第九話
謁見と準備
「…………」
「…………」
部屋には、沈黙が訪れていた。その言葉も無い静寂が、クエルスの説明が正しいことを語っている。
新天地・ロマリアへ来た一行は、思いがけない事件に遭遇した。一つはカンダタという盗賊に王の冠が盗まれたこと。二つ目は長くても一月後に、魔王軍が攻め込んでくるとのことだった。
しばしの沈黙の後、ヤマチュウがそれに補足した。
「……俺が手にした情報でも同じだ。王の冠が盗まれたことは町中の話題になっているし、魔王軍にいたってはわざわざ布告の知らせを送ってきたらしい」
「布告って、宣戦布告のことだよね?」
「ああ」
シャルナの言葉に、ヤマチュウは頷く。それを受けて、再びクエルスが口を開いた。
「一応、王様に謁見依頼は入れておいた。許可も出てるから、恐らく明日には謁見がきくだろう」
「お、やるね」
「一応これでも、勇者の末裔なわけだからな」
「……って、ちょっといい?」
「ん?」
謁見の申し入れが叶ったことを告げたクエルスに、シャルナが言葉を投げかける。
「あたしやあんたはともかくとしてさ、こいつもオッケー出たわけ?」
「あ?」
「だいたいね、記憶はない、自分の身分の証明もできない、まったくわけのわからない男が……」
「……ああ、なるほどね」
確かに、それは妥当な問いだろう。クエルスやシャルナはともかく、ヤマチュウは自分でさえ己が何者か分からないのだ。だが、その問いに対してもクエルスはあっさりと頷いた。
「ああ、出た。どうやら、相当深刻な問題らしい。猫の手も借りたいってやつだろうな」
「……馬鹿なことを」
「……なに?」
吐き捨てるように呟かれた言葉に、クエルスがピクリと反応した。
「猫の手も借りたいからことごとく謁見を許可する――馬鹿としか言いようが無い。そんなもの、スパイに潜入してくれと言っているようなもんだ」
「…………」
口調と態度ががらりと変わり、ヤマチュウは容赦なく言い放つ。それに対して、クエルスは小さく眉根を寄せた。
「まあ、そうといえばそうだろうが……でも、信じなきゃ何も始まらないだろ」
「……ふん。信じなきゃ、ね。ま――悪くは無いか、そういうのも」
「――ってか、お前、そんな口調だったっけ?」
「……え? 別に変だったわけでは無いと思うんだな、これが」
「…………」
軽薄そうに笑ったヤマチュウに眉根を寄せるが、クエルスはとにかくと仕切りなおす。
「……とりあえず、明日は王様と謁見がある。時間は結構早いから、出来れば明日中に旅立ち準備まで終えてしまいたいところだな」
「分かった」
と、ひとまずの情報交換を終えて、彼らは今日の行動を終えた。
「王様。クエルス・フォード、唯今参上いたしました」
「おお、そちらが此度の事件に協力してくれる者共じゃな?」
「はっ」
翌日。クエルス・フォード一行は、ロマリアの王に謁見していた。王はうむうむと満足そうに頷き、言葉を発する。
「聞くに、そなたらはアリアハンから長い道のりを来たと聞く。そうでなくとも、攻め寄せる魔王軍への義勇兵志願となれば、腕に覚えがなければ務まるまい」
「はい」
説明臭い口調は、周りで不審顔を向ける大臣や兵士達を納得させるためのものか。王はもう一度頷くと、クエルスたちに言葉を続けた。
「その上、貴君らはわしの冠を取り返してくれるとも聞く。二つとも協力してくれるとあらば、ロマリアは貴君らの訪問を歓迎せねばなるまい」
「…………」
「故に、わしも出来る限りの援助をしよう。さすがに国宝を渡すわけにはいかんが、この程度なら援助が出来る。……大臣、あれを」
「はっ」
王が何か大臣に告げ、大臣は一振りの剣を持って歩み出てくる。大臣はそれを兵士に渡し、クエルスたちは兵を介してそれを受け取る。手に持つと、それなりの重みが伝わってきた。
「鍛え抜かれた鉄で出来た、鋼の剣じゃ。貴君らの戦いに、重宝してくれるだろう」
