第五話

自治領の逆襲


「ふぁ〜あ……ったく、なんたってこんな時間に見張りなんてするのかねぇ……」

その兵士は、ブツクサと独り言を漏らしていた。国の城とか領主の屋敷とかいうものは昼夜問わず見張りが立っていなければならないものであるが、人間はそもそも太陽と共に生きている生物なのである。微妙に体は重たいし、あくびも漏れるというものだ。

三時上がりの相方が消えて、既に一時間が経つ。五時になると太陽が昇り、もう一人の見張りがやってくる。そうなれば話でもしながら時間も潰せるというものだが、この時間はどうにも眠い。

「大体反逆の芽は潰したんだし、見張ってる必要も無いだろうに……」

反逆の芽を潰したのは事実だが、だからといって見張らなくてもいいわけではない。それに、芽というものは大抵しぶといものである。

 

 
――そう、今夜のように。


「……なんだ? 風か?」

ひゅんっ、という、小さな風切り音。その音に何故か違和感を覚え、兵士は一瞬で鋭い戦士の目へと戻る。だが、その戦士が原因を視認することは敵わなかった。戦士の光が戻ったのは、時は既に遅すぎたのだ。

 

 

「……見張り、討ちました」

ものも言わずに崩れ落ちた兵士に、男は弓を下ろして報告した。明け方の四時、夜が明け始めたこの時間に見張りが一人しかいないのは、既に偵察で確認済みだ。

射撃したのは、この宵闇に紛れられるように放った、真っ黒に塗った特性の矢。十分に狙いを定めた弓矢は、見事に敵の喉下を射抜いていた。

「よし――」

その報告を聞いたリーダーは、小さく、それでもどうしてか通る声で。たった一言、命令を下した。

「かかれっ!」

 

 

「御用だ御用だぁ! ピアソラ潰しのレジスタンス、ただいま参上だぜ!」
「な、なんだと!?」

見張りを倒して門を乗り越え、正面玄関を突破した攻撃班は、即座に兵士の詰め所を襲撃にかかっていた。詰め所の二人を不意打ちで瞬く間に斬り殺し、異変を察知して相手が扉を開けた瞬間にカウンターで中に爆薬を放り込み、大爆発で混乱した隙にヒオリが大雷光の術式をぶち込むという非道極まりない襲撃法をやった攻撃班は、どやどやと部屋の中へと踏み込んだ。

「なんだ、お前ら――っげがはっ!?」
「同じ事を二回言うのは嫌いなんだよ!」

攻撃の範囲から逃れたのか、名前を聞いてきた兵士の喉を剣の柄で殴りつけ、ついでに股間を蹴り上げてノックアウトさせたベルドは、部屋の中身を伺った。

なんというか、超シュールな光景であった。爆薬と術式のせいで家具や道具の大半が吹き飛び、巻き込まれた兵士は驚愕と激痛に呻くだけ。崩れ落ちたタンスの陰から、足だけ見えている図なんかもある。

「き、きさま、ら……」

その中で、まともに動けるのはたった数名。その中で一人の兵士の男が、剣だけを掴んでベルドに呻く。その姿を見てベルドはサディスティックな笑みを浮かべ、自分の剣を抜き放った。

「くっくっくっ、先制攻撃が効いたらしいな……大人しくしてりゃ、悪いようにはしねえよ。おら、武器を捨てて降伏しな」
「ベルド……なんか、滅茶苦茶悪役っぽいよ……」

ケーッケッケッケッ、と、またしても嫌な笑みを浮かべるベルドに、ヒオリがこめかみを押さえて突っ込みを入れた。だが兵士も、不意打ちだったとはいえここまで一方的にやられてしまっては己のプライドが許さないのだろう。剣の柄に手をかけたまま、ぎりぎりと歯を食いしばる。その後ろで別の兵士が術式を起動し、いきなりそれを発射してきた。

「うぉわっ!」

対するベルドは咄嗟にそれを回避するが、避けきれずに氷刃が頬を掠める。頬から一筋の血が垂れるのを見て、ベルドはそうかよと小さく笑い……

「やっちまえーっ、野郎共ーーーーっ!」
「えー!?」

どこぞの三流下っ端のような吠え台詞に、ヒオリが再び突っ込みを入れた。

 

 

ともすれ。

不意を打たれ、浮き足立った相手など、ピアソラを倒すと明確な意志を持っている彼らにとっては物の数ではなかった。瞬く間に相手を制圧し、リーダー格の男もふんじばって人質を捕らえられている場所を問う。答えるはずもない男のアンクルブーツを破壊して靴下を脱がせ、足の爪を一本一本五寸釘で貫いた後に電流を流し、気絶した所で爪を勢いよく引っこ抜いて意識を激痛で引きずり戻し、さらには出てきた肉にペンチをねじ込んで骨を引きずり出そうとするに至って(兵士はおろかレジスタンスも何人か震えていた)、男は答えを垂れ流し始めた。

