第二十一話

両軍譲らず


「うおりゃあぁぁっ!!」
「ギャアァオッ!!」

戦闘開始から二十分。先鋒部隊同士の戦いは、ロマリア軍が優勢であった。部隊の中にいたカンダタがシャンパーニの塔で生きてきた経験を生かし、弱点を把握したさまよう鎧の情報を子分たちと手分けして伝えていたからである。

先鋒のさまよう鎧の不利は、瞬く間にヴァランにもたらされ、ヴァランは即座にキラービーをぶつけてホイミスライムの回復隊を後方に当てる指令を下す。これによってロマリア軍は、逆に押されぎみとなり、ロマリア部隊は対抗してクエルス・フォードの三〇〇を押し出す。この報を受けたクエルスは情報伝達用に五〇人を切り離すと、第二隊右と同時に突撃を開始。


「――よし、行くぞ!」

 

クエルスの鶴の一声で猛烈な勢いで軍勢が駆け出し、先鋒の援護に回った。二分ほど遅れて、第二隊右も混戦地帯に到着する。これに対してヴァランは第三軍を走らせた上で遊軍二部隊を左右に動かし、ロマリア軍を包み込むように迎撃した。


一進一退の攻防が、続いた。
 

 

 

「カンダタ! 大丈夫か!?」
「なんとかな!」

混戦となった戦場で、クエルスがカンダタと接触した。対するカンダタは斧を片手に振り回しながら、クエルスのほうも向かずに答える。

「だが、横からの攻撃で兵達が毒に犯されたりマヒしたりしているらしい! 援護を頼む!」
「横というと……キラービーの軍か!」

クエルスは露骨に舌を打って、即座に兵たちに檄を飛ばす。

「よし、回復魔法が使える奴! そいつらは俺と共に行動しろ! ただ傷ついたり毒にやられたりしたカンダタ兵を見つけたときはキアリーやホイミをかけてくれ! 場合によってはキアリクも頼む!!」
「っておい、ちょっと待て!!」
「なんだっ!?」

下知を打って自らも動こうとしたところで、リューゼが大声でストップをかける。

「後ろにホイミスライムの回復隊がいる! 先にそっちを叩き潰さないとキリがねえぞ!!」
「ちっ……! リューゼ、回れるか!?」
「上等ッ!!」

指示を受けたリューゼはウェルゲインを携えて、ハヤブサのごとく敵陣営に突撃する。しかし、その前にさまよう鎧が二体ほど立ちふさがって襲ってくる。リューゼは即座に呪文を組み立て、メクスを放ってさまよう鎧をすっ飛ばした。

「出直してきてもらいたいね、これが」

だが、ニヤリと笑ったリューゼの視界に、さまよう鎧軍の隊長と思われる黒い鎧が映りこんだ。

「……って、ありゃあ地獄の鎧じゃねぇか!」

 

 

「地獄の鎧……」

時を全く同じくして、カンダタもそれに気付いていた。いや、おそらくリューゼより早かっただろう。というのも、地獄の鎧が現れたのはまさにカンダタの目の前だったのだから。

「……この軍のリーダーか。面白いっ!」
「ちょっと待て! さまよう鎧とはレベルが違いすぎるんだぞ!!」

戦慄に身を震わせるリューゼの前に、カンダタはお前は黙って見てろと怒鳴り返す。斧を大上段に構えて跳躍すると、まっ逆さまに振り下ろした。対する地獄の鎧は剣の柄で迎え撃ち――


――その剣は、へし折れ――

――その兜は、叩き割れ――

――その鎧は、真っ二つに切り裂かれて――


――そして、尚も勢い衰えず、地面に刃がのめり込んだ。


 
「…………………」
 


あまりの威力に――見ていた者、全ての戦闘が一瞬止まった。

……身の毛もよだつとは、このことであろう。一軍を担う大将が、いともあっさり倒れてしまった。


さまよう鎧たちの叫びが上がり――大将を失った軍勢は、瞬く間に散り散りになって逃げ出していった。


「……っしゃああぁぁぁっ!!」


クエルス・フォードは、歓喜の声を大声で上げた。部隊の全体に喜びを渡らせ、士気も高揚させる効果がある――というのは、読んでいた兵法書の受け売りである。しかし、ないよりましとはよく言ったもので、この行動は意外と高い効果を見せた。だが喜びはつかの間、左右から遊軍部隊が突っ込んでくる。

「――くそっ!」

横っ腹を殴りつけられた状況に苛立ちを吐き捨て、クエルスは再び剣を振るう。右方向からも気合と絶叫が間断なく響いてくるところからすると、第二軍の右も戦闘状態に陥っているらしい。しかし、数ではこちらが不利だが、質ではこちらが有利だ。なぜなら、大将を失ったさまよう鎧が後ろのほうへ逃げていくからである。追撃の要領で叩いていれば、士気にも大きな差が生じる。


――が。


「グゲェーーッ!!」
「な、なんだ!?」

突如として、絶叫が上がった。どうやら、逃げていたさまよう鎧が発したものらしい。さまよう鎧たちはしばし混乱状態に陥ったようだが、踵を返して襲い掛かってきた。

(……ま、マジかよっ!?)

その行動にクエルス自身が悲鳴を上げそうになるが、それはどうにか圧し留める。戦場において、将が弱っては話にならない。将の感情は兵へも伝わるのだ。俄仕込みの知識であったが、ギリギリのラインでその効力を発揮していた。

「クエルス!」
「シャルナか!」

だが、戦況はますます悪化する。今度は、味方の軍勢の血を吐くような声と断末魔の悲鳴がとどろいたのだ。クエルスがたたらを踏んだ時、シャルナが進んでやってきた。どうやら、この状況に焦りを覚えたのは、彼だけではなかったらしい。見慣れた姿を視界に納めてやや冷静さを取り戻した彼だったが、ふと頬が濡れる感触がした。反射的にそれを拭うと――血だ。どうやら、さまよう鎧の軍勢を建て直し、味方に大打撃を与えてくれた相手はすぐ傍まで迫ったらしい。

「ふざけやがって……!!」

何者か知らないが、その相手に激しい怒りを覚え、クエルスは敵の前に飛び出す。


だが――


「な……っ!?」

そこに立ったその瞬間、クエルスは全ての動きがスローモーションとなったのをはっきりと感じた。


大金槌を振り回し、獲物を求める猛禽の瞳。そんな得物を片手で動かす、今にも折れそうな細い腕。体躯もそれに比例して小さく――鋭く風切る、桜の髪。

それは。


それは――

 


「……イ……イル……?」

 

 

 

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