第十二幕

森の王と夏祭り


扉を開け、絡み合った蔓草をかきわけて進んだ先、そこは森の中に出来た自然の小部屋のような空間だった。緑の木々に囲まれたその中心に、これまで出会った事のないモンスターが直立している。

頭に生えるは二本の角。立派な鬣。確かに獣の王・ケルヌンノスの名を冠されるだけはある。

圧倒的な威圧感を持つその魔物は一行に視線を向けると、一歩ずつ歩み寄ってくる。それだけで地面が揺れるかのような錯覚を覚えた。

「――行くぞ!」

ベルドが気合を一つ入れて恐怖を吹き飛ばし――激戦が始まった。

 

 

ケルヌンノスとの戦い、最初のターンは両者大きな動きは見せなかった。ベルドがデビルクライを使い、ゲリュオが上段に構える。続くカレンが医術防御を放ち、ツァーリが力祓いの呪言を唱えた。対するケルヌンノスは咆哮を上げ、この叫びに呼応してアルマジロのようなモンスターが二体駆けつけてくる。

「トルネードッ!」

ベルドの剣がアルマジロの一体を切り裂き、発生した旋風がもう一体のアルマジロとケルヌンノス本体を吹き飛ばす。続くゲリュオのツバメ返しが炸裂し、ケルヌンノスに打撃を与える。ここでケルヌンノスのスクリューアッパーがゲリュオの顎に炸裂し、ゲリュオは錐揉みしながら宙を舞った。顎から入った衝撃が後頭部から抜けて行き、地面に叩きつけられる。

見たカレンが即座に湿布薬と包帯を取り出し、手馴れた作業で治療開始。このタイミングでヒオリの大爆炎の術式が起動され、アルマジロたちを焼き払った。ケルヌンノスは再び咆哮を上げ、新たなアルマジロが駆けつけてくる。

「舐めんな!」

ベルドが二度目のトルネードを放ち、復活したゲリュオが再度ケルヌンノスにツバメ返し。どさくさに紛れてツァーリがメイスを力任せに叩きつけ、ヒオリが術式を展開する。が、ツァーリのメイスは鈍い音と共にはじき返される。当然ながら、効いている様子はない。

「ぐ……!?」

殴った腕がびりびりと痺れ、鋼のような強度にツァーリはメイスを取り落としそうになる。たたらを踏んだところへ、ケルヌンノスの反撃が来た。

「させるか!」

しかし、その攻撃は横から突っ込んできたベルドに中断せざるを得なくなる。レイジングエッジを叩き込むのに一拍遅れ、ゲリュオの強烈な居合い抜き。続けざま、ヒオリの火炎放射がアルマジロ二匹をを黒焦げにした。

だが、ケルヌンノスが咆哮を上げるとまたしても新たなアルマジロが駆けつけてくる!

「――ちっきしょう、仲間を呼ぶなんて卑怯だぞ!!」

今現在五人がかりでケルヌンノスを攻撃している卑怯を棚に上げ、ベルドは叫んだ。対するケルヌンノスはそんな罵声をものともせず――というか、単に言葉が理解できない――攻撃態勢に入った。

渦を巻く右腕が、強烈な勢いで五人に襲い掛かる。カレンが横跳びに、ゲリュオが刀で受け流して攻撃をかわすが、残った三人は強烈な烈風に吹き飛ばされ、木に叩きつけられた。

「エリアキュア!」

カレンが即座に二本の薬瓶を投げ上げ、味方全体を回復する。と、ここでツァーリがゲリュオに話しかけた。

「キュラージ卿、アルマジロを一体だけ倒してくれるか?」
「構わないが、何故だ?」
「……少し気になることがある」

ゲリュオは分かったと頷く。何か作戦があるのだろう。

「らぁっ!!」

首討ち。放たれた超強力な居合い抜きが、物も言わせずアルマジロの一体を地獄に落とす。続いてベルドがレイジングエッジを放とうとするが、ゲリュオはそれを止めた。

「何故だ!?」
「ツァーリの作戦だ! もう一体のアルマジロは倒すな!」
「はぁっ!?」

疑問を上げながらも、ベルドは剣を構え直す。ヒオリも即座に単体攻撃の術式に切り替え、カレンは再び医術防御。ここでケルヌンノスのハリケーンパンチが炸裂し、五人はバラバラの方角へ吹っ飛ばされた。

