第二十八話

勇者の人情


「……よう、イル。体調はどうだ」

やや、時は撒き戻り。図らずもリューゼと同じようなセリフを吐きながら、クエルスはシャルナと共に自分の部屋へと戻ってきた。

「……お兄さん。と……」
「…………」

これまた図らずとも、セイナと同じようにベッドの上に座っていたイルは、クエルスのほうに目線をやって、次いでぴくっと体を強張らせた。その理由が手に取るように分かり、クエルスは難しい顔をしているシャルナに手をやった。

「…………」
「……分かったわよ」

ブーメランの柄に当てられかかった手を、だらりと下げ。シャルナは近くの椅子を壁際に持ってきて、座り込んだ。大分二人の距離が離れているのは、いいのか悪いのか。

クエルスは、シャルナとイルの中間点――よりは、ややイル寄りの場所に腰を下ろす。そして、少女の顔を見て言葉を発した。

「とりあえずは、大丈夫そうだな」
「……一応」
「そうかい。そりゃよかった」

捕虜となったにしては、冷静なほうか。ならば、話は早い。クエルスはイルと目線の高さを合わせると、その話を切り出した。

「戦闘の前に、言った言葉は覚えているか?」
「…………」

イルはうつむくだけで、答えは返さない。だが、覚えてはいるだろう。

いや――忘れるわけが、ない。


「約束はきっちり果たすよ。……イル、俺らと一緒に行こう」
「なっ!?」

その言葉に反応したのは――イルよりも、シャルナのほうだった。あれ、気絶とかはしてなかったから聞こえてたはずだが……首をかしげるクエルスに、シャルナが怒号を上げる。

「あんた、本気だったの!? だって相手は、魔王軍なのよ!?」
「だから?」

痛烈な弾劾に、クエルスは一秒で言い返す。打てば響くような勢いで、しかも揺るぎない口調でそう返されるのはさすがに想定外だったのか、シャルナの言葉が止まった。

だが、クエルスは容赦などしない。戦の前にも、対峙したときも、その後の会話でも、クエルスはイルという少女をある程度なら知っている。少なくとも、シャルナよりは。

「別にイルは魔王軍に大した忠誠があるわけでもないっぽいしな。いる場所がなかったから、やむを得ずいた程度の話だろう。でなければ、俺の言葉にあんな反応するわけがねえよ」
「甘いわね。相手は実際、スパイだったんでしょう? この行動も二度目のスパイである可能性だって、かなり高いんじゃないかしら?」
「旅立ったばかりのアホ二人にか?」
「あんたは血だけでも魔王軍から見れば十分脅威なのよ。分かってる?」
「……まあ、それはそうだが……」

そこに関しては否定できないが、クエルスだって譲れない。

「だったらシャルナ、お前帰れ」
「なっ……!?」
「お前は帰れる家があるだろう。俺だってそうだ。だけど、こいつにはそんな場所なんかない。あくまで俺の推測だが、居場所は魔王軍ぐらいしかないんだろう」
「……だから、その考えが……」
「甘いってんだろ。んなもな百も承知だ。正直、いつ寝首をかかれるかも知れん。でもな……悪いけど、見捨てるわけにはいかねえんだよ。あんな顔見てあんな言葉聞いたら、信じたくなるのは人情だろうが」
「…………」

長い長い沈黙の後。シャルナは、はあとため息をついた。

「……もう、いいわ。あんたが相当なお人よしだってのはもう何年も付き合ってて知ってるし、実際にイルを撃退したのはあんただったしね。あんたがいなけりゃ、下手すればあの時、あたしはこいつに殺されてたかもしれないし」
「……ごめんなさい」
「殺人未遂が謝って済むの? そんな世界があるなら、見てみたいわね」
「……済まんな、シャルナ」

いつもなら「止めろ」と言ってやりたい所だったが、実際無茶をかけているのもシャルナだろう。このくらいの毒はまあ、見過ごすこととして……

「よーし、そしたらロマリアの王様に掛け合ってみるか」
「……本当にやるの?」
「当たり前だ」

シャルナの疑問――そして、ひいてはイルも疑問に思っているだろうことに、まとめて返すように。完全に本気の声音で、クエルスは告げた。振り返って、不安げな顔をしているイルに、一言。

「行くぞ」
「ほ、本当にできるの?」
「やらないで後悔するより、やって後悔しろってな。知り合いの僧侶が、昔よく言ってた言葉さ」

後はもう何も告げず、クエルスはイルの行動を待った。イルはしばし戸惑っていたようだったが、クエルスのほうに歩いてくる。武器を置いたままなのは、彼女の答えを表していた。ついでに言うならば、物理的にも賢明な判断でもあるだろう。

「よし、行くか」

イルが隣に立ったのを確認すると、クエルスは部屋の扉を空ける。と同時に、二つ隣の扉が開いた。あの部屋は確か、リューゼのか。

――あれ、見たことのない女が一緒に……

「――――っ!?」

なんてのんきな感想は、一気に吹っ飛んだ。緑髪の少女と出てきた、赤い髪の少年の姿を見た瞬間。イルの姿が、風のようにかき消える。かと思えば、一瞬の後に彼の横を突っ切った。返り血は洗って綺麗にしている――彼女の得物・大金鎚をその手に持って。


「でええぇぇぇっ!?」


ずがあぁぁぁんっ、と、効果音にするならそんな音をとどろかせながら。咄嗟に飛び退いたリューゼのいたその場所に、イルの大金鎚が炸裂した。

 

 

 

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