第十八話

再会


「…………」
「…………」

場は、沈黙が支配していた。

氷の刃を首筋すれすれに突き刺させて動きを止めているフィオナと、メクスを放った体勢のままこれまた止まっているリューゼ。兵士長の躊躇いがちな勝敗の声が、演習場に静かに響く。

「しょ、勝負、あり――」

勝者、リューゼ・アルマー。そう兵士長が告げる前に、フィオナが槍を握って立ち上がった。が、戦闘を続行する意志はないらしく、槍は背中に収めてしまう。

「……うん、強かったね。貴方ほどの戦力があれば、私たちも安心して戦える」
「そりゃどーも」

フィオナの賛辞の前に、リューゼは小さく笑って答える。左手を差し出してきたフィオナに、リューゼもその手を握り返した。

「んじゃま、微力を尽くさせていただきますよ、フィオナ・クレイス第二皇女」
「ええ、こちらこそ。リューゼ・アルマー記憶喪失」
「その肩書きはあんまつけられても嬉しくねーな……」

笑い返したフィオナの言葉に、ヤマチュウは今度は苦笑した。

 
と。そのタイミングで、新たな来訪者が訪れる。見慣れた姿に、リューゼはおうと片手を上げ――

「……おにい、ちゃん?」
「…………え?」

 

 

 

「…………お?」

時刻は、少し巻き戻り――兵士の演習場に向かっていたクエルスは、見覚えのある少女と遭遇していた。桜色の髪に小さな髪留め、青い瞳――かつて石段に座り込んでいて、クエルスが思わず声をかけた、イルという名の少女だった。

「よう、イル。久しぶりだな」
「……お兄さん」

少女はクエルスに気付くと、紙を懐にしまいこんだ。口元に小さく笑みを浮かべ、クエルスのほうを見上げてくる。

「何やってたんだ、こんなところで?」
「……仕事」
「へぇ。何の?」
「…………」

仕事の内容を聞くと、イルは黙りこくってしまう。人に言えねえのか? 妙な疑問を覚えるが、クエルスはそれを流すことにする。まだ知り合って二回目だ、深く踏み込むのも失礼だろう。そんなことを考えるクエルスの前に、イルがこう話しかけてきた。

「……修道院の僧侶さんには、会えた?」
「いんや。会いに行ったら今いないって言われてな。それにあの盗賊をやっつけに出てたから、なんだかんだでまだ会ってないんだよ」
「盗賊さんは?」
「あー、倒した倒した。王様に出したら、今度の戦いの働き次第で罪を軽くしてやるって言われてよ」
「へぇ……」

イルは興味深そうに頷くと、クエルスに話を続けてくる。

「お兄さんは、戦いに出るの?」
「そのつもりだ。魔王軍と戦ったことはないが、蹂躙されるわけにも行かないからな」
「そう……」

イルがこっくりと頷くのを見て、クエルスはなんとなく聞いてみた。

「イル」
「?」
「お前は、戦いが起こったときはどうするんだ?」
「……多分、家にこもってるんじゃないかな。だって、魔王軍からは、お兄さんたちが守ってくれるんでしょ?」
「ああ、そうだな」

下手をすれば自分よりも年下の子を、巻き込むわけには行かない――それも、自分たちとは違う一般人であるならなおさらだ。クエルスは決意を新たにすると、片手を挙げてこう告げた。

「それじゃあ、またな。まだ仕事あるんだろうから、あまり引き止めても悪いし。俺は仲間たちとロマリアの宿に泊まっているから、暇でも出来たら遊びに着てくれ。女の子もいるし、暇つぶしぐらいにはなると思うぜ」
「お仲間さんなの?」
「ああ」
「ふぅん……一人?」
「まあ、今んとこはな。三人でいたんだけど、なんか一人は兵士長に捕まってる。記憶喪失になってるもんで、怪しいって見られたらしいんだがな」
「……そう。どんな人なの?」

なんか、妙に食いついてくるな――何故だと思いながらも、クエルスは少女に情報を話す。別段困ることでもないし、こんな子が魔王軍のスパイなんて話はまずないだろう。

「どんな人なのと言われても――赤い髪と赤い目が特徴の、レーベ付近の山の中で出会った男だな。名前はリューゼ・アルマーとかいったか。速攻をかけるバトルスタイルを持っている、戦いにおいては俺らの中でも最大の戦闘能力を持ってる、俺らの頼もしい仲間だぜ。性格は――ま、俺も軽い自覚はあるが――それ以上に軽い奴だな」
「リューゼ・アルマー……?」
「……どうした?」
「ううん。何か、変な名前だなって……」
「まあ確かに、そうホイホイといる名前でもないだろうが……本人もそれが本名である確信は持てないらしいぞ。さっきも言ったが、記憶喪失で――多分本名だとは思っているみたいだがな」
「そう」

それじゃあ、私はまだ仕事があるから。そう言って立ち去りかけたイルに、クエルスも片手を挙げて答える。

「おう、なんか『またな』とかほざいといてとどまっちまったな。悪い、迷惑かけた」
「……ううん。迷惑じゃ、なかった」
「そうか。んじゃな」

最後にそう一言だけ告げると、クエルスは今度こそ立ち去った。振り返ると、イルも足早に反対方向へと歩いていた。

 

 

そんなこんなから数十分――クエルスは、ロマリア兵士の演習場を訪れていた。自分の知り合いの僧侶は修道院の人曰くどうやらここにいるらしく、折角だし顔でも見せておこうと思ったのだ。

さてさて、どうなってるかな――ごぉんと扉を開け、クエルスは中へと踏み込んだ。探す間もなく、その姿はすぐに見つかる。

兵士らしくもない、背中まで伸びた空色の髪。背中に挿している武器は、槍か。随分たくましくなったものだ。隣には何故か、リューゼ・アルマーまでもがいる。

そちらもこっちには気付いたらしく、リューゼがおうと片手を上げ――

横の少女も、振り向いた。

「…………っ!?」

記憶と違わぬ、空色の髪。癖なく綺麗に流れた髪は、毛先は背中まで伸びている。そんな髪と同じ色の、透き通った空色の目。数年前の記憶の残影は、信じられないほど美しくなっていた。

面影を残しながら、あまりにも変わった変貌振りにクエルスは呆然と少女を見つめ――

「……おにい、ちゃん?」
「…………え?」

――懐かしい記憶の中の少女は、幼かったかつての時分そのままに、懐かしい声で、懐かしい言葉を絞り出した。

 

 

 

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