第一話
冒険者の邂逅
ギルドの入り口の門を開け、彼らはいつものように顔を出す。中にいる人数を軽くチェックし、カウンターへと向かうその様は、明らかに手馴れた仕草だった。
「ルー」
「おう、アドルか。依頼はどうなった?」
「手ごたえはあったけど、単純すぎて歌にも出来ない。フェイスがへそを曲げてしまったよ」
カウンターに軽く手をついて、彼らはいつものようにその名を呼ぶ。それに対していつものように反応し、いつものように聞いてくるのは、ギルドに勤める事務員だった。仕事柄、冒険者とやり取りする機会も多く、彼らともよく顔を合わせる事務員・ルー……ルーディは、アドルと呼ばれた冒険者からの返事を聞き、その仲間へと視線を移す。そこにいるのは、砂色の髪と琥珀色の瞳をした、十七、八ほどの美少女だ。癖のない髪とも相まった綺麗な顔だが、不機嫌そうな表情のせいで評価をいくらか落としていた。
見るからに不機嫌そうな顔に、ルーディは小さく笑みを漏らす。そして、アドルのほうに向き直ると、こんなことを言ってきた。
「そうか。それなら、そんなフェイスに朗報だ。内容はまだ聞いていないが、勇者に仕立て上げる存在が一緒についてくる依頼が入った」
「本当ですか?」
その声に反応したのは、やっぱりフェイスのほうだった。その顔が期待の色に染まるのを見て、内容はまだ知らないが、と前置きしてからルーディは続ける。
「先ほど、ジェイブリル家の使用人であるビーン・クォーターという人物が見えてな。どうやらアドル達に、名指しで依頼したいことがあるそうだ」
「ジェイブリル家の使用人?」
聞いたことのある名前ではあるが、そこまで耳に馴染みはない。
ジェイブリル家といえば、この近辺からは少し離れた所に本拠を置いている貴族の家だ。そこそこ名も知れていたはずだが、彼らはジェイブリル家の存在をそこまで気に留めてはいなかった。
理由は単純。貴族といっても、積極的に冒険者を利用しようとする人間と、そうでない人間がいる。一定以上の報酬を払えば必要なときに協力してくれ、さらにはその事情に深入りもしない冒険者という連中は、言い方は悪いが『駒』として使うには非常に便利な存在だった。しかしそれは裏を返せば、冒険者はある意味ならず者の一歩手前の存在とも取ることができ、そんな冒険者には己のプライドを賭けて依頼はしない貴族もいた。アドルたちのように、ギルドのような冒険者の大元に所属している人ならともかく、どこにも属さず、場合によっては非合法なことでも引き受けてしまうフリーランスがいることも、その評価に更なる拍車をかけていた。
話を聞く限り、ジェイブリル家という家はそこまでではないようだが、冒険者に依頼を持ち込んだ話もあまり聞かない。それがどうして、いきなりこんなギルドなんかに? 言外にそんな意を込めた問いに、やや変則的な形でルーディは答える。
「どうやら、今回は非常に腕の高い人間が必要だということだ」
「なるほどね」
ルーディの返事に、アドルは一瞬で納得した。
貴族の家に仕える兵士や王国兵などは専門の訓練を受けてはいるが、冒険者の中にはそんな兵士の実力など鼻で笑って打ち砕く連中も大勢いた。ギルドの所属云々ではない、彼らはそうしないと生きていくことが出来ないからだ。
「そのことからも分かると思うが、向こうは絶対に失敗したくないらしい。腕を疑うわけではないようだが、もう一組依頼をしてくると言っていた」
「ということは、共同戦線か?」
「そんな所だ。詳しくは、ビーンが帰ってきてから纏めて説明すると……ん?」
そこまで説明を終えたとき、扉が開く音がした。見ると、その先にはぱりっとした服装に身を包んだ、いかにも使用人風な男が一人。さらに、その後ろには一組の冒険者が続いている。
「…………?」
が、彼らの姿を見た途端、アドルは小さく眉を顰めた。後ろにいる一組の冒険者は、どこか初対面ではないような気もしたからだ。
しかし、顔や姿に直接的な見覚えはない。ついでに言うなら、歌として物語を歌った覚えも特にない。となると、どこか噂で聞いたのだろうか。有名な冒険者の噂なら、幾つか聞いたこともあるが……
