第七幕

反撃の狼煙


「犯人が持っていた毒? そんなものを聞いて、どうするというのだ?」
「ええ、そのことなのですが……」

事件が起こって一時間、何事もなければ(参加者たちは)楽しくパーティを楽しんでいたはずのこの時刻。『勇者のための四重唱』の一行は、アルミラのすぐ近くに控えていた警備員に声をかけていた。

「この事件、ベルドたちが逮捕されて終わりということはないはずなんです。詳しく述べると難しいので省略しますが、何か裏がある可能性があります」
「確か君らは、パーティの警護と暗殺者の特定を依頼されたのだろう? 失敗したからってこじつけるとは、少々卑劣な行為ではないか?」
「その『裏』が、冒険者ギルド全てを敵に回す行為だとしてもですか」
「組織を持ち出して脅迫をかけるとは、冒険者ギルドも落ちぶれたな」
「…………」

はっ、と鼻で笑われて、アドルは思わず怯んでしまう。こいつら、冒険者ギルドの存在意義を理解していないのか――? 思わず眉をしかめるが、どうやらそうではなかったらしい。

「まあ、いい。本当にそうだった場合、ギルドは敵にするべきではない。それにお嬢様の警護は、われわれの仕事となるからな」

どうも見下されている感じが否めないが、依頼に失敗した冒険者の扱いなどはこんなものだ。割り切るアドルに、警備兵は話す。

「どうやら、ドクゼリとトリカブトを、上手く調合したものらしい。どこから手に入れてきたのかは知らないが、そんなものをみすみす残すような暗殺者も、間抜けだとしか言えないがな」
「はい、ありがとうございます」

ドクゼリにトリカブト。いずれも野草の中ではトップクラスに猛毒で、吐き気や腹痛、下痢に痙攣、呼吸困難も引き起こす。トリカブトの場合は呼吸が困難どころか麻痺になり、新鮮な根を使っていれば一グラムで死亡する量だった。まあ、杯に塗られていたんだか酒に仕込まれていたのかは知らないが、基本的に根に含まれる成分だから搾ったならそれなりの量に――

「……杯に、塗られていた?」

ぴん、と、ある可能性に思い至り、アドルは思わず眉をしかめた。そういえばあのパーティの中、狙い済ましたように当主だけが苦しんだ。となれば、どのような形であるにせよ、暗殺者はピンポイントに当主だけを狙えたのだ。

「もう一つ、教えてください」

その可能性を核心に変えるべく、アドルは警備兵に質問する。

「あの酒って、全員同じものを注いだのですか?」
「そこまでは知らない」
「……それもそうか」

すげない返事を聞き、アドルは思わず納得する。台所の警備でもしていたわけでもない限り、そんな事情まで知っていては逆に警備不届きだ。失礼しましたと謝るアドルに、フェイスが質問を引き継いだ。

「それなら、当主がパーティ等の時に、必ず使うような杯みたいなものはありますか?」
「それはあると聞いたことがある」

やわらかく聞いてくる女性に対し、警備兵は肯定の頷きを返した。フェイスが助かりましたと頷く前で、アドルは他に聞くことがないかを考え直す。しかしながら、特に続ける質問もないので、礼を言ってから素直に引き上げることにした。

「恐れ入ります。冒険者ギルドの名にかけまして、必ずや真犯人を暴き出します」

深く頭を下げ、四人はその場を離れていく。適当な所まで離れながら、アドルはパーティの出席者達を思い浮かべた。その中に知っている顔があったことに頷くと、アドルは割り当てられた部屋へと戻る。さすがにベルドとヒオリの部屋は、警備兵があちこち調査していた。

荷物の中から羊皮紙を引き出し、アドルはその紙にさらさらと何かを書き付けていく。それを丁寧に折りたたむと、エドとシリィを呼び寄せた。

「エド、姐さん。ちょっといいかな?」
「なんだ?」

やってきた二人に、アドルはそれを依頼する。

「今から、私たちが依頼を受けた街まで戻って欲しい。そこで、情報を集めて欲しいんだ」
「今からか? 往復するだけでも、明朝になってしまうぞ」

少年の依頼に、眉を顰めたのはエドだった。今の時刻は午後の四時。あの街からこの屋敷までは、馬車で二時間程度の道のりだった。足の速いエドだとしても、行くまでには二時間半はかかると見ていい。

