第十二話 

リューゼの呪文


翌日――ロマリアからやや北に行った平原地帯を、歩き続ける旅人がいた。勿論、クエルス、シャルナ、リューゼの三人である。彼らは西に連なる山岳地帯を左手に、北の村・カザーブを目指して歩き続けていた。

「そろそろ、山がこっちにも広がってくる頃合だがな」

地図を片手に、クエルスが言う。カザーブは、この山岳地帯に囲まれた盆地にある小さな村で、行く際にはどうしても軽い山越えをせねばならない。平原地帯は途中で途切れ、左手にある山々が周囲を覆い尽くす頃、そこを歩けば見えてくるらしい。

「まあ、これだけ日が高いんだ。日暮れまでには辿り着けるだろ」

リューゼがそんな意見を述べ、シャルナもそれに同意を示す。その言葉が終わるのを待っていたように、山の稜線が広がり始めた。距離はすぐに縮まって、平原は途切れて山道となる。

「……しっ、あと少しでカザーブだ」

地図を片手に、クエルスがそう呟いた。確かにこれなら、日暮れまでには余裕で辿り着けるだろう。

と。

「――――!!」

ばっ、とリューゼが振り向いた。その動作にクエルスとシャルナが疑問を呈すも、半瞬遅れてそれに気付く。山の段差部分の影から、数体の魔物が飛び出してきた。

「アニマルゾンビ!」

その魔物を見て、リューゼが叫ぶ。

アニマルゾンビ。複数体の群れで行動し、死肉を食らう獣の不死者。死肉だけではなく生きた者も積極的に襲撃し、集団で囲んではボミオスの魔法で逃げ足を遅くして襲い掛かるという、狡猾なゾンビの魔物である。どちらかといえばパワー型のクエルスや、魔法型のシャルナならともかく、スピードタイプのリューゼとしてはあまり会いたくない相手だった。

「先手必勝、俺から行くぜ!」

だが、それならボミオスを使われる前に倒してしまえばいいだけのこと。リューゼは鋭く地を蹴ると、ゾンビの一体に肉薄した。

「でえぇぇいっ!」

踏み込みから放った水平斬りが、ゾンビの一体に直撃した。顔面を両断するその一撃は、通常ならまず確実に致命傷だ。だが、そこはさすがにゾンビであるというべきか、それでもなお倒れてくれる素振りはない。おぞましげな咆哮を上げ、近くのリューゼに噛み付いてくる。

「おっとっと、危ねえ!」

それを身を捻って躱し、おまけとばかりに蹴り一発。顔面を蹴りつけてダメージを与えると同時、リューゼは飛び退いて着地した。

「ギラッ!」

と、クエルスの呪文が入れ替わるように炸裂する。掌から放たれた高熱の閃光が、アニマルゾンビたちを焼き払った。続くシャルナのイオが、敵全体を吹き飛ばす。

「リューゼ! むやみやたらと斬り込むな! こういった敵には、魔法のほうが効果的だぞ!」
「いや、まあ、分かっているんだけどな……俺の魔法だと、多分効果薄いんだよ」
「はぁ?」

クエルスの忠告に、別のアニマルゾンビを相手取りながらヤマチュウは返す。そういえば、こいつが魔法使ったところってあんま見ないな――そんなことを考えるクエルスに、リューゼは掌を突き出した。

「だったらやってみるか? どうせ、後二匹しかいないし」
「そうだ、なっ!」

そのアニマルゾンビを切り落とし、リューゼは返す。クエルスも返事と同時に別の一体を斬り落とし、これで魔物は最後となった。

「おっけ、なら見てやがれよ――」

ヴヴン、という音と共に、リューゼの右手に魔力が集う。上向けた手のひらから現れ出るは、ヒャドにも似た氷の刃。

「おいでなすったか――」

 


「――食らえ! メクス!!」

直後――振り下ろされた右手の先から放たれた刃が、アニマルゾンビを凍らせ貫いた。

 

 

「…………」

場は、変な沈黙が支配していた。アニマルゾンビの比較的腐食していない部分を引き剥がすリューゼに、クエルスが呆然とした目を送っている。

「お前……」
「だから言ったろ。あんまり効く気がしないってな」

一応とどめにはなったけどな、と続けつつ、リューゼはひょいっとゾンビの眼球を戦利品袋に放り込む。それを見て、クエルスはふうとため息をついた。

確かに、氷系の魔法はゾンビ系には効果が薄い。この場合はメラやギラなど、炎系の魔法を打ち込むほうが正解だろう。それか、イオで肉塊ごと砕いてしまう方法か。

だが、しかし――クエルスはもう一度ため息をついて、リューゼに向かって切り出した。

「――リューゼ」
「なんだ?」
「お前――使える魔法、メクスだけじゃねえだろ?」
「……なに?」

クエルスの問に、リューゼは手の動きを止める。どうしてそう思うんだ? 振り返って聞いたリューゼに、クエルスは自分の考察を述べた。

「たかが氷系の呪文であるメクスを、あれほど隠すなんて考えにくい。それに、隠していた割には魔物が減った途端躊躇も無く使った。『隠す』にしては、不自然すぎる」
「…………」
「だから、あるんじゃないのか? お前が隠そうとした、多分、全体を攻撃できる何かの呪文が」
「……なるほどな」

リューゼは今度こそ手を止めて、クエルスのほうへ振り返った。

「そうだね――確かに、隠している呪文はあるよ。ご明察の通り、敵全体を攻撃できる、爆発系の呪文がな」
「……イオか何かか?」
「ドルマ」
「……え?」

聞き返したクエルスに、リューゼは淡々と続けていく。

「ドルマ。聞いたことはあるだろ?」
「……あ、ああ……」

ドルマ――リューゼが口にしたその呪文は、暗黒エネルギーを収束させて攻撃を行う、本来は闇の眷属しか使うことの出来ない呪文のはずだ。それを、こいつが使えるというのか――? 不審を抱いたクエルスだが、リューゼは首を横に振った。

「正確にはドルマじゃないが、似たようなもんだ。暗黒エネルギーを収束させて爆発させる、ドルマにイオを組み合わせたような呪文だ。まだ全てとは言わないが、ほとんど完全に思い出してる。隠してたわけじゃなくて――思い出せてないだけなんだがな」
「…………」

ドルマであろうがなかろうが、『闇』である点なら同じである。こいつ、一体何者なんだ――? そんな疑問を抱いたクエルスだが、もう一度ため息をついて不審の感情を排出した。

「カザーブに着いたら、本格的に記憶を引きずり出してみる。多分、こいつならすぐに、使うことも出来るかもしれんからな」
「……そうだな」


どうあれ、今のこいつは仲間なんだ。ともかく今は、信じておくことにしよう。


もしもこいつが裏切ったなら、その時は彼を斬れるかどうか、そんな不安を抱きながら。

 

 

 

 

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