第十五幕
親衛隊
世界樹の迷宮第三階層・地下十二階――冒険者ギルド「紆余曲折」の面々は、この階を巣としていた蟻の大元に勝負を挑んでいた。いきなりの闖入者に驚いたのか女王蟻の動きは止まっており、この隙を突いてベルド・エルビウムが先制攻撃に出た。
だが、その剣が振り下ろされる直前、我に返ったクイーンアントが鉤爪を交差させて防御体制に入る。鉤爪と剣が火花を散らして激突し、瞬間、その剣から旋風が迸った。しかしその旋風は固い甲殻に弾かれてろくなダメージもなく消えていく。
とっさに距離をとったベルドに、クイーンアントの鋭い鉤爪が襲い掛かる。その攻撃をかがんで躱したベルドは、剣を刺突の構えに持ち替え、クイーンアントの柔らかい腹めがけて特攻した。
剣は曲刀である刀に比べ、その切れ味ははるかに劣る。斬る勢いに叩きつける打撃力を上乗せしてなお、刀には遠く及ばないだろう。反面、純粋に斬撃に特化している刀に比べ、刺突に高い特性を示す武器でもある。剣の刃が両刃になっているのは敵に突き刺した際、引き抜くときに傷を広げて大ダメージを与えることが出来るからだ。
ベルドが剣を引き抜くタイミングに合わせてヒオリの氷結の術式が入り、クイーンアントに突き刺さる。ツァーリが力祓いの呪言を唱え、カレンは杖で直接攻撃に出た。
ぼぎゃっ、と鈍い音がしてクイーンアントの甲殻の一部がへこむ。最近カレンの杖攻撃の威力が地味に上がってきており、これを応用した技を現在練習中とかなんだとか。
「――なにっ!?」
続いてレイジングエッジに出ようとしたベルドだが、その顔が驚愕に染まる。スピードと剣速には自信のあったベルドがクイーンアントにいともあっさりと抜かれてしまったからだ。
クイーンアントの噛み砕き攻撃が後衛のヒオリに炸裂し、たった一撃であれほどのダメージを与えられるのかと、そう思わせるほどの傷を負わせる。ツァーリの力祓いの呪言が入っていなかったら今頃三途の川を渡っていてもなんらおかしくない強烈な一撃だった。反撃にベルドのレイジングエッジが入るが、これは大したダメージにはなっていない。続いてカレンの医術防御とツァーリの足違えの呪言で戦闘補助を行い、さらにゲリュオの上段の構えから放たれる高速の二連撃。逆袈裟斬りと右薙ぎ払い攻撃で、交差するような軌跡を描いて鋼の刃が駆け抜けた。
ツバメ返しの攻撃直後の隙を突き、クイーンアントの怒涛の連続攻撃が放たれる。カリストの剣撃をはるかに上回る連撃に、攻撃後で体勢が崩れ気味だったゲリュオが対抗できるはずも無かった。医術防御がかかっているくせに信じられないほどのダメージが突き抜けてくるが、即座にカレンのエリアキュア。傷は回復しきったわけではないが、少しでも治っているとやはり違う。
と、ここで護衛のハイキラーアントとキラーアントが駆けつけてくる。
「氷よ――」
術式を起動していたヒオリが、攻撃態勢に入る。
「降り注げっ!!」
周囲の気温が一気に下がり、起動されたのは大氷嵐の術式。いつ覚えたのか、その術式は驚異的な威力を持って変温動物たちに襲い掛かった。
「トルネードッ!!」
続いてベルドのトルネードが放たれ、ハイキラーアントを支点として放たれた真空の刃がキラーアントとクイーンアントを吹き飛ばす。氷の嵐に大打撃を負ったキラーアントは旋風一撃で倒れ、直接斬撃を食らったハイキラーアントもまだ立ってこそいたもののカレンに杖でぶん殴られ駄目押しされて戦闘不能となった。
残ったクイーンアントがその強靭な鉤爪をはさみのように交差させツァーリを攻撃。これをツァーリはメイスで受け止める。剣や刀など刀剣の類と違い、鈍器系の武器は敵の攻撃を受け止めるのにも非常に適している。だが、次の瞬間素早く身を引いたクイーンアントの女王の鉄槌。相手を選ばぬ疾風怒濤の連続攻撃が五人に次々と命中し、ベルドたちを吹き飛ばした。
