:1。物理的な破壊力がどうしても先に立ってしまい、魔法剣技であるはずのトルネードがクイーンアントに通らなかったのもこの点にある。少女が指摘したのも勿論ここだ。

「闘気と魔力は似ているからね。近接専門の剣士とかが魔力を纏わせられないのは恥じることじゃない、ごく当たり前の話なの。両方使い分けられる人は相当な訓練を積んでいるか……あるいは、東方の国ではそんな技術があるって聞いたことがあるけどね」
「……ヤツの卸し焔か」

脳裏に思い浮かべたのは仲間の侍、ゲリュオのことだ。正真正銘、東国の出身である。とはいえ、今から東方の国に行くには時間が足りないし、ゲリュオ相手に修行を申し込んでも意味があるとは思えない。そもそも、師と拝めるほど実力がかけ離れているわけでもない。

「……ということは、俺はどうやって魔法剣技を使えばいいんだ?」
「そう、そこでヒオリさんが重要になってくるんだよ」
「ボク?」
「うん。いい? 言葉で説明するより、やってもらったほうが早いから、説明はさっさと済ますよ? よく聞いててね?」
「了解」
「うん、分かった」

返事を聞くと、少女は槍を持ち直した。

 

 

「うおぉりゃああぁぁぁっ!!」

ベルドの剣が、音を立てて唸った。

「雷よ、荒れ狂えっ!!」

ヒオリの術式に反応して、天空から爆雷が降り注いだ。

「……捕らえた!」

ゲリュオの刀が煌いた。

「――――!!」

杖を持ったツァーリの目が、かっと見開かれた。


――そして、あっという間に一週間が過ぎた。

 

 

「…………」

その日の朝、ベルド・エルビウムは嫌に静かな気分で目が覚めた。

体調、よし。気分、よし。剣の手入れも、よし……コキコキと首を動かしたり剣を鞘から抜いて確認したりする。腹……は、よしじゃねえな。腹減った。あと尿意。

とりあえず下腹部に溜まる生理的不快感を解消すべく、ベルドは部屋を出て便所へと向かう。そのまま小便器で用を足し、手を洗って部屋に戻る。朝食までにはまだ少し時間があるな、ウォーミングアップでもするか?

そんな取り留めのないことを考えつつ204号室の扉に手をかけたとき、隣の部屋の扉が開いた。出てきたのは……自分の恋人にして、一連の事件(?)の渦中に立っている少女、ヒオリ・ロードライトだ。

「……あ、ベルド」
「うぃ」
「おはよ」
「おはよ。どうだ、眠れたか?」
「うん、とりあえずはね」
「そうか」

はにかんでくるヒオリの頭をぽんぽんと叩き、ベルドはふっと笑ってみせた。そんなベルドを、ヒオリは上目遣いで見上げてくる。

「……決戦、今日だよね」
「ああ」
「ボクたち、勝てるかな?」
「知るか、そんなもん」

身も蓋も無く、ベルドは答える。勝てるかどうかなんて分かんねえ、相手がどれだけ強いのか知らないんだから。だが、それでも引く気は無い。勝てるかどうかなんかじゃねえ、勝ってやる。

そもそも、そのために修行をしてきたのだから。

 

 

「……ほう、逃げずに来ましたか」
「当たり前だ。待たせたか?」
「いえ、約束の十五分前です。貴方も十分早いといえるでしょう」
「そう言ってもらえると助かる」

エトリアの街郊外、午前十一時四十五分。世界樹の迷宮入り口付近に、四つの人影があった。

「……罠じゃなかったんだな」
「ええ」

感心したように呟いたのは、青緑の髪を持つ少年、ベルド・エルビウム。答えたのは彼をここに呼び出した男、リーシュ・アーティミッジだった。

「信じられませんでしたか?」
「正直な。つーか敵対している相手から『どこそこにいつ何人で来い』とか言われりゃ普通疑うだろ」
「確かに、そうですね。でもそう言っている割には、あなた方も私が出した協定を守っていただけたみたいですが?」
「……あー、まあな」

当のベルド方も、リーシュが出した三人までという条件を守っていた。一人はベルド。二人目はこの対立の中心人物、ヒオリ・ロードライト。そして最後は彼ら二人を鍛え上げた、あの槍使いの美少女だった。

と、その少女が口を開く。

「でも、これだったら私は不要だよね」
「……まあ、そうだな」
「じゃあ、私は帰るよ。絶対に勝って帰って来るんだよ?」
「当たり前だ。でなきゃあんたに申し訳が立たん」
「だね。それじゃ、幸運を」

少女は首から提げているロザリオを軽く掲げると、背を向けて歩き去っていく。その光景を見て、リーシュが意外そうに首をかしげた。

「彼女は参加しないのですか?」
「ああ。正直、あんたが連れてきた雑兵の押さえ役にするつもりだったからな」
「お一人でですか?」
「時間稼ぎにはなるだろ。とはいえ……」

師匠使いがめちゃめちゃ荒い気もするがそこは無視。それと正直彼女なら一人でやっつけてくれそうな気もしたが、さすがにそれは言わなかった。

「その雑兵がいない以上、彼女を入れる必要は無い。あんたとの戦いは、俺とヒオリ、この二人だけで挑む」
「……なるほど、大した心意気ですね。それでは、戦いを始めましょうか」

ですがその前に、とリーシュは注釈を入れる。ベルドとしても止めるつもりは無い。ここで確認せずに戦闘終了後にごたごた騒ぎを起こすのは両者共に避けたい事態だからだ。

「まず、条件を確認しておきましょう。勝利条件は相手方の気絶、もしくは降参。敗北条件はその逆で、自分方の全員が気絶、もしくは降参すること。よろしいですね?」
「ああ」
「私が勝ったらその奴隷を返してもらいます。貴方方はそれに対し一切の異議申し立てをせず、また今後取り返そうとすることもしない。そして、貴方方が勝ったらその奴隷は貴方に譲り、私達は今後一切その奴隷に対して干渉しない。これでよろしいですね?」
「……いや、それはちょっと待ってくれ」

リーシュの確認に、ベルドは待ったをかける。

「何かご不満でも?」

意外そうに聞き返すリーシュに、ベルドは軽く手を振った。

「いやいや、そういうわけじゃない。だが、俺たちが勝ってもヒオリは俺の所有物にはしない。代わりに、こいつがあんたらと交わしている契約を白紙に返して欲しいんだ。駄目か?」
「いえ、構いませんよ。どうせ同じことですから」
「サンキュ。助かるわ」
「ご質問は、以上でよろしいですか?」
「ああ」
「では、戦いを始めましょう。準備はよろしいですか?」
「わざわざ聞くかい、サービスいいな。……それとも、余裕ってヤツか?」

槍を抜いたリーシュに対し、ベルドは苦笑しながら軽口を叩く。だが、リーシュの笑みは崩れていない。しかし、それでも分かる。無為に槍を向けているように見えて、余裕の笑みを浮かべているように見えて、その実リーシュの構えには一部の無駄も隙も存在していない。カマをかけても効果が無いことを悟ったベルドは、静かに剣を抜いて構える。その後ろでヒオリも半身になり、術式を展開する準備をした。

「さてと……こっちから仕掛けてもいいか?」
「どうぞ、お好きなように」
「だったら……遠慮なく、行かせてもらうぜ!!」


叫んだベルドは、いきなりハヤブサ駆けを叩き込んだ。

 

 

 

 

 

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