最終幕

君らと僕らの物語


倒れ伏したアルミラを、エドは無表情で見つめていた。その横でベルドが歩み寄り、槍を手放したアルミラの顔を覗き込む。

「……気絶してるな。息はまだあるみたいだが」

召還した魔物は全て還され、アルミラは戦闘不能になるほどのダメージを受けた。ベルドはアルミラのこめかみを軽く蹴飛ばすと、その意識を引きずり戻した。

「とっとと起きろ。悠長に寝てるんじゃねえ」
「ベルドさん、やりすぎです!」
「知ったこっちゃねえよ。こっちはこいつに殺されかけたんだ。お前らもヒオリもいなければ、とっとと拘束した後に服剥ぎ取って売ってるぞ」

強姦より先に金の問題らしいが、悪びれもせずに言ってしまうベルドは、やっぱりどこか悪の手先にも見えてしまう。蹴られたアルミラは意識を取り戻したようだが、ダメージが酷いのか、いまだ立つことすら出来ないようだ。もう抵抗はないと思うが、ベルドは趣味と実益をかけてアルミラの胸を踏んづけた。

「か、は……」
「言い訳があるんなら、聞いてやるぜ」
「――ベルド」

あんまりといえばあんまりな言い草に、アドルが呆れ顔で歩み寄った。ベルドをその場からどけると、アドルは簡単な確認に入る。

「暗殺の噂は、やっぱりでっち上げだったんだね」
「…………」
「それで、ベルドとヒオリを犯人にして、後はカモフラージュの冒険者を雇う。それとも、私たちが犯人を突き止める探偵役だったのかもしれないけれど」

アルミラは肯定も否定もせず、彼らのことを見上げている。アドルは一つため息をつくと、シリィに警備兵を呼んでくるよう依頼をした。シリィは分かったと頷くと、惨憺たる広間を後にしていく。

「細かいことは、ルミーラ当主と警備兵達に任せるとするよ。君は当分、自戒を胸に過ごすことだね」
「……悪い。ちょっといいか」

と、ベルドが再び入ってきた。その隣にはヒオリがおり、ベルドは一歩身を引いてヒオリを前に出してやる。

「ヒオリ。警備兵が来る前に、言いたいこととかやりたいこととかやっておけ。殴りたいなら殴ってもいいし、殺したいなら殺してもいい。好きにしとけ」
「……ベルド」
「なんだ、フェイス?」

ぴんと張った声で、ベルドに制止の声がかかった。心底分かっていない――のではなく、無意味な殺生を望まないからだろう。

「邪魔するなとは言わないが、するなら斬るぜ」
「分かっています。それに、わたくしもベルドさんとやりあうつもりはありません。……ですが、殺すのだけは止めてください」
「……殴るのはいいのか?」
「だってベルド、ヒオリの……」

横から入ったエドの突っ込みに、フェイスはそれだけ言葉を繋ぐ。が、そこから先が出てこない。ベルドは一体、なんだというのだ。しかし、フェイスの顔を見ると、ある意味いつもといえばいつも通りの、妄想状態に入っていた。なんというか、さっきの静かなセリフ台無しである。

「……お前、死なないな……」

毒気を抜かれたベルドの前で、ヒオリが小さく息をついた。振り返ると、ヒオリはアルミラの胸倉を掴み上げて、色をなくした瞳でアルミラの瞳を貫いていた。

「最初から、ボクたちを利用するつもりだったんだ」
「…………ええ、そうよ」
「……そう」
「それに、後から気付いたけど、あなた、奴隷だったんでしょ? 過ぎたる幸せも掴んだみたいだし、そろそろ死んでも良かったんじゃない?」
「……開き直り?」

見苦しいな。吐き捨てるように続けたヒオリの右手に、ぱちりという音がする。見ると、ヒオリの篭手に纏われた電撃が、波のように荒れていた。ヒオリの心が、理性を失いかけた証だ。

