第十四幕
女王とその奴隷達の暮す宮殿
「よし、じゃあ作戦通りに行くぞ」
レンと出会った次の日、ベルドは全員に号令をかけた。目線の先には、うろうろと這い回る蟻がいる。
前日、レンと出会った後も彼らは地図作りを続けていた。しかしF.O.E.ハイキラーアントを撃破し、道を進んだ先はなんと落とし穴になっており――下の階に落っこちた一行は、道を進む間に周囲からの恐ろしい気配を感じ取った。
道についた足跡や、木々をかじった跡――地下十一階にいたキラーアントやF.O.E.ハイキラーアントの存在も考慮すると、どうやらこの階は蟻の巣がたくさんあるらしかった。
彼らの推測は程なく立証され、行く手をさえぎるように多くの蟻が襲い掛かってくる。倒しても倒してもキリが無く、殺気の数が衰えることも無い。相手の数はゲリュオの気配察知能力の限界を超えていた。
しかもキラーアントやガードアントならまだしも、蟻の巣内部ではハイキラーアントの数が異常なほど多い。基本無口なあのゲリュオがぼやいたぐらいだ。結果、アリの物量に呑まれる形で一時退却してきたのである。何かツァーリが「退却ではない、未来への進軍である!」とか叫んでいたような気もするが無視。
とはいえ、あの数の蟻を全滅させるなんて行動はさすがに不可能だ。相手の数が多すぎる。そこでベルドたちは長鳴鶏の宿で作戦を練り、ここで蟻の巣の中でゲリュオが一つだけ動かなかった気配があったと報告。聞いたツァーリが「もしかしたらそいつが司令官になっとるんとちゃうか?」と返事をし、残った三人は返事こそしなかったものの、ゲリュオの報告を聞いて同じことを考えていた。ゲリュオ本人は言わずもがなである。
結果、彼らはとりあえずその動かない蟻を叩いてみようということで、再び樹海へと挑んでいる――
――ので、ある。
這い回っているハイキラーアントの間をすり抜けるようにして行動し、動かない気配の元へ一直線に突っ込んでゆく。果たして、目の前に現れたのは――
「……ガードアント?」
ガードアントであった。不審に思ったベルドが、ゲリュオに問うた。
「……ゲリュオ、『気』のでかさはどれくらいだ?」
「……さっきのハイキラーアントよりも少しでかい。ただのガードアントじゃないな」
さしずめハイガードアントってとこか? とツァーリがゲリュオに聞き、ゲリュオも刀の柄に手を当てながら頷く。納得したベルドはハイガードアントに向き直ると、レイジングエッジの構えを見せた。
「まあ、普通に考えりゃただのガードアントがこんなところにいるわけねえか! 行くぞ! 覚悟しやがれ、ショカツリョーアント!!」
「ハイガードアントじゃボケ! 一瞬蟻が立派に見えたやろ!!」
ツァーリが突っ込んだ。
「氷よ、突き抜けろっ!!」
ヒオリの氷結の術式が起動され、ハイガードアントに襲い掛かった。変温動物であるハイガードアントは突如として下がった気温に体を震わせ、打撃を受けて動きが止まったその隙に他の面々が飛び掛った。
まずベルドのレイジングエッジが放たれ、続くゲリュオの踏み袈裟がハイガードアントを斬り裂く。ツァーリのメイスが頑丈な大顎を砕き、三人は一旦飛び退いた。
ガードアントは粘着性のある酸液を吐き出したり、その強靭な顎を使って攻撃をしかけてくる。そのため、顎を破壊してしまえばその破壊力はがくっと落ちることを幾度かの戦いを経てツァーリは分かっていた。以来、対ガードアント戦にはまずこの顎を破壊する戦法が取られていた。
体力は高いが行動パターンは大してガードアントと変わらないハイガードアントは全ての攻撃を封じられ、ベルドに蹴られゲリュオに斬られツァーリに殴られヒオリに凍らされてあっという間に昇天した。
――そして、ハイガードアントが倒れたのを見たハイキラーアントは我先にと逃亡していった。
「……クモの子を散らすように逃げてくな」
「蟻やけどな」
