第六幕

始まった陰謀


「…………」

翌朝。『勇者のための四重唱』の男子部屋では、微妙な空気が漂っていた。背中を向けて静かに佇むアドルの様子が恐ろしくて、エドはそろそろと着替えを始める。

「ねえ」
「……なんだ?」
「これ、ベルドの嫌がらせかな?」
「……それは多分無いと思うぞ」

怒っている。

ものすっごく、怒っている。

それも、無理はないだろう。

彼らは依頼を受ける時に、娘のアルミラから『父に余計な心配をかけさせたくないので、パーティ会場には武器や大きな荷物は置いていってください』と頼まれていたのだ。しかしながら、いつも通りの格好で行けば、むしろ怪しまれるのは必定である。そこでアルミラは、彼らにパーティ用の衣装を準備してくれたというわけなのだが……

「……ねえ、エド」
「……なんだ?」
「この、届けられた衣装だけど……」

アドルが、ゆっくりと振り返る。

同性であっても思わず見とれかねないほどの笑みなのに、壮絶な戦慄が背筋を走る。

そして、アドルは――

「……なんで、男女のものが、一つずつ用意されているんだ?」

――エドには分かっている理由なのに、絶対に言えるはずもないことを、にこやかな笑みで言い放った。

 

 

「…………」

そう。

そういうことなのだ。

この部屋に届けられた衣装箱は、大きいのと少し小さいのが一つずつ。とりあえず大きい蓋を開ければ、男性の衣装が入っていた。身長はエドの方が高いので、特に気にせずそれを取り出す。

――が、小さめの蓋を開けてみると、見紛う事なき綺麗なドレスが入っていた。

「…………」
「…………」

いたたまれない沈黙が、部屋の中を流れていく。ついでにエドの背中の上を、冷や汗が滝のように流れていく。色男も台無しの気がするが、この状態のアドルと一対一で向き合っていれば、そうなってしまうのも頷けた。

しかし、ベルドの奴はよくもまあこんなジョークを飛ばせていたな――妙な所に感心しつつ、エドはアドルに進言する。

「向こう側の、手違いじゃないのか? とりあえず、使用人に申し付けるか……」
「うん、そうだよね。手違いだよね」

それで、納得がいったように――いや絶対納得していないのだが、アドルは何度も頷いていく。そのまま、鼻歌でも歌うんじゃないかって笑顔のまま、部屋の扉を軽快に開けた。

と。

「……あれ?」

同じタイミングで部屋を出てきた、ヒオリ・エルビウムと目が合った。ヒオリの手には小さな衣装箱が持たれており、ちょうどアドルと同じような状態である。ヒオリはアドルの顔を見て、それから衣装箱に目を向けて、自分の衣装箱に目線をやると、微妙な顔で向き直った。

「……ねえ、アドル」
「……なんだい?」
「その衣装箱の中なんだけど……もしかして、女物?」
「…………」

いつもだったら自分の頬は、『ぴきっ』とかいう効果音と共に引きつっていたことだろう。が、ヒオリの浮かべるやりきれない表情が、答えを直感的に知らしめる。

ヒオリと同じような表情を浮かべ、アドルはヒオリに確認する。

「じゃあ、君の持っている衣装箱の中身は……」
「……アドル……」
「……なんだい?」
「……交換しよっか……」

ヒオリの髪はセミロングだが、格好は中性的な服装を好む。ボディラインは出なくもないが、元々奴隷だったこともあり、成長期にまともな栄養も摂れなかったためか、非常に貧相な体つきだった。挙句、失明していた右目の上に捺された焼印を隠すために、常に眼帯をかけていたり、露出を徹底的に抑えた長袖と長ズボンが基本の格好だったりと、そのせいで男の子に間違えられることも別に珍しくないらしい。

