第十幕

愚か者の結末


翌日。

朝食を終え、朝の見回りが戻っていってから数十秒にも満たない間、ベルドたちは行動を開始した。床板を外して下に飛び込み、トンネルを抜けて外に出る。周囲の気配を探りながら行動すると、すぐにいいものが見つかった。

外の見張りだろうか。四人ほどの警備兵が、こちらへ向かってやってきている。暗殺が未遂で終わったからだろう、前や左右に目線を走らせ、油断ならない表情だ。

「……よし」

ベルドとヒオリは、相手をぎりぎりまでひきつける。影は屋敷の壁に沿うように出来ており、相手からばれることはない。顔を引っ込め、足音を聞き――数歩のところまで近づいた瞬間、二人は一気に行動を開始した。

姿勢を低くして飛び出して、持っていたボウルをブーメランのごとく投擲する。それは相手の足にしっかりと命中し、警備兵は思わぬ奇襲に少しだけ色めく。

訓練をつんだ専門の兵士は、もちろん奇襲に対する訓練もしっかり受けている。並の人間よりもはるかに硬直時間は短いが、しかし決してゼロにはならない――!

「うおらぁっ!」

近づいてきた敵兵の一人に、ベルドは思い切りタックルを入れてアッパーをぶち込み戦闘不能に。続く二人目を水面蹴りの要領で蹴り倒し、すくわれた敵兵の顎を畳んだ肘で撃ち抜いた。ボウルを当てられた三人目に前蹴りを入れて突き放し、鳩尾に入ったらしく思い切り咳き込むジェイブリル兵に、ベルドは追い討ちをかけて跳躍。そのまま敵の頭上から回転蹴りを入れ、その敵兵もなぎ倒した。最後の兵士もヒオリに飛び掛るように押し倒されており、ベルドはそいつの脳天を蹴り抜いて失神させる。目にも留まらぬ早業で警備兵を全滅させると、ベルドはそいつらをずるずると物陰に引っ張っていった。

「ナイスフォロー。やるじゃねえか、ヒオリ」
「うー。でも、ベルドみたいに三人も一気に倒せなかった……」
「そりゃお前は体術よりも魔術戦のほうが得意だろうが。その辺は黙って俺に任せときゃいーんだよ」

健気なヒオリに微笑を返し、ベルドはそいつらの服をひん剥いていく。四人纏めて丸裸にすると(下着は残したが)、ベルドとヒオリはそれぞれに一番体格の近い警備兵の服を身にまとった。囚人服はきれいに裂いて上手く綯い、縄のようにしてそいつらは後ろ手に縛り付ける。材料の服装は四人分。木にくくりつけた挙句に残りの布をそれぞれに噛ませ、完全に動きを封じ込める。身動きも出来ないし声も上げられない状態だが、まあ死にはしないだろう。

面は割れるが、囚人服で行動するよりは目立ちにくい。ヒオリは一人だけいた女性警備兵からヘアゴムを拝借すると、髪を後ろで縛り上げた。確か女性の警備兵は、皆例外なく髪をくくっていたはずだ。

「よし」

頭部への一撃を避けるためだろう、ハーフヘルムも正式装備だ。フルヘルムでないのは、多分顔が隠れすぎると不審者が紛れ込んだときにばれにくくなってしまうからか。

……ぶっちゃけ今の自分たちは、似たようなものになってるのだが。

「さてと……」

とりあえず、大分分かりにくくなった。この辺ではあまり顔も知られていないようだから、ぱっと見で分かる奴は少ないだろう。ベルドは装備の位置を調整し、ヒオリに行こうぜと合図を下――

「ぶっ」
「な、なんだよっ」

思わず、噴き出してしまった。別に似合っていないわけではない。似合っていないわけではないのだが……

「『本日より任務に携わりることになりました、ヒオリ二等兵であります!』みたいな――」
「うるさいな!」

完全に、少年兵に見えていた。

 

 

 