そして今回は、一見犯人は捕まっているのだ。今晩はどうやらパーティの客は泊まっていくようであるが、今の時刻と距離の都合から考えれば、ジェイブリルの考えを暴いて戻ってくるまでに日は変わり、客は解散してしまう。仮に本当に暗殺者がいて、ジェイブリルはそれに協力していただけだとしたら、その暗殺者を突き止める前に人々は解散してしまうのだ。

そんな懸念は、アドルももちろん分かっていた。難しい顔をするエドに、アドルは書き付けた紙を渡す。

「馬で急げば、時間は大分短縮できる。後はこの紙に書いた場所と君が知っている場所を、探してくれれば十分だ」

書き付けたのは、依頼を受けた街の簡単な地図。右下に書いた幾つかの名前に目を通し、エドは納得の表情を顔に浮かべた。シリィはよく分かっていないようであるが、エドが分かれば十分だ。

「だが、その馬はどこにあるんだ。誰か出席者から借りるのか?」
「それが一番早いからね」

ビンゴらしい。それなら、誰から借りるんだ。問いかけるエドに、アドルは答えた。

「別に、誰だっていいんじゃない?」
「は?」
「『寄越してくれなきゃ、二度と冒険者ギルドで依頼なんか受けないぜ』とでも説得すれば……」
「……それのどこが説得なんだい?」
「アドルちゃん……その台詞は悪役のものです……」

その答えに突っ込みを入れたのは、シリィとフェイスの二人だった。それに対して、アドルはてへっと笑ってごまかす。それが女の子に見えるというのは、本人気付いてないらしい。

「冗談は置いておいて」
「嘘です。アドルちゃん、今の絶対本気でした」
「冗談は置いておいて」

ぼやくフェイスを、アドルは力技でねじ伏せる。

「今は多分、来賓用の部屋の一つにでもいると思うよ」
「誰がですか?」
「もちろん、こういった場では協力してくれる貴族の一人……」

――オルシス領主、ラードルフ氏だ。

告げたアドルに、仲間達は納得がいったように頷いた。

 

 

 

 

「ラードルフ様」
「おお、お主らか。大変なことになったな」

幸運なことに、ラードルフはすぐに見つかった。軽く会釈をしながら近づくと、ラードルフも彼らに向き直る。

オルシス領主、ラードルフは、かつてダッグ家という貴族の家で沸き起こっていた吸血鬼騒ぎの折、依頼を受けて世話になっていた家だった。詳しい挨拶や近況報告、シリルとイレーネ云々の話はパーティ前に交わしてあるので、単刀直入に用件に入る。

「ここに来る時に使用していた、馬を貸していただけませんか」
「また唐突だな」

くつくつと、愉快そうな笑みを浮かべてくる。アドルたちは知らないが、ラードルフは彼らのことを気に入っていた。

「まあ、犯人が捕まった時、お主らは相当意外そうな声を出していた。あの声はなかなか愉快だったぞ」
「…………」

丸め込んだわけではないのだが、アドル達は吸血鬼を退治するときにそれなりにラードルフを潰してしまっている。小憎たらしいその笑みに微妙な感情を覚えたアドルだが、そこはスルーして話を続けた。

「あの場で逮捕された犯人は、私達と共に行動していた“エルビウム夫妻”です」
「……なんと」

ジェイブリル家とは違い、ラードルフは公務で冒険者を雇うこともある。ワイルドカード的な活躍を必要なときに必要なだけやってもらえる『冒険者』というものを、彼はむしろ積極的に利用していた。

そのため、実際に依頼したかどうかは兎も角として、有名どころの冒険者はその大半を知っているのだ。

「エトリアという街の冒険者で、英雄の立ち居地を捨てて旅立った“エルビウム夫妻”が?」
「ええ、その“エルビウム夫妻”です」
「ある事情で困っていた村人が、宿屋に滞在中の彼らを訪ねてみたところ、とても冒険者には見えない光景が広がっていたという話も、聞いたことがあるな」
「はあ」

いったい何を見たというのだ。自分達が言うのもどうかと思うが、彼らもまた、かなり特殊な冒険者だ。普通、魔王級の相手を打ち倒したのならば、富と名声を手に入れて暮らすのが定石である。なのに彼らは、無限の栄光に背を向けて、たった二人で旅立ったのだ。