さらにここで新たに駆けつけてきたハイキラーアントが噛み付き攻撃。同時、ヒオリの大氷嵐。降り注ぐ氷刃の嵐の中、ベルドが一気に踏み込んだ。
敵陣を駆け抜けながら数体の敵を一気に斬り裂く斬攻撃。刹那の内にクイーンアントに二回、ハイキラーアントに三回の攻撃を当てた。その攻撃でハイキラーアントは切り裂かれて地面に落ちるも、クイーンアントには大した打撃を与えられていない。
「くっそ、硬ぇ!!」
ベルドのバトルスタイルは基本的に足の速さと剣速を生かしたスピード重視の連続攻撃だ。そのため大抵の相手からは先手を取れるし、先制攻撃で一撃を叩き込むことも出来る。だが、攻撃力という点ではツァーリにこそ勝っているもののゲリュオには遠く及ばず、ヒオリやそれどころかカレンにも劣る有様である。
軽いのだ。
例えば誰でも一度くらいは、紙の端で指を切ったことがあるだろう。速度とタイミングが揃えば、軽くもろい紙切れさえも刃となりうる。しかし、それで切れるのは皮と肉の表層まで。重さのない斬撃には骨まで断ち切る力は無く、どれだけ迅くても軽い攻撃には必殺の威力はないのだ。
魔力を引き換えにして超強力な術式で大ダメージを与えるヒオリ。物理的な杖の扱いにも長け、強烈な壊攻撃を研究中のカレン。そして、刀剣の特性やそれでなくても重い一撃を放てるゲリュオ・キュラージ。この三人と比べると、ベルドの攻撃力はどうにも見劣りしがちなのである。結果、ベルドは一撃の破壊力よりも手数を重視して攻撃を仕掛けているわけだが……相手の防御力が高ければ、下手をすると今回のように全部弾かれてしまうことになる。
「はあぁぁっ!」
舌打ちをするベルドの前で、ゲリュオのツバメ返しが炸裂。超音速の二連撃が、ベルドとは比べ物にならない火力を持って叩き込まれる。腹部についているはさみの一つが斬り飛ばされ、高々と宙に舞う。ところがここでクイーンアントの体から柔らかい光が発され、負った傷が一気に回復した。
「……マジか」
ベルドは呆然として呟く。全回復することは無かったが、回復手段を持っているのと持っていないのとでは物理的にも対処の難易度に格段の差が出るし、心理状況にも影響してくる。回復する間を与えず連続攻撃で翻弄するのが一番手っ取り早い方法でもあるが、そうするとどうしても一撃辺りの重みが犠牲となり、そうなると与えられるダメージががくっと落ちる。
そして、またしても新たなハイキラーアントが乱入してきた。応援に駆けつけてくる蟻の気配はとどまることを知らず、速攻をかけて倒しきってしまわねばいつか押し切られる。
しかし、運命は彼らをあざ笑うかのごとく、次の試練を落としてきた。
クイーンアントが土煙を巻き上げる。巻き上げられた砂と土がベルドとゲリュオの目に入り、その動きを怯ませる。間髪入れず、強靭な大顎による噛み砕き攻撃。狙いは当然、得意とするスピードを封じられたベルドだ。
「っがああぁぁぁっ!!」
しかも運の悪いことに、クイーンアントの牙がベルドを捉えるその直前に医術防御と力祓いの呪言の効果が同時に切れた。しかし、その二つを加味して考えてもベルドが受けたダメージは尋常ではなかった。前衛に立つ剣士であるはずのベルドは魔術士であるヒオリよりも大きなダメージを負い、今までのダメージが積み重なっていたこともあるのだろうが、その一撃でほとんど戦闘不能に追い込まれた。
「な、なんで!?」
カレンが愕然とした声を上げる。一瞬遅れて、ゲリュオの焦った叫びが飛んだ。
「しまった、壊攻撃か!」
「壊攻撃がどうかしたんですか!?」
怒鳴るように聞き返したカレンの横で、ある事を思い出したヒオリがはっとして叫ぶ。
「まさか、弱点!?」
その推測は正解だったらしく、ゲリュオは苦い顔で頷く。その横ではいまいちよく分からないカレンとツァーリが疑問の表情を浮かべているが、状況を説明している暇は無い。ゲリュオの第六感は既に一行が大量の蟻に包囲されたことを告げていた。