「炎とか氷とかでやると、本当に殺しちゃいそうだから。それにボクは、別におまえを殺したくはないんだ」
「……同情のつもり? 奴隷風情が」
「誰がおまえに同情なんかするか。殺しちゃったら、怒られちゃうじゃんか。ライラスの家とかおまえの婚約者の家とか、この家にだって追われちゃうかもしれないじゃんか」

何かを無理矢理平板にしたような声で、ヒオリは続ける。

「宿屋に帰ったら、ベルドにいっぱい甘えるんだ。二人っきりで、いろんな所に旅に出るんだ。追われるような旅なんて、ボクはしたくないんだよ」

拳を開いて、ヒオリは軽く手を振った。同時に、纏われていた雷は音を立てて霧散する。

「だめだね。電撃でやっても、殺しちゃいそうだ」

その細腕のどこにそんな力があるのか、それとも魔力で強化しているのか。左手一本でアルミラの体を支えなおすと、ヒオリは思いっきり右の拳を握り締めた。

「この一発で勘弁しといてやる! ボクとベルドに、感謝することだね!!」

バキィッ、と。見事なまでの音を立てて、ヒオリの拳がアルミラの頬骨に突き刺さった。直撃の瞬間に魔力まで込めて撃ち抜いた、首が弾け飛ばんばかりの必殺の一撃。ろくに衝撃を殺せずに、アルミラは壁まで吹き飛ばされて頭からたたきつけられる。あれでも手加減はしていたのだろう。たたきつけた拳はともかく、纏わせた魔力のほうには。

あれは、折れたな。この場の誰もがそう思う中、シリィが警備兵を連れて入ってきた。警備兵は場を見渡すと、ヒオリが無表情で指を差す。その先には、頭部から血を流して倒れているアルミラがいた。

事情は知っているのか、警備兵はアルミラを立たせて歩いていく。二人の警備兵が、彼らのことをにらみつけてきた。ヒオリは出口を指差すと、警備兵に冷たく言葉をぶつける。

「さっさと行って。分かってるけど、今は顔なんて見たくない」

警備兵側からすれば、理屈と感情がばらばらの状態なのだろう。だが、少なくとも事情とアルミラが起こしたことは分かっているのか、素直にアルミラを連れて行った。

その姿が消えるのを見て、ヒオリは静かにベルドのところに歩いてくる。そのまま、何も言わずに彼の胸元に顔を埋めた。ベルドは何度か、ヒオリの頭を撫でてやる。

「お疲れ様。当分、貴族からの依頼は止めとこうな」

ベルドの発した、そんな言葉が――仕事の終了を、語っていた。

 

 

「おお、諸君か。どうやら今回は、娘の大馬鹿に迷惑をかけたな」
「迷惑どころじゃなかったですけどね」

三日後、ジェイブリル家の執務室で、一行はルミーラ当主に面会していた。完全に立ち直ったらしく、昨日から政務にいそしんでいるとのことである。余計なことをほざいたベルドに、アドルがべしんと平手を入れた。

「それで、アルミラさんは今、どうしていらっしゃるんですか?」
「それが、難しい所よな……私は今、あれ以外に跡取りがいないものだからな。有能な庶子でも探そうかとも思っているのだが。少なくとも、もうアルミラに後を継がせることはないだろう。今はとりあえず、奴には謹慎させているよ。詳しい処分は、追って行おう」

よく見ると、反省の意を表しているのだろう、ルミーラも頭を丸刈りにしていた。事態が事態なので、ジェイブリル家そのものにも何かしらの処罰はあっただろうが、彼らがあずかり知る所ではない。

続いてルミーラは机の引き出しから貨幣袋を取り出し、アドルたちに手渡した。冒険者である彼らにとって、その中身を推測することは容易だった。

「では、約束通りの報酬だ。危険手当と、ヒオリ嬢には慰謝料も追加してあるぞ」
「うわ……」

中身を見て、シリィが驚きの声を上げた。中身は最初にアルミラによって提示された額に、手当てが追加されている。楽ではなかっただろうにと返すシリィの前で、ルミーラは小さな笑みを漏らした。

