第二幕

調査と少女と少年と


「お初にお目にかかります、ご要望に応じてギルドより派遣が決まりました『勇者のための四重唱』です」
「ギルドには所属しておりませんが、今回ビーン様に雇われました、ベルド・エルビウムと申します。こちらが、妻で魔術師のヒオリです」
「……貴方がたが?」

通された応接室のような場所で、雇い主と思わしき女性が目を見開いていた。無理もないといえば無理もない。自分が主に冒険をしていた地方を今現在離れているベルドとヒオリの二人はともかく、『勇者のための四重唱』といえば、いまやこのカルーラ聖王国内では知らぬ者はいないとされるほどの有名な冒険者の一団なのだ。もちろん、彼らが二十にも行かぬ少年少女であることも多少は知れているが、あまり冒険者を雇わぬジェイブリル家はそこまで知らないのかもしれなかった。

「お疑いになるのなら、ギルドのほうにまで確認を取っていただいても構いません」

そして、アドル達もこのような応対には慣れているのだろう。微笑を浮かべたまま平然とした態度でそう返す。その仕草に、女性は失礼しましたと頭を下げた。

「今回の依頼をいたしました、アルミラ・ジェイブリルと申します。以後、お見知りおきを」

優雅な微笑で、女性は名乗る。名乗りを聞いて、ベルドが口元をほころばせた。

「はー、それにしても、すっげぇ美人……」
「ベルド」
「ん?」
「鼻の下伸びてるよ?」
「い!?」

情けない反応をするベルドに、アドルが面白そうに突っ込みを入れた。ヒオリの顔が一瞬で歪み、続けざまにシリィの杖が明らかに物理法則を無視した軌道で振り下ろされ、寸分違わずベルドの頭に直撃した。

「おおおお……」

崩れ落ちるベルドに微苦笑を漏らして、アルミラは手元の紙を引き寄せる。ベルドのボケは場を和ませるためのジョークなのか、それとも単なるバカなのかはいまいち判別がつかないが、前者と捉えてくれたのだろう。なんというか、プロだ。

「細かい話はビーンから伺っているかと思いますが、私のほうからも少々補足をさせていただいてよろしいでしょうか?」
「はい、お願いいたします」

崩れたベルドをやっぱり無視して、フェイスがアルミラに返事をする。アルミラは再び頭を下げると、口頭でしか言いませんがご容赦くださいと付け加える。この用心深さはやはり、暗殺者に知られる経路を少しでも減らそうとする努力からだろうか。

「では、説明をさせていただきます。まず、お父様の誕生祝いは今から三日後、昼の三時から七時までを予定しております。一階のホールで行いますが、その間、武器や大きな荷物はこの部屋に置いておいていただきたいのです」
「と、おっしゃいますと?」
「今回の誕生祝いは、ただの誕生日ではないのです。今年でちょうど五十を迎え、さらにはつい数日前に、お父様が解決した事件がありまして、その件で国の重鎮も謝辞を述べにおいでになると伺っています。そのような大きなパーティーでもありますゆえ、あまりお父様に悟って欲しくはないのです」

それは心行くまでパーティーを楽しんで欲しいという、娘の持った真心か。そんな大きなパーティーならば警備も物々しくなるだろうが、そんなことをして欲しくないから、アドル達のような有名どころに頼んだのだろう。

「ですので、無茶を承知なのですが、現在の内に下調べなどは終えておいていただきたいのです。そのため、まだパーティーには二日ほどがあるのですが、今からお呼びしたということでございます」
「なるほど、大体分かりました」
「もちろん、依頼の間の寝食はこちらの方で保障いたします。どうか暗殺者めを捉え、パーティーを無事に終わらせてくださいませ」

アルミラは深々と、アドル達に頭を下げた。それに釣られて六人も頭を下げ返すと、アルミラは近くにいた執事にお茶のカップを丁寧に返す。

「それでは、私はこれで。ゆっくりとお出迎えをすることも出来ませんが、引き継いだ執務も残ってますし、何よりパーティーの準備も始めなくてはなりませんからね」

アルミラは微笑を浮かべると、傍にいた執事と共に立ち去っていった。後に残された六人に、ビーンが再び声をかける。

「では、お部屋へとご案内いたします。もうしばしの間、ご足労願えますか」

ご足労願うも何も、荷物を置いたらすぐにでも捜索を始めるつもりなのであるが……いちいちそこへ突っ込むほどの、馬鹿は冒険者はいなかった。

 