一体、なんだったっけ――首をかしげる彼の前で、男はお待たせしましたと言葉をかけた。
「そちらの四名様とは、直接お会いするのは初めてですね。ルーディ様からお聞きになっておられるかもしれませんが、私はジェイブリル家に仕える使用人、ビーン・クォーターと申します。以後、お見知りおきを」
片手を胸の前に置き、丁寧に挨拶をする洗練されたその一礼。少し前にセバスチャンという執事と会ったことがあるが、彼もこんな礼をするのだろうかとそんなことが脳裏をよぎった。
しかし、今は物思いに耽っている暇は無い。相手、特に依頼主の名乗りに対して無視なんかをしようものなら、信頼など一瞬で失うだろう。
「ご丁寧に、ありがとうございます。ギルドより、ご要望に応じて派遣が決まりました『勇者のための四重唱』です」
「改めまして、ベルド・エルビウムと申します。それでこちらは、妻のヒオリ」
「へえ、あんたらがかい」
「……姐さん。依頼人の前」
名乗り返した少年に対し、依頼人そっちのけで興味を示した仲間の一人に、アドルは嗜めるように注意をする。言うだけ無駄なのは分かっているが、それでも注意しなければならない辺りがややこしい所だ。
とはいえ、ベルドとヒオリの二人組といえば、アドル自身聞き覚えがあった。対する二人組も、アドル達のほうを興味深げに見回してくる。彼ら本人もこの近辺では凄腕の冒険者として知られていたし、決して珍しい反応ではない。
が、今は互いに情報を収集しあっている場合ではない。アドルが代表して男を促すと、男はとりあえずと一枚の紙切れを差し出してきた。身分証というか、名刺に近い。アドルは形式に沿ってその名刺を受け取ると、書かれた名前に目を走らせた。名前はビーン・クォーター、一応彼自身の名刺らしく、勤め先はしっかりジェイブリル家となっている。
形式に沿ったまま名刺をしまい、アドルは再び一礼する。その横で、ベルドも形式に沿って名刺をしま――ったのだが、微妙に間違えている点があった。覚え切れていないのだろうか。確かに、彼ら二人が礼儀作法に詳しいなんて話は聞いたことがないが……
「ビーン様。詳しい依頼の内容をお聞かせ願えますか」
とりあえずは、それより先に仕事の内容を把握するほうが先決だ。ベルドとヒオリは彼らだと承知して雇ったのかどうかは知らないが、少なくともギルドに「一番腕利きの冒険者を寄越せ」と要求する所からすれば、簡単な依頼ではないのだろう。ビーンも問題はないらしく、少々声を潜めながら、依頼の内容を説明した。
「では、お話をさせていただきます。名乗っての通り、私はジェイブリル家という貴族の屋敷に雇われております」
「はい」
「依頼の内容なのですが、実は今から三日後に、ご当主であるルミーラ・ジェイブリル様のご生誕を祝う誕生パーティーがあるのです。ですがこの誕生会に、どうやらルミーラ様を狙う暗殺者が紛れ込むらしいという情報を娘のアルミラ様が掴んできたのです。そこで、あなた方にはパーティーの護衛と、暗殺者の特定をお願いしたいのですが……」
「……なるほど」
「――ああ、ちょっとよろしいですか」
依頼の内容を聞き、アドルは頷く。同時に相手の冒険者――間違いがなければ、ヒオリ――も頷くが、ベルドのほうには疑問が残っているようだった。軽く手を挙げ、質問をする。
「そのような情報や護衛の依頼を、俺らなんぞに任せてしまってよろしいのですか? そちらはどうやらギルドという単位に所属しているようですからそうそう失敗はないでしょうが、ジェイブリル家の当主といった名士の護衛を、こんなどこの誰とも分からないような二人組に任せるってのは……」
「ああ、そのことですか」
少年の問いに納得がいったように、男・ビーンは頷いた。
「そういった護衛を雇うのであれば、そのような懸念は多かれ少なかれ付きまとうもの。それに、詳しくは申し上げられませんが、あなた方は特定できた暗殺者の情報からは外れているのです」
「嫌な言い方になりますが、まあ、確率は低いと」
「さようでございます」
「そうですか……」
その返事を聞いて考え込むベルドに、ビーンはどうでしょうと問いかけてくる。ベルドはヒオリのほうに顔を向け、最後の質問をビーンに向けた。
