第七話
搦め手
「せああああああっ!」
いざないの洞窟地下二階で、リューゼ・アルマーの剣が唸る。黄色い波紋走る魔剣は、強烈な風切り音を伴って置物めがけて襲い掛かる。だが、返ってきたのは敵を斬り裂く感覚ではなく、腕が痺れるような独特の感覚。視認するまでも無く、剣が跳ね上がっているのが分かった。
「弾かれた!?」
嫌な手ごたえに戦慄を覚え、リューゼは即座に距離をとる。入れ替わるようにしてシャルナのメラが入るが、小さな煙から光る眼差しは、それがいかほどのダメージにもなっていないことを証明している。
と。
――イオ――
「なにっ!?」
クエルスが聞き返すよりも速く、三人の中心で爆発が起こる。三人は踏みとどまって堪えるが、そこへ閃光が駆け抜けた。
「――ギラ、か……」
「っやべえっ!」
歯を食いしばって呻くクエルスの横で、リューゼが素早く身を捻る。半瞬遅れて、そこを氷の刃が駆け抜けていった。
「ヒャド!?」
「呆けてんじゃねえ! 次来るぜ!!」
「ちぃっ!」
ぼやいたクエルスに、リューゼが大声で喝を入れる。その一声に我を取り戻し、クエルスも攻撃態勢に入った。指先から走った火の玉が、置物めがけて襲い掛かる。その一撃をフェイントとして、クエルスは剣を叩き込んだ。しかし、結果はヤマチュウと同様、鈍い音を立てて弾かれるだけ。同時にシャルナのヒャドが打ち込まれ、砕けた氷の塊に紛れてクエルスは素早く距離をとった。
「勇者の末裔をなめんなよ――アストロンッ!!」
同時、即座に呪文を展開する。練り上げられた魔力はクエルスたち三人に作用して、その体を瞬時に鉄に変えた。数瞬遅れて襲い掛かった閃光と氷塊は、いずれもクエルスたちに何のダメージも与えることなく消えていく。
しかし、それだからといって状況が好転したとは言い難い。確かにアストロンは、かつての勇者が使ったという何の攻撃をも寄せ付けなくさせる伝説の魔法のうちの一つだ。しかし味方全体を鉄の塊に変えてしまうという性質上、こちらも動くことはままならない。本来は未知の相手に対する偵察・様子見用の魔法なのだ。
「ちっきしょう――何か打つ手は無いのか!?」
「あんたマホトーン使える?」
「使えたらとっくに使ってるわ! リューゼ、お前は!?」
「……右に同じ」
ギラにイオ、ヒャドにメラ――襲い掛かる波状攻撃と頑丈な胴体に、回復も攻撃もままならない。おまけにマホトーンはなしと来て、クエルスたちは未だに有効な決定打を見出せないままだ。
――が。
「――ったく、しょうがねえな……疲れるんだがアレやるか」
「アレ?」
「なになに? それやると勝てたりするの?」
「勝てるかどうかは分からんが――とりあえず、打撃は与えられる」
「そうか――って、リューゼ!」
「っ、ざけんなっ!」
リューゼの言葉に頷いた横で、クエルスの顔が戦慄に引きつる。一行の眼前で、置物二体が交差するような位置あいからそれぞれギラを放ってきたのだ。相乗威力を叩き込まれれば、いくら下級魔法といえど大ダメージは免れない。しかも、放たれたときは鉄の塊が解けた直後。まるでそれを見計らったかのようなタイミングだった。接近戦の訓練を行っているクエルスはともかく、このタイミングではおそらくシャルナは反応できない。
だが。
次の瞬間、リューゼがシャルナを蹴り飛ばした。その反動で大きく距離を取り、クエルスも回避行動に出る。必殺の閃光が頬を掠める感覚に――にやけた笑みさえ浮かべながら。
「当たってはやれなくてね! ――行くぜ!!」
その声と同時――地面を踏み抜かんばかりの震脚と巻き上がった銀色の粉塵に紛れ、リューゼの姿がかき消えた。ただ虚空を駆ける稲妻のような黄色い光だけが、その位置をクエルスたちに知らしめる。
「でえぇあぁぁっ!!」
瞬閃――そして、激震。光は置物の位置を駆け抜け――刹那の後に、リューゼ諸共現れる。一瞬遅れ――爆発。
「おう、倒せるもんだ!」
砕け散る石の欠片の向こうに、唇を吊り上げるリューゼが覗く。その行動と戦闘力に、まずは彼を排除しようとしたのか、置物がリューゼに振り返った。
だが。
「あたしのことを忘れてない!?」
少年の口から発されるはずもない、やや高いハスキーな声。体勢を立て直したシャルナが、呪文を組み立てていた。
「防御力が高いなら――消すだけよ!」
その言葉と共に、残った置物を青い光が包み込む。シャルナの口から紡がれる祝詞は、魔術師が使う補助魔法。
「ルカニッ!」
皮膚、装甲を柔らかくして――防御能力を下げる、一流術士への登竜門とされる呪文だった。
「クエルス!」
「分かってるよ――」
その効果が現れるや否や、クエルスは思いっきり走り出した。
「いつまでも、いつまでも――」
「――どこの誰とも分からねえようなクソガキに、勇者が負けちゃいらんねえんだよっ!!」
大地を踏み込み放たれる、クエルス必殺の強烈な飛び斬り。剣をへし折ってしまうのではないかと思われるほどの威力を秘めたその斬撃は、まさに必殺――
「――決めるっ!!」
直撃、そして――
――爆音。
クエルスの一撃が、試練の置物を打ち砕いた。
「……うああ、やっと倒したあぁ……」
「やっと倒したって、お前なあ……」
敵を打ち倒し、どうっと座り込んだクエルスの前に、リューゼが呆れ顔でやってきた。見上げたクエルスに、リューゼは半分頭を抱えて返す。
「誰がどこの誰とも分かんねえクソガキだ、人をダシに使いやがって」
「いや、悪ぃ……カッコつけたセリフを探そうと思ってたら、つい……」
「あの状況でカッコつけることまで回ったお前の頭に感心するよ」
「そういうお前だって――」
「はいはい、そこまで」
論戦を始めかけた男性陣に、シャルナが手を叩いて割って入る。ああ? と妙な声を上げて振り返った二人に、シャルナは指を突き出した。
「こんなところでモメてても仕方ないでしょ? とりあえず、旅の扉に入って、新天地に着いてからにしなさい」
「…………」
妙な所で進行役となったシャルナに顔を見合わせ――二人は同時に噴き出した。
第一章・旅立編・完