「ひ、人質は、地下室に。そ、その、鍵は、あの引き出しの中に、入ってるから……」
「最初っから言えよ、余計な手間隙かけさせやがって」

男の答えを聞いて、レジスタンスの一人が引き出しから鍵束を取ってくる。ちゃんとした治療をしなくては立つのもおぼつかなくなってしまったが、自治領の連中はともかくベルドの知ったことではない。礼を言って首筋を殴ってやっぱり気絶させると、人質が捕らわれているらしい地下牢の鍵を拝借した。

この頃には騒ぎも伝わって屋敷の兵士も臨戦態勢に入っていたが、並のレンジャーよりもはるかに速く、さらには元々森林に暮らす半戦闘民族(とはいえハーフだが)であったベルドにとって、たかだか屋敷の一般兵など動く的と変わりは無かった。勿論、先制攻撃で戦闘不能に落としこめるのは精々一人か二人であるが、その頃にはレジスタンスの連中も追いついてくる上、ヒオリの追撃が容赦なくかかる。勢いに乗っているレジスタンスの面々にエルビウム夫妻まで襲ってくるとなれば、寝込みを襲われた兵士ごときにそうそう止められるものではなかった。

地下室へと続く階段をダッシュしながら駆け下りて、鉢合わせした見張りにそのままの勢いで必殺の真空飛び膝蹴り。相手をダウンさせたベルドはそのまま顔面を乱打して戦闘不能に落とし込み、地下室の扉を睨み据えた。

「そこのあんた、鍵を」
「分かった」

引き出しから鍵を取り出したレジスタンスに、ベルドは短く指示を下す。その声に、レジスタンスは素直にやってきた。

新参者が指示を下すという珍しい状況だが、目的が一致しているのは大きい。後ろ暗いのか単なる警戒かは知らないが、部屋の入り口に鍵は三つ。開けるのに少し手間取ってしまったが、二、三秒の奮闘の後、彼らは解鍵に成功していた。力を合わせて地下室の扉をこじ開けて、次々と中へと飛び込んでいく。

「リアッ!」
「ライブ!」

真っ先に声を上げたのは、やはり恋人を連れ込まれた少年、ライブ・トライルだった。地下室の中には若者から大人まで男女問わず入れられていたが、少年の声にぱっと顔を輝かせた少女がいた。おそらく彼女が、ライブの恋人の少女だろう。胸に飛び込んできた少女に、耐性がなかったのかいきなり大慌て気味となったライブだったが、今はこんなことをしている場合ではないと思ったのかもしれない。

「怪我はないか? 何か、変なことされなかったか?」
「だ、大丈夫だった。されそうになったけど、ピアソラの兵士がやって来て、その男は連れて行かれて――」
「分かった」

その先がどうなっているのかは知ったことではないし、今のところはどうだっていい。もちろん無傷なら後から拳の二、三発でも覚悟してもらいたいところであるが、そのタイミングでつかまって引きずられていったなら、そう考えるのは無理がある。

「よし、そしたら急いで脱出するぞ。なに、今頃別働隊がピアソラを捕まえに行っているし、天下無敵の“エルビウム夫妻”まで護衛にいるんだ。失敗なんてそうそうないって」
「うん!」

戦闘中では隙にしかならないが、ライブとしっかりと手を繋いだ恋人・リアは、レジスタンスのメンバーにも頭を下げる。その横で、攻撃班のリーダーが指示を下した。

「ベルドとヒオリ、それに何人かのメンバーは、人質の安全を確保してくれ! 俺らとライブは、とにかく兵士をかき乱すぞ!」
「了解、ライブ、先走りすぎるなよ!」

リーダーの指示は、妥当といえば妥当なところだ。たかだか金で雇われた冒険者は、介入するのはその辺りだ。王手の王手は、身内内でけりをつける。そんなところか。

ベルドは素早く地下室にいる人質を集め、他にどこか人質はいないかと問いかける。どうやら人質はこの地下室に一箇所に押し込められていたらしく、他に人質はいないらしい。今夜の相手にと連れて行かれた美少女なんてのがいるわけでもなさそうなので、ベルドたちはそのまま人質を連れて脱出した。

大声を上げながらレジスタンスのリーダーやライブたちが兵士連中をひきつける中、相対的に手薄になった屋敷の中を風のように駆け抜ける。かなり厳しいペースで走っているはずだが、誰一人としてこぼれはない。人間というのは追い詰められると、予想以上の力を発揮するらしい。途中で一人弓兵に腕を射抜かれたものの、そいつを担いでどうにか脱出に成功した。

