第四話

落ちてきた男


「なにっ!?」

駆けつけた先に居たのは、一人の少年だった。さらに、その隣には巨大な怪鳥が横たわっている。見たこともない魔物にクエルスたちは一瞬で警戒態勢を取るが、すぐにそれを解除した。怪鳥の右翼に巨大な穴が開いており、立ち込める焦げた臭いから、何か炎のようなものでやられたであろうことが分かる。


「おいあんた、大丈夫か?」

だが、それよりも目下問題なのは少年のほうだった。怪鳥の傍に倒れており、見る限り意識は無い。あの高さから墜落したのだ、死んでしまったのではないか――そんなことを思い、クエルスは少年に駆け寄った。見ると、シャルナも着いてきている。


「う……あ……あぐぅ……」
「――――!?」


どうやら、まだ息はあるらしい。それを見て、クエルスは素早く回復魔法を組み立てた。さらに、横ではシャルナが薬草を取り出して少年にあてがう。高位の僧侶がいればどんな怪我でも一発で治せてしまうのだろうが、残念ながらクエルスたちにそんな高等技術は無い。だが、治療の甲斐はあったらしく、少年はぴくりと体を動かした。


「……うぅ……イ……イヴ……ッ……」
「……え? なに? 人の名前?」
「くっ……!」

シャルナが聞き返すより早く、少年の目がぼんやりと開く。頭を振りながら立ち上がり、はあはあと荒い息をついた。それを見て、クエルスが少年に容態を聞く。

「おい、あんた、大丈夫か?」
「……誰だ、お前?」
「誰って……この近くで修行をしていた者だけど」
「…………」

少年の目が、だんだん焦点を結ぶ。クエルス同様回復魔法を組み立てて、少年は自らの後頭部に当てた。だが、それもクエルス同様、ホイミである。だが、塵も積もれば山となるのか、少年はだんだん回復してきた。クエルスとシャルナのほうを向き、頷く。

「どうやら……あんたらに助けられたみたいだな」
「それはどうも」
「んで……唐突で悪いが、俺ら知り合いか?」
「は?」

突拍子も無いセリフに、クエルスが頓狂な声を上げて返す。何の冗談だと少年に返すが、少年の目に冗談の光は全く無かった。

「いや……俺、お前のことを、どっかで知った気がして……」
「いや、知らないな。それに、そんな言葉は女性にでも言え。野郎に言っても意味がねえだろ」
「……全くだ。すまん、忘れてくれ」

クエルスのジョークに、少年も笑った。と、その直後、近くの草むらがガサガサと鳴る。振り返ったのは――クエルスやシャルナよりも、少年のほうが先だった。

次の瞬間、奇怪な羽音と共に、巨大な蜂が飛び出してくる。その数は優に三匹を数え、どうやらちょっとした群れのテリトリーを知らぬうちに侵していたらしい。

「……さそりばちか」

それを見て、嫌なものを見たと言うふうにクエルスが小さく眉を顰めた。さそりばちとはアリアハン地方を中心に繁殖する大蜂で、個々の戦闘能力は大したことは無いが、その繁殖力には目を見張るものがある。社会生活を営むことも確認され、下手に一個体を刺激すれば気がつけば大群に囲まれてしまい、そのまま命を落とした者も少なからず存在する。

ちなみに大したことはないといっても、先ほどクエルスたちが戦ったおおありくい並みの力はある。スライムや大ガラス、一角ウサギなどまだ可愛いほうだ。

さすがに今の状態で、しかも少年を守りながら戦っては勝ち目は薄いため、クエルスたちは撤収しようと決断を下す。


が。


それより早く、少年が片膝をついて何かを拾った。クエルスとシャルナの間をかき分けるように前に立ち、二人をかばうようにしてそれを構える。黄色い波紋が走るそれは――剣だ。

「よし、ダメージは――大分回復している。魔力・体調、問題なし。……全然動けそうだな」
「動けるって、ちょっと!」
「ただで済む雰囲気でもなさそうだろう。どうやらあちらさんは戦る気みたいだしな。あんたらは逃げな」
「馬鹿抜かせ」