「ただいま戻りました」
「おう、お帰り。異変はなかったか?」
「そうですね、特にありませんでした」
「そうか。それにしても、大変だな。午後から査問会が開かれるとかで、急遽シフトが変わったしな」
「そうなんですよ、こちとら昨日夜勤でしてね。ちょっと眠いんですよ」
「あー、それは災難だな。まあ、終わったら特別手当も出るだろう」
「出なかったら泣きますよ。あーもう、なんでこんな日に査問会が……」
「それは『勇者のための四重唱』に言ってくれ。殺害を企てた犯人を発見したとか言っている彼らにな」
「あぁ、てっきり私はあの冒険者だと普通に信じてたんですけどねぇ。違ったんですかね」
「私もよく分からないな。まあ、彼らほどの有名どころが言うのだろう、そうそうでたらめということもないはずだ」
「そうでしょうね。それでは、私はこれにて失礼します」
「ああ、頑張れよ〜」

軽い世間話を交わして、警備兵はすれ違った。『勇者のための四重唱』が査問会を開く……そのためにシフトがずれてとばっちりを食らった警備兵は、たまったものではなかっただろう。

入り口の警備兵にエールをもらった青緑の髪の警備兵は、小さな苦笑を漏らして会釈をすると、傍にいた淡い紫のかかった銀髪の警備兵と共に入っていった。

 

 

 

というわけで。

警備兵に変装したベルドとヒオリは、ただの世間話から面白い情報をゲットしていた。なんでも今朝方、『勇者のための四重唱』が真犯人を見つけたらしく、その査問会があるというのだ。こっそりアドルたちに合おうとしていた彼らにとっては好都合だし、さらに都合のいいことにはシフトが変更されていることだ。これで多少の手違いがあっても、押し切ることが出来るはずだ。

「それで、これからどうするの?」
「第二段階だ」

いつもより心持声音を変えて、ベルドは大ホールのほうへと向かっていく。ベルドとヒオリが引きずられてきて捕らえられた、あの忌々しいホールである。しかし、ベルドはそちらの方へは入らずに、そのすぐ手前で右折する。

「どうも、お疲れ様です」

ベルドが挨拶したのは、ホールの手前にある武器庫のところだ。警備兵は「む」とした顔になると、向かってくる二人に目を向ける。

「交代の時間か?」
「ええ。少し早いですが、昼の休憩に入れとのことです」
「ふむ、査問会があるからか。分かった、では、後は任せる。特に内部に異変等はなかったはずだ」
「かしこまりました」

引継ぎを終わらせ、ベルドはヒオリと共に武器庫の見張りを引き受けた。警備兵がいなくなるのを見て、ベルドはヒオリを武器庫の中に入らせる。

「お前愛用の篭手と俺の武器を探し出して、適当なものとすり替えてくれ」
「わかった」

ヒオリはするりと中に入り、ベルドはその外を見張っている。油断なく、けれどもさりげなく――あまり警備の仕事はないが、やったこともないわけではない。待つこと数分、やがてヒオリは武器を見つけ、ベルドのところに戻ってきた。

「剣、貸して」
「はいよ」

ヒオリの持ってきたベルドの剣と、先ほど拝借した警備兵の剣を交換する。篭手だけはどうにもならないが、このごちゃごちゃした中で篭手一個消えたからといってどうということはないだろう。

「篭手はちょっと配置をずらして、少し見ただけじゃ分からないようにしたよ」
「でかした」

正確な確認は、多分夜と朝だろう。これはベルドの推測でしかないが、この査問会が開かれる云々でどたばたしているときに、一個一個数えることはないだろうと信じたい。防具まで持って行ってはさすがに怪しまれるだろうから、そこのところは我慢する。

「ちなみに、服は?」
「なかった。もう一回、探す?」
「あー、いいや。多分、ないだろ」

多分ベルドとヒオリの部屋にあるか、既に廃棄されているだろう。彼らの武器がここにあるのは、引きずられて武装を解除させられた際、警備兵がここに武具を入れたのを見たからである。これに関しては、大ホールに引っ張られる途中に武器庫があったことを感謝しなくてはならない。もしも下手な位置にあれば、ベルドとヒオリの部屋にあるのか武器庫にあるのかを絞り込めなかったことだろう。

