第八幕

人と鍵


「着きましたよ、お二方」
「もう着いたのか、さすがだな」
「思い切り走らせました上に、余計な荷物は一切持っていませんからね。ダッグ家の馬は、なかなか良いものなんですよ」
「そのようだな。そのうち、購入を検討してみよう」

ラードルフから借りた馬で全力移動すること一時間、エドとシリィは依頼を受けたあの街にまで降り立っていた。

「エドさん、シリィさん。我々は、どこで待機していればよろしいので?」
「そうだな……街の出口近辺の、邪魔にならないところで頼む。必要な情報を仕入れたら、すぐに屋敷に戻りたいからな」
「かしこまりました」

ぺこりと御者は頭を下げて、付近の邪魔にならないところに移動していく。その姿を見送ってから、エドは貰った地図を広げた。付近の景色と太陽の残光の方角から現在位置を割り出して、目的地へと歩き出す。もう既に日はほとんど暮れていて、じきに宵闇で分からなくなってしまうだろう。それに、目的地はただの雑貨屋だ。急がなければ店じまいをされてしまう。

幸いにも、エドの方向感覚は目的地を正確に捉えていた。扉を開けると、カラコロと軽快な音がして、二人のことを出迎えてくれる。

「いらっしゃい」

左右に陳列された棚には、羽ペンやインク、紙の束から、小さな手鏡、アクセサリーまで、さまざまな雑貨が置かれている。まあ、そりゃ雑貨屋なのだから、雑貨があるのは当たり前だが。

その道具をなんともなしに見ながら、とりあえずエドはインクを手に取る。アドルが先ほど使ったとき、少し残りが少なかったはずだ。

「こいつを売ってくれ」
「はい、毎度」

値札を見ると、貨幣二つで買える量だ。エドは懐をあさりながら、世間話のように切り出した。

「売れ行きはどうだ?」
「ほほ、上々とはいえませんが、食べていけるだけの利益は出ていますよ。何分、お客様のニーズは常に把握していますからな」
「そうかそうか。具体的には、何が売れているんだ?」
「貴方達自身ですな」
「は?」

言っている意味が分からなくて、エドは少しだけ手を止める。店主は好々爺然とした雰囲気を崩さず、あれですよと指を差してくれた。老爺の指先を追ってと、その先には人間を模した置物が、いくつも陳列されている。

「……なんだこれは」
「この国で話題の『勇者のための四重唱』のメンバーをかたどった置物ですわ」
「はぁ……」

誰が作ったんだこんなもん。頬を微妙に引きつらせながら、とりあえずシリィの置物を手に取り、目の前の本人と比べてみる。ちょっと似ていた。アドルやフェイスの置物もちょっと似ているし、自分の置物もちょっと似ていた。「ちょっと」というのは売り物らしく、顔細工などがやや美形に加工されていたからだ。何故かアドルのものだけは美少年風と美少女風の二パターンが用意されている。

ベルド辺りだったらわざわざ買っていってアドルにプレゼントでもするのだろうが(もちろん美少女風のものを主に悪戯目的で)、しかし一体誰が買うのだろうか。首をかしげるエドを見て、店主は笑いながら教えてくれた。

「貴方の置物は若い女性や元・お姉様方に、アドルとフェイスの置物は若い男性がたまに買って行かれますな」
「はぁ」
「この前など、ある老婆がシリィの置物を十体も買っていかれました」
「…………」

道理でシリィの置物だけが少ないわけだ。売れていないから数を減らしたのかと思ったが、逆に売れまくっているらしい。店主は面白そうな顔で、そうそうと付け加えてくれた。

「今朝方、ある老爺から二十体ほどの予約が入りましたぞ」
「……おい」

大丈夫かその爺さん。シリィ本人も微妙な顔で、最早突っ込んだら負けらしい。エドは懐を再びあさり、貨幣を八つ取り出した。代金として手渡しながら、先の話の続きをする。

「で、他に何か、売れているものは」
「…………」

老人の顔から、好々爺然とした空気が消えた。インクの代金は、貨幣二つだ。エドも真剣な表情で、相手の顔を見つめ返す。そこには既に世間話の空気はなく、鋭く相手の目線を探る、一触即発の空気があった。

