第十一話
少女とパン
「お兄さん」
「ん?」
昼食を買い。何故か先の石畳に戻ってきて食べていたクエルスは、隣に座った少女に声をかけられた。それまでその少女から話しかけられたことが無かったクエルスは、その問いに素直に応じる。
「お兄さん、冒険者?」
「ああ」
「どこから?」
「アリアハンから。いざないの洞窟を抜けてきたばっかりだ」
「……新米さん?」
「まあ、おんなじようなもんだな。大した腕は無いよ。お前は……この町に住んでんのか?」
「……うん」
ふーん、とクエルスは頷いて。そこでまた会話が途切れる。しばしの沈黙の後、再び少女が切り出してきた。
「……お兄さん、名前は?」
「名前か? 別に、大それたもんじゃないが……クエルスだ。お前は?」
「……イル」
「へぇ……」
頷いたクエルスに、イルと名乗った少女は水筒に入った水を飲む。いつの間にか、パンは綺麗に消えていた。
「それにしても……『お兄さん』か……」
「……どうかした?」
「いや……その響きが、どうにも懐かしくてな」
天を見上げて、クエルスは言う。
「俺の知り合いの僧侶がさ。昔、俺のことをそうやって呼んでたから」
そいつは、今でも自分のことをそう呼んでくれるのだろうか。おそらく、そうは呼んではくれないだろう。あの時は自分も彼女も、まだほんの子供だったのだから。
――まあ、そんな「ほんの子供」が出会った経緯は、ぶっちゃけ語りたくは無いのだが。
微苦笑を漏らすクエルスに、少女がまたも話しかける。
「……それで、その子は?」
「いんや、この街に住んでるよ。今、修道院にいるんじゃないかな」
だんだん円滑になってきた会話に、クエルスは笑みが漏れるのを感じる。なんだ、結構話せるじゃないか――嬉しくなったクエルスの横で、少女はふうと息を漏らした。
「どうした?」
「え――ううん、なんでもない」
「……そうか」
妙に気になった部分もあったのだが、とりあえずそこには突っ込まない。どうあれ自分たちは初対面だ、あまり無遠慮なことは聞けない。そういえば、もともとその子に会いに着たんだったな――そう思いながらも、クエルスはこの場を立ち去れずにいた。
「そういえば、王様から依頼を受けてな」
だからだろうか。そんなどうでもいいことを、少女に向かって切り出した。
「なんでもカンダタって奴が、王の冠を盗んだらしい」
「……それで?」
先を促す声を聞き、クエルスはこの不思議な少女と、しばし話を続けることにしたのだった。
「それじゃあ、俺はこれで」
「……うん」
日が傾き、夕暮れがあたりを支配する頃、クエルスは少女にそう言った。さすがにいつまでも付き合わせては悪いし(といっても昼前から夕方までたっぷり付き合わせてしまったわけだが)、別に迷惑がる様子も見せなかったので(一応)よしとする。
「お前はどこに住んでんのか知らねーが……『仕事』とやらはしばらく続くのか?」
「……うん。まだ、結構続くと思う」
「そうか。ま、知らないおじさんについていかないようにな」
「知らないお兄さんにはついていっていいの?」
――うげ、確かに。
「……そーだな。知らないお兄さんにもついていっちゃ駄目だぞ。さらわれちゃうからな」
おどけた様子でそう話すと、少女はぷっと吹き出した。
「それじゃあ、またな。ま、また見かけたら、声かけてくれ」
「…………」
少女は無言で、小さく手を振って見送ってくれる。角を曲がると、当たり前だがその姿はすぐに見えなくなった。
「……あっちゃ、大分予定変わっちゃったな」
もともと、修道院に行って知り合いの僧侶に顔を出す予定だったのだが――もう、面会も終了時刻だろう。あそこは戒律厳しいし。
「……え? 結局、会わなかったわけ?」
「別にどうだっていいだろ」
宿に戻ってきて――仲間・シャルナがぼやくように聞いた。対するクエルスも、放り投げるようにそれに返す。
「行く途中にちょっと不思議な女の子と会ってな。くっちゃべってたら時間が潰れた」
「へえ、女の子か。だったら俺の出番かな」
「なんでだよ」
横から出てきたリューゼの言葉に突っ込みを返して、クエルスは言葉の色を変えた。
「でもよ。その子、俺らよりも多分年下なんだ」
「……それで?」
シャルナが先を促した。いつもなら「へー、お前年下派?」とかほざいているようなリューゼも、クエルスの真面目な色を帯びた声音に、特に突っ込むことはしない。それを見て、クエルスは小さく言葉を続けた。
「それでさ、ロマリアに今度、魔王軍が攻め込んでくるだろ?」
「そうだな」
「だからよ……戦になったら、あんな小さな子も巻き込んじまうんだろうなって思うと、何か、可哀相でさ……」
「……そうか……」
クエルス・フォードは、こう見えても優しい。そんなリーダーの言葉にそうかともう一度頷くと、シャルナは目線を外に逸らした。
「だったら……あたしたち、絶対勝たなきゃならないね」
「そうだな……」
犬の遠吠えが響く夜は、不気味なほど静かだった。