篭手さえあれば、ヒオリは力を十全に発揮することが出来る。そしてベルドも、使い慣れた剣のほうが圧倒的な力を出せる。丸裸の状態からどれか一つだけ武具を持ってこれるとしたら、どちらも武器を選ぶだろう。

これで、条件は整った。ベルドはぽきぽきと腕を鳴らし、にやりと不敵な笑みを漏らした。

 

 

 

――そして、午後。

ジェイブリルの屋敷は、まるで終焉が訪れたかのように静まり返っていた。

理由はただ一つ、現在屋敷で行われている査問会。それを起こしたのは、現在この屋敷に雇われていた凄腕冒険者の一団『勇者のための四重唱』。バックアップについているのは、アーサー卿とラードルフ氏だ。そして、査問会の対象は……

「以上が、今回の殺害未遂に使われた、毒草の全てとなります。何か、おっしゃることはございませんか?」
「知りません! 私はそのようなこと、一切存じません!」
「それは、何も知らないということですか? ……アルミラ様」

ジェイブリル当主・ルミーラの娘、アルミラ・ジェイブリルだった。

「第一、犯人はベルドとヒオリの二人でしょう! 私は実際に、彼らの荷物の中に毒草が入っているのを確認しています!」
「だから、暗殺者の仕業だと確信したと?」
「ええ、そういうことです」
「なるほど、そういうことですか」

アルミラの言葉を受け、アドルは二度三度と深く頷く。

「では、貴方はいつ、毒草が入っていることを確認したのですか?」
「確認した時間ですか? お父様が狙われた後です。パーティが始まる直前まで、私はずっとお父様の隣におりました」

彼女の言葉は正しい。確かにアルミラは、パーティが始まる前まではずっとルミーラの傍にいた。そのため、毒草が入っているのを確信したのは、終わった後と見ていいだろう。

「しかし、そうなるとおかしいですね。つまり、毒殺が試みられたとき、アルミラ様はまだ毒物の存在を知らなかったことになる」
「ええ。もしも始まる前に気付いていたのなら、その時点であの暗殺者たちを逮捕しましたし、お父様に毒を飲ませることもありませんでした」
「なるほど、最もな意見です」

眉の一本も動かさぬまま、アドルは続く質問をした。

「では、アルミラ様。何故貴方は、ルミーラ当主が倒れた折、暗殺者の仕業だとお分かりになったのですか? 貴方はそのとき、毒物の存在を知らなかったとおっしゃっていますが」
「……そ、それは……」

何家かアルミラを庇うような貴族もいたが、アドルたちの並べ立てる物証の数々に、庇いきることは無理だと判断したのだろう。完全に沈黙して様子見である。

「暗殺の噂をかぎつけたのは私ですわ。それに毒は、お父様がよく使う杯に塗られていたと考えられます。それらの噂から、私は暗殺者の仕業だと判断したのです」

筋は通っているように見えるが、甘い。

「ところでお嬢様、一週間ほど前、この家はアーサー卿子飼いの商人が行っていた、闇商売を捕まえたそうですね」
「…………?」

話の流れが理解できなかったのか、アルミラは少しだけ眉をしかめる。目線をちらりとアーサー卿にやってみると、彼は難しい表情だ。

「それで、その商売人の取調べを行ったのは、アルミラがお嬢様が直々だったとか」
「……ええ、そうよ」
「アーサー卿から伺ったのですが、その闇商売に関しての処罰は闇商売人の懲役と商売権の永久剥奪、アーサー卿に対しては他の商売人の調査書の提出と、厳重注意。以上で間違いありませんね?」