「若いの、そっちのお客さんかい」
「インクはインクで必要だったが」

代金よりも、遥かに高い金額で。購入するのは――

「植物、主に毒の系統。ドクゼリやトリカブトがどこで作られ、どこで売れたか。怪しい売れ筋は無かったか。……そうだな、とりあえず、一月分は知りたい」
「……高いよ、若いの。これだけでは、不足じゃな」
「済まない。詳しい相場は知らないのだ」

――情報だ。

「ならば、これだけだ」

追加で出した貨幣は十四。インクの分を差し引けば、情報代だけで二十を出した。

「剛毅だな、お前さん」
「分かっているとは思うが……」
「もちろんじゃ。これだけの料金を前払いで貰ったのだ、これ以上は言わないよ」

相手が相場を知らずとも、ほどほどに退くのも重要だ。エドは相場を詳しく知っているわけではないが、全く知らないわけでもない。仮に知らなかったとしても、必要以上に吹っかけるようでは、いつかは命を狙われる。

情報屋とは、そういう仕事だ。

「毒物の流れや所在に関しては、よく聞かれる話じゃからな。最新の情報を用意してある」
「使用された形跡は」
「どこで使用されたかは知らないが、売れた場所やルートならば」
「十分だ」

情報の価値を決めるのは、鮮度と信用の二つである。他に誰がどの程度知っているかといった独占性は、正にもなれば負にもなる。とはいえ、それで金を貰うような連中が、そんじょそこらの噂を出すとも思えないが。

「一月ほど前までといえば、一週間前と十日前、二十日ほど前の三回だ」
「それで構わない。一つずつ頼む」
「一週間前に買ったのは、冒険者ギルドの使いの者だ。付近を訪れた野草売りから、実験用と言って購入した」
「ギルドの使い?」
「何に使ったのかはよくは分かっていないのだが、手の者を使ってギルドに確認した所、正確に履歴が残っていた」
「なるほど」

となれば、一週間ほど前のは違う。暗殺者が使ったにしろジェイブリルが使ったにしろ、履歴を残しておく間抜けはいない。

「続く十日前は、はっきり言ってかなり怪しい。お前さんら今、“エルビウム夫妻”と行動しているんじゃろう?」
「……さすがだね、情報屋」

隠しても無駄だと判断したのか、シリィが苦笑と共に賞賛する。老人はほほほと謙遜して、エドたちにその“情報”を話した。

「十日前に買ったのは、その“エルビウム夫妻”だ」
「なんだって!?」

シリィの顔から、小さな苦笑が吹っ飛んだ。エドも思わず、老人のほうに問いただす。情報屋はおやと笑うと、二人にこう聞いてきた。

「お前さんら、その情報が欲しかったのかい」
「……それは後から判断する。なるべく詳しく、そして正確に話してくれ」
「毎度あり。気前が良いのとシリィちゃんに免じて、この情報はサービスしとくよ」

エドとシリィの顔を見て、情報屋は小さく笑う。単なる社交辞令だとしても、やはりシリィは老人に人気があるのだろうか。もう何度も考えた、答えの出ない無意味な問いは早々に捨て、エドは情報屋の言葉に全神経を集中する。

「“エルビウム夫妻”の旦那のベルドが、トリカブトを購入したんだ。ただ不思議なことなのは、もう枯れかけた売れ残りを買っていった点だがな」
「……売れ残り?」

トリカブトの毒が強いのは、採りたての新鮮な根っこである。彼らの財布によほど余裕が無かったのならばまだ分かるが、彼らは依頼を受ければその任を全うするはずの二人だ。仕事で必要になったなら確実に新鮮なものを買うだろうし、個人的に誰かを暗殺するんだったら、毒なんかを使うよりも直接殺したほうが早い。そもそも、個人的に誰かを殺す理由も見つからない。

……人に歴史ありとはいうので、何かしらあるのかもしれないが。

「何のために買ったのかは分かっているのか?」
「ああ。あんな毒物など、闇商売でもない限り理由も聞かずに売らないからな」
「だろうな。ベルドはどうするって?」
「曰く、足を怪我した妻の薬にするとか言っていたそうだ。現に、相方のヒオリの姿は無かった」