「報酬は、いくらほどを?」
「そうですね……お一人様辺りの額になってしまいますが……」
「……ほう?」
提示してもらった額としては、相場よりもかなり高い。得体の知れない冒険者を縛っておくというよりは、アドルたちのようなギルドでも凄腕の冒険者に提示する礼儀といったところだろうか。
その表情に、満足げな笑みを浮かべ――少年・ベルドは頷いた。
「かしこまりました。お引き受けしましょう」
「ほー。さっすが貴族、いーもん乗ってんじゃねーか」
それはビーンに先導され、しばらく歩いた先にあった。大きな二等の馬に牽かれた、結構立派な馬車である。ベルドは皮肉気な笑みを浮かべ、アドルは少しだけ肩をすくめた。
何もそこまで立派な馬車ではないのだが、馬車を用意するということ自体が立派過ぎる。二組の冒険者を雇ったのだから、情報交換や作戦会議などの場を設けさせてくれたこともあるのだろうか。その辺の配慮も利く辺り、今回の依頼は羽振りがいい。
馬車の中は、四人がけの椅子が向かい合うように並んでいる。普通の馬車よりはちょっと大型の馬車の中に、まずはアドルが、続いてその仲間達が入り、その次にベルドとヒオリ、最後にビーンが乗り込んだ。
四人がけの椅子だからか、やはりパーティごとに分かれてしまう。ビーンは人数の少ないベルド側へ座り、私のことはお構いなくと距離を取る。
「……んじゃあとりあえず、改めて自己紹介と参りましょうか」
馬車がごとごとと走り出し、真っ先にベルドが口火を切った。
「一応はさっきも名乗った通り、俺はベルド。ベルド・エルビウムだ」
「ボク、ヒオリ。ベルドと同じエルビウムで、アルケミストをやってるよ」
「アルケミストか。聞いたことがある」
まずはベルドが自己紹介し、続いてヒオリも名を名乗る。それに対して反応したのは、アドルの仲間である、長身痩躯の男性だった。
「ここからかなり離れた所で、そういった魔術師の一派があると聞いている」
「知っててくれたんだ。えーっと……」
「……エドだ」
ベルドと同じ、青緑の瞳。ルーツは違えど同じ色の瞳をした青年は、短く自分の名前を返す。それを聞いたヒオリは笑うと、詳しいんだねとエドに続けた。
「この辺だと、知らない人も多いから」
「俺自身、昔に聞いたことがあっただけだ。しかし、そのアルケミストがここへ来るとは珍しいな」
「ベルドに旅の話を聞いたら、昔に来た場所だって話してくれたんだ。見てみたいって言ったら、連れてきてくれたの」
「……なるほどね。偽物じゃなさそうだ」
「え?」
捉え方によってはいきなりのノロケになりかかった展開だが、これに頷いた女性がいた。赤い……というよりは赤茶色の髪に、やはり青緑の色をした瞳。この近辺では多いのだろうか、エドともベルドとも同じ色の瞳を持ったその女性は、先ほど依頼人をそっちのけでベルドに興味を示した「姐さん」と呼ばれた女性だった。
「ベルドとヒオリの二人組といえば、アタシも聞いたことがある。どこのギルドにも所属しない流れ者の二人で、旦那は愛妻家だと聞いてるね」
「そりゃどーも。で、あんたは?」
「シリィ。ついでにあっちがアドル、そっちの娘がフェイスだね」
頬杖を突いているのか頭を抱えているのか微妙な体勢でベルドが返し、ついでとばかりに名前を聞く。女性は端的に名前を名乗り、残りのメンバーも代わりに伝える。フェイスが紹介と同時に頭を下げ、その横でアドルが纏めて告げた。
「この四人で、冒険者パーティ『勇者のための四重唱』を結成している。よろしく」
「ああ、よろしく」
差し出されたアドルの手を、ベルドがしっかり取って握る。手を離すと、ベルドの口元にはしまりのない笑みが浮かんでいた。
「それにしても、やっぱり『勇者のための四重唱』か。名前を聞いただけで、ピンと来たわ」
「そうか」
自分たちのパーティ……『勇者のための四重唱』は、裏打ちされた実力もあって、この近辺では非常に名前が知れている。特に、カルーラ聖王国という王国内に至っては、知らぬ者はいないとされるほど有名な冒険者の一団だった。流れ者とはいえ、この付近を訪ねた冒険者が、彼らの話を耳に入れないはずが無い。
