第十一幕

密林の王ケルヌンノスを倒せ!


「なるほど、これが飛竜の卵か……よくやってくれた、これで学者達の研究もはかどるだろう」

二日後、エトリアの街執政院――ギルド「紆余曲折」の面々は、ミッション『飛竜の卵をさっさと取って来んか何をしているモタモタすんなこのウジ虫共がああぁぁぁっ!(一部誇張あり)』の完了報告に訪れていた。

「ところで、ベルド君とゲリュオ君はいないのか?」
「ええ、まあ……」

「紆余曲折の面々」といっても、この場にいるのはヒオリ、カレン、ツァーリの三人だ。理由はどうあれ命をいじることに激しい抵抗を持つゲリュオはその場に同席するとまた怒りそうな気がするので自ら辞退。ベルドは「メガネのオッサンの話なんぞ興味ねえ!」と叫んでシリカ商店へ武器を見に行った。

「ふむ……まあ、仕方ないな」
「どうかしたんですか?」
「うむ。実は、執政院の長であるヴィズル様がキミたちに是非会いたいと言っているのだ」
「し、執政院の長って、要するに町長ですか!?」

意外な大物からの面会依頼に、カレンが素っ頓狂な声を上げた。

「うむ。会ってくれるかね?」

さすがにこれを断るのは失礼だろう、一も二も無く承諾した。

 

 

というわけで、十分後。堂々とした立ち居振る舞いのナイスミドルが、一行の前に現れた。

「諸君が冒険者ギルド・紆余曲折のメンバーだね? 私の名前はヴィズルという。この厳しい迷宮探索を成しえてくれる事、私からも礼を言おう」
「……ありがとうございます」
「その素晴らしい活躍を見込んで、君らに頼みがあるのだがいいだろうか?」

ヴィズルの重々しい言葉に、三人の背筋は自然と伸びていく。その態度を肯定と見て取ったのか、ヴィズルは一つ頷いて説明を始めた。

「原始ノ大密林と呼ばれる第二階層だが、その最終階には恐ろしい魔物が存在している。我々の知るだけで何組もの冒険者たちが、地下十階でその魔物の前に倒れた……」

その冒険者達のことを思っているのだろう、ヴィズルの顔は苦い。

「どんな魔物なんですか?」
「うむ、たくましい体に大きな二本の角、立派な鬣を持つ人間に近い姿をしている魔物でな、我々は古の神の名を借りてケルヌンノスと呼んでいる」
「ケルヌンノス……」
「その昔、腕の立つ何名かの冒険者は地下十階の奥まで行ったと聞いている。だが、ケルヌンノスが地下十階に鎮座するようになって以来、二人の例外を除きこの街の冒険者で第三階層に到達した者はいない」
「……たった、二人ですか?」
「うむ。もちろん強制はしない。君たちに、かつてない困難に立ち向かう勇気があるなら受領してくれたまえ」
「…………」

三人は三人そろって押し黙る。確かにそのミッションを受領したいのは山々だ。だが、今度の相手はレベルが違う。スノードリフトは「若い冒険者に経験を積ませ、育てさせる機会だ」として捉えるだけの余裕があった。しかし、今回の敵は話を聞く限りそう簡単には行かないだろう。はい分かりましたと二つ返事で引き受けるのはあまりにも危険すぎた。

「……時間をいただけますか?」
「もちろんだ。なら、私は一旦失礼するよ」

そう言ってヴィズルは話を締め、立ち去っていった。残された三人はそこでしばし考える。

「……とりあえず、ベルドたちと合流しようよ」

と、最もな意見をヒオリが言った。それにカレンが相槌を打つ。

「そうですね。えっと、何て名前の魔物でしたっけ?」
「ケルヌンノスやな」
「ケルヌンノス?」
「ああ、わしも聞いたことがある」
「あるんですか?」
「うむ、ケルヌンノスっていうのは、『樹海の底』に沈んだという、フランスとイギリスという国で崇拝された、ケルトでも最も古い神の一柱やな。獣王や動物王であったと推定されている、狩猟の神にして冥府の神や。胡坐をかいた姿で、頭には立派な二本の角が生えているが、これは角のある神としては一般的な描写やな。そこから、古代ローマ人によって『角を持つ者』を意味するケルヌンノス、もしくはケルヌノスと呼ばれるようになったちゅう話や。野生動物や森林の神であると同時に、角が豊穣のしるしと考えられていたため、豊穣の神と見なされる事もあった。ローマ人はこの神を……」
「いや、そこまで詳しく解説してくれなくていいですから……」
「あ、そう?」