――その言葉に、周囲の貴族の何人かが互いに顔を見合わせた。

そう、おかしいのだ。

「人を簡単に殺せる毒物を売っておきながら、その責任者たるアーサー卿に対しては、事実上なんの咎めもなかった。それどころか、数日後に開催されるパーティにもそのまま招待されている。おまけに、その毒物の販売がばれた直後に、売った商売人を捕らえた家の当主が暗殺されるという情報が流れたくせに、アーサー卿をパーティから排除しようともしなかった」

毒物を売ったにしては、刑罰があまりにも軽すぎる。

アーサー卿はジェイブリルとは非常に懇意にしていたようだが、その部分を差し引いたとしても。

もしもアドルがジェイブリル家だったなら、どんなに少なく見積もっても謹慎処分は出すだろう。そうでなくとも、アーサー卿をパーティに出すような真似など絶対にしない。

「そういえばその査問会、毒物の名前、出なかったそうですね」
「…………!」

周囲の貴族がざわめきだした。話のつながりが、なんとなく見えてきたのだろう。

「商売人に対して、毒物のことに関する一切のことを黙秘させるのと引き換えに、刑罰を軽くした……そんな取引でも、交わしたのではないでしょうか」

誰に対しても明確に示せる、はっきりとした証拠はない。あくまで、前後の状況から推測した、言ってみれば状況証拠だ。だがしかし、これだけの不審が並べ立てられれば、嫌でも信じざるを得ない。

「そのようなこと、一切知りません!」

小さなざわめきを切り裂くように、アルミラの金切り声が駆け抜けた。その甲高い声にアドルは眉をしかめるも、それでも質問を続けていく。

「では、誰がルミーラ当主を狙ったと?」
「あの、ベルドとヒオリとかいう暗殺者――」
「――だけは、絶対にありえないんですよ」

アドルの声が、アルミラの悲鳴を遮った。

「彼らがこの街に来ていたのは、あくまで偶然でしかない。仮に必然だったとしても、彼らを雇ったのはビーン様だ」
「それは、彼は知らないと言ったはずです!」
「――それが通じるほど、冒険者ギルドは甘くない」

彼らは、アドルたちの前で。そして、ギルドの事務員であるルーの前で、彼らとベルドを引き合わせたのだ。ギルドに頼めば、簡単に証明書の一つや二つは出してくれることだろう。

「それに、彼らの名前を知っている人。……ベルド・エルビウムとヒオリ・エルビウムをご存知の方。もしもいたら、どうか挙手してくださいませんか」

査問会の傍聴をしている貴族たちを向くと、まずはラードルフの手があがる。それに続いて、ぱらぱらと何人かの手が挙がった。

「なん、ですって……?」
「まあ、運が悪かったね」

もしも全く見ず知らずの冒険者がこんなことをしたならば、アドルたちもこれほどまでに疑うことはなかっただろう。全く関係のなさそうなそこらの冒険者であったくせに、彼らは絶対に暗殺をしないと言い切れた理由……それが、彼らの名声と行動理由の二つだった。

ベルドとヒオリの“エルビウム夫妻”は……ここから遥か離れた遠くの地では、あまりにも有名な冒険者だった。

数年前、ここから少し離れたエトリアという名の小さな街で、大陸の下に広がる樹海が見つかった。

エトリアの統治機関執政院は、大陸中に樹海捜索の触れを出し、数多くの冒険者を集めることにした。

しかし、幾人の冒険者が集まろうと、複雑怪奇な迷宮と凶悪すぎる魔物を前に、次々と打ち倒されるが末路であった。

そして、そんな中――いつふらりとやってきたのか、その始まりは誰も知らない一つのギルドが、迷宮を次々と突破して、ついには踏破してしまったのだ。

そのギルドのリーダーこそが、今現在地下牢に放り込まれている、ベルドいう名の少年だった。この少年と、最初から共に行動をしていた一人の侍の元に集まったのが――二人の仲間と、当時はロードライト姓を名乗っていた、ヒオリだったのだ。

莫大な富と名声を約束されると言われた世界樹の迷宮を突破した彼らは、エトリアの大陸では瞬く間にその名は知れ渡った。ヒオリの身分やらベルドのルーツやら、そういった細かいことまでは知らねども、名前くらいは、多くの場所に知れていたのだ。そしてその名は遠く離れたこの場所でも、冒険者のことを少しでも詳しく調べていれば、やはり名前くらいは入ってくる。

