第九幕

月下の牙


「まったく、夜通し馬を走らせるなんて。幼馴染使いが荒いぞ、アドル」
「外仕事は君のほうが適任じゃないか」

夜遅く、どうにかこうにかジェイブリル屋敷に帰ってきたエドは、ジト目でアドルを睨んでいた。対するアドルはいつも通りの表情で、あっけらかんと言い返す。

「それで、何かいい情報は見つかったかい?」
「ああ、想像以上の収穫だった」

アドルほど得意ではないが、理路整然と順序良く話していくことは出来る。エドは仕入れた情報を、事細かかつ正確にアドルとフェイスに伝えていった。

例の毒物の購入ルートを、とりあえず一月前にさかのぼって調べたこと。

闇商売から購入した、怪しい情報があったこと。

よりにもよって“エルビウム夫妻”もトリカブトを買っていたこと。

しかし彼らが買った理由は、薬にするつもりであったこと。

それら全てを、エドは二人に話していく。

アドルとフェイスは、直接情報屋から話を聞いたわけではない。言ってみれば、エドからの又聞きからしか、情報を判断する手段がないのだ。そのため、二人がそこから答えを出すには、確実かつ正確に伝える必要性がある。

「……本当に、買っていたのですか? あの、ベルドとヒオリのお二人が?」
「間違いない」

さすがに、その二人が本当にトリカブトを買っていたことは想定外だったのだろう。フェイスの眉がしかめられて、アドルも腕を組んでいる。

「先ほども話したとおり、ヒオリの薬にするとかなんとか言っていた。実際に裏は取れていないようだけど、同時期に町外れの宿屋に宿泊していたとの情報もある。実際、ヒオリはその時足を怪我していたそうだ」
「……なるほどね」

エドの言葉に、アドルは組んだ腕を外す。そのまま、アドルはエドに確認してきた。

「その時、彼らが具体的にどうしていたかって情報はある?」
「つまり、そのトリカブトを何に使ったかっていう事か?」
「うん。例えば液体状になるまで溶かして、盗んできたジェイブリル家当主の杯に塗っていたとか」
「縁起でもないことを言うな!」

シャレにならないギャグを飛ばされ、エドは思わず突っ込みを入れた。アドルは可笑しそうに笑って、大丈夫だよと返してくる。

「実際にそれをやったとしても、十日前の話なんでしょ? とっくに死んでいるはずだし、わざわざ死地に飛び込むような真似なんてしないはずだよ。仮に本当に犯人だったら、始末ぐらいはしているはずでしょ?」
「……夕食を食べて疲れてるんだ。苛立たせるようなことを言わないでくれ」
「……夕食を食べて?」

さすがに想定外だったのか、アドルは思わず話を中断して聞き返す。

「馬を走らせてってことじゃなくて?」
「……夕食を食べてだ」

痛む頭を抑えつつ、エドは手短に話し始めた。

 

 

 

情報収集を終えたエドは、シリィと共に適当な食堂に入っていた。今から戻れば、大分遅くなってしまう。言っておけば作り置いてはくれただろうが、向こうにも悪いし現在は信用をなくしているので、こちらで済ませてしまうことを適当な使用人に伝えてある。

「いらっしゃい! お二人様かい?」
「ああ」

気前のよさそうなおっちゃんに人数を告げ、適当な席を探してもらう。案内されたのは、割と奥の席だった。

水をもらいながら、壁にかかったメニュー表で適当なものをチョイスする。やってきたおっちゃんに注文を告げて、三十秒ほど経ったとき、事件は起こった。

「おや、シリィちゃんじゃないかい!」
「なに!? おお、本当だ、シリィちゃんだ!」
「――は?」

向こうから飛んできた、黄色い声――というには無理のあるばーさまの声と、それを受けて響いてきたじーさまの声に、エドは思わず振り返る。そちらを見ると、同じく食事中だったのだろう、老人が四人ほど座っていた。

「いやいや、たまにはこういった定食屋もいいじゃろうと思って来てみたのじゃが、まさかシリィちゃんに会えるとは」
「ほんとねえ。どう、お仕事のほうは?」
「ぬお」

ドカ、という効果音と共に、老人連中に文字通り蹴り出されてしまったエドは、じーさんばーさんの思わぬパワーにしばし呆然としてしまう。老人連中はしばらくシリィと楽しげに会話をしていたが、ふとエドに目線を合わせ、低い声で問いかけた。