そんなベルドは面白そうに唇の端を釣り上げて、アドル達に聞いてくる。
「あれだよな? 自分が勇者になったほうがいいような実力を持っているのに、歌う勇者の物語を探しているって噂の『勇者のための四重唱』だよな?」
「……まあ、そうかもしれないね」
「海に出ては魚を採り、サンマを採っては食べ、マグロを採っては食べ、タコを採っては食べ、通った後にはぺんぺん草も残らないという、あの『勇者のための――イテッ」
ぺしっ、とヒオリがベルドの頭を軽くはたいた。漫画のようにベルドの頭がかくんと落ちて、わざとらしく頭を抑えてヒオリのほうを睨みつける。
「いてーな、ただの冗談だろ?」
「人の冒険者パーティをけなしてどうするのさ」
「場を和ませるためのジョークだろーが、まったくよー」
軽くはたいただけとはいえ、その手には篭手が嵌まっている。アルケミストたちが魔術発動の媒介とするためのものであるが、あれではたかれれば痛いだろう。ベルドはしばらく頭を抑えてさすっていたが、再び顔を正面に向ける。
「ま、いいか。左から順番に、アドル、エド、フェイス、シリィ。間違ってないよな?」
「ああ。そっちはベルドとヒオリだね?」
「おう、合ってる合ってる――って、なんだ?」
ベルドがそんな声を出し、正面にいたアドルが聞き返す。互いに最終確認を行い、それぞれ共に行動をする冒険者仲間を自分の頭に叩き込む。基本的に信頼関係を大事にする冒険者にとって、相手の名前を間違えたなどといったくだらない理由で信用を損なってはたまらない。と、六人が全員の名前を覚えなおしたところで、ベルドが小さく眉を顰めた。一瞬遅れて、エドが馬車から顔を出す。
視界が大きく揺れたかと思うと、馬車の移動は止まっていた。どうやら先ほどの揺れは、馬車が急停止したものらしい。隅にいたビーンが顔を出し、御者に向かって問いかけるが、この時点で冒険者達は何が起こったかを把握していた。
「うわ……」
周囲の木の陰から覗いてくるは、殺気に染まった無数の瞳。ベルドやアドル、フェイスたちは、正体は分からずとも殺気に気付いて身構えていた。
「……あれは、リングスか。どうやら、囲まれたようだね」
「リングス? ……ああ、リングスか」
呟いたのは、シリィだった。相手の姿はまだ分からないが、既に出会ったことがあるのか、何か取り立てた特徴があるのか、彼女は敵の正体を把握したらしい。名前を聞いたベルドがほんの一瞬だけ顔を顰め、続いて愉悦の笑みを浮かべるという意味不明な反応をした。
「……とはいえ、多いなおい。気配だけで二十はいるぜ」
しかも、その数は洒落にならないほど多かった。ざっと見で二十、下手をすると三十匹はいるかもしれない。そしてシリィの言った通り、一行は――正確に言えば、一行が乗った馬車は既に取り囲まれていた。
「ベルド、ヒオリ。一方向、任せられるか?」
「馬鹿抜かせ。二方向どころか、三方向だって引き受けてやるよ」
「言うな、二人組」
エドの言葉に、ベルドは剣の柄に手をかけながら言い返す。口元に浮かぶ不敵な笑みは、それがただの強がりでないことを実証していた。
通常冒険者は、数人で一組のパーティを結成する。船頭多くして船山に上るなんてことわざもあるため、あまり大勢でキャラバンを組んで行動するのは珍しいが、たいていは四人か五人で一組のメンバーを結成していた。それに対して、ベルドとヒオリは二人だけ。それでいて多少は名前が知れるほどの実力者となれば、その腕前も分かるというものだ。
「とはいえ、二方向ずつを引き受けるにしても、人数的な都合もあるから馬と御者がいる方向は任せたい。大丈夫か?」
「もちろん」
ベルドの申し出を、アドルが受ける。ベルドとヒオリは右側から、アドル、エド、フェイス、シリィの四人は左側から飛び出して、瞬時に散開して木陰に殺気を叩きつける。奇襲に失敗したと悟ったのか、木陰に潜んでいたリングス達は耳障りな鳴き声を上げながら飛び出してきた。
