第二十六話

捕虜の処理


「王様」
「うむ」

魔王軍との戦に勝利したロマリアの軍勢は、簡単な現場手当てと周辺の見回りを終えて城の中へと引き上げていた。その後で主だった将軍達が集められ、簡単な軍功の行賞を発表。正式な行賞は後ほど行われることが通達され、将軍達は一人の例外を除き、一旦解散となっていた。

「話の内容は、あらかた察しがついているだろうが……もう一人の仲間は、まだかね?」
「え、ええ……先ほどまで、一緒にいたんですが……」

その、一人の例外――クエルス・フォードは、王様から残るように告げられた後、仲間を呼ぶように申し付けられた。兵士の一人が仲間を呼びに走ったが、出てきたのはシャルナだけ。どうしてかリューゼは、しばらく遅れると返事が来た。とはいえ、二、三分で行きますとの返事が来る辺り、面倒な用事ではないようだが……

「まあ、そんなに長い間遅れるわけでもない。しばし、待つとしようか」
「ありがとうございます」

何に礼を言っているんだろうと思わなくもなかったが、クエルスは王様に頭を下げた。横でシャルナもそれに倣う。何せ、相手は一国を統べる王だ。余計な波風など立ててはあまりに面倒である。そこでクエルスたちも、あまり波風を立てないように――

「王様。申し訳ございません、遅れてしまいました」
「む、リューゼ殿か。大儀であ――」
「リューゼ・アルマー、ただいま敵魔王軍撃滅の任務を終え帰還。とっとと報酬ふんだくった挙句に休暇巻き上げて退散いたします」
「貴様! 王様に対し、無礼であろう!!」

――暴風雨が発生した。


「あんたねえ……」

あまりのリューゼのバカさ加減に、シャルナが呻くように突っ込みを入れる。その横で、王妃が嗜めるようにヤマチュウに言った。

「こら、駄目ですよリューゼさん。戦の直後、忙しい時に無理に呼びつけたのは私たちとはいえ、相手は一国の王なのですから、ちゃんとした敬意を払いなさい?」
「はい! 以後、気をつけます!!」
「ちょっと待てお前なんで王妃様の意見だったら聞くんだよ!!」
「なぜでしょう?」
「…………」

クエルスのギラとシャルナのヒャダルコが、リューゼの体に直撃した。

 

「……で、では、話を戻すぞ」

さまざまな政務を執り行ってきたといえど、さすがに眼前でこんなおバカをやらかした相手はいなかったのだろう、若干引き気味になりながら王様は話を元に戻した。リューゼの体をげしげし踏みつけていたクエルスは、まさに一瞬で片膝ついた体勢に戻す。あまりの速さに、横にいたシャルナまで唖然としたというが、それはともかく。

「君らをここに残し、呼びつけた理由であるが、それが何かは察しがついていることだろう」
「……はい」
「勿論理由は、君らが捕らえてきた捕虜のことだ」

それはそうだろう。魔王軍の捕虜といえど、大半は魔物。人間なんて、三人だけだったそうだ。しかも、その内の二人はイルとセイナ。特にセイナに関しては、リューゼとの間で会話があり、戦いになることなく(リューゼはさんざっぱら殴られたが)捕虜となったのだ。軍の会議にかける前に、それをひっとらえてきたであろう彼らと話をするのは理にかなっているだろう。

「普通の流れでは質問をし、場合によっては尋問もするのだろうが、とりあえずは君らの意見も聞こう。……どうするつもりだ?」
「…………」

王の問いであるが、クエルスもリューゼも、答えは既に決めていた。アイコンタクトで意志を疎通し、代表してクエルスがこう告げる。

「捕虜のことですけど……我々に預からせてもらえませんか」
「却下だ」

即答したのは、兵士長だった。何かいいかけたリューゼを目で制し、クエルスは兵士長に聞き返す。

というか、リューゼに聞き返させたらまた一悶着起こりかねん。

「何故ですか」
「何故もなにもない。イルという女は、実際に君を殺そうとしたはずだ。それにもう片方は直接の戦闘行為はなかったようだが、兵士の報告からこの男の過去を知っているであろうことぐらいは推察がつく。身元も所属も不明な男の連れのことなど、信頼できるか」
「……まあ、そうでしょうね」

兵士長の言葉に、クエルスは淡々と言い返した。勿論クエルスも、そういう返し方をされることぐらいは想定済みだ。だが、クエルスとしても、そんなところで退くわけにはいかなかった。

だから、クエルスは話した。イルは前々からロマリアに偵察に来ていて、そこで知り合っていたこと。イルの魔王軍に対する忠誠心はあまり高くないだろうこと。魔王軍を抜けろという、出会ってそんなに経っていないような自分ごときの言葉にすら動揺していたこと。自分を殺そうとする意思は薄く、自分がどうあっても避けられないようなチャンスを手にしながら、攻撃をわざと逸らしたこと。一段落着くと今度はリューゼがバトンタッチし、同じく自分を攻撃する意思は薄かったこと、実際に失われた記憶を知る意味でも彼女を任せて欲しいことを懇願した。二人の話が終わると、王様と兵士長はふぅむと言って考え込む。

それはそうだろう。相手だって一国の長と、その兵士を束ねるリーダーだ。その国に対する反乱軍の捕虜を誰かに預けて、それで問題でも起きようものなら謝罪ぐらいでは済まされない。特にリューゼとセイナに至っては、スパイ仲間だからこそ傷つけなかったという見方をしたって何の不思議もないのである。

長い沈黙の後、王が告げた。

「……分かった。だが、このような問題はすぐには決められん」
「…………」
「故に、しばし待て。二日後には勝利を記念して祝宴を行うつもりだが、その二日後――そのとき、捕虜の二人を連れてくるがいい。その時に、最終的な結論を出そう」
「……ありがとうございます」

その言葉を受け……三人は深く、頭を下げた。

 

 

 

 

「なああぁぁぁ〜っ、つっかれたぜ〜い」

戦争を終え、捕虜に対する相談も終え、部屋に引き上げる最中のクエルスの言葉である。シャルナやリューゼもそれに微苦笑を浮かべて答えるものの、彼らの顔にも疲労の色が顕著に見える。ある程度の旅はしているといえど、軍と軍との戦いなど初めてなのだ。挙句の果てにクエルスなどは、捕虜の扱いに対して国のトップ連中相手に駆け引きをしている。無理もないといえば、無理もないのだろう。

そんなこんなで、ともすれ捕虜の無事を(とりあえず)手に入れたクエルスたちは、ひとまず部屋へと引き上げていた。しばらく一緒に引き上げて、リューゼが右の親指でドアを指す。

「んじゃ、ここが俺の貰った部屋だから」
「おう、そうか。じゃあ、またな」
「おう、またな」

最低限の挨拶を終え、リューゼは部屋の中へと引き上げた。

 

 

 

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