……ちゃっかり金は貰ったらしいが。

まあ、基本的に富と名声を求めて集まる「世界樹の迷宮」に(金を求めてやってきたベルドはともかくとして)逃げ出した先がたまたまそこだったヒオリだの、修行の場を求めてやってきた侍だのが集まったパーティが突破したなら、無理もないといえば無理もない。ツァーリとかいう仲間は名声を手にしたらしいが。

「しかし、確かに彼らが“エルビウム夫妻”だというのなら、ジェイブリルの当主を暗殺するなどとは考えられんな」
「私もそう思います」

もしも彼らの行動理由が本物なら、暗殺などをするはずがない。貴族への意趣返しという可能性もないわけではないが、正直無理がありすぎる。

「だが、彼らが騙りということは考えられんか? この地方のギルドには登録をしていないようだし、彼らほどの有名どころといえば、騙りもかなり多いだろう」

名声や名誉にあやかって、名前を騙る無法者もいる。ルミーラに恨みを持つ者がベルドやヒオリに成りすまし、暗殺を狙っていたのなら、話は根底から崩れてしまう。あくまで「考えられない」というのは、彼らが本物だった場合のみだ。

今回もその類ではないかと疑ってくるラードルフだが、アドルはそれを否定した。

「少なくとも、ヒオリは本物でした。フェイスが身ぐるみを剥いで確認しましたから、間違いは多分無いでしょう」
「誤解を招く発言をしないでくださいっ!」

言っていることは間違っていないが、単に風呂に入っただけだ。悲鳴を上げるフェイスであるが、それを頭から信じるには、悲しいかな日頃の行いが……ラードルフにはバレてないから大丈夫か。

「それで、本物のヒオリがべっとりと甘えているのなら、ベルドも本物で間違いはありません」
「なるほど」

ラードルフにはヒオリを裸にすれば本物か否かを見分けられるのかは知らないのだろうが、とりあえずこの凄腕冒険者の一団が言うことを信じることにしたらしい。鷹揚に頷き、懐から何かを差し出してくる。

「これを渡せば、馬を貸してくれるだろう。吸血鬼の物語同様、ハッピーエンドを期待している」
「ええ。可能な限り、善処します」

無駄な大口は、やはり吐かない。ラードルフは微笑を浮かべたまま、ちょっと意地悪な確認をする。

「ということは、お主らは今回は、彼らの物語を歌うつもりだったということか?」
「いえ、今回は偶然でした」

おかしそうに言うラードルフに、アドルは苦笑と共に答える。共に依頼を引き受けたのが有名どころの二人だったからこそ、アドルたちもすぐに裏があると見抜いたのだから。

ラードルフに例をいい、アドルは貰ったものを渡す。エドとシリィはそれを受け取り、すぐさま部屋を後にする。

アドルとフェイスも、次の行動を開始した。

 

 

 

 

「とは言ったものの、とりあえずはここを脱出しねえと話になんねえな」

牢獄の外を睨み据えて、ベルドは低い声を出した。隣のヒオリも、こくりと小さくうなずきを返す。

扉と窓に嵌まっている鉄格子、さらには床にも、満遍なく魔力防御が施されていた。しかしながら、床の材質は木製で、頑張ればどうにか切れそうである。

「ヒオリ。この魔力防御、突破できるか?」
「……ごめん。さすがに、無理だよ」
「……だろうな。牢獄に使う魔力防御なんて、よっぽどしっかりしてるもんだ」

なにせ脱獄を防ぐため、高位の魔術師が数人がかりで、しかも魔法発動の手助けとなるアクセサリーや呪符なんかをふんだんに付け、さらには魔法陣まで描いて綿密に構成しているのだ。そんじょそこらの人間では脱獄なんて不可能である。ヒオリだって精神を集中すれば突破できるかもしれないが、発動の媒介となる篭手まで奪われている状況では、さすがに分が悪かった。

「なら、相殺は?」
「……直径で、一メートル。多分、そのぐらいの円が精々だと思う」
「上等だ」

この効果範囲を聞けば、並の術者は腰を抜かすことだろう。一般的な冒険者では、杖持ちであったとしても十センチそこらが限度である。それを一メートルも作れるヒオリは、やはり超一流の術者だった。

「だったらそれを、七十センチぐらいまで絞ってくれ。残った魔力は、俺の武器に」
「武器? だって、取り上げられちゃったよ?」

仕込んでいた分も含めて、だ。ここに来る前、何十人の警備兵に見られながら囚人服に着替えさせられた。靴に仕込んでいた分も、服の裏に入れていた分も、服ごと取り上げられている。