 

 

「よし。傷、見せてみろ」

屋敷から少し離れた林の中で、ベルドはそいつの腕を見る。矢はかなり深いところまで刺さっており、もしかしたら骨まで達しているかもしれなかった。

「誰か応急手当か、医術の心得を持っている奴はいないか?」

周囲に確認するものの、あいにくそんな奴はいないらしい。運が悪いのかこいつらのレベルが低いのかは知らないが、さすがにちょっと想定外だ。と、一人の女性が手を上げる。

「私が、心得がありますが……道具がないので、どうにも……」
「ああ、道具? この程度なら用意してあるが……出来るか?」
「――はい、大丈夫です。その道具、お貸し願えますか?」
「分かった」

と、道具を貸すと、我も我もと二人ほどが名乗り出た。どうやら先ほどの懸念はそのどちらでもないらしく、単に道具がなかったから出来なかっただけの話らしい。確かに、荷物ぐらい没収されるわな――そう思いつつ、ベルドは怪我人を引き渡した。さて、向こうはどうなってるかな――そんなことを呟きながら、屋敷の方角を見据えた瞬間、

「――――っ!?」

腹に響く、轟音がした。

 

 

「な、なんだぁっ!?」

突然の事に、ベルドは林から飛び出して音の方角を確認する。罠である可能性もなくはないので、もちろん周囲は警戒したまま。しかし、それが罠ではないことは、屋敷を見た瞬間すぐに分かった。屋敷の一部が思い切り吹き飛び、遠目では瓦礫だか人だか分からないものが宙を舞う。

「ラ、ライブ――!!」

悲鳴に近い声を上げたのは、少年の恋人・リアだ。先ほどの爆音で、ベルドやヒオリのほかに数人のレジスタンスも飛び出してきたらしい。ベルドは小さく舌打ちすると、手近なレジスタンスに声をかけた。

「手当てが終わったら、怪我人をレジスタンスのアジトに頼む!」
「え?」
「俺とヒオリは、屋敷に行く! あの爆発はただごとじゃねえ、頼んだぜ!」

それだけ叫ぶと、ベルドは返事を聞くよりも早く飛び出した。

 

 

屋敷の中は、ひどい有様だった。呆然としている兵士もいれば、ベルドたちに対して蔑みを浮かべる兵士もいる。嫌な予感を覚えつつ、ピアソラの部屋へと駆け込んだ(何故か兵士が教えてくれた)ベルドは、その光景に我を失う。

「な……なんだ、こりゃ……」

目の前にあるのは、そいつにやられたのか呻き声を上げるレジスタンスの姿。リーダーまでもが倒されており、援軍に駆けつけたらしいライブも右腕を撃ち抜かれて片膝をついている。そして、その横で一筋の冷や汗を浮かべながら、槍を構える少女の姿。

――目の前には、巨大な人型兵器が鎮座していた。

「――フィオナ!」

一瞬早く我に返ったヒオリが、少女の名を呼びかける。少女ははたとベルドたちへ振り返るが、そこを隙と見たのか相手の攻撃が飛んでくる。しかし、そんなものはフィオナにとっては織り込み済みのものだったらしい。横っ跳びに逃れると、ベルドとヒオリに笑ってくる。

「ベルドさん。ちょっと、助かったかな」
「ちょっと助かったもへったくれも……なんじゃ、ありゃ」

全長は、約五メートルほど。かつて滅んだ旧時代の文明には、その類の防衛兵器もあったなんていわれているが……どうしてそんなものがここにある。

疑問を覚えるベルドに、中から声が響いてきた。

「ははははは! この“帝王”ピアソラに逆らおうなどとは、腐った思考の持ち主もいたものだ! 旧時代の遺産さえ手に入れたこの私を倒せるのは、それこそこれを売ってくれたツァーリ殿ぐらいしかいないだろうな!」
「やっぱりあの男かバカヤロオオオォォォォォッ!!」

およそ考えたくない可能性が当たってしまい、ベルドは思わず絶叫を上げた。

フリードリヒ・ヴァルハラ……ツァーリは、かつてベルドやヒオリたちと共に旅を続けたカースメーカーの男である。自他共に認めるマッドサイエンティストにして狂信者で、世界樹の旅を終えた後には、かつて滅びて闇へと消えた旧時代の文明を解明することに喜びを見出している。そんな男がよみがえらせたのがこいつだろうが、なんて迷惑なものを迷惑な奴に売り飛ばしたのだ。

うわーっはっはっはっ、という(ツァーリの)高笑いが聞こえてきそうな状況に舌打ちをすると、ベルドは剣を引き抜いた。続いてヒオリが魔力を通し、フィオナも槍を構えなおす。ピアソラは兵器の中から笑い声を上げると、ベルドたちに照準を合わせた。

