第二十三話

勇者と死神


見覚えのある、そしてここでは絶対に見るはずの無い姿。小さな髪留めまでもそのままに、少女はロマリアの兵士を肉塊へと変えていた。

それは紛れもなく――敵として戦場に立つ、戦士の姿。


「イル……なのか……?」


それでも。

クエルスはそれを信じたくなくて、呆然と声を漏らした。


「……お兄……さん……?」


その声が聞こえたのだろう。少女ははっとした顔で振り向く。声をかけたクエルスのほうを視認すると、少女は小さく苦笑した。その手に握られる大金鎚が、力なく地面に垂れ下がる。

「会って……しまいましたね……」
「イル……」

こんな小さな子が――魔王軍のスパイで無いなどと、その根拠はどこにあったのだろう。儚く笑うその姿に、クエルスは己の甘さを知った。

「イル……」
「……ごめんなさい」

呆然と呟くクエルスに、少女――イルは、小さく告げる。

「でも……これが、私の仕事なんです」
「う……嘘だろ……?」
「クエルス?」

勢いの消えたクエルスに、シャルナが聞く。だが、クエルスはそんな声など、耳に入ってはいなかった。

「……うそ……だろ? おい、イル……目を覚ませよ! こんなの、冗談だろ!? なあっ!?」
「……目は、しっかり、開いてる。お兄さん……お願いだから、邪魔をしないで」
「……知り合い、みたいね……」

シャルナは低い声で、イルの前に立ちはだかった。クエルスとイルの会話から、小さく何かを読み取ったらしい。

「一体どういう仲かは知らないけど……敵になるなら、容赦はしないわよ」
「僧侶さん……じゃ、なさそうね。お仲間さん?」
「……どうやら、ある程度のことは知っているようね」
「聞かされた、から」
「……退く気は、ない……?」
「……ないわ。お兄さんたちこそ、降伏して」
「……寝言は、寝てから言いなさい!!」

それだけ言うと、シャルナは呪文を組み立てた。ヒャダルコによる吹雪は渦を巻いて、イルめがけて襲い掛かる。巻き添えを食らったキラービーが、何匹も地面に墜落した。

「……ぬるい」

対してイルは、片手一本で弾き飛ばす。その反動で斜めに跳ぶと、シャルナが吹雪の角度を修正する前に地面を疾駆した。体を起こしながら金鎚を振り上げ、そして振り下ろす。準備から行動まで全ての動きに無駄がなく、かつ流麗。被食者の皮を被った、それは――粉うことなき、捕食者だった。

「っ、くっ!」

シャルナは咄嗟にナイフで受け止めたが、得物の質量が違いすぎる。金鎚はナイフを一発で砕き、そのままシャルナの腕を殴りつけた。

「っ、あ……!」

腕を押さえて動きを止めたシャルナの鳩尾に蹴りを放ち、イルはクエルスに向き直る。この間、二秒にも満たなかった。

 


「……お兄さんは、どうする? 来るなら――容赦、しないよ」
「……せぇ……うるせぇ! なんでだよ!? なんでお前と、戦わなきゃならねえんだよ!?」
「それが……私たちの、現実……」
「ぅ……うああああああっ!!」

クエルスはやけになったように、イルめがけて飛び掛っていく。対するイルは、金鎚を大きく振り下ろした。金鎚は咄嗟に身を捻ったクエルスの横を掠め、大地に巨大なクレーターを空ける。

「――ふっ!」

イルは今度は、金鎚を横に振るう。回避は間に合わず、クエルスは咄嗟に剣で受け止めた。剣と鎚は火花を散らし、力のかかり方がずれたのか、鎚は剣を滑っていく。クエルスの髪を何本か持って行った死の風は、手首を返しただけでそのベクトルを変更される。

「はぁっ!」
「うわぁっ!」

飛び退いたクエルスの前に、やはり大きなクレーターが空く。着地に失敗したクエルスは無様に地面を転がって、その後を追いすがるように二発の攻撃が炸裂した。そして――立ち上がった瞬間、三回目が襲い掛かる。

「…………あ…………ああ…………」

何故――その疑問を繰り返す頭は、動かず。


動いたのは、イルのほうだった。


「…………っ!!」

 

その金鎚が――不自然な方向に、逸れた。大地に怒号を響かせて。足の裏に響く振動が、心臓にまで伝わってきた。

 

 

 

 

第二十二話・隊長へ

目次へ

第二十四話・アッサラーム城へ

 

トップへ

 

inserted by FC2 system