 

 

「では、こちらがベルド様とヒオリ様のお泊りするお部屋となります。お部屋は同じではございますが、寝室は別々に分かれておりますゆえ、ご安心ください」
「いえいえ、そんなお気遣いなく」

部屋へと案内されたアドル達は、使用人のビーンから鍵を三つ受け取っていた。その鍵はベルドとヒオリが泊まる部屋の鍵のようで、一つは共用スペースのもの、残りの二つはそこから奥にある寝室のものだ。お気遣いなくと言ったのはヒオリで、それはベルドを信用しているからだと解釈していいのかどうかとアドルがしばし首をかしげる。

ヒオリが鍵を受け取ると、ビーンはアドル達を振り返る。別の鍵を手渡して、指差したのは隣の部屋だ。

「続きまして、こちらが『勇者のための四重唱』の皆様のお部屋となります。こちらが男性部屋、こちらが女性部屋となっております」

壁越しでは大きさに違いはないが、入ってみると違うのだろうか。そんな事を思いながら、アドルは適当な鍵を受け取った。もう片方の鍵はフェイスが受け取り、とりあえずは荷物を置きに行くことを提案する。他の皆も特に異論はないらしく、アドルはエドと連れ立って男性部屋の鍵を開け――

「――え!?」
「――は!?」

二つほど、声が重なった。その素っ頓狂な声に青筋が立つのを自覚しつつ、アドルは声のほうを振り返る。

「……何か?」

最初の声はビーン、二つ目のものはベルドの声だ。同性であっても思わず頬を染めかねないほどの綺麗で完璧な笑顔を浮かべ、アドルは二人に問いかける。仲間達は「またか」みたいな表情で。ビーンとベルドは少しだけ顔を見合わせてから、ビーンが恐る恐る発言した。

「いえ、この部屋は、男性用にお貸ししたもので……」
「だから、何か問題でも?」

アドルは一歩、二人のほうへと踏み出してやる。反射的に、ビーンが一歩後ずさった。が、ベルドはああと納得いったような表情になると、ビーンに小さく首を振る。

「ま、ほら。俺とヒオリも同じ部屋だし、そんな感じでこの二人も――うぉわぁっ!」

とっさにかがんだベルドの上を、超音速で拳がかすめる。ものすごい音がして、空振りした拳が屋敷の壁に激突した。その威力にビーンが腰を抜かしたようだが、ベルドは驚きの表情だ。やはり同じ冒険者なのか、びびることはないのかもしれないが……

「え、え? えっと、そういう仲とかじゃなくて?」

まだ分かっていないらしく、ベルドはボケたことを抜かしてみせる。直後、咄嗟に身を捻ったらしく、アドルの蹴りはぎりぎりのところで回避されてしまった。空を切った足を地面につけ、アドルは笑顔のままで聞き返す。

「――私のどこが女に見える?」
「え……とりあえず、顔?」

――煌めいた、という表現が、正しかった。

 

 

 

「もたもたしている時間はないな、さっそく調査へ出かけよう」

ビーンからもらった屋敷の見取り図を机に置き、六人は額を突き合わせて相談していた。屋敷は二階建てであり、一階は玄関から入って応接間、警備員控え室、風呂場とボイラー室、書斎、トイレ、そして一番北が大ホールとなっている。二階は中央が使用人控え室となっていて、南側には客室がずらり、北側が当主ルミーラと一人娘のアルミラの部屋が左右にある。会議室になったのはアドルとエドに割り当てられた部屋で、客室の一番奥、左手側の部屋だった。

現在の時刻は、昼をちょっと回った辺り。これから日が落ちてくるこの時間帯から屋外の調査を開始するのは、少々きついものがある。日の光が当たらなければトラップを見落とすかもしれないし、うっかり発動させてぽっくりはご遠慮願いたい。であるならば、とりあえず室内を探す辺りが妥協点となるだろう。

「いてぇよぉ……」
「そうですね、まずはエドの意見を伺いましょうか」
「俺か?」

腹を押さえて(注・アドルの前蹴り)呻いているベルドを無視し、フェイスはエドに話を振る。しかし、それに対してエドはどこか意外そうな答えを返した。

「いくつか思い浮かぶことはあるが、俺が考えるよりはアドルが考えたほうがいいんじゃないのか?」
「……いえいえ、違いますよ、エド」

どうやら、言いたいことが正しく伝わらなかったらしい。もちろん、アドルの頭脳もエドの頭脳も、フェイスはよく知っている。エドという男は情報を集める能力が高く、人からの話に関わらずあらゆるところから情報をかき集めて来てくれる。しかし、その情報を整理して何かを導き出すのは得意ではなく、そういう面に至ってはアドルのほうに軍配が上がる。