「…………」
クエルスは、半ば呆然としながらそれを受け取る。見ず知らずの冒険者に、鋼の剣を渡したことを常識外れに思ったのではない。見ず知らずの冒険者に、鋼の剣を渡さなくてはならないほど状況が切羽詰っていることを、大盤振る舞いの裏から読み取ったのだ。
王は、そのほかにも二つの道具を差し出してくる。軽装用の鎖帷子と、木で作られた飛び道具だ。さすがに前金を渡してくれはしなかったが、それでも十分すぎる援助だろう。
クエルスたちは王に礼を言うと、謁見の間を後にした。
「んで、と……」
王様との謁見を終えて援助物資を受け取り、彼らは再び城下町へと繰り出していた。行く先は武器と防具の店、及び道具屋だ。王から援助物資をもらったといえど、三人分はまかなえない。
「ええと、大体何が必要なんだ?」
「とりあえず、防具でしょ。あ、このナイフ欲しい!」
「一瞬で武器に切り替わってんな」
ああだこうだとやりあいながら、彼らは武具を選択していく。意外だったのは魔術師であるシャルナが鎖帷子を装備できたことだが、困ったことではないのでいいだろう。
「……てか、ヤマチュウ」
「あ?」
「あんた、鎖帷子はおろか甲羅の鎧すら装備できないってなんなのよ。青銅の盾は持てるみたいだけど、それじゃあたしより軽装じゃない」
「やかましい」
女の子に負けるなんて、恥ずかしいとは思わないの? とか突っ込んでくるシャルナに対し、なるほど大変失礼したが、その女の子はどこにいるんだとヤマチュウが反撃。シャルナが蹴りという名の力技に訴えて、新たな考察を言ってみる。
「でも、その装備って、せいぜいアリアハン大陸クラスのものなんだよね……あんた、やっぱり故郷はレーベだったんじゃない?」
「うーむ……」
続く指摘に、ヤマチュウは首を捻らせる。
「じゃあ、あのごくらくちょうはどう説明するんだ?」
「どう説明するんだって、説明するのはあんたでしょ」
「……ごもっともで。まいったなー、俺、ますます謎めいた存在になってきちまったじゃねーかよ」
「……おたく、なんか喜んでない?」
そんなやり取りを続けながら、一行は武具と道具を整えたのだった。
「さーってと、どうしようかね……」
武器防具を整えて、再び表通りへ出てきたヤマチュウの言葉である。全ての準備を終えたのはいいが、宿に戻るには早く、旅立ってしまうには遅いという微妙な時間帯であったからだ。
「このままぐーたらしてるってのも癪だしな……クエルス、お前は?」
「俺か? 俺は修道院へ行こうと思ってる」
「修道院だぁ? なんでお前が?」
「知り合いの僧侶がいるんでな。顔でも出しておこうと思って」
「ああ、あんたのお気にの僧侶だっけ?」
と、横から口を出してきたのはシャルナである。クエルスは妙な言い方をするなとだけ言い返すと、北東の方角へ歩いていった。
「……って、あれじゃ俺らが放置じゃねえかよ」
「じゃあ、あんたの記憶でもとり戻してみる?」
「え? 出来るのか?」
呟いたヤマチュウに、シャルナが返した。それに対して食いついてきたヤマチュウに、シャルナは真面目な顔で話を始める。
「うん。だってほら、記憶喪失っていうのはその時と同じ状況になるとショックで治るっていうじゃない」
「……ま、聞いたことはあるわな」
「だからさ、今回もそれをやろうって思うんだけど、どう?」
「なるほどな。えー、俺が記憶を失った時――って、墜落じゃねえか!!」
「大丈夫だって。ちゃんと助かったんだから、今度も助かるって」
「いやいやいやいや、ちょっと待て! 冗談じゃねえぞ、おい!?」
「う〜ん、じゃあ、しょうがないね」
「しょうがないねじゃねえよ! お前俺をなんだと思ってるんだ!」
「記憶喪失?」
「間違ってねえけどよ、畜生!」
――まあ、残されてるほうは残されてるほうで、それなりに楽しんでいるのかもしれなかった。