第二話

初戦闘


旅立ちから二時間。

アリアハンを出て、北の村・レーベに目的地を定め、歩き続けていたクエルスとシャルナは、突如として上空から響く声に顔を跳ね上げた。同時、前方から茂みを掻き分けるような音がして、謎の生命体の一集団が現れる。

魔物――広大な世界を我が物顔で闊歩する異形たちを、彼らは畏怖と恐れを込めてそう呼ぶ。現れたのは、青いゼリー状のモンスター、スライムが三体と、邪悪な意思に憑かれ、角が生えてきた一角兎が一体。そして――

「……クエルス、いける?」
「当たり前だ。あれは……奴じゃないんだから」
「そうだね……」

何かの髑髏を掴み、人の身長ほどはあろうかという巨大なカラスが二匹だった。その姿を見て蘇りかけた記憶を振り払い、クエルスは魔物たちを睨み据える。

「どうってことはねえ。慣れた相手だ」

彼らの前に立ちふさがり、既に戦闘体制に入っている敵を見ながら、クエルスは言う。あまり魔物と戦ったことはないとはいえ、この程度の敵ならやりあったこともある。なんせ、街から一歩出ればいるようなやつらなのだから。

剣を引き抜き、迎撃体制を整えたクエルスの前で、シャルナが指先で魔法文字を組み立てた。

「メラッ!」

短い叫びと共に、その指先から放たれた小さな火の玉がおおがらすの一体に直撃する。

「おおがらすはあたしがやるから、あんたは他の魔物たちをお願い!」
「了解――サンキュー、シャルナ!」

魔物達がひるんだその隙にクエルスは剣を抜き放ち、手近のスライムに斬りかかる。スライムは真っ二つに裂け、地に伏した。残ったおおがらすがシャルナに骸骨を落として攻撃をかけるが、シャルナはこれを危ういところで回避する。スライムの突撃をクエルスは盾で受け止めると、そのまま手近の木に盾ごと叩きつけた。過度な圧搾に耐え切れなくなり、スライムはピギィという断末魔と共にびしゃりと砕ける。

「ぐ……っ……」

と、クエルスの後ろで呻き声が聞こえた。咄嗟のことに振り返ると、シャルナが身を屈めている。目の前にいた一角兎との立ち位置を見るに、どうやら防御も回避も失敗したらしい。

「なめんなっ!」

クエルスはすかさず身を翻し、ダッシュで一角兎との距離を詰める。そのまま突撃の勢いも載せての強烈な跳び斬りで、一角兎をものの一撃で叩き斬った。その衝撃はシャルナにも入っていたが、クエルスもそんなの百も承知だ。素早く魔法を組み立てると、シャルナに向かって手をかざす。すると、クエルスの手から走った緑色の光が、シャルナの傷を回復させた。

ホイミと呼ばれる、一般的な回復魔法だ。即効性の薬草で代用することもあるが、咄嗟の回復魔法としていつの時代も旅人御用達の回復魔法。一般的には僧侶が使用可能な魔法であるが、クエルスもそれは覚えていた。

「あんた、そういえばホイミは小さい頃から出来たわよね」
「知り合いの僧侶に教わったんでな」

こんな会話の最中にも、気なんて全く抜きはしない。シャルナは二発目のメラを組み立て、クエルスは最後のスライムを切り伏せる。下から掬い上げるような一撃にスライムが打ち倒された瞬間、有機物の焦げるような匂いと共に、黒焦げにされた大がらすが地に落ちた。

 

「……っし」

魔物の掃討を完了させ、クエルスは魔物たちの傍に膝をついた。魔物が持つ素材は優秀な武具の材料ともなり、冒険者達は倒した魔物からこれらを剥ぎ取って換金し、足代の足しとする。特にスライムの粘液は接着剤の代わりにもなり、いつも高い需要があった。とはいえ、得るのも簡単なので大した値にはなりはしないが。

「クエルス、終わった?」
「ああ」

と、剥ぎ取りを終えたちょうどそのタイミングで、シャルナから問いかけるような声がかかる。クエルスは立ち上がりながら頷くと、シャルナと共にそそくさとその場を立ち去った。

特に獣系の魔物は血の匂いには敏感で、放っておくとすぐに取り囲まれてしまう。故に長居は百害あって一利もなく、とっとと立ち去るのが吉なのだった。

 

 

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