「氷よ、突き抜けろっ!」

地べたに伏しながらも右手の篭手をかざして唱えた氷結の術式。だが、これはあまり効いていない。炎かな――ヒオリは小さく呟く。雷という可能性も無くはないが、ヒオリはまだ電撃の術式は使えなかった。とりあえず、基本威力の高い火炎か氷結の術式で押すのがセオリーだろう。

「――よし、いいぞ、もう一匹のアルマジロも倒せ!」
「了解! 行くぜ、レイジングエッジ!」

立ち上がる勢いのばねも載せて、ベルドが強烈な一撃を叩き込む。ヒオリが追撃に大爆炎の術式を放ち、ケルヌンノスもろとも焼き払う。見たケルヌンノスは再度咆哮を上げ、またしても新たなアルマジロが駆けつけてきた。

「……やはりな」
「何がだ?」
「ケルヌンノスの習性だ。おそらく、ケルヌンノスには単独になったらアルマジロを呼ぶ習性がある」

アルマジロが二匹とも倒されると、即座に新たなアルマジロを呼んだ。先ほど試験的に一匹だけ倒したとき、ケルヌンノスはアルマジロを呼ばなかった。

「ならば一匹だけ吹っ飛ばすだけだ、レイジングエッジ!」
「づあぁっ!!」

ベルドのレイジングエッジとゲリュオの踏み袈裟に、アルマジロの一体が轟沈する。残ったアルマジロは無視し、全員はケルヌンノスに神経を集中させた。

「炎よ、燃え上がれ!」

火炎の術式。身を焦がす炎の熱に、ケルヌンノスは苦悶の声を上げた。続いてカレンが傷跡を杖で抉り込むるように殴りつけて打撃を与える。だが、ここでアルマジロが何かを発動し、次の瞬間ケルヌンノスの体を緑色の光が包み込んでその傷をあっという間に癒していく。

「げっ……」

ごくまれに、医薬品を使わずに魔力だけで傷を治す敵がいるという。目の前にいるアルマジロも、それに属する存在だろう。

「っ舐めんな!」

ベルドの攻撃がケルヌンノスに叩き込まれ、ゲリュオは刀を上段に構える。続くヒオリが火炎の術式を唱え、ツァーリがメイスで殴りつける。

「エリアキュア!」

最後にカレンがエリアキュアを使うが、再びアルマジロが動いた。高い鳴き声と共に、その体から魔力が解き放たれる。放たれた緑色の光が甲羅のような姿に整えられ、ケルヌンノスと自分自身を守るように展開された。そのケルヌンノスめがけてゲリュオがツバメ返しを放つ。

「……なんだと!?」

カキィン、と甲高い音がした。ゲリュオの刀は光に邪魔され、相手に上手く入らなかったのだ。ダメージはあるのだろうが、そのほとんどは殺されてしまっている。

「くそっ!」

続いてベルドがレイジングエッジを放つが、結果は同様。飛び退いたベルドは再びデビルクライを使うが、この間にもアルマジロは回復魔法を唱えていた。ケルヌンノスの傷がさらに癒える。

「炎よ、燃え上がれっ!」

ヒオリが火炎の術式を唱える。さすがにこれはまともに入った。どうやらあの甲羅は物理攻撃のみに抵抗をつけるらしい。ケルヌンノスが低く構える。

「させるか!」

やられる前にこっちがやる。ケルヌンノスが攻撃に移るより速く、ベルドのレイジングエッジが炸裂した。甲羅の守りを打ち破り、ケルヌンノスにダメージが入る。ベルドの視界に血を流すケルヌンノスの姿が入り――

