第六話
いざないの洞窟
「へぇ……ここがいざないの洞窟ってやつか……」
つっ、と口元をゆがめ、クエルスが笑う。その横で、シャルナとリューゼも洞窟の入り口を見据えていた。
アリアハン大陸は、今も昔も四方を海に囲まれた小さな大陸である。気候も温暖で、魔物もスライムやおおがらすといった小物がせいぜい。そんな平和そのものであるアリアハン大陸と他の大地を繋ぐ玄関口がこのいざないの洞窟であり、かつて世界が大魔王ゾーマと魔王バラモスの脅威に包まれたとき、アリアハン王は洞窟の内部に壁を作り、凶暴化した魔物の流入を封絶したといわれている。同時、大魔王ゾーマを倒した勇者が新天地へ旅立ったとされる封印の洞窟でもあり、その際に魔法の玉という道具を使い、その封印を解除していた。
だが、ゾーマの死後、最封印は行われず――そのまま、現在に至っていた。
「んで? 地図みてぇなもんはねえの?」
「んなもんあるわけがないだろうが。大人しく歩いて突破するしかねえよ」
「へいへい」
リューゼの問に、クエルスはそう呟いて返す。リューゼも一つため息をつき、洞窟のほうへと歩き出した。
「うぎゃあっ!」
「どうしたの、リューゼ?」
「コウモリの糞が、頭に――」
「ぎゃああああ、汚なーい!」
「……OK。新天地出て宿を取ったら、一番風呂には入れてやるよ」
「出た先に街があったらな……」
それから、数時間後。ぎゃあぎゃあ騒いでいる三人は、いざないの洞窟をうろついていた。あきらかに人工物と思しき壁や天井は、そこかしこがネズミやコウモリの住処となっており、床も心なしか湿っているように思う。さらには床が朽ちて落とし穴が開いており、そう易々とは突破させてはくれなかった。
「――――!」
かと思えば――
「やばい、前だ!」
「なにっ!?」
暗闇の奥でギラリと光る、二対の眼球。紫色の体毛が美しい、アルミラージと呼ばれる魔物だ。夜行性で、夜にはレーベ近辺にも出没する。夜は昼とがらりと変わった魔物が出るとの知識から、夜行訓練に出た際に何回か戦った相手でもあった。
「ちっ……! 面倒だ、速攻で片をつけるぞ! シャルナはヒャドを、リューゼは俺と一緒に集中攻撃をかけろ!」
「了解!」
クエルスとリューゼが剣を引き抜いて突貫し、その横を氷の刃が掠め飛ぶ。シャルナが新しく覚えた呪文・ヒャドの威力は絶大で、アルミラージの片方をものの一撃で葬り去った。
「そら、食らえ!」
アルミラージの絶叫が轟く中、リューゼの素早い一撃が放たれる。切り裂くというよりは殴りつけるような一撃を食らい、アルミラージは顎を仰け反らせて絶叫した。その隙に、クエルス必殺の走り込みからの強烈な跳び斬り。返り血が体を染める中、もう一体のアルミラージも崩れ落ちた。
「やれやれ……こうぽんぽんと魔物が出てきたんじゃ、体が保たんな」
「正確に言えば、いつ攻めてくるか分からないものを気を張って警戒し続けていなきゃならないところが大きいんだろうけどね」
「別に難しい話じゃないだろ。敵がどの方向から現れて仕掛けてくるかなんて、気配で分かる」
「気配って、あんたね……」
さらっと言われたリューゼのセリフに、シャルナがため息をついて返す。
「……あたしたち、そこまで優れた能力ないんだけど」
「……あ?」
その言葉に――何故かリューゼは、止まった。
「優れた能力って……お前まさか、分からないのか?」
「分からないわよ、そんなの。クエルスは?」
「……俺もだ」
「……お前らな……」
シャルナとクエルスの答えに、リューゼは一つため息をつく。
「……そんなんでいいのか。ここの辺りだったらまだいいがな、アレフガルドの領域だったらシャレにならんぐらい凶悪な魔物がわんさかいるぜ」
「――アレフガルド? あの地下世界アレフガルドか?」
「ああ。アレフガルドだけじゃねえ、この地上界にもひょうがまじんだのシャドーだのといった面倒な連中がうようよいる」
「――って、そうじゃなくて」
「あ?」
「なんでお前がアレフガルドとか魔物とか知ってるんだよ」
「……言われてみれば……」
クエルスの指摘に、リューゼは止まる。そのまま腕を組み、しばしふうむと考え込む。だが、結論は出てこなかったらしく
「……なんでだろうな?」
苦笑を返しただけで終わった。だが、その顔は一瞬で引き締まり、鋭く前方を睨み据える。半瞬遅れて、クエルスも気付く。
前方に渦巻く光の渦と、それを守るように設置された二体の像に。
「……………………」
「……………………」
しばらく、そのまま沈黙が流れ――
「……黙ってないでとっとと動いたらどうだ、石像」
――ほう……気付いていたか……――
「…………!?」
――石像の目が、光った。
驚きに固まるシャルナの前で、置物はがたごとと動いて立ちふさがる。そして――
――ここまでたどり着きし冒険者達よ。その知恵と力を駆使し、我等二体を倒して見せよ――
――その言葉を告げるが早いか、メラの火球が飛んで来た。
「……ちいっ! マジかよ!?」
クエルスはそれを咄嗟に身を捻ってかわし、即座に戦闘態勢を整える。横のリューゼも既に剣を構えていて、そこに黄色い波紋が走った。
「――場違いな疑問で悪いが、その武器どこで手に入れたんだ?」
「……分からないんだな、これが」
「……やっぱりか」
ある程度予測していたのか、クエルスは小さく笑う。その横で、リューゼはぽつりと呟いた。
「ウェルゲイン……」
「……え?」
「ウェルゲイン。多分……それが、この剣の名前だ」
「ちなみに、確証は?」
「ない。ない、が……」
「……確証があろうがなかろうが、武器の威力は変わらんぜ!!」
その言葉と同時――リューゼは、鋭く置物に突っ込んだ。