「嘘……」
「“その”ベルドとヒオリが、ルミーラ当主を暗殺する理由がないのさ。これもギルドに伝えれば、二日もあれば証明してくれることだろう」
「くぅ……っ……」
「それに、自分で言うのもどうかと思うけど、私たちはこの地方の冒険者の中では、かなり有名なパーティなんだ。その私たちでさえ知らなかった当主愛用の杯を、どうして流れ者であるベルドとヒオリが知っていたんだ?」

誰がどう見たとしたって、チェックメイトの状況だ。それにこのような裏切りをしたジェイブリルを、ギルドは決して許さないだろう。徹底的に調べるだろうし、今アドルが指摘した以上の不審点も見つけるだろう。そしてもちろん、決定的な証拠さえも。

「今は確かに、決定的な証拠がない。そのため、正式な調査はギルドに任せることになるだろう。だけれど今、君は限りなくクロなんだ」
「…………」
「ジェイブリル家当主の娘、アルミラ・ジェイブリル。冒険者ギルドの名において、父親殺害未遂容疑で仮拘束させてもらうよ」

かつり、と、大きく靴音を響かせて。

アドルは一歩、アルミラの元へと歩み寄った。

 

……が。

「……ふふっ」
「…………?」

余裕に満ちたアルミラに、アドルは小さく眉根を寄せる。アルミラはもう一度笑みを漏らすと、くるりと向き直って優雅に告げた。

「……認めるしか、ないようね」
「――なんだって?」
「そうよ。私が犯人。お父様を毒殺しようと試みた、親不孝者の娘です」

余裕に満ちた表情で、アルミラは丁寧に一礼する。しかし、再び上げられたアルミラの顔には、不敵な表情が張り付いていた。

「……でも、最後は甘かったようね」

つっ、と、唇の端を吊り上げて、アルミラは顔の向きを変える。そして、最も地下室へ続く階段の近くにいた警備兵の方に向かって、鋭い声で命令を飛ばした。

「今すぐ、ベルドとヒオリを引きずり出しなさい! 喉元に槍を突きつけて、完全に動けない状態で縛りだしてくるのです!!」
「――――っ!」

アルミラの命令と、それを受けた兵士達の動きを見て、アドルがまともに顔色を変えた。大半の兵士達は、彼らの予想通り。困惑した表情や、どうしたものかと迷っている表情だ。これに関して言うならば、当たり前の結果である。誰が好き好んで、父親を殺そうとした犯罪者の娘に手など貸すというのだろうか。

だが、その中でも数人の兵士は、迷うことなく駆け込んでいく。そいつらの行動を見て、エドが呻くような声を上げた。

「……何人か、兵士を買収していたのか!」
「その通りよ。ベルドとヒオリを殺されたくなければ、今すぐこの場で、この査問会は茶番だったと宣言しなさい。もちろん、ベルドとヒオリが毒物を塗っていたとの証言つきでね」
「――その必要はねえぜ?」
「――え?」

優越者の表情で取引を持ちかけたアルミラの後ろで、皮肉で陽気な声が響いた。はたと後ろを振り返ると、居合い抜きにも近い状況で剣を抜き放った警備兵が、地下室の扉を空けた男に剣を振るった。そこから生み出された真空の刃が、警備兵の背中をバッサリと切り裂く。衝撃と斬撃に絶叫を上げて階段を転がり落ちる男にしばし呆然とする参加者の前で、警備兵はハーフヘルムを脱ぎ捨てた。

「いよぉアルミラ、また会えて嬉しいぜ……これでもう二度とそのうすらムカつくツラ構え見なくて済むと思うとなおさらなぁっ!!」

ヒオリ・エルビウムが大好きな、絶対無敵で不敵な声。正義の味方ではありえない、むしろ悪の手先にこそ相応しい、豪快で爽快なその態度。その後ろで、同じくヘルメットを脱ぎ捨てた警備兵が、服の中に隠し持っていた大きな篭手をはめ込みながら、後ろのヘアゴムを取っ払った。

