第二十話

陣形図


「ただいまー」
「おう、おかえりー。どうだったー?」

宿屋の一室に帰ってきたクエルスを、シャルナとリューゼが出迎えた。クエルスはこの日、一軍を率いる将として作戦会議に参加してきたのだ。

「ま、別にどうというこたあねえよ。とりあえず俺らは、参謀やら総大将やらの指示に従って動くだけさ」
「気楽なもんだねえ。で、現状とかどうだったのよ?」

小さな笑みを浮かべるクエルスに、リューゼがへらっとした笑みを浮かべて返す。それに対して、クエルスも一つ頷いて返した。

「斥候から入った情報によると、敵はロマリアの北の山脈、それとそこからやや南の平原から、列を成して進軍してくるそうだ」
「ふむふむ」
「敵の数はおおよそ二五〇〇。こちらの部隊は二三〇〇。両軍の兵力は、ほぼ互角みたいだな」
「…………?」
「んで、残念な話だが、斥候に放った五グループ、三十人のうち、一グループはまだ戻っていない。となれば、こちらの動きは敵に感づかれていると考えられる」
「……ちょっと、待ってくれないか?」
「なんだ?」

クエルスの説明を聞いているうち、リューゼが片手を上げた。説明のおかしさに、気がついたのだ。

「そりゃちょっと無用意すぎねえか? 互角の兵力なんて、負ける可能性は決して低くないぞ?」
「……というと?」
「というとも何もねえ。普通戦なんてものは、コストパフォーマンスが悪すぎるんだ。挙句、ロマリアはポルトガ・アリアハン・サマンオサと並ぶ大国家だ。その上で戦うなら、必ず勝たなきゃならねえ。であるなら、相手が率いる兵力が二五〇〇じゃおかしいぜ」
「……もっと大軍だってこと?」
「ああ」

横から質問をしてきたシャルナに、リューゼは小さく頷きをかえした。そして、視線を変えてクエルスに問う。

「その戻っていない一グループ、どこに行ったって?」
「……敵本陣のほうだそうだ。一応、そのグループでも二人は戻っているからな」
「…………」

眉を顰め、リューゼは腕を組んだ。どこか知らぬ記憶の淵が、何かを訴えかけているのだ。

「なんか思い出せたのか?」
「いや、思い出すもクソも、そりゃ戦闘の鉄則だぜ」
「らしいな」
「…………え?」

妙に得心した様子のクエルスに、リューゼは頓狂な声を返す。対して、クエルスも一つ頷いて続けた。

「そのことを、会議中に指摘したやつがいたんだ」
「……で、どうなった?」
「一応、もう一度斥候を放つことに決定した。こちらの最大兵力は義勇兵をあわせりゃ八千強。全力でかかればほぼ確実に粉砕できるぜ」
「……なるほど。城か……」
「ああ」

戦の勝利条件としては、敵の全滅の他にも本拠地や頭を叩いても成立する。となれば、敵兵がそんなに少ないことを警戒して、城の防備に大多数の兵を残すことを前提とするのはおかしくない。

「それか、互角の戦になっているところに、隠れていた伏兵やら温存した兵力やらで援軍ってかたちだな。勝てるか負けるかいい勝負のところに倍近くの援軍をぶち込めば、相手の戦意に大打撃を与えられるってのが、あいつの考えだぜ」
「……フィオナか」
「ああ」
「やっぱりな……」

隠しているのかいないのかは定かではないが、利発さと聡明さがにじみ出る瞳。あれを見れば、誰しも頭が良いと本能で察したことだろう。リューゼが一つ頷く横で、シャルナが話を引き継いだ。