ツァーリのハウリング寸前の長広舌に、カレンが突っ込みを入れて止めた。

 

 

翌日。

「そうか、ケルヌンノス退治を引き受けてくれるか」

わずか二分の話し合いで決定した討伐依頼の引き受けに、執政院の長・ヴィズルは満足そうに頷いた。

「ケルヌンノスは原始の大密林最深部・地下十階に陣取っている。間違いありませんね?」
「うむ、間違いない。諸君らがケルヌンノスを倒し第三階層への道を切り開いてくれることを期待している。では」

ヴィズルは全員を見渡し、最後に激励を入れてくれた。


「では、お願いする。気をつけてくれたまえ」

ついでに執政院の入り口でメガネの男性から励ましの言葉をいただきつつ、ベルドたちは樹海の奥地を目指ことになるのであった。

 

 

「あるーひー、もりのなかー、くまさんにー、であったー」
「…………」
「はなさくもーりーのーみーちー、くまさんにーでーあーっーたー」
「言ってることは正しいがそんな平和な話じゃねえだろおおおぉぉぉぉぉ!!」

地下九階・魔物たちが彷徨う獣の小道――ギルド「紆余曲折」の一行は大熊のF.O.E.「森の破壊者」に遭遇していた。

ヒオリとカレンが歌った歌は当然ながらあの有名な童謡「森のくまさん」である。まあ確かに(亜熱帯の)森の中の(亜熱帯の)花が咲く道で(超凶暴な)くまさんに会ったという話には間違いはないのだがとりあえず色々突っ込みたい。ちなみに、叫んだのはベルドである。

「はあぁぁっ!!」

ゲリュオが居合い抜きで熊の体を斜めに斬り裂く。最近いちいち突っ込んでいてもキリが無いのでスルーする方針に転換したらしい。熊の豪腕がゲリュオを襲い、ゲリュオは一瞬で納刀しながらこれをかがんで回避した。続けざまに再びの居合い抜きから縦に斬り裂く高速抜刀剣術を披露し、直後にヒオリの雷の術式が襲い掛かった。熊は息を吸い込んで咆哮を上げる。

「……うっ!?」

森の破壊者の技にしてスノードリフトも使ってきた「恐怖の咆哮」。精神の弱い者は一発で恐怖感に苛まれ、腰が抜けてしまうという。術式を放った直後で気が抜け、精神防御が落ちたタイミングでの攻撃にヒオリの腰が恐怖に抜ける。

が。

「――おおおぉぉぉぉぉっ!!」

「道」と呼ばれる修行を積み、強靭な精神を獲得していたゲリュオにたかが熊の咆哮ごときが効くわけも無かった。雄叫びを上げてその呪縛を打ち砕き、愕然とする熊めがけて跳躍する。

「――その首貰ったぁっ!」

白刃が斜めに駆け抜け、その首を吹き飛ばす。勢いよく飛んだ首は放物線を描いて地面に墜落し――

――立ったままの首無し死体から、思い出したかのように鮮血が噴き出した。


……って


「……今、ボクとゲリュオしか戦ってなかったよね?」

ヒオリが小さな声でぼやいた。ゲリュオもさすがにそれは意外だったらしく、何やってるんだとベルドたちのほうを向き直った。


結果、ベルドたちは――


「一番の謎はやっぱり『くまさん』の不可解な行動や。なぜ『お逃げなさい』と言っておきながら、『ついてくる』のかってのが一番大きいわな」
「一般に流布しているのは、『どっちもバカ説』ですよね」
「そうだな。くまさんは自分で『お逃げなさい』と言ったにもかかわらず、落とし物を見た瞬間届けるために追いかけてしまうわけだろ? ほんでもって娘の方もイヤリングを受け取るなり、襲われそうになったことを忘れて、お礼に歌うなどと悠長なことをしてしまうしな。少なくともイヤリングを受け取ったら、即座にきびすを返して逃げるべきだと俺は思うぞ」
「ですよね。そう考えるといずれ劣らぬバカではありますが、一応つじつまは――」
「首討ち『改』!!」
「炎よ、焼き払えっ!!」
「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーー!!」