「ヒオリ・エルビウム……!」
「…………」

呻くアルミラには答えずに、少女は地下室の扉めがけて、圧殺の術式を起動させる。ぎりぎりと軋んだ地下室の扉が、やがて轟音と共に押しつぶされ、突き崩された。少女は振り返り、無邪気な笑みを浮かべて言う。

「これでもう、さっきの警備兵達は来れないよね」
「くっ……!」

篭手に纏われた少女の魔力が、バリバリと放電現象を引き起こす。十六の少女とは到底思えない途轍もない魔力量に、周囲の貴族や警備兵が、一歩退いた。ヒオリの無邪気な笑みが消え、その隻眼から少女の色が失われる。

「人を道具みたいに利用してさ……! これだから、貴族っていうのは嫌なんだよ!」

型通りの考え方といえば、事実その通りだろう。しかし、彼女はそんな貴族の下で、十六年間虐げられ続けてきた奴隷の娘だった。

「……らああぁぁぁっ!」

可愛らしい気合の声と共に、大ホール中に爆雷が走る。荒れ狂う稲妻はその実緻密な制御を以って、貴族だけを綺麗に避けて警備兵達を打ち据えた。

絶叫と悲鳴を上げて崩れ落ちる警備兵に、ヒオリはちょっとだけ申し訳なさそうな目を向ける。

「ごめんね。でも、まだこの中に、アルミラの味方がいると困るから。アルミラの味方をしていた警備兵には、謝らなくていいよね?」
「お、お前っ……何の罪も無い、至って普通の警備兵を……! お前、それでも人間か!?」
「てめーがゆーな。何の罪も無かった少年少女を牢獄の中にぶち込みやがったくせに」
「何の罪も無かった少年?」
「うっせえよ! つーか牢獄にぶち込まれていた友達相手に、ちょっと冷たくねえかお前!?」
「……トモダチ?」
「そこか!? いや、そこなのか!?」
「……ああ、ちょっと、交友関係を見直そうかと」
「……あの、アドルちゃん。その、なんでそこでわたくしを見るんですか?」

最後の突っ込みはフェイスであるが、一応、ベルドからわざとらしく目を逸らした先が彼女であっただけであり、別にアドルがフェイスに対してそう思っていたわけではない……と、信じたい。そんなアドルとフェイスの横で、ヒオリの超人的なまでの魔力と精神力に苦い顔をしながら、アルミラが唸った。

「そもそも、どうしてこんなところに……! 貴方たちは間違いなく、地下牢に閉じ込められていたはずでは……!」
「ほぉ、知りたいか。……ふっふっふっ、冥土の土産に教えてやろう」
「ベルドさんっ! それは悪役のセリフな上に死亡フラグですっ!」
「……いいよ。ベルド、悪役だもん」

戦で捕らえた捕虜に対しての集団レイプ、どさくさにまぎれた火事場泥棒、そして、正当な持ち主からの奴隷強奪……己のために行き抜くベルドは、犯罪に触れない程度であるなら何でもやるような冒険者だった。そして犯罪に属することでも、やられたらきっちりやり返した。ある貴族から受けた依頼の報酬を払い渋られた際、その貴族の屋敷を三日三晩見張り続け、お忍びで出かけたその貴族にかっぱらいを仕掛けて追われる身になったこともある。

そして実際、アドルやヒオリも分かる通り、ベルドは悪人ぶった態度を取ることが多い。実際に卑怯なことや外道なことに手を染めることも多いため、偽悪者という表現は的確ではないが……ベルド・エルビウムという男は、そういう性格の持ち主だった。