自分が持っていた情報と、目が傍線になっているヒオリの顔が、何よりも雄弁に答えを語る。。一言たりとも言葉を交わさず、アドルはヒオリとお互いの衣装箱を交換した。

「ねえ、アドル」

中身を、確認して。内心で頭を抱え込んだその先で、ヒオリは愛らしい笑みを浮かべる。

「これ別に、ボク達の性別を間違えたわけじゃないんだよね?」
「え?」
「たまたまボクの部屋に届ける衣装が、アドルの部屋に届いちゃっただけなんだよね」
「もちろんだ」

その言葉に、アドルも綺麗な笑みで返す。

「そして、私の部屋に届くはずだったこの衣装が、君の部屋に届いたんだな」
「入れ違いってやつだよねー」
「そういうことなら納得だー」
「あっはははー、そうだよねー」
「はっはっはーっ、そうだともー」


……エドとベルドが、そろりそろりと逃げ出していた。

 

 

 

数時間後。

「いったいこれはどういうことだ?」

パーティーが開催される十分前、アドルとフェイスの二人は、柱に寄りかかって協議していた。他の四人とも協力して情報を集めたものの、その情報から暗殺者ならびにそいつを送り込んだ奴の正体を特定することが出来ないのである。

なんでも、

アーサー卿曰く

「ルミーラ当主の風評? 確かに彼は、やり手の貴族様だからね。世話になった者も多いが、ここだけの話恨みを買っている人も多いよ。特にライラスという家の長男は、娘のアルミラお嬢様と熱愛中だったらしいのだが、ルミーラ当主が無理やりロンベルトの息子と縁組させたせいで結婚をご破算になったそうだからな。他にもブランドリー伯爵がスキャンダルをすっぱ抜かれて、ひどい目にあったそうだよ。まあそちらは、自業自得なのかもしれないがね」

ベイヴン卿曰く

「この前、ルミーラ当主はある盗賊団を壊滅させたんだ。そのことには名声が高まったんだが、その盗賊団を殲滅する指揮を取っていたアンブローズ卿の面子は丸つぶれさ。手続きに手間取っていたとはいえ、横から手柄を持っていかれては、大分恨むことだろうね」

アンブローズ卿曰く

「いや、ルミーラ当主には非常に世話になったものだ。ほう、盗賊団の話を知っているのか。そうそう、それのことだ。何せあの盗賊団討伐にはアルミラお嬢様も参加するとおっしゃってな。確かに貴族の娘となれば演舞などをする機会も多いから、それなりに武術は仕込むのだが、まさかそれが現実に通用するとでも思っていたのかどうか。そのため、名声は持って行かれはしたが、お嬢様を傷物にするようなことをなくしてくれただけルミーラ当主には感謝しているよ。おっとっと、これはここだけの話にしてくれたまえよ、お嬢様に知られようものなら殺されてしまうからな、わっはっは」

ロンベルト卿曰く

「ルミーラ当主の誕生会に招かれたのは感謝すべきことだよ。それに彼とは、我が愚息をアルミラお嬢様の伴侶にと選んでくださったのだ。彼は非常に高い政治的手腕と強い正義感を併せ持っていてな。一週間ほど前には、アーサー卿子飼いの商人が闇商売をやっていたのを見事捕まえたこともある。そうなるとアーサー卿は残念だな、今日の段階で当主に覚えをよくしてもらわねば、この後の政治に差し支えるかもしれないからな」

ヴァルハラ卿曰く

「悪しき反革命主義者を片っ端から粛清してくれるわ、うわーっはっはっは!」


……などなど、調べれば調べるほど怪しい奴が増えていくのである。どうもこのルミーラ・ジェイブリルという男は、論理的で善人らしいのだが、反面親馬鹿で融通が利かず生真面目過ぎるところもあり、恨んでいる人は案外多いらしいのだ。これでは一体誰がどう暗殺者を派遣してもおかしくない。四人が手に入れてきた情報にも、やれ何々卿が息子との婚姻をすげなく断られたとか、何々卿が政争に敗れたとか、絞り込むどころか余計に可能性が広がっていくものばかりが見つかってくる。しまいには依頼主のアルミラまでもが容疑者として考えられるという始末だ。