――ゲリュオたちが命を懸けて必死に戦ってる後ろで『森のくまさん』談義をしていた。

 

 

「分かったって、悪かったよ、謝るよ」

地下九階を探索しながら、ベルドはヒオリに謝罪していた。当のヒオリはぷんすこ怒っており、ベルドからかたくなに顔を背けている。

理由は簡単、ヒオリが必死に戦っている後ろで(といっても戦っていたのはほとんどゲリュオだが)ベルドが「森のくまさん」談義をしていたところにある。

「……やれやれ」

かたくなに目線を逸らして拗ねているヒオリにため息をつき、ベルドはその頭に手を置いた。

「悪かったって。マジで。今度メシでも奢ってやるから機嫌直してくれよ」
「え――!?」

驚愕に目を剥いて、ヒオリは勢いよく振り返った。残った三人も一様に驚きの表情だ。金にがめついあのベルドが他人に物を奢るなど。全員の瞳は異口同音(異眼同音?)にそう語っていた。

「……奢るって、まさかお菓子一個とかじゃないよね?」
「別に何でも構わんが?」
「じゃあボクが選んでいい?」
「はいはい、姫君のお気に召すままに。じゃ、先行きますか」

小さく笑って、ベルドは再び歩き出した。もしもこの場にベルドがヒオリに好意を抱いていることを知っている人間がいたら絶対に思ったことだろう。

転んでもただでは起きないヤツだ、と。

 

 

「……なんだ、これ?」

地下十階、迷宮を進んでいた一行は、足元に落ちていた赤い石に気付いて歩みを止めた。

「なんだ、高価な宝石か?」

へらっと笑ってベルドは顔を寄せるが、単に赤い絵の具を塗っただけの石ころだった。

「……ちっ、期待した俺が馬鹿だったぜ」
「そりゃそうでしょう、宝石がぽんぽん落ちてるわけ無いじゃないですか」
「でも、なんで絵の具なんか塗られてるの?」
「スリングを得意とするレンジャーの中には、手ごろな石を何度も用いる者がいる。その石を無くさぬよう、放った後で見つけやすいように色を塗って見分けやすくでもしたのだろう」

ヒオリの疑問に、ツァーリが答える。ただの石に価値は無い。一行は石に向けた視線を外し、再び樹海の探索に出ようとする――

「……ゲリュオ?」

――が、ゲリュオが動かなかった。

「どうした?」
「…………」

ゲリュオが見つめる先は、ニードルタイガーとシャインバードの死骸が転がっている。戦利品として使えそうなものは全て剥ぎ取られており、特におかしなところがあるわけでもない。

が。

「……こいつ……」

シャインバードは先ほどの石で倒されたのだろう、体の一箇所に抉られたような傷があった。だがゲリュオの視線はそちらを見向きもせず、もう片方のモンスター・ニードルタイガーに固定されている。

「……刀傷?」

不審に思ったベルドがニードルタイガーを調べる。と、そこには斜め一文字にバッサリと切り裂かれたような傷があった。

剣と刀では、同じ刀剣でも出来る傷に違いが出る。剣は基本、切れ味に叩きつける勢いを載せて攻撃する武器だ。そのため、剣の攻撃では引き切られたような傷が出来る。対して刀は、純粋に切れ味に特化した武器だ。無論打ちつける勢いもあるが、その破壊力では叩きつける前に斬り裂いてしまう。結果、綺麗な切り傷が出来るという寸法だ。

「この刀傷がどうかしたのか?」
「……ああ、ちょっとな。手間を取らせて悪い、行こう」
「は?」

ベルドは疑問を抱いた顔をしながら、仲間たちのところへ戻っていく。だが、ゲリュオはまだニードルタイガーに出来た傷を見つめていた。


その傷は、ゲリュオにとっては見覚えがあった。あいつが得意とした剣技、その傷にあまりにも似すぎている。

――まさか、ヤツがいるのか?