ベルドに止めを刺すべく、クイーンアントは距離を詰める。そこへゲリュオが立ちはだかって刀を振り下ろすが、目に土が入り狙いを定められなくなった状況では刀は空しく空を切るのみ。処刑台を連想させる鋭い鉤爪がベルドの体に振り下ろされ、ベルドはとっさにデビルクライを放って光で相手を撹乱する。ところが視覚のほとんど退化した蟻に決定的な効果は無く、多少狙いがぶれただけだった。致命傷を避けられたという点では効果はあったが、倒れるのがほんの数秒遅れたくらいしか意味は無いだろう。
いつの間に覚えたのか、カレンがエリアキュアⅡを使う。傷は完全回復したものの、医術防御が使われる前に再びの噛み砕き。ツァーリの力祓いの呪言が入ったが、これではクイーンアントとのいたちごっこだ。それに、後十数秒もしないうちに新たなハイキラーアントが駆けつけてくるだろう。
「ヒオリ、術式はあとどれくらい撃てる!?」
「あと……二発っ!!」
ゲリュオは悔しげに舌打ちする。とてもではないが大氷嵐二発ではクイーンアントにとどめは刺せない。氷結の術式ならいけるかもしれないが、それでは駆けつけてきたハイキラーアントに対抗できない。
さらに悪いことに、この状況下ではもうアリアドネの糸は使えない。周囲が包囲されている今糸を取り出している時間はないし、今回は女王蟻の隙を突くことに成功していた。同じ事をもう一度やっても奇襲が成功する確率は高くはないし、暫くは女王蟻も自分の周囲に警備兵状態でハイキラーアントでも配置しておくだろう。
悔しいが、敵情視察で千載一遇のチャンスを使ってしまったというわけだ。
となると、この戦いで勝負を決めるしか方法は無い。そして、ノーコストでダメージを与えることが可能なのはゲリュオ一人だ。カレンも出来なくは無いが、彼女を無理に攻撃に回らせてしまえば回復手がいなくなり、それはすなわちメンバーの隙が大きくなることを意味している。極めつけはゲリュオの視覚だ。土煙を巻き上げられて視界が封じられた今、近距離戦を挑む者に狙いを定めた一撃が放てるわけが無い。
と。
一瞬敗北の予感が皆の脳裏をよぎったその時、ゲリュオは聞いた――と思った。戦いを挑んでおきながら虚しく敗北していく人間共を見てあざ笑う、蟻の侮蔑と嘲い声を。そして知った。戦いが始まったそのときから、この女王蟻には見下され、半分は遊ばれてすらいたことを。
「――舐めるなぁっ!!」
怒りの咆哮が空気を震わせ、その怒号が樹海の空気を飲み込んだ。
認められるわけが無かった。最強を目指し、噂に聞く無敵の剣豪も倒すために旅に出た自分が、こんな樹海の途中でたかだか蟻ごときに見下され、そして倒されるなど。
ゲリュオの感覚が研ぎ澄まされる。相手の『気』を探り、その視界が封じられたとしても気配だけで敵の位置を捉える、遥か東方の国「和国」に伝わる戦闘技術。
その名を、無明の極。
ゲリュオの鋭い第六感が、敵の位置を克明に捉える。その刀が、彼の意志を反映して熱く燃え上がった。
必殺の気合を込めて、ゲリュオは大地を踏み込んだ。神速の踏み込みは残像すら残さず、ただ炎だけが軌跡を描く。一刹那の内にクイーンアントとの距離をゼロにし、大上段から渾身の一撃を叩き込む。回避するタイミングを逃した敵は、鉤爪を交差させてゲリュオの一撃を受け止める。
――受け止めようと、した。
真っ赤に燃えるゲリュオの刀は、処刑の鉤爪をものの一瞬で焼き斬った。さらに、咄嗟に身を捻ったクイーンアントの左肩を真っ二つに両断し、振り下ろされた刃が地面に食い込んで爆発する。援護に駆けつけてきたハイキラーアントがその熱量にたたらを踏み、そこへヒオリが氷結の術式を叩き込んだ。
「行け、ゲリュオーッ!」
出会った時よりもたくましくなった、ヒオリの掛け声。本来はベルドに向けられる声援を背に受けて、ゲリュオは怒涛の追撃をかける。
「らあぁぁっ!」