「!?」

――突如、その視界がぶれた。何が起こったのか分からぬまま、体に強烈な衝撃が入る。揺れる視界で前を見ると、拳を構えたケルヌンノスが見えた。

離れていたツァーリには、何が起こったのか分かっていた。肉を切らせて骨を断つ。レイジングエッジが決まった直後、ケルヌンノスのクロスカウンターがベルドの横っ面に炸裂したのだ。超強烈な力で殴りつけられたベルドの体が、衝撃波すら放ちながら吹っ飛んだ。ゲリュオが攻撃を中断したのもここにあり、攻撃を仕掛ければ先のベルドの二の舞になることは容易に推測できる話だった。

「…………」

まずいことになった――アルマジロがさらにケルヌンノスを回復するのを見ながら、ツァーリは呟いた。確かに、ゲリュオのツバメ返しとベルドのレイジングエッジで、アルマジロが回復するダメージを相殺できる。ここにヒオリの火炎の術式が入ればさらなるダメージを与えることが出来る。

だが、それとて無限ではない。術式や剣技を放つにはそれなりの集中力、魔力がいる。別にまだ枯渇の兆しは見せないが、切れた瞬間火力がガタ落ちし、相手の回復量の前に倒されてしまうのは明白だ。やられる前にこっちがやるという選択肢もあるが、攻撃特化で挑めば手痛いカウンターを叩き込まれる羽目になる。

「……ん?」

そこまで考え、ツァーリはあることが引っかかった。もしも相手が、回復を出来なかったら? 頭に浮かんだ仮定から、ツァーリは作戦を高速で練り上げる。ベルドがカレンによって治療を完了させたのを見ると、ツァーリは叫んだ。

「……お前さんら! わしがアルマジロを止めるから、お前さんらは全力でケルヌンノスを叩け! サガラ卿は前衛組の回復を頼む!!」

普段声を荒げることなど無いツァーリが大声で叫ぶという珍しい状況は、現在彼らがどれほど切羽詰まった状況に置かれているのかを物語っている。手段を選んでいる暇は無い、四人は即座にツァーリの作戦に乗った。

駆け出す二人と術式を起動したヒオリを見て、ツァーリはアルマジロめがけて印を結ぶ。

「――我は知る、其は汝が為の道標なり、我頌歌を持って汝を狂宴の贄と捧げよう!!」

結んだ印、その指先から強烈な魔力が迸る。

「――畏れよ、我をっ!!」

漆黒の光が走り、アルマジロを螺旋状に絡め取る。不気味な光にアルマジロの体はほんの一瞬だけ恐怖に震えた。そのタイミングで、間髪入れずにツァーリの声が飛ぶ。

「命ず、言動能ずっ!!」

びぐん、とアルマジロの体が震えた。放とうとしたのは甲羅の守りか回復魔法か――だが、呪言によって体の自由を奪われたアルマジロの特技は放たれることはなく、魔力だけが空しく虚空に消えていった。

「食らえっ!」

ゲリュオの踏み袈裟が叩き込まれ、反撃にケルヌンノスのホーンラッシュ。間髪入れずにカレンのエリアキュアが飛び、直接打撃を食らったゲリュオと衝撃波を食らったベルドとヒオリの傷をまとめて癒す。続くベルドのレイジングエッジが入り、ヒオリの火炎の術式が飛んだ。ここでケルヌンノスのハリケーンパンチが炸裂する。

「無駄ですっ!」

だがケルヌンノスの攻撃は、カレンのエリアキュアと医術防御の前に次々と回復・防御され、彼らに決定打を与えるには至らない。その間にも残った三人が次々とケルヌンノスに打撃を叩き込んで行き、ケルヌンノスの頼みとするアルマジロはツァーリに縛られて動けない。

――そして、ケルヌンノスの甲羅の守りの効果が切れた。

「――行けえええぇぇぇぇぇっ!!」

呪言で相手を縛ったツァーリが叫ぶ。


ベルドがトルネードを放った。ヒオリが火炎の術式を唱えた。そして、ゲリュオのツバメ返しが襲い掛かった。


森の王の――密林に鎮守する獣の王の体が断続的に震え――その補佐を勤めた獣と共に、ゆっくりと、力なく、倒れ伏した。

 

 

