第三話
のどかな村で
――浮遊感。
――飛んでいた彼は、いきなりその支えを失った。
――状況の把握をするより前に、急速な墜落感が我が身を包む。
――覚えているのは、鼻を突き刺す嫌な臭いと、目を焦がすような閃光。
――そして、嬉しそうな、悲しそうな、そんな目をする少女の姿――。
「さてと……ここがレーベか」
日暮れ――あの後何回かの戦いをくぐって辿り着いた村で、クエルスとシャルナは肩の荷を下ろしていた。アリアハンほどの雑踏も無いのどかでのんびりした村であるが、近くに人の存在が感じられる。
「……よかった。ちょっと、疲れたから」
「そうだな」
シャルナの声に、クエルスも一つ頷いた。
魔物も人間の大集団は恐れるのか、こういった町や村の近くには寄り付かないのが常だった。勿論例外はあるのだが、少なくともこの付近で襲撃は無い。
「とりあえず、今日はもう休もう。思ったよりも消耗がきつい」
「そうだね」
魔物と戦った回数は、両手の指で数えることは可能だろう。だが、前後左右、どこから襲撃を食らうか分かったものではないこの状況は、自ずと神経をすり減らしていた。要するにずっと緊張しっぱなしだったというわけだ。
手早く宿で宿泊手続きを済ませ、部屋へ荷物を放り出す。本来ならば男女で部屋を分けるべきなのだろうが、生憎とそこまで金銭的な余裕は無かったのだ。
が。
「……おい、そこまでするか、普通」
三人部屋を頼んだシャルナは、せっせと垣根を作っていた。どこにそんな力があったのか、巨大な棚を一人で運び、さらには配置されている家具(?)も全部外して組み立てなおす。これ元の位置に戻す時には絶対俺も仕事させられるんだろうなぁと思いつつ、クエルスは小さく苦笑を漏らした。
――そしてやっぱり、翌朝には片づけをさせられるのだった。
「でやああぁぁぁっ!!」
宵闇迫るある夕方、少年の気合が大きく響く。ザシュッ、という血しぶきと共に、巨大なアリクイが両断された。
「よーし! 結構いい感じになってきたぜ!!」
その感覚に笑みを浮かべて、少年――クエルスはぶんっと剣を振るった。飛沫を払い飛ばすクエルスの前に、同年代の少女がやって来る。
「お疲れ様。大分キレが出てきたじゃない」
「そういうお前も、随分と腕が上がったじゃねえか」
少女の名前は、シャルナといった。数日前に旅に出た彼ら二人は、レーベの村に拠点を定めて戦闘訓練の最中だった。勿論二人とも戦闘技術が全く無かったわけではないが、やはり訓練と実戦は違うのか、その伸びようは自分たちの事ながら目を見張っていくものがあった。その上がりようを察して、シャルナはこう提案する。
「それじゃあ、今日はレーベに戻って休む?」
「そうだな。じゃあ、そうしようか」
その声に、クエルスも特に反対せずに頷いた。
上がっていくなら一気に上げてしまえばいいと言われる方もいるだろうが、無理はまだまだ禁物である。特に彼らは二人しかおらず、迂闊なことをして片方でも戦闘不能になってしまえば、その痛手は致命的だ。結果として、早め早めの撤収を心がけていたのである。
「よし。んじゃ、帰るか――って、ん?」
「どうしたの?」
シャルナの声にも答えることなく、クエルスは上方へ視線を移す。するとそこには地面から一直線に伸びた赤い光と、墜落していく影が映った。影はやがて山々の間に見えなくなったが、そう距離は離れていないのは間違いない。
そして勿論、そんな光景を逃すはずの無い少年少女は――撤収の話もどこへやら、どちらからともなく影の方角へ走り出していった。