第十話
青い瞳を持つ少女
「……あれ?」
修道院に向かったクエルスは、その道中であるものと遭遇した。
「…………」
街の片隅にある石畳――その段差に、一人の女の子が腰掛けていたのだ。
年齢は、クエルスよりも二つか三つ年下か。短い髪に髪留めを挿し、青い瞳がぽーっと前方を見つめている。何か見てるのか――クエルスはその視線を追いかけてみるが、特に何か変わったものがあるわけでもない。
「……よう、どうした?」
それでも相変わらずぽーっとしているその少女に、クエルスは声をかけてみる。だが少女は一瞬だけ視線をクエルスに移しただけで、また元の様子に戻る。
「うおーい、無視ですか?」
リューゼみたいな声を上げつつ、クエルスは少女に歩み寄る。なんとはなしに、少女のことが気になったのだ。
少女は相変わらず、ぽーっと前方を眺めている。クエルスは隣に腰掛けるが、やはり少女は無反応だ。
「…………」
「…………」
微妙な間が、辺りを包む。あれ、なんでこんなことになってるんだ? つい今さっきの行動を思い返してこめかみを押さえたクエルスの横から――
ぐきゅるううぅぅぅ〜〜〜〜〜
――音が響いてきた。
「…………」
「…………」
発生源――それは、クエルスのやや右。視線を横にずらすと、腹を隠している上着と――かぁっと頬を赤らめた少女の姿がそこにあった。
「…………」
「…………」
会話が起こらんな――そんなことを思って、クエルスはその場を立ち上がった。
「…………」
件の少女は、やはり代わらずそこにいた。動けない呪いでもかかってんじゃねえだろうな――どうでもいいことを考えつつ、再び少女の横に腰を下ろす。
「……ほい」
「……え……?」
クエルスが無造作に差し出したパンに、少女は呆然と視線を移した。その視線が動き、クエルスの顔を初めて捕らえる。やれやれ、やっとまともに動いたな――そう思って苦笑して、クエルスは少女にこう告げる。
「食べな。腹減ってんだろ?」
「……いいの?」
「別に構わん。横で腹鳴らされてるのを無視して立ち去るとか後味悪いし」
いいから、食べな。そう言って差し出したパンを、少女はおずおずと受け取った。しばらくぽーっとパンを見ていた少女だが、やがてその先端をくわえ込む。
少女の口から離れたパンは、先端がほんの少しだけ欠けている。おいおい、毒見かよ――ちょっと悲しくなるクエルスの横で、少女はパンを食べ始めた。よほど腹が減っていたのか、頬いっぱいに詰め込んでいる。
もっきゅもっきゅ、と、効果音にするならそれだろうか。ハムスターみたいな奴だな、とか思いながら、クエルスは少女が飲み込むのを待って話しかける。
「んで、こんな石畳で、何やってたんだ?」
「…………」
少女は相変わらず無言。だが、首をかしげるその動作が、クエルスに興味を示してくれたことを暗黙のうちに語っている。
「……要は、何にもすることがなくて、ぼーっとしてたんだな?」
「……うん。仕事、一区切りついたから」
「仕事?」
自分と同じ年ぐらいの少女が何の仕事だと疑問に思わなくは無いが、あまり詮索するのも失礼だろう。変わりに、別の話題を振ってみる。
「もっと食うか?」
「……いいの?」
「まあ、今はさっき渡したもの以外で持ってるものが無いから、店に買いに行く必要があるがな」
来るか? そういって立ち上がったクエルスに、少女は頷いて立ち上がった。