「……畜生、ひどい目にあったぜ」

密林の木に寄りかかり、ベルドは小さくため息をついた。その横でゲリュオがツァーリに話しかける。

「助かった。お前の作戦が無ければ俺たちは勝てなかった。礼を言う」
「うむ、崇めてええぞ。お賽銭は五桁から受け付けよう」
「高ぇよ」

三桁であっても、新人冒険者であれば一日がかりで稼ぎ出すような額なのだ。何が悲しくて、わざわざ五桁も出さねばならん。突っ込むゲリュオに笑いつつ、ツァーリはカレンに向き直る。

「ところでサガラ卿、何が取れた?」
「角と鬣です。特に角は優秀な武具の材料になると思います」
「さよか」

立派な角と鬣を袋に入れ、新手が来る前に彼らは撤退した。

 

 

「おお、君達か、首尾はどうだ?」
「ええ、依頼の対象、ケルヌンノスを打ち倒してきました。これがその証拠となる角と鬣です」

その翌日、長鳴鶏の宿で体力と傷を完全回復させた一行は、朝一番に執政院を訪れていた。なるべく早く報告を行うべきだというのももちろんあるが、今日の夜に行われる夏祭りのために執政院本体が昼で今日の営業を終了させてしまうためというのもある。

「そうか、あの密林の王を倒し――」
「だからテメエのハナシはどうでもいいからとっとと報酬寄越しやがれこの中間管理職!!」

ゲリュオの居合い抜きが、ベルドの背中を真一文字に切り裂いた。

 

 

「ありがとう。あの魔物の存在は我らも非常に頭を悩ませていたのだ」

ベルドの一言で自分の何かを傷つけられたらしく椅子の陰でのの字を書いていた執政院のメガネ男をなだめすかし、十分間言葉を尽くして慰め続け、やっと復活した男性の一言である。当のベルドはゲリュオに斬られ、カレンの手により治療されている。

「つい先日、この街に来たばかりと思っていたが、君たちも十分立派な冒険者に育ったようだ。お陰で樹海のさらに奥、第三階層を調査することが可能になった」
「はい」

『絶対てめえは何にもしゃべるんじゃねえぞゴルァ』という視線をベルドにぶつけてからゲリュオが礼を言う。

「ところで、実はそのことで頼みがあるんだ」
「頼み、ですか?」
「うむ。明後日、我々のところに来て欲しい」
「分かりました」

 

 

「ベルドーっ、おまたせーっ!」

そして、その夜。太鼓の音が鳴り響く、いつもと全く違う空気のエトリアの街――アネスト神社。その入り口で腕を組み空を見上げていたベルドの耳を、聞き慣れた声が刺激した。

「おーう」

ベルドは声のほうに顔を向ける。と、そこには半分予想通りで、もう半分は予想外の光景が広がっていた。

「……ヒオリ?」

そう、目の前にいたのはヒオリだった。

時は一日ほど遡る。一行は世界樹の迷宮第二階層・原始ノ大密林内部で森の破壊者と遭遇した。だが戦ったのはゲリュオとヒオリだけで、ベルドたちはその後ろで「森のくまさん」談義をしていた。これを見たヒオリはへそを曲げ、それを宥めようとしたベルドから食事を奢らせるという約束をもぎ取ったのだ。

ヒオリはこれを一緒に夏祭りに行けという形に変えてベルドに突きつけ、当のベルドもはい分かりましたと二つ返事で引き受けた。そして神社の入り口という最も混みそうな場所に集合場所を定め、先に着いて待っていたベルドにやってきたヒオリが声をかけたという状況だ。よって、この光景は大方ベルドの予想通りであった。

だが、問題は。

「……お前、よくそんなの持ってたな」

ヒオリの姿は青地に小花柄の浴衣姿だった。ベルドはてっきり普段着姿で来るものと想定しており、予想外の光景とはこれのことである。

「カレンに借りたんだよ。ボク、浴衣持ってないから」

どこでどうやってその情報を知ったのか、カレンはヒオリがベルドと二人で夏祭りに行くことを知るとヒオリを女子部屋(長鳴鶏の宿205号室)に引きずり込み、自分のお古の浴衣を引っ張り出してヒオリに次々と着せてみたのだ。で、サイズが一番合ったものをヒオリに着せて送り出したのである。