少年の言葉に、クエルスも剣を抜いて隣に立つ。さらに、後ろではシャルナが呪文を唱えた。

「どこの誰とも知らねえ少年を敵にぶつけてホイホイ逃げるなんて、アランの野郎の血が泣くぜ」
「アラン……?」

クエルスの言葉に、少年は眉を顰めた。だがそれも一瞬のこと、迫り来るさそりばちに意識を向ける。

「さてと……んじゃま、お手並み拝見と行きますか!」

どんっと少年が大地を蹴り、先頭のさそりばちに肉薄する。下から掬い上げるような一撃を放ち、少年は一撃の元にさそりばちをたたき斬った。

「――――!?」

その動作に、二人――特にクエルスは動きを止める。さそりばちを一撃で倒してしまった少年の技量は、そうさせるに十分なものだった。左右から二匹のさそりばちが襲撃をかけるが、少年はその合間をすり抜けて回避する。そのうちの一匹にシャルナのメラが炸裂し、音と匂いで我に返ったクエルスが、メラを受けて弱ったさそりばちを斬り落とした。

「食らえ!」

続いてクエルスは、最後のさそりばちを攻撃する。袈裟懸けから右斜め上に斬り上げる攻撃が、さそりばちをぐらつかせる。だが、それと刺し違うようにしてさそりばちの針がクエルスに刺さっていた。

「っぎ……」

クエルスは反対側の手で盾を持ち上げ、横殴りに殴りつけた。木の板に革を貼り付けただけの簡素なものといえど、思い切り殴りつけられたらかなり痛い。痛覚はあるのかよろめいたさそりばちに、少年がとどめの一撃を加えて決着を見た。

 

 

「よぅし、一丁上がりぃ」

にっと笑って剣を鞘に収め、少年は笑った。その様子を、シャルナはクエルスの傷に念のために毒消し草を入れながら見ていた。視線に気付いたのかそれとも手持ち無沙汰になったのか、少年は二人に意識を移してくる。

「結構、できるな」
「あんたもな」

少年の賞賛に、クエルスは隠すことなく返した。治療が完了したのか、シャルナの腕が離れていく。それを横目で確認して、クエルスはしゃきっと立ち上がった。

「……とりあえず、俺はクエルス。こいつはシャルナだ」
「……そうか」

クエルスの自己紹介に、少年は一つ頷いて返す。と、その顔がはっとしたものになった。

「――どうした?」
「…………」

クエルスの声に、少年は何も返事をしない。しばらく待ってみるも応答はなく、クエルスは苦笑を浮かべて促した。

「あのな。名乗ったら名乗り返すのは、礼儀ってもんじゃないのか?」
「…………」
「……おい。黙ってねえで何とか言えよ。アーでもウーでもよ」
「ああ?」
「んだ、てめえ! ケンカ売ってんのか!!」
「……なんでキレてんのよ、クエルス。落ち着きなって。とりあえず――」

牙をむいたクエルスを、シャルナが宥める。そして、少年に向かって切り出した。

「――ねえ、君、レーベの人? もしそうなら、一緒にレーベに戻らない?」
「……俺を知っているのか?」
「知らないけどさ。困ったときはお互い様でしょ」
「…………」

シャルナの声に、少年は呆気に取られたらしい。しばらく停止していた少年だが、おもむろに首を横に振った。そして、シャルナではなくクエルスのほうに問い返す。

「とりあえず……クエルスっていったよな?」
「……ああ」

先の一件があるからか、クエルスの声は少々苦い。少年は悪いと一言告げると、苦笑するように言葉を続けた。

「多分、名を名乗られたら、返すのが礼儀なんだろうけどよ……」
「…………?」
「……俺、誰だよ」
「…………は?」

さすがにその続きは予想できなかったのか、クエルスは抜けた声を上げる。そんなクエルスに頓着せず、少年も片手で頭を抱えた。

「……思い出せないんだ、これが。記憶喪失とかいうやつらしい……」
「…………嘘だろ?」
「嘘をつくんだったら、もう少し気の利いた嘘を言ってるっつーの」
「…………」

苦笑する少年の言葉に、曰く言いがたい沈黙が流れ――


「……とりあえず、宿に戻ろうよ。こんなところで立ち話してても魔物に襲われるだけだろうし、詳しい話はそれからでしょ?」
「……そうだな」


シャルナの提案で、ひとまず場所を変えることとなった。

 

 

第三話・のどかな村でへ

目次へ

第五話・記憶喪失へ

 

inserted by FC2 system