「で、お主はシリィちゃんと二人で、一体何をやっていたんじゃ?」
「何って……食事を摂りに来ただけだが」
「シリィちゃんと二人で食事じゃと? 貴様にシリィちゃんは渡さんぞ!」
「いや、そういうわけではないのだが……」
「なにぃ!? 貴様、付き合う気もないのにシリィちゃんを誑かしたということか!?」
「仕事だっ! 別に付き合っているわけでもなければ誑かしたわけでもない!」
「わしらのシリィちゃんに魅力がないと言いたいのか!」
「どう答えろっていうんだっ!?」

わけの分からないうちに老人四人に絡まれたエドは、身に迫った命の危機に思わず声を荒げてしまう。手近の老人二人が杖を構え、後ろの老人二人がフォークの投擲体制だ。

……何故に戦闘体制だ!?

戦慄するエドに、老人は口から唾を飛ばしながら宣告する。

「おのれ、ちょっと顔がいいからと調子に乗りおって! そういえば貴様、シリィちゃんの他にも三人も女子を侍らせていたな!」
「いや、一人は男なんだが……」
「そのような女たらしの不埒な男は、わしら四人が断罪してくれるわ!」
「聞けよ人の話!」

まっすぐに突き出された杖の先を、エドは身を捻って避ける。続いて別の老人が振り下ろした杖も、バックステップで回避した。まさか反撃するわけにも行かないし、どうしたものか。

「どうしてもシリィちゃんと付き合いたいと言うのなら、わしらの屍を越えて行け。付き合わんと言うのならシリィちゃんを侮辱したものと見なす。一発断罪させてもらうぞ」
「結局俺は断罪されるのか……」

げっそりしたエドの前で「チェストゥ!」とかいう謎の気合を入れながら一人の老人が突進――

「はい、そこまでね」
「ぬおぉっ!?」

――した矢先、老人は何かに足を取られ、思いっきり転倒する。

……頭から墜落したけど、大丈夫だろうか。

見ると、そこに杖を使って足払いをかけたシリィが、言いがたい表情で座っていた。ひっくり返った老人に、ジト目を向けてにらみつける。

「何をやっているんだい、食堂で」
「シ、シリィちゃん? いや、わしらは、その……はい、わしらが悪かったです、ごめんなさい」

何か言い訳を始めようとしたエドだったが、シリィの無言の圧力にみるみるうちに萎んでいく。正座している老人の横で、シリィはエドにも目線を向けた。

「エドもだよ。全く、見苦しいったらありゃしない」
「俺まで? いや、俺は絡まれてきたから捌こうとしただけだぞ」
「喧嘩両成敗という言葉もあるじゃないか」
「相手に考慮して手を出そうとしなかった部分は評価してほしいものだが」
「ふむ、たしかにそれも一理あるね……では、この老人を二人分叱っておくとしようか」
「何故じゃ!? わしは今しっかり叱られ……はい、申し訳ございませんでした、反省してますってば」

再び頭を下げ始めた老人に、全力で逃げ出したくなるエドであった。

ちなみにその食事中、エドはその老人ズに、ずーっと睨みつけられていた。

 

 

 

「ということがあってだな……笑うなアドル」

呻くエドに、アドルは体を震わせている。頑張ってこらえているようだが、時折漏れる笑い声が逆に不快だ。

「まあいい。それで、そちらの見解はどうなんだ」

言っても通用しない相手であることは知っているので、エドは早々に話題を流す。アドルはまだしばらく笑っていたが、そうだねと推理を話してきた。

「最初に冒険者が買った話は、とりあえず除外していいと思う」
「まあ、そうだな」
「それで、次の闇商売はかなり怪しい」

妥当なところだ。

「で、最後のベルドとヒオリが買った話は……これも、毒薬に使ったわけではないだろうね」

アドルの言葉は、どこかしらの自信があった。たしかに、エドも彼らが毒殺をしたなどとは思っていない。そして彼自身、ベルドは本当に薬に使ったのだろうという確証があった。

トリカブトは強い圧力と高熱を使って煮込むことで毒性を弱め、生薬や漢方薬として用いることがある。主な効果は体力の衰弱した者への強心効果や、あるいは鎮痛。ベルドがわざわざ枯れかけたトリカブトを買ったのは、この鎮痛薬に使うためのものだったのだろう。トリカブトは新鮮なものであればあるほど強い毒を持っているので、裏を返せば枯れかけたトリカブトでは毒が減っているという寸法である。とはいえ、普通に食わせれば余裕で人間なんぞ殺すことは出来るのだが、人を殺したければベルドほどの実力者だったら新鮮なものを使うはずだし、金がなかったと考えるならここに来るまでの山岳地帯で自前で調達すればいい。