――それもそうだ。正義の味方なんて立ち居地は、どこぞの隻眼ボク少女に惚れてしまった時に、宇宙の果てまで投げ捨ててしまったのだから。

「……あの程度で、俺らを止められるとでも思ったのか?」

その長い冒険者生活に裏打ちされたサバイバビリティを持つ男が、その程度でくたばるはずがない。多少の侮蔑と多大な軽蔑を持って言い返すベルドに、アルミラは唸った。

「……この程度で、勝ったと思わないことね」
「言いたいことはそれだけか? 逮捕される前に、言えることは言っておいたほうが……ってちょっと待ちやがれアルミラ、てめえ一体何やった?」

どこからともなく取り出した槍を、すっと構えるアルミラに、ベルドは思わず、眉を顰める。そして次の瞬間、大ホールの床が膨れ上がり、何かがぼこぼこと飛び出してきた。

「――ミルヴェーラ!?」

真っ黒な、ガスのような形態。腕と思しき部分の先は鋭く尖り、見て分かるほどの禍々しい魔力が充満している。彼ら自身、その姿はそう何度も見たことがない。当たり前だ。この自然界の中では、本来いないはずの生き物だから。

「召喚魔術……」

魔法に詳しいシリィが、小さく呟く。ミルヴェーラと呼ばれたモンスターは、ベルドたちの周りを取り囲むと、じりじりと距離を詰めてきた。その数は、等間隔で十二。アルミラも含めて考えれば、事実上倍以上の兵力差だ。

寄ってくるミルヴェーラを油断なく見ながら、ベルドが周りの貴族に叫ぶ。

「お前らはさっさとこっから逃げろ! 護衛兵たちは、その貴族をしっかり守り通せよ!」
「冒険者風情が、無礼な!」
「うるせえ、さっさと行けっつってんだろ! こいつら相手に、お前らや警備兵じゃ荷が重いんだっつーの!」

この期に及んで面子を気にした一人の貴族に、ベルドは怒鳴る。幸いここにいた貴族は状況判断に優れた人が多いようで、多くの貴族はそのまま撤収して行った。最後に残ったその貴族もぶつぶつ言っていたが、やがてどうにか撤収していく。護衛兵が集団でミルヴェーラを押し留めるその間を、貴族達が逃げ出していく。全ての貴族の撤収が終わると、警備兵もお互いの離脱を支援しながら抜け出していった。ミルヴェーラは特に追うこともなく、今度は一行に向き直る。

「……あいつらは追わないのか。大分素直だな?」
「こうなった以上、どうしようもありませんからね。計画を邪魔してくれた貴方がたと、リーグさんとの結婚を邪魔したお父様を倒したなら、後はおとなしく縛られるとしましょう」
「……リーグ?」

名前に聞き覚えがあったのだろう。思い至った顔になって、アドルがアルミラに問い返した。

「――リーグってもしかして、ライラス家の?」
「……ええ。リーグ・ライラスさん。私の恋人で、婚約もしました」
「なるほどね」

その言葉で、アドルは全てを理解した。ライラス家は、この近くに領土を持ってこそいるものの、かなりの下級貴族である。それなりにいい家であるジェイブリル家とは、父親が結婚を認めなかったのだろう。

「――リーグさんは、私を好いてくれました! わたしも、リーグさんが大好きでした! なのにあの男は、彼と会うことすらせず、下級貴族だからと一刀の元に斬り捨てたのです!」
「……だから、殺そうとした?」
「ええ! それどころか、別の家との子息との婚約をいつの間にかまとめていたのです! 何度説得しても、あの男は会おうとすらしませんでした! しかも舌の根も乾かぬうちに、会いもしないで否定するのはどうだって……! あの男自身、リーグさんと会おうともしなかったくせに!」

語気は強いものの、その目にはしっかりとした光が宿っている。至って正気だが、ある種の狂気というものだろう。だがベルドは、それを一笑の元に切り捨てた。

「何がおかしいの!?」
「別におかしかねえよ。ただ、単純に……」

てめえの事情なんか、知ったこっちゃねえだけで。

「俺がてめえにやることは、牢獄にぶち込まれた借りをきっちり返してやることなんでな!」

 

 

 

 

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