どうやらエドは、そのアドルよりも先にいきなり自分に聞いていいのかという疑問を持ったらしい。フェイスは微笑を浮かべてて首を振ると、聞きたかったことを問いかけた。

「こういう罠の類については、エドの方が得意でしょう? どの辺りに仕掛けられているか、なんとなくでも分かりませんか?」
「……ああ、そういうことか」

納得行ったのか、エドは頷く。そのまま、ちょっと失礼と屋敷の見取り図を引き寄せた。見取り図に走らせる眼光がどんどん鋭くなっていき、顔も真剣なものになる。このような立ち居振る舞いなら彼女の一人や二人でもすぐに出来そうなものであるが、生憎と浮いた話は聞かない。

やがて集中の姿勢が解け、エドはソファに座りなおす。

「残念だが、この図ではよく分からない。ただ間取りの条件から言えば、パーティーが行われる大ホール以外には仕掛けられてはいないはずだ」
「んじゃ、とっとと調べに行くとしようぜ」

報告を受けて立ち上がったのは、前蹴りを食らってノックアウトしていたベルドだった。軽快な動きで立ち上がった動作からは、ダメージは欠片も見受けられない。アドルとフェイスはエドの意見で何かを考えている風だったが、シリィが立ち上がってやってきた。

「じゃあ、はい。見取り図を写しておいたから、渡しておくよ」
「ん? おお、サンキュ……って、なんだこりゃ」
「大体分かるだろう? 専門的な地図の描き方は習っていないんだ、あまり贅沢は言わないでくれ」
「……いや、専門の地図がどうのとかいう話じゃねーだろ、これ……」

とりあえず、二階建てだということと、部屋数だけはどうにか分かる地図だった。

 

 

「――ぃーっくしょーいっ!」

咄嗟に顔を下に向け、ベルドは盛大にくしゃみをした。「うー」と言いつつ鼻を啜り、人差し指の第二間接で軽く鼻をこする。

「こっちは外れか。ちっくしょう、罠があるなら、ここが一番怪しいとは思ったんだがなぁ……」

内部に指をこすりつけ、ほこりのつき具合を確認する。ほんの少しこすった程度なのに、指先には灰色のほこりがべったりと付着していた。

「どうしたの?」

近くを調べていたヒオリが、ベルドのことを見上げてくる。ベルドは顔を戻し、ほこりを払いながらヒオリのほうに報告する。

「通風口の内部にほこりがべっとり。こりゃ最近、誰かが触ったとかなさそうだぜ」
「本当に?」

調査を一旦中断し、ヒオリも脚立を上がってくる。降りていくベルドと入れ替わるように通風口を覗き込み、やがて難しい表情で降りてきた。

「……うん、確かに。間違いないみたい」
「だろ。他に調べてない通風口は……ないな」
「あそこの通風口は?」
「調べた調べた。ということは、多分罠は通風口にはないってことだ」
「うーん、そうだろうね」

粉末系統やガス系統なら、あらかじめ通風口に仕掛けておけば手っ取り早い。後は何もしなくても、人の集まるパーティーなら必然的に気温は上がり、誰かが勝手に換気をしてくれるはずだからだ。

とはいえ、理屈を捏ね回してもないものはないので仕方が無い。借りた脚立をとりあえず返し、ベルドはヒオリらと連れ立って部屋の捜索を続行する。と、そこへ部屋に残って話し合っていた、アドルとフェイスが入ってきた。

「調子はどうですか?」
「いや全然。まだ向こうの辺りとか調べてないからなんともいえないけど、とりあえず一番怪しい通風口には罠はなかった」
「そうですか」
「そっちは、何か思いついたことは?」
「すみません。残らせていただいたのに、何も思いつきませんでした。エドの言った通り、間取りから考えて罠があるならパーティーが行われる大ホールか、あるいはその裏手の庭程度のものだと思うのですが……」
「ん、了解。ま、それが分かったなら収穫か」