そのことを聞くと、ベルドはなるほどと頷いた。

「ああ、道理でお前らしくも無いやけに大人っぽい浴衣なわけだ」
「……どういう意味?」
「気にすんな」
「気にするよっ!」

へらへら笑うベルドにむっとした目を向け、ヒオリは拗ねた。

「はいはい、そう怒んな。行こうぜ」

そう言ってヒオリの反応を見ることすらなく、ベルドはすたすたと歩き始める。

「あ、ちょ、ちょっと待ってよっ!」

その背を、拗ねも怒りも放り出してヒオリは追いかけた。

 

 

「それにしても、ベルドもそんなの持ってたんだね」
「ん? ああ」

夏祭りに参加しだして数分後、ヒオリはふとベルドに話しかける。ベルドは現在、黒地に茶色の縦縞柄の浴衣を身に着けていた。この男らしくラフに着崩されてはいるが、地味に超がつくほどの一級品である。

「セルファの谷を冒険していた時に、女の子を襲っているグリフォンに遭遇してな。しょうがねえからやっつけて助けてやったらその子、セルファの街の浴衣屋の一人娘だったらしくて、謝礼に貰った」
「ぐ、グリフォンって、電撃とか吐いたりしなかったの!?」
「そりゃ吐いたよ、文字通り体が痺れたぜ?」
「……よく無事だったね」
「生憎俺は電撃と氷結には強くてな、常人よりはダメージ軽いんだよ。スノードリフトの凍てつく牙食らったときも、ゲリュオと違って気絶しなかったろ」
「……あ、そういえば」

そう、スノードリフト戦終盤、ベルドとゲリュオは強烈な一撃を食らい、ゲリュオは気絶したのに対しベルドは戦闘不能には追い込まれたものの気絶はしなかったのだ。カレンの治療でも回復するのにかかった時間はゲリュオの半分以下だった。

「じゃあ、属性攻撃には強いんだ?」
「……ってわけにもいかねえ。電撃と氷結には耐性があるんだが、逆に火炎には弱いんだ」
「ふーん、難儀な体質してるんだね」
「まあな」

ベルドは話を打ち切るように頷き、ヒオリに笑いかけた。

「さて、何からやりますか、姫?」

 

 

どーん、と一際大きく太鼓が鳴った。

「お、始まるか?」

その音にベルドがエトリアの街中央広場の方を向く。それとほぼ同時に、夏祭りに参加している人がいっせいに向きを変えた。

「始まるって、何が?」
「ああ、ベルダの広場で花火大会があるんだよ」
「花火大会っ!? 花火もやるの!?」

ベルドの一言にヒオリは好奇心をそそられたらしい。カキ氷、金魚すくい、わたあめにりんごあめ、たこ焼きお好み焼き、型抜き射的、そしてこの花火大会と見るもの全てに興味を示すヒオリに、ベルドは笑って問いかける。

「なんつーかお前、片端から興味示してるな。そこまで珍しいか?」
「だって、夏祭りなんて始めてだもん。宴会は何度かやったけど」
「……ああ」

ヒオリの過去に思いを馳せ、ベルドは思い切り顔を顰めた。ヒオリは脱走した奴隷だ。その過去に何があったかは彼女の話から推測するしかないが、ロクなものではないだろう。

「それに、宴会っていっても成金臭い貴族共が己の財力を誇示する場所くらいのイメージしかなかったから」
「……その物凄くヘビーなイメージなんとかならんか?」
「それに、給仕や余興、酔った貴族の相手もして、宴会ってボクにとって仕事以外の何者でもなかった」
「……分かった、俺が悪かった」

楽しむはずの夏祭りまでこんなこと思い出させたらたまったもんじゃない。ベルドはヒオリの両肩を掴み、頭を下げて謝罪した。

「とりあえず、その侘びといってはなんだが、花火をのんびり見せてやる。来いよ」

そう言うと、ベルドはヒオリの手を取ってある場所へ向かった。

 

 

「うわ、誰もいないよ」
「あたりまえだ、誰もいないところに連れて来たんだから」
「……こんな人目につかないところに連れて来てどうするつもり?」
「どうするつもりもねえから。他意もねえから安心しろ」