体長はだいたい二メートルほど。水平に二本並んで生えている鋭く長い角とその横の耳、後ろ足で立つ、竜とも犬ともとれる姿――それが、この付近では恐れられているリングスという魔物だった。肉食で凶暴な性格をしており、空腹時には容赦なく攻撃を仕掛け、いつまでも追いかけてくるというしつこい魔物だ。この近辺では屈指の強さを誇る魔物で、行商の商人や一般人はおろか、新米冒険者でも時折倒されてしまうという、よく問題ともなっている魔物だった。群れで狩りをすることも多く、そうなったらろくな戦闘経験もない者は死を覚悟せねばならないともいわれている。
……が、当然ながら彼らは「ろくな戦闘経験もない者」ではなかった。
「それじゃあ――はじめさせてもらおうかね」
「よぉし、行っくよおぉっ!」
女性にしてはやや低い声と、高いソプラノの声が重なった。シリィの杖とヒオリの篭手に凝縮された魔力が、上空で炸裂して氷の嵐と化す。冷気の刃を一気に降り注がされて、リングス達が悲鳴を上げた。続いてエドが弓矢を構え、目にも留まらぬ連続射撃で魔物の集団を潰していく。
銃の撃ち方の一種に、右手で銃を腰の高さに保持し、左手でハンマーを扇ぐように弾くファニングという神速の射撃法がある。使用する武器が弓でありながら、その連射にも勝るとも劣らぬ電光石火の射撃術。怒涛の勢いで連射されていくにもかかわらず、針の穴を射通すような正確無比な連続射撃は、遠距離から次々とリングス達を制圧していく。
続いて、そんな冷気と弓矢の嵐を突っ切ってやってきた半数ほどのリングスを、アドル達が迎撃にかかった。魔術が途切れるのとほぼ同時に、ベルドが敵陣に突っ込んでいく。
「つぁらあぁっ!」
軽戦士であるベルドの一撃は、その軽装から重戦士達には若干破壊力には劣るものの、敏捷性と軽快さには突出した能力があった。剣一本を相棒に、軽装を生かした舞うような動きでリングスの急所を次々と叩き斬っていく。
「はっ!」
馬を食いちぎろうと迫ってきたリングスに、アドルは剣を振り下ろす。顔面を斬られ、リングスは吠えるような声を上げた。だがアドルは意にも解していない様子で、振り下ろした剣を素早く返し、体をずらして横殴りに襲ってきた別の魔物を右上方向へと切り上げる。続けざまに剣を肩の高さに保持したまま、ベクトルを大地と平行な向きに変えて右方向へと一回転。遠心力を伴った薙ぎ払いに近い一撃で三匹目を叩き斬ると、勢いを殺さぬまま、再び上段から斬り下ろして四匹目を地獄に撃ち落とした。
この間、わずか二秒半。ベルドに勝るとも劣らない、流れるように美しい四連撃だった。アドルが打撃を与えた、あるいは討ち漏らしたリングスはフェイスが追撃をかけて仕留めていき、御者はともかく無防備な馬にさえリングスの牙を近づけない。
「でぇりゃぁっ!」
リングスの体を踏み台にして、ベルドが跳躍して宙返りした。重力加速度の助けも得て、真上から剣を振り下ろす。高々と舞った鮮血の一部が口の端に付着して、その血を舐め取って不敵に笑うその表情は、まさしく好戦者のそれだった。
リングス達も猛然と仕掛けてくるが、あるものはベルドにあっさりと回避され、あるものはアドルにカウンターの要領で斬り返され、うかつにたたらを踏んでとどまればエドの射撃の餌食になり、遠くにいるリングスはヒオリに雷撃を落とされて灰燼に帰す。
歯が立たないまま反撃を食らって潰えていき、二十匹はいたリングスの群れが次々と数を減らしていくのを見て、リーダー格の個体が纏められる仲間を取りまとめて逃亡体制に入る。が、前衛にいて眼前の敵に集中しなければならないベルドたちならまだしも、後衛にいて戦況を見定めていた女性陣とエドがその動きを見逃すはずが無かった。
「アドル!」
斜め上方に打ち上げられた矢が、大きな音を立てて宙を舞った。鏑矢を使ったのか、その攻撃は威嚇射撃の役割を果たす。続いてシリィが最も得意とする氷の呪文で足止めを放ち、その間にエドの声で気付かされたアドルがリングス達の間をすり抜けるように突っ込んで――
「――はああぁぁぁっ!!」
半円を描き、勢いと遠心力を加えて振り下ろした超強力な袈裟斬りが、リーダーを真っ二つに両断した。
そして、それを知ったリングス達の注意が逸れたその一瞬、ベルドの動きが爆発的に加速した。