まあ、それはそうだろう。隣に嫁さんがいる状態で、嫁が倒れたとか説明するような馬鹿はいない。ごく普通の夫婦ならともかく、彼らは色々な意味で有名人だ。

「それの裏は取れているのか?」
「直接使ったところを見ているわけではないのだが、町外れの宿屋に彼らが入ったとの情報があった。このとき、実際にヒオリはベルドに背負われていて、足を怪我していたらしい。長いズボンを着ていたから、実際にそうかはわからないけどね」
「なるほどな……」
「でも、それだったらありえないんじゃないかい?」

と、納得するエドに、シリィの方から待ったがかかった。彼女のほうに目を向けると、シリィは一つの疑問を話す。

「問題は、ドクゼリとトリカブトを配合したものなのだろう? トリカブトしか買っていないなら、ドクゼリはどこで手に入れるんだい」
「……ああ、そうか」

確か彼女は、砂漠の遊牧民族であるオストルムの出身だ。山岳地帯の植物系に関しては、エドほど詳しいわけではない。彼女が図書館に篭もって本を読むような博学家だったらまだしも、コレでアレはないだろう。

「ドクゼリは基本的に、沼地や水辺に自生している。山岳地帯の川沿いでも探せば、ベルドほどの技量があれば、手に入れることは簡単だろう」

普通のセリなら、よく食用にすることもある。食べ物に振ってスパイスにしたり、刻んでそのまま生食したりと、意外と幅広いレシピがあるのだ。エドももちろん食べたことがあるが、普通のセリとドクゼリは、それぞれ非常に近しい場所に自生している。ベルドに見分けられないとするには、少々推測に無理があった。

「ただ、もしもそうやってドクゼリを手に入れていたとしても、トリカブトを手に入れない理由がない。暗殺をするなら毒性は高い方がいいし、金がなかったと考えるならドクゼリ同様自分で採ってくればいい。とはいえ、他の情報が全部駄目なら、その可能性を考えるべきだが……」

そこまで言ってから、エドは情報屋に目を向ける。情報屋はあいよと返事をすると、二十日前だねと確認した。

「この二十日前は、“エルビウム夫妻”に負けず劣らず怪しい情報だ。よりにもよって、闇商売から購入しているんだよ」
「闇商売?」
「ああ。しかも、購入ルートは潰されている」
「……なんだって?」

闇商売自体、足がつきにくい代物だ。その上、わざわざルートまで潰すとは、よほど念が入っている。もう少し、詳しく分からないか。促すエドに、老人は続けた。

「買ったのは、ドクゼリとトリカブトの両方。しかも、両方とも新鮮な奴を、金に糸目をつけずにね。先ほど言った通り購入ルートは潰されていたけど、わしの手の者がぎりぎりのところで調べられたよ」
「さすがだな。使った先は分かるか」
「さぁなぁ……闇商売の連中は、そういうことを聞かないからな」
「……それもそうだな」

聞くのであれば、普通の商売と変わらない。金さえ積めばなんだって売る、そういった連中が『闇商売』の商売人に分類される存在だからだ。

「どうだ、問われた情報については、知っていることを全て話したつもりじゃが?」
「十分だ。そうしたら、俺たちはここで失礼……お、この羽ペン、なかなか上質なものじゃないか。ついでに、これも売ってくれ」
「はい、毎度〜」

 

 

 

 

 

「ヒオリちゃん、ベルド君、いるかい?」
「あ、ジスタル様!」

一方その頃、エルビウム夫妻の閉じ込められている牢屋では、待ちに待ったジスタルが夕食を持ってやってきた。トレーを乗せたワゴンががらがらと運ばれており、その下には例のボウルが置かれている。

「これが今日の夕食だ。それと、話にあったボウルだね」
「ありがとうございます。ベルド、ボウルも届けられたよ」
「見りゃ分かる。世話かけたな」
「いやいや、さすがに君らが当主を暗殺するなんて思うほど、僕だって馬鹿じゃないよ。それはそうと、本当にそんなものでいいのかい?」
「まあな。しっかし、牢獄の飯なんて久しぶりだな」
「……久しぶりって、君は牢屋に入れられたことがあったのか?」