右肩部から潜り込んだ刃が胴部を斜めに両断し、返す刀で薙ぎ払い攻撃。その二撃目は横っ腹から入り、有機物が焼け焦げる悪臭と共に、敵を四つに分割する。そして、薙ぎ払いの時に刀に宿っていた炎は、その全てが体の中心部にぽつんと残り――
――爆発。
クイーンアントの体が弾けた。炎に爆砕された肉片は粉々に弾け跳び、炭となり灰となってばらばらに吹き消えていく。
それがクイーンアントの――地下十二階に巣を作っていた、名も無き女王蟻の最期だった。
「さすが紆余曲折の諸君だ、素晴らしい働きぶりだね」
クイーンアントが陣取っていた小部屋で地下十三階への階段を見つけ、地図を完成させた彼らは執政院の男性と会話していた。いつもなら「野郎は黙ってろ!」とか叫ぶはずのベルドも今回は黙って聞いている。
多分にその前にゲリュオに念を押されたことがあるのだろうが。
執政院の男性は地図を完成させた働きを褒め称えると、ふとベルドたちのほうに顔を向けて話し出した。
「私はね、常々考えているのだ。この樹海がなぜ存在しているのか……と」
「はぁ」
「不思議な生物たちに、延々と下へ続く奇妙な構造。君たちは、これが自然にできたものだと本当に思うかね?」
「いえ、思いません」
と、いつもは男性の話に興味も示さないベルドが珍しく食いついてきた。
「生物のことはともかくとして、ずっと下に続いていくなんて構造――どう見ても、あれを自然のものとは思えないのです」
いつものへらへら笑いは跡形も無く消え、ベルドは鋭い表情で結論を述べた。
「俺は……あれは、人工物だと睨んでいます」
だから、財宝でも埋まっているんじゃないか――そう考えて、ベルドはこのエトリアにやってきた。が、さすがにこの真面目な話の最中にそれを言っても仕方ない。それを聞いた執政院の男性は、一つ頷いて自らの見解を述べた。
「……私は、樹海には何か大きな秘密が隠されていると思っている。そして、それを突き止めることがこの街のためになるとも考えている」
「なるほど」
だが……と苦い顔になって、男性は続ける。
「長は……あの方は違うようだ。あまり話される方ではないが、樹海はこのままでいい。秘するが花だと言っておられた」
「長って、ヴィズルさんですよね?」
「ああ。あの方はもしかしたら、今以上に樹海の探索を進めることを望んでおられぬのかもしれない」
「…………」
「……すまない、そんな話を君たちにしても仕方がないことだ。とにかく、この地図のおかげでまた一つ、樹海の資料が完成した。その働きに報いるため、些少ではあるが報酬を出そう」
「ほんとに些少だな」
ゴンッとカレンがベルドを殴る。渡された金額は五千エン。何度も言うが彼らはジュモーを発見して売り飛ばし、百数十万を儲けている。一般的な目線で見れば多いのだろうが……やはり、すずめの涙としか言いようが無かった。
「ところで、引き続いて話があるのだが聞いてくれるかね?」
ベルドの口が悪いのはいつものことなので、執政院の男性はスルーして話を続ける。
「樹海の地図を作成するために樹海の各地に兵士を派遣したところ……どうやら、樹海の奥に人ではない謎の生物がいるらしいとの報告を受けたのだ」
「なんですって!?」
その話に食いついたのはカレンだ。いつもの穏やかな表情は跡形も無く消え失せ、鬼気迫る形相で男性を見る。その迫力に男性は若干引きつつも説明を始めた。
「ああ。見た目は人とほぼ変わらない、しかし人ではない生物……これが事実だとするならば驚くべき大発見となる」
「だろうな」
「どうか君たちで樹海のさらなる奥に進み、その謎を探ってくれないか?」
「……それは構わんが……おい、どうした?」
どちらにせよ樹海の奥には進む理由があるのでその依頼を受けることに問題は無いが――目に入った光景が、ゲリュオの返事をとどまらせた。顎に手を当て、難しい表情で悩むベルドの姿。ギャグやジョークで引き受けないという返事ならなくはないが(後からゲリュオたちがボコすのだが)、悩むというのはどういうことだ。まさか、飛ばすギャグを考えているわけでもあるまいに……