「エドやベルドが、何か外で掴んできてくれないかな」
「……難しいでしょうね。もしかしたら、あるかもしれませんけれど」

……ちょっと情けない会話をしつつ、二人は再びため息を吐いた。

ちなみに、情報を精密に分析する能力に至ってはアレなシリィは、まだ情報収集を続けている。

 

 

とは、いったものの。

さすがにそれで手を抜くわけには行かないので、三人は再び情報収集に奔走していた。しかし、やはりそれでも暗殺者及びそれを派遣した人間を見出すことはさすがに出来ず、内心で痛む頭を抱えながらもアドルは奥を見据えるしかない。その目線の先には、一着のイブニングスーツを着込んだ男が悠然と歩いて中央へと向かっている。おそらくあれが、暗殺者に狙われているという、ルミーラ・ジェイブリル当主だろう。

「……おほん」

そんな、自分が狙われているなどということは微塵も感じていないのだろう、ルミーラは咳払いを一つすると、一つの杯を手に取った。

「皆様、本日は私、ルミーラ・ジェイブリルの誕生会にお集まりいただきまして、まことにありがとうございます。今宵五十となります私ルミーラは、皆様方のおかげで本日まで政務を執り行うことができたと信じております。つきましては本日、皆様方に感謝の意を申し上げまして、この祝い事を企画した次第でございます……それでは!」

そう叫ぶと共に、ルミーラは手に持った杯を持ち上げ、集まった皆も杯を掲げる。

「今宵は皆様方、存分にお楽しみください! カルーラ聖王国とこの世界の繁栄を願って、乾杯!」
「乾杯ッ!!」

ルミーラの声が終わるや否や、皆が乾杯の叫びを上げる。そしてその杯に入った酒をぐいっと飲み干し、誕生パーティーの幕が――

「っ、ああぁぁあっ!?」
「――ルミーラ様っ!?」

突如、絶叫が上がった。その場の誰もが凍りつき、アドルやフェイス、シリィもほんの一瞬呆気に取られる。ルミーラの手から杯が落ち、絶叫を上げて苦しみ出す。

「まずい、毒だ!」

アドルの背筋に戦慄が走り、何人もの使用人がルミーラへと走る。傍に控えていたアルミラの絹を引き裂くような悲鳴で我に返ったアドルは、フェイスらと共に人をかき分けて突っ走った。立ち並ぶ使用人を押しのけるように、そしてどこの馬の骨とも知れない人間を通すわけには行かないと立ちふさがるような奴は本当に薙ぎ倒しつつ、アドルは珍しく切羽詰まった声を上げる。

「フェイス!」
「はいっ!」

言うにや及ぶとフェイスは返し、当主の傍に膝をつく。体内の魔力を練り上げて、ルミーラの胸板に手を当てた。当主の顔色は真っ青で、喉に手を当てて苦しんでいる。いくら微妙に歪んだ妄想を持とうとも、彼女の腕は折り紙つきだ。捧げられた祈りは、すぐさま奇跡をもたらした。

当主の体から毒が除かれ、同時に生命力も若干ながら賦活する。ヒューヒューと荒い息を漏らすルミーラに、フェイスは安堵の表情を浮かべた。追いついたアドルも、ふうと大きくため息を一つ。

「こ、これは一体どういうことだ――!」
「まさか、誰かがルミーラ当主を狙って――!」
「――今更、遅くないかい?」

そして、それを見た使用人達が騒ぎ出した。ぼやくようにシリィが突っ込みを入れるが、そもそも彼女達ほどの速さで反応できるほうが珍しいのだ。冒険者として一瞬の狭間が生死を分けるような世界にも生きる彼らとは違い、この場のほとんどは貴族様である。世の中、戦闘能力を持つ貴族もいるのだが、どうやらここにはそういった人はいないようだ。決して珍しい反応ではないし、決してなまくらな反応でもない。