たとえを出したベルドに、ツァーリが律儀に突っ込んだ。
「これでも食らえ、トルネードッ!!」
ベルドの渦を巻く剣がハイガードアントを斬り裂き、放たれた旋風が駆けつけてきたハイキラーアント二体を吹き飛ばした。両断されたハイガードアントを見て、この巣にいる他のハイキラーアント達も一目散に逃げていく。
「ふー、これでこの巣も潰したな」
「お疲れ、ベルド」
「おう」
軽く汗をぬぐったベルドに、ヒオリがねぎらいの言葉をかける。
「……ん、これで全部かな」
片手を上げて答えたベルドに、マッピング係のツァーリが地図を見ながら発言する。その言葉に疑問を持ったカレンが地図を覗きながら質問をした。
「全部って、これで全部って事ですか?」
「ああ。多分蟻の巣はこれで全部やろ」
「地図はまだ完成していないんですか?」
「してるっちゃしてるが……一箇所だけ不自然に埋まっとらん。地下十三階への階段も見つかっていない今、ありうるのはここしかないやろ」
地図に粗が無いかチェックしながら、ツァーリが冷静な判断を下す。
「ということは……とりあえず、埋まっていない部分の近くを歩き回るしかないな。恐らく、どこかに獣道があるのだろう」
「やれやれ、本気で樹海探索になってきたな」
ゲリュオの声に、ベルドが疲れたかのように相槌を打った。
「ところでゲリュオ」
「なんだ?」
「全く関係の無い話だが、コカインを服用した妊婦が出産すると体重が健康児の三分の一しかない胎児が生まれることがあるそうだ。その胎児をコカインベビーと言うらしい」
「黙れ」
「……ここだ」
樹海の中、鋭く壁を睨みながら歩いていたベルドは、突如としてある一点で動きを止めた。そこは特に獣道となっているわけでもなく、見る限りはただの草が生えているようにしか見えない。
「ここですか?」
「ああ」
カレンの確認に、ベルドは頷く。ベルドはかつて、共に旅をした女に山の中でサバイバルを学んだことがあった。木の生え方、獣道の見つけ方、その他もろもろに至るまで、野に生きる知識を余すことなく注ぎ込まれた。
そのため、樹海内部でも草木に覆われた獣道を見つけ出し、ツァーリのマッピング能力と合わせて大幅なショートカットを成功させることも多々あった。彼らの快進撃の内には、こういう地味な能力も影響している。
そのベルドの感が、この草が不自然であると伝えている。そして、そこにゲリュオが己の能力を生かしてアドバイスした。
「確かに、この奥には何かがあると見ていい」
「なんで?」
「よく考えろ。いままでたくさんの蟻の巣を潰してきたが、その中にいたのは働き蟻と兵隊蟻、それからその上位種ぐらいのものだ。社会性動物である蟻がこれだけたくさんいて、群れの中心となる女王蟻がいないのはあまりにも不自然すぎるんだよ」
口数の少ないゲリュオではあるが、必要とあらば饒舌にもなる。その話し方とゲリュオ自身の能力を重ね合わせてある結論に達したツァーリが、ゲリュオに話しかけた。
「キュラージ卿、まさか……」
「……ああ、いるだろう。女王蟻が」
「なるほど。ところで、こっちも間違いねえみてえだぞ」
ベルドが草に少し力を込めると、嫌に不自然に動いた。そこまで強い力を入れたわけでもないのにボロボロと土塊が零れ、根が露出してくる。ベルドは草から手を離すと、全員に聞いた。
「ゲリュオの気配察知能力の結果を鑑みるに、この奥にはおそらく女王蟻がいる。とりあえず聞くが、戦う準備は出来てるか?」
「無理だな」
ベルドの問いに、ゲリュオが即答した。
「ある程度とは言え、俺たちは蟻の巣を潰す時に体力を消耗している。この奥にいる『気』のでかさを考慮するなら、できれば完全回復してから戦いに望みたい所だ」
「なるほどな……」
ベルドはこの時、即座に戦いを挑んで女王蟻を潰そうとは考えていた。だが、言われてみれば確かにハイキラーアントやハイガードアントとの戦いで若干とはいえ体力を消耗している。ここはゲリュオの言う通り、素直に一時撤退したほうが身のためだろう。
