第二十二話

隊長


さて、その頃。

リューゼ・アルマーは、魔物たちを相手に大暴れしていた。手近の相手に飛び蹴りを放ってダウンさせ、くずおれた鎧の隙間から首筋に剣を突き刺す。そのうちに別の相手が三体ほど襲い掛かってくるが、リューゼは剣を引き抜いたかと思えば懐に突撃、一匹の頭を掴んで引き寄せると同時、跳躍。馬跳びの要領で相手を飛び越し、振り向きざまに超強力な回し蹴り。こめかみに踵を叩き込んだ挙句に残った二体にグライを放ち、二匹を一気に轟沈させた。残った連中も、既にリューゼの追撃相手に圧されまくっている。そこから更に剣を振るい、六匹を地獄へ送った所で――

「……隊長……?」
「……なっ!?」

――その少女は、現れた。

『隊長』――そのキーワードとその声は、どうしてかリューゼの耳に入って。リューゼはびくりと、少女のほうを振り向いた。少女は小さく頭を下げると、リューゼのほうへ歩み寄ってくる。

「……隊長、ですよね? どうなされたのですか……? 任務の報告にも、お戻りになられていないようですが……」
「は? 任務?」

いや、その前に――

「隊長って、何?」
「……はい?」

素っ頓狂な声を上げたリューゼに、少女も素っ頓狂な声で聞き返した。リューゼはなるべく気さくに――それでも、隙は見せないように――へらへら笑って頭をかく。

「いやー、実は俺、記憶がなくなってしまいましてねー。正直、あんたが誰かも思い出せないんですわ、ハハハー」
「……え……」

その顔と、その動作に。少女は呆然と、リューゼを見た。唖然としていた双眸は不安に揺れ、リューゼはなにかまずったかと内心で悔やむ。

「……そういう、作戦ですか……!」
「……は?」
「……どうしてかは知りませんが……慎重になるのかもしれませんね……」
「おーい? ちょっと、おーい?」
「ですが、隊長。それでも、その行動はご法度です」
「……だからなんなんだよ、隊長だの作戦だの」
「……お戻りください。イヴ様がお怒りです」
「イヴ?」

ぴくりと。リューゼの何かが、反応した。

「おい、お前、今イヴっていったか?」
「ええ。急いだほうがよろしいかと。知らせもなしにそのような行動を取ったのは、さすがに――」
「――う、うぅっ!?」
「……え? あの、隊長?」
「イヴ……イ……ヴ……」

少女の声に頓着もせず。リューゼは、敵の目の前にもかかわらず、己の思考を沈めてしまう。

「イヴ」。

少女の発したその名前が、彼の奥底を叩くのだ。右腕と脳が同時に脈打つような妙な感覚が彼を襲い、リューゼはたまらず地面にうずくまった。

「え? あの、隊長!?」

隊長――隊長。

なんなんだ。

その呼び名は、なんなんだよ!!


「……あ……う……うぅっ……」

血液が奥から噴き出そうとしている。言葉にするなら、大体こんな感じだろうか。脳裏にフラッシュバックするのは、血の滴る自分の腕。

「……なあ……お前、さ……」
「……はい?」
「お前……俺を、知っているのか……?」
「……な、っ……? な……なに、を……」
「……答えろ!!」

もうこいつが誰かなんて知るか。戦場の中にいるなんて知るか。今すぐこいつに斬られるとしても――この記憶が何であるのか、それを知るのが先決だ!!