「おい、ベルド?」
「え? あ、ああ、なんだ?」
顔の前で手を振って呼びかけると、やっとベルドは反応した。
「さっきの話、聞いてたか?」
「樹海の奥に謎の生物がいるから調査して来いってやつか?」
「ああ。その依頼、お前はどうしたい?」
「別にいいんじゃないか?」
相談をするととりあえず話は聞いていたらしい。ベルドは肯定の返事を返した。
「……まあ、いい。俺も賛成だし、お前らもいいな?」
ゲリュオが確認したのはツァーリとヒオリだ。無論その二人にも依存は無く――
「じゃあ、その依頼引き受けました!」
ベルドをすっ飛ばしてカレンが返事をした。
「しっかし、なんだってんだ……?」
ぶつくさ呟きつつ、ベルドは街を歩いていた。シリカ商店で手に入れて来た蟻の骨片や蛙のホホ皮、そしてクイーンアントから剥ぎ取った頑丈な顎を売り飛ばしたところ、何がどうなったか店主シリカ嬢がおおはしゃぎ。「この顎があればすっごい刀が作れるよ! 出来たら売ってあげるから、ゲリュオさん連れてきてよ!?」と言われ、だったらタダで譲りやがれと突っ込みたいところだがまあ向こうも商売なので仕方ない。
「……おい」
それはいいとして、問題は先ほど執政院から言われたことだった。樹海の奥に人によく似ていて、それでいて人ではない謎の生物がいる――その言葉がどこかひっかかる。聞くにカレンが血相を変えて二つ返事で引き受けてしまったらしいが、それもまたひっかかる。あのカレンが人の話も聞かずに引き受けるなど。
「おい」
さらにカレンに言わせるとどうやら夢の中で助けを求められたらしい。しかも周囲の光景は――
「――おいっつってんだろ、聞こえねえのか!!」
「ああ?」
考え事を無粋な声で中断され、ベルドは怒声と共に声の方角を振り返る。と、そこには見ず知らずのいかつい男が猛烈な殺気を放ちながらベルドを睨みつけていた。
「……おおう!?」
続いて周囲を見渡したベルドは唖然とする。知らない間に五十人近くの野郎共に囲まれていた。
「な、なんだなんだ!?」
声をかけてきた男、そして周囲を囲む野郎共、いずれもベルドに面識は無い。さて、俺こんな人種に恨み買ったかなと妙に抜けたことを考え、ベルドはとりあえず声をかけてきた男に応対した。
「……とりあえず、人違いじゃないっすか?」
「いーや、お前で合っている! そうだろう、ベルド・エルビウム!!」
「……あー、合ってるな」
だるそうな声で返事をするベルド。何か面倒くさいことに巻き込まれた――今すぐここで不貞寝したくなったが、とりあえず何の用かは聞いておかねばならない。
「……えーと、どちらさまで? ってか、何のご用件で?」
「用件だと……!? 決まっているだろう、お前からカレンさんを守るためだ! どんな卑怯な手を使ったのか知らんが、あのお方を誑かしているお前を我ら親衛隊が断罪してくれるわ!!」
「は?」
何のことやらさっぱり分からないベルドは思わず腑抜けた声を返す。そんなベルドに、男は高らかに名乗りを上げた。
「我らはカレンさんをお前のような悪い虫から守ることを使命とするカレン・サガラ親衛隊(公式だけれど非公式)だ! そして、俺はその隊長だ!!」
「どういう意味だそれ!?」
ベルドの的確なツッコミが入るが、その男には聞こえなかったらしい。高らかに叫んだ男はそのままのポーズで停止している。本人的にはかなりキマっているつもりらしいが、横から見てると滑稽だった。
「……あー、なんとなく分かった」
しばらく考え、ベルドはため息をついた。数日前ヒオリに添い寝をねだられた時、ベルドは女子部屋に入ったのだ。で、当然ながら女子部屋である以上、部屋の中にはカレンもいる。偶然なのかストーカーでもいたのかは知らないが(とはいえストーカーだったら気付くだろうから、恐らく偶然だったのだろうが)、この親衛隊とやらの隊員に目撃されてしまったらしい。そういえばそのとき何か殺気を感じなかった気がしないでもない。