「本当のところはベルドに聞かないと分からないけど、多分私はそうだと思うよ」
「そうなると、後はその闇商売か……」
「ルートは消されているといったね。生き残りかなんかは見つかった?」
「この短時間で見つけられるか。それに、仮に見つけられたとしても、闇商売の連中が相手の素性を聞くとも思えん」
「……たしかに、そうだろうね。それなら、そっちの可能性も当たっておこうか」
「そっちの可能性?」
「ああ、君は外に出ていたんだっけ」

そんなことを言ってから、アドルは知っている情報を話す。

「パーティが始まる前、ロンベルト卿が言っていたんだ。一週間ほど前には、アーサー卿子飼いの商人が闇商売をやっていたのを捕まえた、ってね」
「…………!」

言葉を受けて、フェイスがはっとしたような表情になった。アドルと共にいた彼女は、その情報を隣で聞いていたのだろう。シリィはそのとき、別の貴族に話を聞いていたから知らなかったかもしれないが。

「とりあえず、アーサー卿を捕まえよう。話は聞いてくれないかもしれないが、真実を明かすには大事だからね」

そう言って、アドルはアーサー卿にあてがわれた部屋へと向かっていった。

 

 

 

「ふざけるな!」

突如としてやってきた冒険者たちの無礼な言葉に、アーサー卿は激昂した。無理もない。普通の冒険者の面会時間はとうに過ぎているどころか、就寝のために明かりを消した直後だったのだ。いささかどころかかなり非常識であると言わざるを得ない。

「ギルドは冒険者をどう管理しておる!? このような時間に押しかけにも近い形で訪ねてきて、人の傷を抉り返すとは何事だ!」
「お腹立ちは、まことにもってごもっともでございます」

この怒りに関しては、自分の子飼いの商人が闇商売をやった云々をあけすけに指摘されたからというのもあるだろうが、非常識な時間帯に訪ねているのはこちらなので、ここは素直に謝罪する。言葉を受けたアーサー卿は、返答を聞いて少しだけ怒りの矛先を収めた。

「……ほう。ならず者にも近い冒険者の割には、それなりの教養を積んでいるようだな」
「もったいなきお言葉でございます」

アドルが行った受け答えは、かなり正確なものであった。よく使われる「お怒りはごもっともです」という言い方をする場合、自分たちは第三者の立ち居地にいる必要がある。対して、自分たちが怒りをぶつけられる場合には、正確に言えば「お腹立ち」で返すのがルールであった。

「まあ、よいだろう。その辺りの教養に敬意を表して、話を聞いてやろうじゃないか」

その受け答えが出来るほどの教養を積んだ者ならば、訪ねてくる用件もそれなりにまともなものなのだろう。そんな考えがあるのかどうかは分からないが、アーサー卿の言葉に対して一行は深く頭を下げた。上から目線の言い方が少々腹立たしいところであるが、前述の通り無茶なタイミングで訪ねているのはこっちである。嫌味の一つや二つぐらいは、おとなしく聞いておくとしよう。

ともすれ、話を聞く姿勢を見せてくれたアーサー卿に、アドルたちは用件を手短に話す。聞きたいことはただ一つ、その闇商売をやっていた人がどうやって捕まったかである。アーサー卿は話を聞くと、一息ついてから切り出した。

「商売人が捕まったのは、一週間ほど前だったか。闇商売から足がついて、ジェイブリルに捕まってしまったのだ。私も査問会には責任者として呼ばれたのだが、どうやら、十日前に行った毒草売買がまずかったらしい。ただ、私は自分で言うのもなんなのだが、ジェイブリル家とは非常に懇意にしていてな。その部分も考慮され、その闇商売人の懲役と商売権の永久剥奪、私に対しては厳重注意で済んだのだ」
「他の商売人に関しては?」
「正確な調査書を作成し、提出するよう求められた」
「なるほど。それで、売った毒草っていうのは分かりますか?」
「さあ、その具体的な名前は出なかったなぁ……アルミラお嬢様が直々に取調べを行ったそうだから、そちらへ聞けば分かると思うが……」
「……なるほど、よく分かりました。本当に、失礼致しました」
「もうよいのか?」
「はい」