「動くな!」
「――――っ!」

ぴんと張ったその声に、場に居た者は残らずアルミラの方を向く。アルミラはぐるりと周囲を見渡し、動きが止まったのを確認してから再び声を張り上げた。

「これは、お父様を狙った暗殺者の仕業です! 申し訳ありませんが本日一日、皆様はここで待機を願います!」

その声に、再び会場はざわめきだす。アルミラはてきぱきと指示を飛ばし、警備兵たちは素早く散っていく。この会場に残るものも居れば、外へ出て行くものも居る。怪しい者や人物が居ないかを、片っ端から洗い出すつもりだろう。アドル達のほうにも一人の警備兵が寄ってくるが、先に声をかけたのは彼らではなく別の貴族だ。たしかに彼らも怪しいといえば怪しいのだが、直々に雇った冒険者であるという都合上、ある程度優先度は落ちるのかもしれない。

全ての指示を完了させると、アルミラは一人の警備兵と共にルミーラを介抱して歩き出す。それを見送っていくアドルに、警備兵が声をかけてきた。面識がないのか、眉を小さくしかめている。

「貴方達は……」
「はじめまして、アドルと申します」

アドルは卑屈にならないよう、自然体に挨拶と自己紹介を済ませる。髪をしっかりと梳り、上質の礼服で身を包んだアドルやフェイス、シリィは、黙っていればパーティーの参加者にも見える。ビーンという男の依頼により、武器や荷物は全て部屋に置き、当日は参加者の一員として紛れ込んでいたため、冒険者には見えないのだろう。黙っていればアドルなど、どこぞの貴族のご令じょ、もとい、ご子息なのかと思われる。

……いやまあ、実際に良家のご子息なのだが。

「……恐れ入りますが、貴方がたは一体、どこの家の?」
「そのことなのですが……実は私たちは、どこの家にも所属してはいないのです」

強いて言うならなんて言葉は、とりあえず口の中で飲み込んだ。余計なことは言うべきではないし、逆に変な冗談を飛ばして疑われるなど愚の骨頂。あのベルドでさえ、こういった場では大真面目な返事をすることだろう。

「実は我々は、アルミラお嬢様から雇われた護衛でございまして。どうやら、この会場に暗殺者が紛れ込むらしいという情報を、お嬢様はつかんできたらしいのです。そのため、我々はお嬢様に雇われ、このパーティーに入り込んでいたのですが……お恥ずかしながら、このような結果に……」
「ふむ……」
「アルミラお嬢様そのものとはあまり面識はございませんが、ビーン様という方に依頼等の手続きを済ませていただきました。この状況に置かれましては信用しろというのもおそらく無理がありますでしょうし、ビーン様及びアルミラ様にご確認のため同行しても構いません」
「いえ、構いません。ベイヴン卿がおっしゃるには、毒で苦しんだご当主様は、貴方がたに解毒の魔法で助けていただいたとの事。もしも本当に暗殺者がいるのなら、助ける意味合いが分かりません。――もちろん、覚えをよくするためというのも考えられることですが、ね」

鋭い目つきで、警備兵は言う。アドル達も特に否定できる要素は持っていないため、黙って頭を下げるにとどめる。と、そのタイミングでアルミラが帰ってきた。難しい顔で警備兵となにやら相談しており、その警備兵はしばしのやり取りの後一礼をして去っていく。それを見送り、アルミラは再び大声を上げた。

「皆様、ご迷惑をおかけして大変申し訳ございません! たった今、盛られた毒と同じ毒がとある人の荷物の中から見つかりました! その人物をひっとらえて参りますが故、もう少々お待ちください!」
「……なんだ、見つかったのか……」

アドルは小さく呟いて、ひとまず安堵して笑みを浮かべる。しかし、これは依頼は失敗だな――その笑みが苦笑に変わるのを自覚したが、次の瞬間そんな考えは吹っ飛んだ。

「おい、俺じゃねえって、離せ!」
「黙れ! 貴様の荷物から毒が出てきたのは確認済みだ!」
「ねえ、やめてよ! 何かの間違いだから、ベルドを離して!」
「……え?」

