エピローグ

楽園の息吹


「君たちのおかげだよ。今まで俺たちには勇気がなかった」
「ああ。でも、よかったさ。おかげで随分、この街も住みやすくなるだろうしな」

レジスタンスに参加しなかった町民の男が感謝と後悔を込めると、ベルド達と握手を交わした。笑顔で握手に応じたベルドは、背中の背嚢を背負いなおす。その中には、レジスタンスの人々が用意した、旅の物資が入っていた。

「それにしても、もう行ってしまうのか?」
「うん。もうこの街に、私の助けを必要としている人はいないからね」

そう答えたのは、槍を背中に収めた少女・フィオナだった。それはかつて、ベルドが別れの際に問いかけた返事と同じもの。目線をずらして、フィオナは続ける。

「最後に、忠告は残しておくよ」
「なんだ?」

目線の先にいた男――レジスタンスのリーダーに、フィオナは真剣な瞳で返す。

「人っていうのは、押さえ込めば反発するの。還元力の話はしたけど、それは貴方達にも当てはまること。身をもって知っている貴方達が暴政をすることはないだろうけど、政治はちゃんと民のことを考えてね。いい?」
「ああ、勿論だ」

リーダーの横で、別の声が即答した。そちらを見ると、補佐を勤めた団員がいる。共にクーデターに参加した彼は、今は自治領の統治者の一人。返事を聞いて、フィオナは安心したように笑った。

「今まで抑えられていて、やっと自治領を開放できた。今の気持ち、絶対に忘れないようにね?」
「言うまでもないぜ。そのうち、あんたらの耳にも届かせてやるさ。遠く離れた山岳の盆地に、リーン自治領という楽園があるとな」
「よし」

その返事を聞き、ベルドがニヒルな笑みを浮かべ、男と元気よくハイタッチを交わす。続いてヒオリに振り返り、いつも通りの確認をした。

「忘れ物はないな?」
「うん、ないよ」

それに対し、ヒオリは笑ってそれに答える。ベルドは一つ頷いて、自治領の人たちに目線をやった。

「――それじゃあ、行ってきます!」

入り口まで見送りに来てくれた住民達に片手を上げ、ベルドは颯爽と歩き出す。その後ろを、ヒオリも同じくらいの速度でついていく。すぐ目の前の分かれ道で、フィオナは右側を指差した。

「そしたら、私はこっちだから」
「ああ。今回も、世話になったな」
「ううん。むしろ、たくましくなったベルドさんが見れて、結構嬉しかったかな。あの時の恋人さん、お嫁さんにまでするなんて、ベルドさんもやるじゃない」
「へっ」

なんで、別れ際にそれを言うのか。ちょっと照れくさくなったベルドは先ほどのように片手を上げ、フィオナに最後の挨拶を告げた。

「それじゃあ、また! 絶対いつか、どっかで会おうぜ!」
「そうね! その時は、のんびりお酒でも飲もうか!」

ぱぁん、と、小気味の良いハイタッチを交わし、ベルドとヒオリ、そしてフィオナは、分かれ道を別々に歩き出す。

「行こうぜ、ヒオリ」
「うん!」

一度だけ、後ろを振り返る。最後に自分と共闘した、恩人の姿を網膜に焼いて。ベルドは再び、ヒオリを見る。あらゆる意味での自分の最高のパートナーは、無邪気な笑みを浮かべながら、次の旅路に色々と思いを馳せていた。一度だけくしゃりと頭を撫でて、ベルドは再び歩き出す。

彼らの生業は、冒険者。けして一箇所にとどまらず、流れるままに歩き続ける旅人達。独裁者を倒しても、彼らもまた支配者足りえる器ではない。冒険者としてやっていくのが、やはり彼らには合っている。

ベルドとヒオリは、旅を続ける。朝日が照らす山道の中、その稜線の先を目指して。二人の旅路は、続いていく。

 

 

 


 

 

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