必要なピースは、これで揃った。当主に毒を盛ったのは、おそらくあの人で間違いない。

「……明日の午後、査問会を開きたいと思います。その件を、他の貴族様にもどうかお伝え願えますか?」
「……やれやれ、夜遅くに訪ねてきて人の傷を穿り返し、さらには小間使いまで頼むとは……お前たちは一体、貴族を何だと思っているんだ」

苦笑に近くなった言葉だが、犯人が分かったという点には期待したのか。嫌味というには毒のない、そんな台詞を最後に投げて。アーサー卿は、苦笑を漏らした。

 

 

 

「……とりゃ」

短い気合を無駄に入れて、ベルドは床下から飛び出した。目線の先には、鉄格子から通路を見張っているヒオリがいる。ヒオリはベルドが出てきたのを見ると、きょとんとした顔で呼びかけた。

「どしたの、ベルド。まだ、見回りが来るまでは時間があるよ」
「それもそうだが、疑われることは避けたいからな」

言いながら床をそっと戻して、ベルドは布団の上で待機する。待つこと十分程度だろうか、廊下の奥から足音がした。どうやら見回りが来たらしい。

ベルドとヒオリは布団に入り、目を閉じて耳を傾ける。足音は二人の牢獄の前を通り過ぎて奥へと行き、またしばらくして通り過ぎて帰っていった。

「…………よし」

そこからさらに数えること三百、五分待ったベルドは身を起こし、再び床下にバタフライナイフを突っ込んだ。すり鉢状に開けた上に元々外すものではないため、てこの原理のようにしなければ持ち上げることが出来ないのだ。

外した床板は適当に置き、ヒオリが見張りに立つのを見ながら、ベルドは再び床下に飛び込む。その先にはジスタルからもらったボウルがあり、ベルドはその欠けた部分を突き刺して床下の土を掻き出していく。

ベルドとヒオリは、脱獄のための穴を掘っている最中だった。欠けたボウルはスコップの代わりにちょうどよく、バタフライナイフで掻き出すよりも数倍の効率が考えられた。これなら一晩で脱出することも出来そうだ。

とはいったものの、見張りに見つかったらアウトである。そのためヒオリを見張りに立て、実際に土を掻き出す作業はベルドが行っているのである。適当な時間まで掻き出すと、ベルドは自分から出てきていた。見張りが来るまで作業を続けて、実際に足音が近づいてきたならヒオリが呼べばいいのだが、当然ながら呼びかける声は向こうにも聞こえることになる。近づくたびにベルドの名前が呼ばれては、当然見張りは怪しむだろう。「疑われることは避けたい」というベルドの言葉は、この辺りの意味合いがある。

体感時間で十分ちょっと、ベルドは再び飛び出した。まずは綺麗に泥を落とし、それから静かに床板を戻す。何食わぬ顔で横になってから十分弱、足音が再び行き来した。ベルドはさらに五分待って、三度床下に飛び込んでいく。

「うお」

さらに、これを繰り返すこと四回ちょっと。ベルドの掘っていた先の土が、どさっと崩れ落ちてきた。とっさに顔を伏せたものの、土が見事に頭にかかり、その土ぼこりでベルドはくしゃみをしそうになった。顔を出すと、月明かりが目に飛び込んでくる。

「おーっし、出れた、出れたぞー。我ながらすばらしいスピードだ」

空に輝くは、下弦の月。出てきた場所を見てみると、そこはちょうど屋敷の裏手だ。しかもくぼみになっている上に物陰にもなっているという、実にバレにくそうな場所である。

「のぉっとぉっ!?」

と、次の瞬間、ベルドは間抜けな悲鳴を上げた。囚人服の背中をばさばさやると、土と一緒にミミズが一匹落っこちてくる。先ほど頭に食らった際、ミミズが背中に入ったらしい。

「決まんねーよな、俺ら……」

カモフラージュに使える木の板なんぞは、さすがに持ってはいなかった。ベルドは外の空気を肺いっぱいに吸い込むと、再び掘ったトンネルの中へと戻っていった。

いつも以上に丁寧に泥を落としてから、ベルドはヒオリにガッツポーズ。意味が分かったのか満面の笑みを漏らしたヒオリの頭を撫でてから、ベルドは今度こそ布団に戻った。

目が覚めたらクマが出来てたなんていったら、笑うに笑えないからだ。

 

 

――牙は研がれる。

『勇者のための四重唱』に“エルビウム夫妻”に。そして、冒険者ギルドそのものに。

挑戦状を叩きつけた、ジェイブリルの喉笛を噛み千切るべく。

 

 


 

 

 

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