半ば以上興味だろうが、ジスタルはベルドに聞いてくる。ベルドはおうよと苦笑すると、軽くその体験を話してやった。

「冤罪だぜ、ありゃ。いきなりいちゃもんつけられて、訳も分からず牢屋行きよ。後からしっかり調べてくれて、助かったけどな」

夕食のトレーを受け取りながら、ベルドはそれを地面に置く。どっかと座り込むと、ぽりぽりと軽く頬をかいた。

「四年ぐらい前によ、フォルクスとリグレイルで戦があったろ? 俺さ、あの戦に、傭兵として雇われたんだけど」
「ああ、あれか。割とすぐに停戦したって話だね」
「そりゃ、戦は費用がかかるからな。総力戦なんてそうそうしねーよ。最初の野戦と次の攻城戦で勝利して、次の野戦でも勝利を収めて、村二つを攻め落として、片方の村を返す代わりにもう片方の村と賠償金をぶんどって、確か戦は終わったんだろ」
「勝ったというと、じゃあ君はフォルクス側で参戦したのか」
「ああ。何人斬ったか覚えちゃいねえが、コールとかいう奴は強かったな」
「コール? コールって、あのコール・ラヴィエスかい? ある傭兵に阻まれて、野戦で命を落としたとは聞いているが……まさか、倒したのは君だったのか」
「あー、殺った殺った。地面にはいつくばった振りをして相手に砂を投げつけて、目がくらんだところを一閃で首を斬り落としたな。別に一騎打ちしていたわけじゃなかったし、手柄を掠め取ったに近かったんだが」
「……まあ、戦なんてそんなことは往々にしてあるか。それで、それのどこが冤罪で牢屋行きになるんだい?」
「村を攻め落としたとき、交渉の材料にするために占居したのさ。片方はリグレイルに返すため、もう片方はフォルクスがもらうため。俺ら傭兵はリグレイルに返す方のものを占居した。もらう側のは、正規兵の連中だな」

その言葉を聞いて、ジスタルの眉がしかめられた。傭兵は通常、金で買われた雇われ兵のため、最前線をはじめとする危険な場所に送られることが多く、サポートも後回しにされがちである。これに対する「危険手当」として、傭兵は多くの略奪行為を働くという。家を燃やし、財産を奪い、男は捕虜にし、女は犯す。それで、自分たちの領土にするつもりのない、相手に返す村を占拠したということは……

「形だけでも残しておかなきゃならなかったから、報酬を上乗せされる代わりに、家を燃やすことは禁じられた。財産を奪うことも禁じられたし、捕虜を取ることも禁止された。まあもちろん、占居しなきゃならなかったから、一時的には取ったけどな。ちゃんと一人残らず、無事に帰すよう言われただけだ。もちろん、女を犯すことも禁じられたよ……半分だけな」
「……半分……」

半分は、国によって保障された。しかしもう半分は、傭兵たちの慰み者として、見捨てられた。

「半分は、ちゃんと共同管理所に送ったぜ。報酬がもらえなくなっちまったら、こちとら飯の食い上げだしな」

傭兵は正規兵よりも忠誠心は低いし、下手すれば金で裏切る可能性もあるため、非常に不安定な兵力でもある。だが、戦はそう珍しいものでもないため、傭兵を雇い入れる必要性は大きく、機会も決して少なくない。戦が終わった後、きっちりと報酬を払わなければ、誰も雇いに応じてなどくれないだろう。

それに、基本的に傭兵も信頼雇用である。簡単な範囲ではあるけれども、傭兵も雇い入れる際には素性が調べられるのだ。ほいほい裏切っているなどという前科があっては、そもそも雇ってなどくれない。だからといってはおかしいが、国と傭兵との間には奇妙な信頼関係があった。そのため、切羽詰ったときでもなければ国の命令を裏切らないし、ある程度を保証している限りは、劣らぬ働きをしてくれるのだ。