「おい、攻撃班の班長よ。あんたはまだ動けるだろ。とっとと怪我人をまとめて、こっから消えな」
「は? だ、だが、しかし――」
「さっさと消えろ! こいつ相手にお前らじゃ荷が重い!!」

何か言い返そうとするレジスタンスの男に、ベルドは思い切り怒声を上げる。感情では理解できなくとも理性では分かっているのか、男はくっと呻き声を上げると動けない仲間を担ぎ上げた。それを見たピアソラが兵器から砲弾を発射するが、どこからともなく吹き上げた突風が弾道を逸らす。屋敷の壁を破壊するものの、破片はやはり風に逸らされてレジスタンスには当たらない。

「怪我人を狙うなんて、いい度胸をしているじゃない」
「ち……貴様、多少は風の心得があるようだな……」
「お褒め頂き、光栄です、ってね」

忌々しげに唸るピアソラに、フィオナは笑みを浮かべて返す。ベルドとヒオリは前に出ると、フィオナに向かって依頼した。

「とりあえず、こいつは俺等がひきつける。フィオナは怪我人が全員脱出できるまで、フォローをお願いできるかね」
「ふふ、りょーかい」

軽口を飛ばしているように見えるが、その実相手からは目線を少しもずらしていない。戦場という場で鍛えられた、熟練の戦士だからこその技量だ。

「――行くぜ、“帝王”!」

フィオナが後ろに下がるのに合わせ、ベルドは剣圧で真空波を飛ばす。半瞬遅れてヒオリが電撃の術式を放つが、それぞれが狙った先にあるのは敵の前にある瓦礫の山。巻き上げられた粉塵が視界を覆うが、あのツァーリが再現した兵器にどの程度の効果があるのかは怪しいところだ。

実際の所、そんなものなどなかったかのように正確な射撃が飛んできて、ベルドは咄嗟に身を伏せる。躱した先には脱出中のレジスタンスの団員がいたが、フィオナが風を飛ばして軌道を逸らした。

ベルドの役目は相手をひきつけ、大騒ぎして注意をこちらに向けること。大声で作戦内容を叫んだために相手には完全にバレバレだが、目の前をうろちょろされたら実際問題邪魔である。

「退け、小僧! 退かないと、拷問にかけた挙句に嬲り殺すぞ!」
「ドテッ腹でもぶち抜いてから言うんだな!」

一撃を加え、ヒオリが大げさに範囲魔法をぶちかまし、ベルドが挑発するように敵の眼前を駆け抜ける。邪魔をされたピアソラは兵器の銃口をベルドに向け、豪快に一発打ち込むものの、ベルドは素早く身をひねって回避した。が、鮮やかな回避とはならず、風圧に軽くバランスを崩す。

と、一陣の風が吹き抜けた。ヒオリがそちらのほうを向くと、槍を携えたフィオナが戦場に割って入ってくる。

「お疲れ様。助太刀するよ」
「随分早かったな。終わったのか?」
「うん。向こうもそれなりに戦闘能力はある人たちだからね。重傷者だけ逃がしたら、後は引き継いで戻ってきた」
「おいおい、レジスタンスの連中じゃどうにもならんほどの戦闘力が相手にあるから、あんたに補助を頼んだんだろうが」
「だから、終わったよ。もう全員、この部屋からは抜け出せた。まだ屋敷には残っているだろうけど、この屋敷ごと吹き飛ばすような代物でもない限り、多分脱出は間に合うと思う」
「だと、いいがな」

フリードリヒ・ヴァルハラという男は、野心家でもあると同時に用心深い。その気になればこんな屋敷の一つや二つものの一撃で灰燼に帰すような道具だって持っているのかもしれないが、それを「同志」でもない外部の連中に売り渡すとも思えない。せいぜいあれは旧式の兵器に過ぎないだろう。もちろん、旧時代の文明についてはベルドやヒオリでさえもあまり知らない。旧式であっても屋敷ごと吹っ飛ばしてくれるかもしれないが、今のところ使ってはいないようだし、仮に使うとしてもそれまで時間を稼げればいい。

ならば。

「んじゃ、そろそろ――」

ベルド・エルビウムが、剣を構える。

ヒオリ・エルビウムが、魔力を通す。

フィオナ・クレイスが、槍を回す。

「帝王とか抜かしたくそったれを、引きずり下ろすとしましょうか!!」

英雄の立ち居地を捨てた夫婦と、勇者の補佐を勤めた少女が、暴虐の帝王に牙を剥いた。

 

 

 


 

 

第四章・彼らの理由へ

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第六章・帝王と冒険者へ

 

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