「そういやそうだな。それに、お前が言うなら間違いねえ。戻るか」
ベルドが他の面々に聞かなかったのは、相手の強さを『気』によってある程度把握できるゲリュオが一番互いの戦闘力を考慮した答えを出せることが分かっていたからだ。また、彼は常に客観的な自己評価を心がけている人間でもある。無意味な虚勢や過大評価がどれほどの危険を呼ぶか、ゲリュオは嫌というほど知っていた。無謀な行動は絶対取らない男であることを、ベルドも長い付き合いからよく知っている。
「戻る前に確認したいが、相手の強さはどれくらいだと思う」
「……特にその『気』が抑えられていないとしてなお、ケルヌンノスを軽く抜いているだろうな」
「それほどか……」
ベルドは腕を組んで頷いた。ゲリュオの言うとおりの強さであれば、全回復した万全の状態で戦ったとしても勝てるかどうかは危ういところだ。しばらく悩んだベルドは……
「……とりあえず、戻ろう」
一旦戻って作戦を練ることにした。
こんこん、こんこん。
「ヒオリー、カレンー。いるかー?」
「あ、ベルド!」
その夜、長鳴鶏の宿205号室。ギルド「紆余曲折」女子部屋の外から響いてきた恋人の声に、ヒオリは即座に反応した。小走りに扉に駆け寄って、満面の笑みで出迎える。
「どうしたの?」
「いや、今日もお邪魔していいかなって」
「いいけど、なんで?」
ベルドはこの前の日も、この部屋を訪れていた。そのときは別に不思議に思わなかったのだが、二日連続で女子部屋を訪ねてくるのはちょっと気になる。だが、ベルドも別にやましい目的できているわけではないので、普通に答えた。
「ツァーリが杖の手入れをしてるんだ」
「手入れって、あれ?」
「……あれであれば、よかったんだがな……」
ベルドは一度、ヒオリに杖の手入れ方法を教えていた。杖の先の水晶を塩水につけて一晩置いて清めるという方法だ。それ以来ヒオリは定期的に杖の手入れを行っており、ツァーリが手入れをしたというのでそれかと聞いてみたのだが……ベルドの返事は苦いものだった。
「あいつの場合、杖の手入れが特殊らしい。どこぞの神様のご加護を受けるとか何とかでな、一週間にわたって長々と行ってるんだ。ところがこれが横から見てると怪しい儀式にしか見えねえもんで、係わり合いになりたくないというか付き合いたくないというか見てられないというか見たくないというか、とにかくそんな感じで逃げてきた」
ハウリング寸前の長広舌に、ヒオリはカレンと目を見合わせた。しばらくそのままの体制を続け、ふと気付いたかのようにベルドに向き直った。
「じゃあ、ゲリュオはどうしてるの? あれの場合、そういうの関係無しに『静かな心を鍛えるためだー』とか言って瞑想とかしてそうだけど……」
「そのゲリュオも逃げるほどだっつったら分かるか?」
「…………」
ヒオリは今度こそ絶句する。ベルドは別に逃げているとも限らないけどなと付け加えて、ゲリュオが何をしているか説明する。
「儀式が終わるまで一時間半ぐらいかかるから、それまで郊外の森に行ってるんだとよ」
「迷宮の中に?」
「いんや、外。そこで目を閉じて精神を研ぎ澄ませて、たまに風とかで舞い落ちる葉とか飛んでいる小虫とかを捉えては居合い抜きで斬り裂く訓練をしてるそうだ。『無明の極』とかいうらしい」
「へぇー……」
「それから、あれとか言うな。一応人間だぞ」
「ベルドもさりげなく失礼なこと言ってない?」
ヒオリの追求を、ベルドは肩をすくめて受け流した。
「……どこの宗教儀式ですか、あれは」
一体どんな内容なのか、興味本位で見に来たカレンは、男子部屋の扉を少し開けて隙間から中を垣間見た。
その中には何か緑色のガラスの容器を掲げながら呪文を唱えるツァーリの姿。北に向かって呪文を唱えていた彼は、次に東に向かって呪文を唱える。そして南に向きを変えて呪文を唱え、その後西に向かって呪文を唱える。しかも東西南北微妙に呪文が違った。