が。

「ふっふっふっ、この俺様を舐めるんじゃねーぞ」

ベルドは不敵な笑みを漏らし、ヒオリに背を向けてズボンを少しだけまくり下ろす。なにやってんのと思わず叫んだヒオリを無視し、ベルドは下着に手を入れて……

「あーっと、『たまたま』こんなところにバタフライナイフが」
「……ベルドらしい下品な隠し場所……」

そこまでやる――というか、そこまで用心深くしないと生きていけなかったベルドの冒険者っぷりに、ヒオリは頭を抱え込む。とりあえず、その辺のベルドの行動には後から突っ込みを入れるとして、ヒオリはナイフに魔力を通した。アレが直に触れたナイフに直接手を触れることに全く抵抗を感じないのは、奴隷で鍛えられた数少ない技能の一つだ。もっとも、ベルドのものだからということもあるのだろうが。

ナイフに魔力を通し終わると、ヒオリは床に魔力を流す。こくりと頷いたのを見て、ベルドはてきぱきと床を切り取っていく。ナイフなのにもかかわらず、驚くほどの手つきである。

「よし、切れた」

すっぱりと床を切り取り終えると、ベルドは床下に飛び込んでいく。床下は普通の土であり、固められてはいるものの、刃が立たないことはなかった。

「へっへっへっ。牢獄を地下に作るから、こんなことになるんだ」

とは言ったものの、ナイフでやるのは骨が折れるな――不敵な笑みをちょびっとだけ引きつらせつつ、ベルドはやれやれと首を振る。とりあえずナイフを奥まで入れて、土を引っかきだしてみた。しかし、扁平な上に真っ直ぐの刃のためか、ろくに土は出てこない。

しょうがねえ、長期戦か――はぁ、とため息をついたベルドだが、そこへヒオリの少し焦った声がした。

「ベルド、出てきて」
「分かった」

看守でも来たか。そう思って、ベルドはすぐさま床へと戻る。床はすり鉢状に切っているので、開いた穴は床を載せれば普通に隠せる。ナイフを再び隠しながら耳を済ませると、少しずつ音が近づいてきた。看守か、それとも別の誰かか――鋭く睨みつけるベルドの前で、そいつは姿を見せてくる。

「――あ!」

と、ヒオリの顔が輝いた。鉄格子の前まで行くと、嬉しそうに名前を呼ぶ。

「ジスタル様!」
「やぁ、ヒオリちゃん。とりあえず、元気そうで何よりだね」
「ん? 様?」

顔をほころばせるヒオリが呼んだ名前と、相手方の好意的な反応。知り合いなのだろうかと思いながら、ベルドは男のところへ近づく。

背の高い、少し痩せ気味の男だった。年の丈は恐らく、四十程度か。服装や格好から、使用人の類だと推測できる。そんな、穏やかな雰囲気を持つ男は、ベルドのほうに向き直り、小さく頭を下げてきた。

「始めまして。君がベルド君だね。ヒオリちゃん同様、風の噂で聞いているよ」
「……あんたは?」
「僕はジスタル。前までアーティミッジに勤めていて、奴隷の世話役をやっていたんだ」
「はーん、なるほどねー……」

そういうことなら、納得である。ふむふむと何度か頷いて、ベルドはジスタルに会釈した。この世界、迂闊に鉄格子に触れでもしたら、何が起こるかわからない。

「ま、知ってるみたいだけど、一応。俺はベルド。ベルド・エルビウム。なんつーか、このちっこいのが余計ちっこい時に世話になったみたいだな」
「ちっこいのって言うな!」

拗ねたように突っ込むヒオリに、ベルドは薄く笑うだけで答えない。対してジスタルも、微苦笑を浮かべてそれに答えた。

「まあ、どこにでもいる奴隷の一人だったけどね。基本的に発育は悪かったし、やっぱり怖いんだろう、みんな大人しかったからね」
「喜んでいいのか悲しむべきかが微妙だな」
「ふふ。結構、可愛らしかったり綺麗な奴隷さんもいたよ。何人か買って、ハーレムなんてのをやってみるのもいいんじゃない? 男の夢っていう奴で」
「勘弁してくれ……」