「……馬鹿な、こんなところにいるわけがない」

考えすぎだ。そう呟いて小さく笑い、ゲリュオはベルドたちの後を追った。

 

 

「炎よ――」

地下十階――どんどん強くなる獣気の方角へ進むベルドたちは、敵と遭遇していた。

敵の名前は軍隊バチ。地下六階から出てきた原始ノ大密林内ではスリーパーウーズ・ポイズンウーズと並んで有名な敵である――が、その数は今までの倍、五体だ。五対五といえばフェアな気がしなくもないが、現実的に考えてご遠慮願いたい状況だ。全力で戦うことが出来るならまだしも、彼らには密林の王・ケルヌンノスを打ち倒すという使命がある。薬品系のものは多量に買い込んできてはいるが、消耗は少ないに越したことはない。

「――焼き払えぇっ!!」

とはいえさすがにこの数に魔力を節約して戦ったらこちらも大打撃を受けることは必定なので、今回はヒオリが大爆炎の術式を放つ。ヒオリの手から放たれた猛炎が、軍隊バチたちを纏めて焼き払っていった。


「……ふぅ」

軍隊バチの死骸を調べ、使えそうな尾針をかたっぱしから剥ぎ取るカレンを見ながら(に使用するらしい)彼らはツァーリの書いた地図を覗き込んでいた。地下十階はほとんど全てが埋まり、残るは南部分の一部だけとなっていた。

「しっかし、どこにいやがるんだケルヌンノスのヤツ……」

尾針を布でくるみ、袋に入れ、さらにそれをリュックの中に放り込んでベルドはぼやく。毒を持つ針をうっかりリュックの中から「ぷすっ」とかやらかしたら悲しいからだ。

「……しっ」

と、ゲリュオが唇に人差し指を立て、皆に静かにするよう指示をする。何か気配を感じたからだ。

「……そこだ、その木の影!!」

奇襲を仕掛けるには遠すぎる。そして、抑えられてはいるが底知れぬ力の波動の正体をゲリュオは知っていた。相手は特に隠れるつもりはないらしく、素直に歩み出てくる。はたして出てきた人間は――

「レン、ツスクル……」

――何度か出会った二人組の冒険者、レンとツスクルだった。

「久しいな、紆余曲折の諸君。先ほどの気配察知の術、なかなか見事だ」
「ははっ」
「知っていると思うが、ここは樹海の第二階層の最深部だ。この世界樹の迷宮内でもかなり危険な地域といっていい」

ベルドたちは一つ頷く。そんなことは百も承知だ。

「特に密林の王。地下十階を住みかとする恐ろしい魔物がここで多くの冒険者を倒してきた。このままでは、迷宮探索に支障が出る、と考えた執政院が誰か冒険者を送るといっていたが……」

そこまで言ってレンは言葉を切り、一行を見つめなおした。

「紆余曲折の諸君が選ばれたわけか。まあ、よかろう」

確かに順当な話ではあるな。そう呟いたレンは、一行に光る水滴を浴びせてきた。冷たい水滴を浴び、五人は体に再び力がみなぎってくるのを感じる。

「泉の、回復薬……」
「ああ。相手は強敵だ。傷を治し、万全の体制で挑むがいい」

頷いたレンは、続いてバックパックから一つの飲み薬を取り出す。

「樹海の奥で手に入れた植物を加工し作った薬だ。戦いの際に重宝するだろう」

レンはその飲み薬を渡すと樹海の奥へと視線を向ける。

「密林の王ケルヌンノス。ヤツの住みかはすぐ近くだ。注意して進むんだぞ」
「はい。ご厚意、感謝します」

レンの厚意にカレンが礼を言い、一行は再び密林の奥を目指して歩き出した。

 

 

「……いるな、ヤツが」

密林の中、足を進める一行は森の奥から強い獣気を感じ取った。

「ああ、恐らくこの先に密林の王・サロンパスがいるんやろうな」
「ツァーリさん、サロンパスじゃないです、ケロンパスです」
「ケムンパス?」
「ケムルンパスだよ、ちゃんと覚えたの!?」
「……ケルヌンノスだっつーの……」

ツァーリがボケてカレンが直し、それも違ったという二段オチ。そこへヒオリが間違いを訂正したが、それすら間違っていたという三段オチであった。ベルドのぼやきを無視し、ゲリュオが一行に向き直った。

「確認するが、戦う準備は万端か?」
「てめえ最近スルーマスタリーのスキルが上がってきただろ」
「……準備は万端か?」
「勿論だ」
「いつでもいけるよ」
「私も大丈夫です」
「わしも問題ないぞ」

ゲリュオの問いに、四人は力強い返事を返す。その言葉にゲリュオもまた頷き、扉を開けた。

 

 

 

 

 

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