「一応、付き合ってんのはヒオリなんだけど……」
さめざめと涙するベルドであったが、その頭はかなりの速さで回転している。敵の数はおよそ五十。その気配は粗野で粗暴。冒険者ですらないらしく、その腕は片手で捻ってお釣りが来るほど弱いだろう。
とはいえ、これだけの人数を剣術抜きで、素手で無力化する自信はさすがになかった。別に剣を使わないのはこいつらに遠慮しているわけではない。執政院の連中に事情聴取をされるのがヤダとか、つまるところ単にこれ以上面倒なことになって欲しくなかったからなのだが……
「……まあ、仕方ねえか」
ボコボコにされるよりは治安維持の兵士に事情聴取をされたほうがまだマシだ。全く、まだ少し時間があるからヒオリと遊びたかったっていうのによ――いざというときは剣を抜く覚悟を決め、ため息をついたベルドは中腰になって構え――
「少年よ、困っているなら手を貸そう」
「ん?」
飛び出そうとしたところを、凛とした声が遮った。そこには立派な体格の壮年の男性が立っていた。腰に刺さっている武器は、刀。ゲリュオと同じ、ブシドーだろう。ベルドはしばらくあっけに取られた後、答えを返す。
「そりゃ、助けてくれるならありがたいですけど……」
「それ、私も入れてもらっていいかな?」
その最中に聞こえてきたのは、少し高いソプラノの声。先のブシドーとはベルドを挟んだ反対方向に、その人間は立っていた。背中まで伸びている長い空色の髪と、同色の目。カレンと互角以上に渡り合えるほどの美少女であった。背に挿している武器は――ここエトリアではあまり使い手のいない、槍だ。
「三人もいれば、少しは早く終わると思いますけど?」
「そうだな。そもそも、一人相手に大人数でよってたかってというのは後味が悪い」
「……それじゃ、すみません。加勢お願いします」
どうやら二人とも、どの道手を貸してくれるつもりらしい。ベルドはそのブシドーと槍使いの少女に頭を下げ、中腰になって振り返った。左手を前に、右腕を腹に当て、右足と左足に体重を等分にかける、あらゆる格闘戦において基本中の基本の構えを取る。ブシドーは腰をしっかりと落とし、拳を鋭く引いた構え。いざ戦いが始まれば、強烈な正拳突きが炸裂することだろう。
「…………」
と、華奢な体つきで、一見荒事には不慣れなように見える少女を心配してか、侍は少女のほうをちらりと見た。
が。
「……ふっ」
一笑に付し、侍は少女から視線を外した。槍を打ち捨てた少女は左腕を楯のように眼前に据え、腰を軽く落として身構えている。その左腕は、やや引き気味。相手の攻撃を受け流して反撃を入れる、カウンター狙いの構えだった。
侍は少女が捨てた槍を見る。新米の冒険者が箔を持たせるために、斧や槍といった大仰な武器を背負ったり、扱えない武器を揃えたりというのはよく見られる光景だ。だが彼女の武器がハッタリではないことが、その刃先についた傷や使い込まれた痕跡からも十分に見て取れる。少女が槍を捨てたのも調子に乗った発言を謝罪するためではなく、単純に格闘戦に邪魔だからだろう。
堂に入った構えを見せる三人の前で、カレン・サガラ親衛隊隊長は慌てる。ベルドの強さだけでも厄介だというのに、そこに二人も加勢が入るとなるとさらに厄介だ。とはいえ、今更後にも引けない彼らが取った選択肢は決まっていた。
「全員であの三人を叩きのめす! いくらなんでも、十倍以上の兵力差にはどうにもならないはずだからな!!」
「おっしゃあぁっ!!」
微妙に死亡フラグを立ててるんじゃないかと思えるような号令で、軍団の心は一つとなり――
「――おおおおおおおおおおおっ!!」
何か奇声を上げて襲い掛かってきた。