第十三話 

山奥の村


「…………」

カザーブの村の入り口に、緊迫した空気が漂っていた。

発生源は、その場にいる人間八人。正確には、そのうちの鎧甲冑を身に纏った五人の兵士達だった。

なんでこんなことになったのか――それは、三十秒ほど前の辺りに遡る。

 

カザーブの村に入ろうとしたクエルスたちは、いきなり兵士達に足止めを食らってしまったのである。見るに、どうやら彼らはカンダタの一味に勘違いされているらしい。慌てたクエルスが誤解を解こうと話し合いをしたが、相手は聞く耳を持たなかった。

「……うるさい! ごまかせると思うな、賊め!!」
「だから、俺たちは賊なんかじゃないってば!」

という会話からお分かりの通り、先からずっとこの調子だ。では何故彼らを盗賊だと思ったのかというと

「先日もだ! この村で、薬草が一枚盗まれた! やつは道具屋の店員の振りをして白昼堂々倉庫に入り、胸を張って薬草を盗んでいったのだ! であるなら、今回も冒険者の振りをして、何かを盗む算段に違いない!!」

――のだ、そうだ。

「……王の冠盗んだ大盗賊の割に、盗ってくモンがセコくねえか?」

カザーブの村に派遣された兵の話に、リューゼはクエルスに呆れ顔で振った。だがクエルスが答える前に、兵士がジャキッと槍の穂先を突きつけてくる。

「そうだ! 貴様らが王の冠を盗んだときも、堂々と王様に化け、城の中を堂々と歩き、王妃から堂々と金の冠を渡してもらって逃亡したその手口のは、もはや我々も知っている! もうだまされんぞ、観念しろ!!」
「いや王妃も結婚相手の顔忘れんなよ! つーか兵士も誰か気付け!!」
「まさか堂々と王様に化けるとは思わなかったのだ!」
「……まあ確かに盲点だろうが、よくそれで本物の王と遭遇しなかったな……」
「いや、遭遇したのだ!」
「したのかよ!」
「そこで我々は迷わず盗賊をお縄につかせたはずなのだが……」
「……間違えて本物の王を縛ったんだな?」

オチが読めてしまい、リューゼが醒めた声で突っ込んだ。どうやら図星だったらしく、兵士はうぐっと言葉に詰まる。だがそれでも、勇敢に反論を試みてきた。

「確かに、あのときの我々の目は節穴だったかもしれん! しかし、王の目は節穴ではなかった! 迷わず盗賊を縄につかせようとした我々の勇敢なる心意気を買い、王城での勤務を解雇して、奴らのアジトの最前線にあるこの村の警備をお任せくださったのである!」
「……それ、左遷って言うんじゃねーのか?」
「何ぃ!? 盗っていく物がセコいだと!? その裏に何が隠れているか、知れたものではないではないか!」
「遅せーよ! 突っ込み入れんの遅せーよ! 何行前のセリフだよ!!」
「やかましい! 会話はもういい、覚悟ぉっ!!」
「うわわっ!」

槍を突き出されたリューゼが、大慌てで身を逸らす。一瞬遅れて、回避が遅れていたならまず眼球に突き刺さっていたであろうその位置に、槍の穂先が掠め飛んだ。

「こっ、この野郎ーっ!」

頭に来たヤマチュウが、ロマリア兵に反撃する。槍の隙となる懐部分まで入り込むと、顎の部分を思い切り掌底で突き上げた。衝撃がまともに脳髄に入り、跳ね上がった喉と急所に手刀を思いっきり叩き込む。ごはぁという血を吐くと、ロマリア兵は崩れ落ちた。

「うおぉっ!」

その横では、別のロマリア兵がクエルスめがけて斬りつけてくる。踏み込みと共に袈裟懸けに振り下ろされるその剣を、クエルスは軽く回避した。同時、後方から飛来して来た弓矢も、舞うようにしてあっさりと避ける。さらに、二人目の槍兵までもがクエルスに攻撃を仕掛けてきた。

「……集中攻撃という奴なんだろうが、なんで俺なんだよ……」
「余裕か、賊めっ!」

応酬してたの、リューゼじゃねえか――嘆くクエルスに、槍の穂先が突き出される。それを軽く横跳びに躱すと、クエルスは大きく距離をとった。

「とりあえずお前ら黙ってろ! ラリホーッ!!」
「…………!?」

脳波に直接働きかけて――クエルスは、兵士達の意識を闇に落とした。

 

 

そして、それから三日が経って――クエルス・フォード一行は、カザーブの宿で車座を作って話をしていた。

平和的な手段で兵士たちを黙らせたクエルス・フォード一行は、修行と情報収集と、それら全てを終えていた。大体この近辺の魔物にも対応できるようになってきて、ついでにカンダタのアジトも突き止めている。

場所はここから南西にある、シャンパーニの塔。また、カンダタの武器が斧であるとの情報も、クエルスたちは仕入れていた。

「金鎚ほどでは無いにせよ、斧は脳天にでもぶち込まれたら一撃死だ。気をつけろよ」

難しい顔をして、リューゼが言う。対して、クエルスとシャルナも頷いた。


シャンパーニの塔――カンダタのアジトへの出発日時は、明日へと迫っていた。出来ればもう何日かこの村にとどまりたいところでもあったが、そんなに長い時間は無い。この後にも、魔王軍の襲来が控えているのである。

「早計」という言葉を知りながら――それでも彼らは、シャンパーニに出発するしかなかったのだ。危険を承知で、クエルスは最後の号令を下す。

「……多分、カンダタやら魔王軍やらを倒したら、報奨金とか出るだろうからな。その辺で元を取るつもりで、今回は行くしか無いだろう」
「……っていうか、取れないと終わりだけどね」

だからせめて慎重に――と、大量に買い込んだ薬草の山を見ながら、シャルナが苦笑してそれに返した。その横でリューゼも苦笑して、布団を親指で指差して告げる。

「じゃ、そろそろ寝ようぜ。英気を養っておくんだな、これが」
「……そうだな」

そんなリューゼの言葉に、一も二もなく頷いて――三人は、布団の中に潜りこんだ。

 

 

 

 

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