ヒオリみたいにトラウマがある奴をゴロゴロ連れても嬉しくないし、女の子の奴隷なんて買った日にはヒオリの反応がやばすぎる。なにせ、動物にも触れ合える宿みたいなところに宿泊した時、あぐらをかいた膝の上に猫を乗っけて可愛がっていたら、ヒオリはその猫をどけて自分が座ってきたほどなのだ。はっきり言って身が持たない。

可愛がるのは、ヒオリで十分。パートナーも、ヒオリで十分。お世話をするのも、ヒオリで十分。お世話されるのも、ヒオリで十分。いちゃいちゃするのも、ヒオリで十分。えっちをするのも、ヒオリで十分。その他もろもろ、ありとあらゆる全てのことが、ヒオリで十分すぎるのだ。というか、ここまで好かれまくって溺れるほどに愛されまくっているならば、とっくに幸せいっぱい胸いっぱい、これ以上何かは望まない。

「……ま、それはそれとして」

ジスタルの言葉に一度は苦笑するベルドだったが、ともすれそういう繋がりがあるならありがたい。ベルドは表情を引き締めて、ジスタルに協力を依頼する。

「今は、ここで仕事を?」
「そうだね。ヒオリちゃんが逃げちゃったら、教育不届きで首になってしまったんだ」
「ぁぅ……」

ヒオリが、小さな声で唸る。どうやらジスタルという人は、優しくて温和な人だったらしい。裏切ってしまったことに気が重くなってしまったのだろう、ヒオリはジスタルに提案する。

「あの、ボクの報酬、全額持って行ってください……」

ちょっと待てい。思わず突っ込みを入れそうになるが、すんでのところで踏みとどまる。それだと完全にくたびれもうけじゃねえかと思ったベルドであったが、そこまで言うということは、よほどジスタルには懐いていたということだろう。彼がいなければヒオリはもっと大変なことになっていたかもしれないと思い、納得いかないが溜飲を下げてやることにする。というか、報酬が出ない可能性は考えていないのか。

「――まあ、いいや。今は、看守をやっているのか?」
「いや、雑務全般をやっているよ。食い扶持は稼げているし、悪い仕事ではないかな。ヒオリちゃんにも、再会できたことだしね」

申し訳なさそうに笑うヒオリに顔を向け、ジスタルは穏やかな笑みを浮かべる。ヒオリが頭を下げる横で、ベルドはふぅむと確認した。

「てえことは、俺らを外に出すことは出来ないんだな?」
「僕の権限では、なんともね。それに、出しても今は疑われて、牢屋に戻されるのが精々だよ」
「だろうなぁ……」

言われなくても、それに関しては予想がつく。それなら一体、彼には何が任されているのか。聞いてみると、割と的確にジスタルは答えた。

「牢屋に来るのは、食事を運ぶ時ぐらいだろうね」
「明確な返事で助かる。食事を作ることはしないんだよな?」
「僕はしないね。それは、コックの仕事になるから」
「……了解」

苦い顔で、ベルドは頷く。そのまま考えること十数秒、ベルドは別の方から攻めた。

「それなら、何かカップみたいなものを調達してくることは出来ないか?」
「カップ?」
「ああ」
「それなら、つい昨日のことだが、調理場でボウルが欠けたらしくて、捨ててしまったみたいだな。家の裏にあるだろうけど、持って来ようか?」
「最高だ。是非とも持ってきてくれ」
「分かった。それなら、次に来れそうな時にでも持ってこよう。あまり長くいると怪しまれるから、そろそろ戻るよ」
「ああ、ありがとう」
「ありがとうございました」

目線を後ろにやったジスタルに、ベルドとヒオリは頭を下げる。ジスタルはなるべく急いで持ってくるよとだけ言い残し、その場を後にしていった。ジスタルの姿を見送ると、ようしとベルドは唇の端を釣り上げる。

「少しは運が向いてきたみたいだな。後はジスタルが密告でもしないことを祈りつつ、ボウルが来るのを待ちましょうかね」
「えへへ。お元気そうで、良かったな」

そういえば、彼女は借りられた家から逃げ出したといっていた。となれば、その家に借りられる前が、ジスタルと会った最後であるということだろう。

とは、いえ。

「いい笑顔だったな、おい。俺が同じく女の人に様付けでもして笑顔でも浮かべてりゃ、自分は嫉妬するくせに」
「う……」

意地の悪い少年の笑みに、やきもち屋さんはうろたえ始めた。

 


 

 

 

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