「……でも、そうなると斥候のミスって可能性もあるってことよね?」
「だろうな。だが、だからといってはいそうですかと許すわけにはいかん。どっちに転んでも大丈夫なように、三千ほどは城下町の入り口付近で待機だそうだ。勿論、中のほうでな」
「分かった」
「んで……俺らの配置だが、打って出る部隊のほうだ。俺らは第二隊、左。カンダタとかは先鋒だな」
「……まあ、降伏した兵を最も危険な所に追いやるのは、戦の常識っちゃー常識だよな……」
「ところで、あたしたちの軍はどんな戦い方をするの?」
「七部隊に分けて、陣形から言ったら魚鱗の陣を組むらしいぜ」
「なにそれ」
「ああ、魚鱗の陣っていうのは――」
「魚鱗の陣っつーのは、中心が前方に張り出して両翼が後退した陣形のことで、部隊が七つの場合基本的には先鋒一つ、第二陣が左右に二つ、その合間を入るように後ろに第三陣が三つ、最後尾に総大将が一つって感じで配置する」
「ほお、よく知ってんな……って、人のセリフをとるなよっ!!」
「名前の理由は明快でな。魚の形に似ていることからこの名前がつけられたんだ。言うまでもなく大将軍は後ろになる。んで、この陣形は多くの兵があまり散らずに戦闘に参加し、また一陣が壊滅しても次陣がすぐに繰り出せるから消耗戦に強ぇんだ。だけど見りゃ分かるだろうが、両側面や、後方から攻撃を受けると混乱が生じやすく弱い。特に後方から攻撃されると大将がいきなり狙われる事もあって危険だ。ついでに一箇所に密集してるから包囲され易いし、複数の敵に囲まれた状態のときには用いないほうがいいが、今回は背にするのは城だし城壁だ。狙われる可能性は少ないと見ていいだろう。部隊の密度が高いから敵より少数兵力の場合正面突破に有効って話だし、前方からの攻撃に強いだけでなくて、部隊間での情報伝達が比較的容易だ。つまり機動力にも適するってこったな」
「聞けよ人の話!!」
「あ?」

クエルスのセリフを全部盗んだリューゼに、盗まれたクエルスが怒声を上げる。「あ?」とかボケたことを抜かすリューゼを一瞬ぶった斬ってやろうかと思ったクエルスだったが、すんでの所で押し留める。変わりに、出てきた疑問をリューゼにぶつけた。

「お前さぁ……シャンパーニの塔でも思ったけど、やっぱりどっかの軍人じゃねえの? その線で考えて、なんか思い出せない?」
「…………」
「…………どうだ?」
「…………ふむ」
「おっ?」
「思い出せそうで全然思い出せないんだな、これが」
「駄目なんじゃねえか」
「ま、まあまあ……それよりクエルス、他の作戦は?」
「あ? ああ、そうだな……」

クエルスとリューゼのやり取りに対し、苦笑を浮かべながら聞いてきたシャルナに、クエルスは気を取り直して話を続けていくのだった。

 

 

 

そして、翌日――ロマリア北の平野。ロマリア兵達と、勇者の末裔一行は、ここに魚鱗の陣を敷いた。

先鋒、カンダタの所属する四〇〇。
二軍左、クエルス・フォードの三〇〇。
二軍右、三〇〇。
三軍左右が二五〇、中央、三〇〇。
総大将、最後尾にエイト・フィーンド、五〇〇。
総勢二三〇〇が、敵軍めがけて突き刺すような陣構えである。

 


対する魔王軍は、

先鋒、さまよう鎧、三〇〇。
二軍左、キラービー達の二五〇。
隣接するように二軍右、先鋒のすぐ後ろにホイミスライム達の回復隊一五〇。
遊軍二部隊、それぞれ三五〇と三〇〇。
第三軍、二五〇。
その後ろに、後備四〇〇。
そして、総大将、五〇〇――総勢、二五〇〇。

両軍の兵力は、ほぼ互角であった。
 

 

 

「――敵先鋒、見えましたっ!」
「よしっ!」

敵先発隊発見の報を聞いた先鋒の将は、後ろで控えるクエルス達に『行け』と合図を送る。出てきた面々は、各部隊から魔法を使える人をかき集めた、この場限りの即製部隊だ。勿論クエルス達もその中にいる。皆は示し合わせて頷くと、先鋒部隊の一歩前へ出て魔力をかき集め始めた。

体中に溜まる魔力をそのままキープし、隊長の一声を待つ。そこから数秒が過ぎ去り、部隊長は鋭い声で告げた。

「よし、撃てーっ!!」
「――――っ!!」

その声の直後、詠唱の声が炸裂した。唱えた呪文は、クエルスはギラ、シャルナはヒャダルコ、そしてリューゼはグライだった。

一刹那遅れて魔物達の絶叫がし、入れ替わるように弓隊が前に出る。敵との距離や、部隊に戻って部隊を組み直す時間も考え、放つ矢は一発だけだ。弓矢が幾筋も宙を舞い、ほぼ同時に先鋒部隊が突撃を始める。この隙に初撃を与えた臨時部隊は解散し、それぞれの部隊に合流。帰還を報告したところで――戦いは、始まった。

 

 

 

 

第十九話・演習場、再びへ

目次へ

第二十一話・両軍譲らずへ 

 

トップへ

 

inserted by FC2 system