さらに黒いビロードでガラス瓶を覆ったツァーリは、その瓶を窓から差し込む月光にささげた。
「……で、あれを七夜繰り返して出来た燻香を樫の炭が燃え上がる中に投じて、その煙を杖に吹き付けることで完了するらしい」
「……っていうか、あの瓶の中身って何なんですか?」
「企業秘密だって言われた」
一緒に見に来たベルドが頭を抱えながらぼやいた。あんな儀式今すぐ止めさせたいところであったが、本人にとっては何か重要な儀式なのだろうし、実際あれを行った次の日には呪言の威力が数割増しになる現実を見たことがあるので止めたくても止められない。
この国では信仰・宗教の自由は保障されている、というのもあるし。
「てぇわけで、儀式が終わるまで頼む」
「……はぁ、了解です」
アレを見た後ではからかうことも出来ないのか、ベルドの言葉にカレンは素直に承諾した。
と、そんなベルドの服の裾をヒオリが引っ張る。
「ベルド、ベルド」
「ん?」
「じゃ、じゃあ、どうせなら、その、泊まっていって?」
「いっ――!?」
顔を赤くしながらのヒオリの申し出に、ベルドとカレンが凍りついた。カレンはほうほうとニヤついて、ベルドのわき腹を肘で小突く。
「最近、凄く仲良しじゃないですか」
「う、うるせー……っていうかお前、どうすんだよ。あそこ確か、二人部屋だろ。布団も二つしかなかったんじゃねえの?」
ぼやくような確認に、ヒオリは軽くうつむいてしまう。そのまま、消え入りそうな声でベルドの寝場所を提案した。
「ぁぅ、添い寝……」
「――――っ!?」
完全に凍ってしまったベルドの前で、カレンが大きく口笛を吹く。そのまま体の向きを変え、素早く女子部屋に飛び込んだ。ゼロコンマ一秒で財布を持って飛び出してくると、カレンは受付のほうへと足を向けた。
「じゃあ私、今晩は別の部屋に泊まらせていただきますねー」
「泊まらんでいい! つーか誤解だ、おい、どこへ行くんだ、おーーーーーい!!」
スキップしそうなカレンを、ベルドは大慌てで怒鳴って止めた。とはいえ、この前男子部屋までやってきたときも、布団はそもそも三人分しかなかったのだが。
「……ところでその前に、あの呪文の内容ってツァーリのプレーヤーさんから作者に渡されてたんじゃなかったでしたっけ?」
「絶対打ち間違える自信があったから割愛したらしい」
すまん、許せ。
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
「……………ベルドさん、起きてます?」
「これで眠れる奴がいたら見てみてぇよ」
それからおよそ三時間後、投げられてきたカレンの言葉にベルドは半眼でそう返した。暑さで眠れないわけではなく、寒くて眠れないわけでもない。だが、これで眠れる奴がいたら確かに見てみたい状況であろう。
ベルドの布団の中には、恋人のヒオリが眠っているのだ。正確に言えば、ベルドが今現在入っているのは自分のではなくヒオリの布団だ。理由は単純、ヒオリがベルドに添い寝をおねだりしたためだ。
「んう、ぅ……」
「あーはいはい、よしよし」
もぞもぞ動いたヒオリの頭を撫でてやると、横からほほうとわざとらしい声が聞こえてくる。
「ベルドさん、相当ヒオリさんに愛されてますねぇ」
「……うるせー」
「ちなみに今、ヒオリさんはどんな状態ですか?」
「……両手でしっかりと抱きつかれてる」
「ほうほう」
「さらに右足が俺の両足の間に差し込まれてる」
「ふむふむ」
「で、胸に顔を埋められて、幸せそーな顔で熟睡してやがる。ったく、こっちの気も知らないで……」
「……本当ですか?」
「あん?」
と、カレンの声のトーンが落ちた。真面目になった声音に、ベルドは疑問を覚えて聞き返す。暗闇とはいっても、大分目は慣れている。カレンが真面目な目で、こちらを見つめているのが見て取れた。