少女は小さくうつむくと……こう、告げた。

「……本当に……忘れているんですか?」
「……う」
「……冗談じゃ、ないんですよね……?」
「……ああ」
「そう、ですか……」

うつむいた顔が、上がる。

両の瞳が潤む理由は――戦場の土ぼこりでは、ないだろう。


「……ぃ」
「え?」
「ひどい、ひどいよ!!」

そして――少女の感情が、爆発した。

「ねえ、嘘でしょ!? ねえ!!」
「え……」
「嘘だ……嘘だ! あんなことばっかりしといて、今更全部忘れちゃうの!? あんな、あんな――そんなの、ひどいよっ!!」
「――――っ!?」

大きな瞳から涙を零して。少女はリューゼに体ごとぶつかってくる。がくがくと体を揺さぶるそれは、一体彼に何をさせたからだろう。

「お前……」
「ううぅわああぁぁぁっ!!」

なにをしていいか分からなくて――少女の肩に置いた腕は、慟哭と共に打ち払われる。よろめいたリューゼを少女は思い切りひっぱたいて――胸倉を掴んで、殴りつける。

「ぐ……っ!」
「ねえ、なんでよ!? なんで全部忘れちゃったんだよ!? 今更――今更、今更元に戻られても、もう時間なんて戻せないのにっ!!」
「……セイ、ナ……?」
「…………っ!!」

少女に殴られた口から血と共にこぼれ出た名は。間違いなく、目の前で泣いている少女の名だった。なにが彼女をそうさせるのか――呼ばれた名前に反応して振りかぶった拳は、さながら別の人の名でも呼んだかと思わせるほどで――


でも、間違いない。


失われた記憶が、この子がセイナだと――


幼き頃に共に遊んだ、セイナ・ガーネットだと、告げている。


でも、それ以外には、何も思い出せなくて――


「…………っ!」


振り下ろされた拳を、リューゼは甘んじて受け止めた。少女とは思えないほどの拳の威力に、一瞬視界が揺らぐのを感じる。尻餅をついて少女――セイナのほうを見ると、セイナは地面に拳をたたきつけて、泣いていた。

「……先に、謝っとく」

そんな姿なんて、見ていられなくて。

そして、それをさせたのが自分であるのが――何よりも、それを忘れてしまった自分が不甲斐なくて――

「……済まねえ」
「…………っ!?」

リューゼはセイナを、抱き締めた。

「……言い訳なんかしねえ。でも、俺は、全てを忘れちまった……だけど、あんたをそこまで泣かせた罪があるのなら、俺はそれを、受け止めたい……」
「…………いま、さらっ!!」
「ああ、今更だ。滅茶苦茶、自分勝手なことを言っているんだろう。なんとなく――それは、分かる」
「……ぅ、あ……」
「すげえ、残酷なことを聞くよ。セイナ――」


「――俺はあんたに、何をしたんだ?」

その問いに――セイナは、決壊した。泣き喚きながら、リューゼの体を滅茶苦茶に殴りつける。口に鉄臭い味が広がって、目も霞むほどになって――自分は何発、殴られただろう。


もしかしたら、意識さえ飛んだかもしれない。

気がつけば、セイナは倒れたリューゼの胸で、泣いていた。


「…………済まない」


謝ったリューゼに、少女は拳をまた上げる。だがもう殴ることも出来ないのか、その腕は力なく胸の上で垂れるだけだ。

「……なあ」
「……は、はい」

呆然としていた兵士を呼び寄せて、リューゼは告げる。

「将でもないやつに命令されるのは癪かもしれんが――こいつ、捕虜として連れてってやってくれ。送り先は俺の部屋で、丁重に扱ってやれ」
「え、あ――?」
「…………頼む」
「わ、分かりました……」

展開についていけないのか、兵士は何故か敬語で答え。二人が少女の体を抱き起こすと、後方へと引き返していった。そして、別の兵士がリューゼのところへやってくる。

「あの。大丈夫ですか?」
「……大丈夫とは、いえんな……」

本当に何発殴られたらこうなるのか。リューゼはもう、ふらふらであった。体力はまだあるのだが、体中が痛い。

「頼む。誰か、回復部隊を呼んできてくれ」
「わ、分かりました」

その兵士はリューゼの頼みを聞くと、回復部隊を呼びに走り去っていった。それを見送って苦笑したリューゼの頭上から――キラービーが、何匹も襲い掛かってくる。


あ……


こりゃあ俺、死んだかもしれんな。

 

 

 

 

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