「だから、ちゃんと送ったよ。半分だけはな」

にぃっ……という、酷薄な笑み。博愛家の人や、ある程度の教養を積んだ人。そして、この世に暮らす大半の女性。およそ許しがたい残酷な笑みだが、ベルドは話を割愛した。

「ま、それはそれとして。で、その後、どうやら犯った女の一人が、どこぞの貴族の跡取り様に、めちゃくちゃ気に入られたらしくてな。玉の輿っていう奴か? めでたくも結婚までこぎつけたんだと」
「……大体、話が見えてきたな」
「ああ。どんな手を使ったのか知らないが、その跡取りはめちゃくちゃ怒ってな。私兵団を使って、復讐を果たそうとしたんだ。とはいえ、所詮はまだ跡取りの段階だから、動かせる力はそんなに多くないんだけどよ。運悪くその貴族の地方にいた俺は、畑泥棒がどうのとかって勝手ないちゃもんつけられて、あっけなく捕まっちまったのさ」

まったく、俺もついてねえぜ。なんにもわりいことしてねえのによ。そう続けるベルドからは、罪悪感の欠片も見当たらない。本当に心の底から、悪いことなどしていないと自信を持っているのだろう。

「にしても、私兵団駆り出すほどの問題かよ。たかだか数人がかりで押さえ込んで、初物の女を引き裂いて輪姦しただけだろ?」
「……それって、大問題なんじゃ……」

ここに居たのがフェイス辺りだったらこの男の下劣で低劣な思考回路に怒りをあらわにしただろうが、幸か不幸かいなかったので、ベルドはそのまま話を続ける。

「なんだけど、そこの当主、勝手に私兵団を使ったことには怒ったらしいぜ。どういうことだかきっちり調べて、俺が捕まった理由もしっかりさかのぼって調べてくれたらしい。どうにかこうにか、畑泥棒だって冤罪は晴れて、そのまま外には出れたんだ」
「……息子の妻となった女性を強姦した男に、怒りは沸かなかったのかな?」
「沸いたんじゃないか? だけど、俺が捕まったのは、隣の領土とのほぼ境目だったんだ。それに、向こうだって貴族とはいえ、世情は知っている。殺すわけには行かなかっただろうし、冤罪で捕まえられてた上に処刑したなんて事が迂闊にも漏れたらまずいだろ。特に、隣の領土にはさ。歯がゆかっただろうが、逃がすしかなかったんじゃないか」

もちろん脱獄の準備は整えていたが、あえてベルドはそこには触れずに話を流す。

「おかげさまで、当分あの辺には近づけねえんだろうけど」
「……やれやれ……」

分かりたくはないのだろうが、おそらく分かってしまうのだろう。ジスタルは首を振りながら、受け渡し口からボウルを入れる。

「何に使うのかは聞かないけど、二度と女性にはそのようなことはしないことだね。今回みたいなことになったら、今度こそ君は殺されちゃうよ」
「ああ、やんねえやんねえ。今は別にヒオリがいるし、頼めば相手してくれるから」

たまに頼まなくても相手してくれるときがあるのだが、「それ」の処理をヒオリ以外ですることを禁止されてしまい、風俗に行くのも自分で処理するのも駄目という束縛を受けてしまっては、嬉しいやら嬉しいやらだ。まあ、要するに嬉しいのだが。前者はそれほどまでに愛されているという意味で、後者は主に性的な意味で。

「とりあえず、ボウルありがとな。助かったぜ」
「ああ。この牢屋の見回りは、基本的に三十分おきだ。とりあえず、片方を見張りに立てておくといい」
「感謝するよ、ジスタルさん」
「君とヒオリちゃんだからだ。ただし、この協力をする代わりにヒオリちゃんを一生大事にすること。いいね?」
「おう」

しないという答えはない。逆にこの協力をする代わりにヒオリをよこせとでも言われたら、ベルドは意地でも拒むだろう。軽佻浮薄であるくせに、その実相当な愛妻家なのだ。ジスタルは安心した笑みを浮かべると、それじゃあそろそろ失礼するよと、牢獄を歩き去っていった。

「さてと、それじゃあ、メシを食って始めるか」
「ん」

適当なところに座ったベルドの、すぐ隣にヒオリが座る。強姦云々の話をしたのに、彼女は怖くないのだろうか。それとも、信頼しているからか。

「ごろごろ、ごろごろ」
「どした?」

一生大事にしろとの言葉に、ためらうことなく即答したのが嬉しかったらしい。喉を鳴らして擦り寄ってくるヒオリの頭を抱き寄せてから、ベルドはそっと手を離した。

ちなみに、牢屋の食事は思ったほどは悪くはなかった。

 

 


 

 

 

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