第二十七話
主張と、妥協点と
「…………よう、セイナ。体調はどうだ」
「…………精神面以外は良好です」
「……手厳しいこって」
扉を開けたリューゼは、自分のベッドの上に座り込んでいる少女に声をかけた。対する少女は、じとっとした目でそれに返す。
少女――セイナ・ガーネットは、先のロマリアの戦いで敵遊軍の一つを率い、リューゼと対面して捕虜となっていた。戦闘行為はなかったが、どうやらリューゼの過去を知っているらしいことが言葉の端々から読み取れていた。対するリューゼもセイナの名前だけは思い出せており、ここは失った記憶を知る意味でも是非とも対話をしたいと考えていた。
そのため、クエルスと共に一時的にとはいえ自分が預かることを承諾させたわけであるが……どうも過去の自分は、この少女にとんでもないことをしていたらしい。
さーて、どうやって話を切り出せば、傷つかずに済んでくれるかな……バリバリと頭をかきむしったリューゼであったが、そもそも分かっていれば聞く必要も無い。
結局、こう切り出すことにした。
「あーっと……まず確認しよう。俺はあんたと面識があるリューゼ・アルマーという名前の男であり、あんたの名前はセイナ・ガーネットである。間違いないな?」
「……ええ」
「で……言ったと思うが、俺は三週間程度前からの記憶がない。気がついたら、レーベの山中に鳥みたいな魔物の死骸と一緒に落っこちていた」
「…………」
「戦闘中のあんたの態度から、こう言えばさらに傷つくことは分かってるんだが……なんつーか、自分で言うのもアレだが、ああまで泣かせた女にさらに嘘をつけるほど、俺は人間できちゃいない。何もかも忘れてるってこの発言は冗談抜きに真実だ。嘘なんか絶対についていないっつーこの言葉は、俺なりの誠意だと思ってもらいたい」
王様にやるのと、あるいは姫君にやるのと同じように。片膝をついて、リューゼは告げる。一度頭を下げてから、セイナの目を真っ向から見つめ返した。
過去を失った少年と、その過去を知るらしい少女の視線が交錯する。赤と緑の目線が絡み、やがてセイナがリューゼの意志に負けたように目線を逸らした。
「……分かり、ました」
「なら、セイナ……」
「……ですが……お断りいたします」
だが、次に告げられたのは明確な拒絶の言葉。リューゼはそうかと頷くと、姿勢を崩した。
「なら……一体何なら、話してくれる? あんたが話したがらないことは、戦闘中の会話からも何となく分かった。だから、話したくないことなら話さなくて構わない。だがこっちとしても、自分が何者なのか、どういう人間なのか、それを知りたい。記憶に関する情報は、少しでも欲しいんだ。願わくば全てを思い出して、何かに償う方法を、探したいからな」
「…………」
しばらくの沈黙が、部屋に流れる。リューゼはセイナの返事を、静かに待った。しかしセイナは、それにもゆっくりと首を振る。
「……無理、ですよ……」
「…………」
その言葉を受けて、リューゼはゆっくりと目を閉じた。どうあっても、話してくれそうにない。目の前の少女の態度は、百万言を費やすよりも雄弁に、そうであろうことを告げていた。
ならばとヤマチュウは、考えていたことを口にする。
「だったらさ……あんた、俺と一緒に来る気はねえかな」
「なっ……!?」
「まあ、今までのことをひとまず忘れろってのは、無理かもしれねえけどさ。少し、今の俺ってのを見て欲しいんだよな。今の俺を、しばらく見て……それであんたが、あんたの基準で俺に話していいって思えるようになったんだったら、そのとき初めて話してくれればいい。俺の正体とかそういった根幹に関わることだろうが、なんにも関係ねえような話だろうが、俺とあんたの思い出だろうが、なんだって構わねえから、よ」
それも、駄目かね。微笑を浮かべるリューゼに、セイナはポツリと呟いた。
「……卑怯者」
「――――」
「条件があります」
「……なんだ」
ぽつりと呟かれたその後に、セイナが付け加えた言葉だった。聞き返すリューゼに、セイナは告げる。
「……ボクと、友達になってください」
「…………それが、条件か?」
「……はい」
いささか妙な条件な気もするが、彼女の中では何か意味を持つのだろう。特に断る義理があるわけでもなし、リューゼはこう返事を返す。
「……分かった。ならば――」
「――こちらこそ、よろしくお願いします」
と。