響く声に、アドルは思わず素っ頓狂な声を漏らした。警備兵に左右を抑えられ、引きずられてきた“犯人”は――

「ベルド!?」
「それに、ヒオリ! どうして、貴方達が!?」
「お、お前ら――」

――今まで共に捜査をしていた少年、ベルド・エルビウムと、妻のヒオリ・エルビウムだった。思わず駆け寄ろうとするアドル達を、二人の警備兵が割って入る。

「……何か?」
「くっ……!」

その動作に、シリィが小さくたたらを踏んだ。それよりやや早く、フェイスも寄ろうとする足を止める。それを見ているのか見ていないのか、アルミラは広間に聞こえるようにこう言った。

「この男は、隠れるように外の茂みに潜んでいました! そしてこの男の荷物から、暗殺に使われた毒が見つかっています!」
「隠れるようにって、そっちが調査を頼んだんだろ!? 当主のルミーラを狙う暗殺者がいると……」
「もちろん申し付けましたが、雇ったのは『勇者のための四重唱』のみです! そこの二人を雇った覚えはございません! それに、紛れ込む暗殺者の情報と、貴方がたの風貌は一致しています!」
「そんな、馬鹿な……!? ならば、ビーン殿に確認を取ってくれ! 依頼関係を請け負ってくれたのは、ビーン殿だ!」
「……ほう? ビーン、この二人を雇ったのですか?」
「全く覚えがございませんな」
「なっ……!?」

アルミラの声に、つい三日前にアドル達と共にベルドも雇ったはずのビーンは、そんな無情な答えを返す。言葉が止まるベルドの前で、アルミラは納得したように頷いた。

「間違いなく、犯人はこの男――警備兵。二人を地下牢に連行しなさい」
「はっ」
「んの野郎ッ! 覚えてやがれえぇっ!!」

三流悪役のようなセリフを残したベルドは、そのまま警備兵に引っ立てられる。アドルやフェイスは、呆然としたままそれを見送っていくしかない。そんな三人の前で、アルミラは再びてきぱきと指示を下し始めた。

 

 

「…………!」

部屋のソファに腰掛けて、アドルは大きなため息を吐いた。彼らしくもない、灼熱の激情がこもった吐息。アドルの対面に座ったフェイスが、真剣な表情で問いかける。

「……アドルちゃん。これから、どうするんですか?」
「……どうするって? 決まっている」

手で額を押さえたまま、アドルはゆっくりと顔を上げる。フェイスの隣に座っているのは、ベルドと共に外回りを調べたエドだった。目線だけでアドルの意図を汲み取ったのは、凄腕の冒険者が為せる技か、幼馴染の為せる力か。

「――まあ、そうだろうな。ちなみに、俺も同意見だ」

フェイスとシリィが、はっとしたような顔になる。エドの言葉に、アドルの問いを読み取ったらしい。いや、この場合はもう、確認か。直接会って行動したのは、ほんの何日間かに過ぎない。しかし、二人のことを話だけにでも聞いていれば、不自然さに気付かないはずはない。

明確な根拠の無かった情報。見つからなかった暗殺者の痕跡。犯人の特定が難しいのはともかくとして、一番おかしいのはベルドとヒオリを雇ったビーンが、しらを切ったことなのだ。

「……この仕事、責任を持って引き受けたのは、どこだと思う?」
「…………ええ」

何か理由があったのか、それともないのかは分からない。しかし、この依頼を受けたのは、アドル達四人と、ベルドとヒオリ。ベルド達はこの地方のギルドにこそ所属していないものの、アドル達は所属している。そして問題は、彼らを雇ったのが同一人物ということなのだ。

つまり、今現在の形からすれば、「ジェイブリル家」が「勇者のための四重唱」つまり「冒険者ギルド」に依頼を持ち込み、同じ「冒険者ギルド」への依頼を引き受けた「冒険者」(エルビウム夫妻)に対し、雇っていないとしらを切ったことになる。