「ベルドさん。ヒオリさんは今、熟睡してらっしゃるんですか?」
「ああ。幸せそうな顔してな。こんだけ安心した顔で寝られると、変なことする気力もないな」
「ふふ、そうですか」
穏やかな声に、ベルドはどうしたんだと聞き返す。カレンは、いえ、と前置きをすると、ベルドの知らないヒオリの姿を語り始めた。
「ヒオリさんね。凄く寝つきが悪いんですよ」
「……なんだと?」
「ええ。夜、ほとんど眠れていないみたいなんです。目は閉じているんですけど、何かに怯えているというか。この前、ちょっとお手洗いに行った帰りに覗いてみたら、ヒオリさん、やっぱり怯えるように丸くなっていたんです。そうでなくとも眠りは浅いみたいで、何度も夜中に起きているみたいですね」
「…………」
想定外だったヒオリの状況に、ベルドは思わず呆然とする。腕の中で眠る幸せそうなヒオリからは、そんな様子は欠片も見当たらなくて。その驚きを読み取ったように、カレンは真面目な声で続けてきた。
「いきなり夜中に踏み込まれて、連れ戻されてしまうかもしれない……私たちからすればそうそう考えられない事態ですけど、ヒオリさんにとっては冗談抜きで怖かったんだと思います。夜の『闇』は、どうしようもなく人を不安にさせることもありますから」
「……ヒオリ……」
腕の中で眠る彼女の呼吸は、規則正しく続いている。眠りの深さも表されているが、ほんの少しだけ眉が顰められていた。
「ベルドさんと一緒にいると、凄く安心できるんでしょうね。それなら……まあ、今更私が言うまでもないですが。お願いしてもよろしいですかね」
「?」
「ヒオリさんのこと。大事にしてあげてください」
「へっ、確かに言われるまでもねえや」
一笑に付して、ベルドはヒオリの頭をまた撫でる。眠っていても分かるのか、ヒオリは嬉しそうにふにゅふにゅと口元を動かした。顰められていた眉間は戻っており、穏やかな顔で眠っている。
「ベルドさん」
「あん?」
「ヒオリさん捨てたら、怒りますよ」
「余程のことでもねえ限りありえねーから安心しろ」
「奴隷身分だということが発覚して揺るがないんですから、確かに余程のことがないとありえなさそうですね」
「そう聞くと余程のことってなんなんだろうなと考える」
ヒオリの頭を撫でながら、そんなことを少しだけ考えるベルドだった。
「行くぞ、準備はいいか?」
前日の宿屋会議で、兎にも角にも相手と戦って見なければ力量が分からないという結論に達していた一行は、敵情視察のため再び地下十二階へ足を踏み入れていた。
とはいえ、相手はゲリュオ曰くケルヌンノスを軽く越えるという力を持っている。加えて、中にいるのが女王蟻であるとするなら無数の蟻が兵として待っているだろう。
結論として蘇生薬であるネクタルや魔力回復の精神薬・アムリタ、傷薬のメディカをしこたま買い込み、さらに誰か一人でも生き残っていれば脱出できるようアリアドネの糸も各自二つずつ用意した。まず自分の命を最優先にして行動する、そんな構えだ。
「……よし」
不自然な草の前で、ベルドは持ち物の最終チェックを行う。全員がそれを終了させたのを見ると、ベルドはヒオリにバトンタッチ。ヒオリは篭手に魔力を集約させると、手のひらから爆発のごとく迸らせた。
爆音と共に草木と土がまとめて吹っ飛ばされ、間髪入れず一行は踏み込む。そこには、数えたくないほどの蟻の大群と、その中央に鎮座する巨大な蟻(?)がこちらを凝視していた。
女王蟻――その推測は、完全に正解だった。姿が蟻かどうかはともかくとして。
そして幸いなことに、他の蟻達は現在女王からはかなり離れた位置にいた。この好機を逃さない手は無い。追いつかれて援護に回られる前に叩けるだけ叩く。
「……おおぉぉぉぉっ!!」
剣を抜きながらダッシュしたベルドが、クイーンアントとの距離が一番いいところで跳躍し――
――思い切り剣を振り下ろした。