「アルミラが持っていた服やベッド、武具なんかを売り払ったものだ。心配はしなくていい」
「ベッドまで売ってしまったんですか?」
「使用人のものがいくつか余っていたからな。今はそれをあてがっている」
「あっちゃー……」

どうやら今のアルミラは、使用人と同程度の暮らしになってしまったようだ。目下、彼ら――主にベルドとヒオリ――からしてみれば、謹慎しているだけでは納得もいかなかったのだが。袋の口を閉じたベルドは、傍らのヒオリに問いかけた。

「それでお前は、この金は全部ジスタルに?」
「うん。旅に支障がないぐらいに、渡しておこうと思ってるけど。いくらくらいなら大丈夫かな?」
「問題ねえ問題ねえ、慰謝料分だけ持ってったら、後は全部渡しちまえ」
「ありがと」
「全くだ。にしても、よく支障なんて言葉覚えたな」
「……む〜」

馬鹿にしてるー、と唸ったヒオリに微苦笑を漏らし、ベルドはヒオリの頭を撫でる。ふにゃっとした笑みを漏らしたヒオリだったが、ベルドはにやっとした笑みを浮かべていた。

「おーいアドルー、お前の頭も撫でてやろうか?」
「……君は事件が解決した瞬間に、あの世にでも行きたいのか?」
「いや、まさか。ヒオリのやきもちが怖いし、相応の見返りがなければやらないよ」
「ヒオリは男にまで嫉妬するのか」
「うーん、男にはあんまり嫉妬しないだろ。でもほら、やっぱ可愛い女の子が相手だったりすると――どわあぁぁっ!?」

剣が飛んでくる、いつも通りの光景に。

エドが小さく、笑みを漏らした。

 

 

「そうしたら、今日はこれからどうしようか?」

任務を終え、ルミーラから報酬も受け取り、完全に任務を終えた一行は、使用人の部屋へと向かっていた。ジスタルにヒオリの報酬を渡し、最後の挨拶が残っている。それが終われば後は馬車で街に帰るだけなのであるが、到着した後が少し問題だったりする。

「そうだな……」

アドルの言葉を受けたエドが、少しだけ考える素振りをする。ベルドやヒオリは特に街には詳しくないので、アドルたちの反応待ちだ。ほんの少しだけの沈黙の後、エドはこんな提案をした。

「……とりあえず、昼飯でも食うとするか?」
「あれ、もうそんな時間か?」

提案を受けたベルドが、太陽の高さと方角を見る。確かに、今は若干早いのだが、街に帰れば昼飯時にはいい時間になるだろう。散開する前に、共に任務を過ごした戦友と昼食を取るのも悪くない。

「任務中に街に戻ったときに、止めてもらった場所の近くに中々美味い料理を出す店があるんだ。それに、お前ら二人はまた旅に出るのだろう?」
「ん、まあな」
「その店は、一緒に水も売っていたはずだ。この辺りの水はそこらのものとは一味違うぞ。もしもまだ準備が整っていないのなら、どうだろうか?」

エドの提案に、若夫婦が顔を見合わせる。その目線が今度はアドルたちに注がれて、ヒオリが小さく笑みを漏らした。

「そうだね。それじゃあ、遠慮なくご一緒させてもらうよ。ジスタルさんにも、提案だけしてみるつもりだけれど、いい?」
「もちろん、いいぞ。では、決まりだな」

アドルやフェイス、シリィにも異存はないようで。エドは頷くと、再び足を動かし始める。

海岸線沿いに大きな山が連なっている、盆地の大陸――その中で、任務を終えた冒険者達はしばしの休息を取るのであった。

 

 

 

  

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