アドル達を通した間接的な形とはいえ、ベルド達は今回ギルドを通してこれらの仕事を請けている。それに対し、このような事件が起きてしまえばどうなるか。簡単に言えば、そのギルドに「冒険者を切り捨てるような依頼主が持ってきた低劣な仕事」を、見境もなしに引き受けるようなギルドであるとのレッテルが貼られてしまうのだ。

冒険者ギルドは、冒険者と依頼主の信頼関係が基本形だ。酒場にでもたむろしている冒険者達の一団に、直接仕事を頼むこととはわけが違う。

信頼関係を基本としている冒険者ギルドに、仕事で裏切りが発生する……そのようなことが起こってしまえば、ギルドの信頼は地に墜ちる。そして当然のことながら、信頼のなくなった冒険者ギルドに、依頼を持ち込む人などおらず……事実上、冒険者ギルドは己の機能を停止する。そして、冒険者達は食い扶持を失い、それこそ無法者となるだろう。


つまり、今回ジェイブリル家がしでかしたことは。

万が一、ベルド達が本当に犯人であった場合を除き――冒険者ギルドそのものと、ギルドに所属するあらゆる冒険者達に対する、敵対行為だったのだ。


「……アドル」
「……ああ。行こうか……」

 

 

「――さっさと入れっ!」
「ぐぁっ!」

がんっ、と、乱暴に牢獄に放り込まれる。抗議の声を上げるものの、兵士という職に就いている者が、その程度で怯むわけもない。足音が遠ざかっていくのを聞き、ベルドは思い切り舌打ちした。

「あんにゃろー……散々やってくれやがってー……!」

低く唸ったベルドだが、ヒオリからの反応は無い。何気なく目線をそちらにずらすと、膝を抱えて怯えるようにうずくまっているヒオリの姿が目に入った。

「……ああ、そうか」

ヒオリにとって、貴族屋敷の牢獄なんて、恐怖以外の何者でもない。詳しくはトラウマを掘るので聞き出せなかったが、いわゆる懲罰房なんかも牢獄のようであったという。ベルドはとりあえず心を落ち着ける意味も込めて、ヒオリの隣であぐらをかいた。

「ヒオリ」
「――――っ!」

呼びかけただけで、ヒオリは可哀想なほど反応した。ヒオリの反応に苦笑して、小さな体に手をかける。強張らせた体を持ち上げてやり、ベルドはヒオリを抱っこした。

「…………」

無言で頭を撫でてやると、ヒオリの強張りが取れてくる。ベルド自身、考えを整理したかった。しばらくのあいだ撫で続けてやり、ベルドは穏やかな声でヒオリに聞く。

「大丈夫か?」
「……ん……」

イエスともノーとも取ることのできる、微妙な答えが返ってくる。だが、今は甘やかす時ではないし、腐っているときでも無論ない。声音を真剣なものに変え、ベルドはヒオリの名前を呼んだ。

「ヒオリ、行けるな?」
「……ん」

ほんの少しだけ沈黙した後、こくりと頷きが返ってくる。ベルドはよしと一言だけ言うと、部屋の調査を開始した。やはりというか当然ながら、鉄格子には強力な魔法防御が施されていて、そう簡単に脱出などはできそうにない。しかし、ある場所に手を触れたとき、ベルドはにやりと不敵に笑った。

「よし。さすがに盲点だったか、ここは」
「ベルド……」
「ああ。こいつを使って、脱出するぞ」

ヒオリの顔が、安心したようにほころんだ。ベルドが浮かべる、絶対無敵で不敵な笑み。しまりの無い笑みでへらへら笑って、冗談飛ばして軽口叩いて本音はすっごく真剣で。そんなベルドに、ヒオリは幾度も救われていた。そしてヒオリも、ただ守られているだけではない。二人揃って力を合わせて、幾多の壁を打ち破って、彼らは今、ここにいる。


そしてもちろん、今回も……


「……ベルド」
「……ああ。行くぜ……」

 


「真犯人を捕まえて――」
「真犯人をとっ捕まえて――」

 


「ジェイブリルの企てを、白日の下に暴き出す!」

 


 

 

 

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