ベルドたちがやってきた場所は、神社の裏手だった。ベルドの予想通り、案の定人は誰もいない。

「ま、あと二、三分ってとこか?」
「なにが?」
「まあ、待ってなって」

きょとんとしたヒオリに、ベルドはにやっと笑いかけた。


それから、数分後。ひゅるるるるるうぅ、という甲高い音が空に響き――

――腹に響く轟音がした。

「わぁっ!」
「おっしゃ、始まったぜ!」

夜空に咲いた色鮮やかな花火を指差して、ベルドは子供のような明るい声で言った。大きな花火が次々に打ち上げられ、その下には小さな花火が無数に弾けている。ベルドは眉の上に手をかざして、楽しげに目を凝らした。

「いきなりスターマインかい。豪勢だな」
「え、えと、スターマインって?」
「ああ、花火を一発ずつ打ち上げるんじゃなくて、まとめて打ちあげるヤツのことさ。花火大会の華と言ったらやっぱこれだぜ?」

笑みを浮かべながら、ベルドはヒオリを振り向いて言った。花火の光に照らされて、少女の驚いた顔が色を変えて映る。

「さっき言っただろ、花火をのんびり見せてやるってよ。穴場らしいぜ、ここ」

次々と打ち上げられる花火を、ベルドは微笑を浮かべながら眺めていた。しかし、音と光が乱打する幻想郷は唐突に消え失せる。

「……あれ、終わっちゃったのかな」

幸せな夢から覚めたかのように、ヒオリはしょぼんとした顔になって言った。

「いや、いくらなんでも十五分ぐらいじゃ終わんねえよ。花火ってのはいくつかポイントを変えながら打ち上げられるらしいから、多分今はインターバルじゃねえかな?」

ベルドが己の知識と照らし合わせ、今の状況を分析する。


「……そう」
「……どうした?」

返事は随分間があった。小さな声は、宵闇の静寂にやけに響く。その声に、ベルドは眉を顰めてヒオリを振り返る。ヒオリの顔は、何か不安げに揺れていた。

「……ベルド」
「……なんだ?」

小さな、それでいて何かの決意を宿した声。その声音に、ベルドも居住まいを正した。

「……そろそろ、返事をするよ。ベルドの告白に対する返事」
「……ああ」

来るか。どうして今言い出すのかは知らないが、返事を聞かせてくれるのであればそれを聞こう。

「お前の返事なら、俺はどんな内容でも受け入れる。だから、遠慮せず話せ」

ベルドはヒオリと無理矢理にでも付き合いたいというわけではない。単に彼女が好きなだけだ。縛ってでも自分に付き合わせたって、自分はいいかもしれないがヒオリが辛いだろう。だから、断られても構わない。だが、その答えは『ヒオリ・ロードライト』という自分が告白した少女として出して欲しい。そうヒオリに釘を刺し、ベルドは返事に身構えた。

「一つ、確認しておきたいことがあるんだ」
「なんだ?」
「知っての通り、ボクはアーティミッジの奴隷だよ。きっと、これからもアーティミッジの連中はボクを連れ戻しに何度も襲ってくると思う」
「ああ」
「そして、その時ベルドに加わる危害は、ボクを恋人にしたら飛躍的に増えると思う。その覚悟は、出来てる?」

ヒオリを恋人にしたら、ベルドの危険度は跳ね上がるだろう。最悪、ヒオリと一緒に奴隷まで落とし込まれるか、見せしめのために殺されることを覚悟しなくてはならない。

だが。

「そんなもん、とっくに出来ている」
「……そう、だよね」

刹那の躊躇も無く、ベルドは言い切った。奴隷になったり殺されてやったりする義理は無い。降りかかる火の粉は全力を以って払うだけだ。そして、その覚悟もとうに決めた。

「……分かった。じゃあ、返事する」
「……ああ」
「ヒオリ・ロードライトは……ボクは――」


「――ベルド・エルビウムの交際の申し込みを、喜んでお受けします」


その声と同時、花火が上がった。小さい声は、花火の爆音に負けぬくらい大きく響いた。

 

 

 

 

 

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