うーんと大きく伸びをして、ベルドは再び部屋の中へと向き直る。腕を回し、アドルとフェイスに指示をした。

「じゃあ、二人はあっち側を調べてきてくれないか?」
「そっち? 先ほど調べていないのは、向こう側だって言っていたけど」
「……この見取り図を書くような奴が行った調査なんぞ信用できん」
「え?」

ベルドが二人に見せたのは、先ほどシリィから渡された見取り図。その辺に線がダーッと引いてあったり、何かの記号のようなもので省略されていたり。

「……ああ。姐さん、大雑把だから」
「いや、大雑把って、限度があるだろ……」

仲間から貰ったものでなければ、破って捨てていただろう。はっきり言って、自分で屋敷を見たほうが早い。

「いる?」
「いや、フェイスがもう何枚か描き写してきてくれた。必要かどうかを聞くのは、こっちじゃないか?」
「……すまん、一枚くれ」

かくん、と頭を落っことして、ベルドは見取り図を要求する。フェイスが苦笑に近い笑みを浮かべながら見取り図を渡すが、それを見たアドルが呆気に取られたように問いかけた。

「どうせ五枚も書き写したなら、二枚渡してやればいいじゃないか。本書とあわせれば、人数分揃うだろう?」
「いえ、本書は大切に保管しておきます。だって、ベルドとヒオリって、夫婦なんですよ?」
「……それが何か?」
「夫婦……ええ、夫婦、なんです……それも、とっても仲の良い、結婚したばかりの若夫婦……」
「お〜い? フェイスちゃ〜ん? お〜い?」

斜め上を見上げて陶然と呟き、そのまま何も言わなくなってしまったフェイスの前で、ベルドが手をひらひらさせながら問いかける。が、何の反応も帰ってこない。そのままアドルのほうに目線を移すと、少女のような少年は呆れたような苦笑を浮かべた。

「そのうち我に返るはずだ。放っておいていい」
「……お前のメンバー、なんというか個性的な奴らばっかだな」
「君に言われるのは心外だね」

同じく微苦笑を浮かべるベルドに、唇の端を釣り上げてアドルは返す。ベルドもへっと笑い返すと、それもそうかと首を振った。この付近ではあまり有名ではないにしろ、エドは間接的に、シリィは直接的にベルド達のことを知っていた。となれば、彼らがかつて紡いだ物語も当然知っていることだろう。ベルドやヒオリ自身を含め、強烈な個性の奴らばっかりが揃っている。人の事を言えないのではないかというアドルの指摘は全くその通りだったので、無駄な反論はせずにベルドはくるりと踵を返した。

「まあ、いいや。そろそろ、ヒオリのところに戻るとするよ」
「お? 見せ付けてくれるね」
「いや、すぐに持ち場に戻るけどな。見取り図はヒオリに渡すから」
「一枚しか渡さなかった私達が言うのもなんなのだが、もう一枚いらないのか?」
「後から写しゃいいし、大体構造は把握した。後、あいつにフォロー入れとかないと後が大変だし」
「フォロー?」
「ああ。可愛い女の子二人と仲良さげに話していたら、あいつ結構やきもち焼くし――うわっとぉ!?」

セリフを言い終わらないうちに、ベルドは大慌てで屈みこんだ。その上を超音速で拳が駆け抜け、その風に髪の毛が数本持っていかれる。

「君はさっきから、私をどうしても女として見たいようだね?」
「いやー、ほら、あれだよ。なんつったっけ、性同一性障害とかいう――うひゃっほう!?」

間抜けな悲鳴と共に、ベルドは飛び上がって逃げ出した。

 

 


「……お嬢様の依頼で調理場を調べたい? 別に構わんが、何もないぞ?」

そんなどたばた騒ぎから数時間後、大ホールと隣接する調理場の入り口で、アドル達五人はシェフに懐疑的な目で睨まれていた。しかし、そんな目つき一つで怯むようでは到底人からの依頼など受けられない。そこをどうにかお願いしますと低姿勢で頼むフェイスに、恰幅のよい中年のシェフは条件付きで通してくれた。

「別に面白いものはないと思うが、なるべくなら早く済ませてくれ。旦那様やお嬢様の夕食の支度に差し支えるとまずいのでな」
「はい、ありがとうございます。お約束いたします」

シェフにぺこりと頭を下げ、五人は調理場の捜索を開始した。

「いたいよお……」

ちなみに残った最後の一人――ベルドは、アドルに蹴られて呻いていた。

 

 


 

 

 

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