第四話

勇者と冒険者


「万事うまく行ったぜ、リーダーさんよ」

翌朝、レジスタンスのアジトに帰ってきた二人は、リーダーと面会して依頼の首尾を告げていた。リーダーは「おっ」と言葉を漏らすと、二人のことを褒め称える。

「さすがだな。噂に名高い“エルビウム夫妻”というだけはある」
「いやいや、俺らのおかげじゃねえよ。攻め込むのがすぐだって言ったら、しっかり協力してくれた」
「そうか。……では、改めて。私がピアソラに対抗するレジスタンス、そのリーダーを勤めさせてもらっている者だ」
「……ライブ・トライルと申します」

手を出したリーダーに、スカウトしてきた少年が厳しい表情で名前を名乗る。そういえばこいつの名前を聞いてなかったなとなんとなく思うベルドの前で、少年は早速問いかける。

「すぐにでも屋敷に攻め込んでくれると伺いましたが、間違いはありませんか?」
「ふふ、盛んな人だな。ベルドから聞いたのか」
「ええ」
「確かにその通りだ。明朝の明け方、警備が薄くなる時間に作戦を実行したい」
「はい」
「詳しくは夕食の時にでも話そう。あの時間はレジスタンスの皆が一堂に会して食事を取る時間だからな。あの時間に話すのが一番手っ取り早い。少し歯痒いかもしれないが、それまでは待っていて欲しい」
「…………」

その顔を見るに、本当に歯痒いのかもしれない。自分にも覚えがないわけではないため、ベルドは苦笑するしかなかった。

 

 

「みんな、よく今までこらえてくれた! ついに今宵、あのピアソラを統治者の座から引き摺り下ろす時が来たのだ!」

夕食の前、集まったレジスタンスのメンバーの前で、リーダーは気合を入れて演説していた。自治領に来てから間もないベルドたちでさえ、ピアソラという統治者の無茶苦茶っぷりは知っている。今までそいつの下で苦しい生活を余儀なくされた住民の気合の入りぶりは、無理もないといえるだろう。なんというか「自治領の命運はこの一戦にあり!」みたいな気迫がひしひしと伝わってくる。

「それでリーダー、実際の作戦の程はどうなっているので?」
「うむ、では作戦の説明をしよう!」

壁に大写しに張り出されたのは、ピアソラ屋敷の見取り図だ。どうやら、前の統治者の時には屋敷に入る機会が何度かあったため、よほど大きな改修工事でもしていない限りはこのままだろうというのがリーダーたちの見解だ。やけに詳しく分かっていると思ったが、そういうことなら納得である。

ピアソラ屋敷は二階建て。さらに地下室が用意されており、さながら小さな城か砦の様相を呈していた。屋敷にはピアソラに表立って反発した人が連れ込まれており、ピアソラも追い詰められればそいつらを人質にするであろうことが予想される。既に二、三名は公開処刑までされてしまっているが、閉じ込められている人はそれよりもかなり多いらしい。

「兵士の詰め所は入り口付近に一箇所、奥に一箇所の計二箇所だ。そのため、メンバーを攻撃班と制圧班の二つに分ける。制圧班は一直線にピアソラの元を目指し、攻撃班は突入後、すぐに入り口付近の兵士詰め所を制圧したい。制圧後、攻撃班は続いて地下室へ赴き、捕らえられている人質を解放する」
「ちょっと、いいですか」

と、手を挙げたのは、先の少年・ライブだった。指名するリーダーに、ライブは案を投げかける。

「それなら最初から三手に分けて、詰め所と人質の解放を同時に行ったほうがいいのではないですか?」
「いや、それは少々愚策だな。レジスタンスの班員は十七名。三手に分けたら、さすがに一手あたりが厳しくなる。特に、攻撃班にはそれなりに人員を割かなければならないから、これ以上少人数にすると逆に失敗の危険もあるんだ」
「……あんたか、フィオナ?」

ライブの問いにも眉一本動かさずして返してしまうリーダーを見て、作戦を提案したのはお前かとベルドがフィオナに確認を入れる。しかしフィオナは、それを首を振って否定した。

「作戦を考えたのは上層部。いくらなんでも、外から入ってきた冒険者に立案を任せたりはしないでしょ」
「……ごもっともで。馬鹿な質問をした、続けてくれ」
「ああ」

ベルドの促しを受け、リーダーは作戦の説明を続ける。

「メンバーの内訳は、制圧班が六名、攻撃班が十一名。このうちで、ベルド君とヒオリさんの“エルビウム夫妻”は攻撃班に、フィオナさんは制圧班に入ってもらいたい。ライブ君、君は入ってきた事情等から考えれば、攻撃班に入ったほうが良いのではないかと思うが、どうだろうか」
「……お願いします」
「うむ。他のメンバーはこの前確認したとおりだが、念のため後で確認を入れよう。作戦開始は明朝四時、正面玄関を突破して行う。何か、質問はあるか?」
「はいっ」

ぴしっ、と、手を挙げて質問をしたのはヒオリだ。指名するリーダーに、ヒオリは質問を投げかける。

「正面玄関からって言ってたけど、裏口とかからじゃなくていいの?」
「正面玄関を狙うから、こんな時間にしたんだ。兵士の詰め所は正面玄関の近くにある、まずはここを不意打ちで制圧したいからな」
「ふーん……」
「……ヒオリ。作戦内容、分かってる?」
「えーっと、朝の四時に正面玄関から突入して兵士の詰め所をやっつけた後、人質を助けるんでいいんだよね?」
「ほお、お前にしちゃまともな回答だな」
「どういう意味だよっ!」

頷いたヒオリにベルドがとりあえず確認を入れ、それに対しては比較的まともな答えが帰ってきた。思わず感心するベルドの前で、ヒオリが膨れっ面をした。しかし、複雑な作戦になると全然理解できず、「反時計回りに大暴れ」程度の理解しか出来なかった彼女にとって、これは大きな進歩である。ちょっと感動するベルドであったが、作戦の内容は理解できた。

「他に何か質問はないか?」

問いかけるリーダーに対して二、三質問が飛んでくるが、いずれも取り上げるに足らない確認程度のものである。作戦内容は大分前から練り固めていたのだろう、最早確認程度のものだった。

「では、本日はそれなりに早いが、これにて休息を取るものとする。あまり遅くまで起きて作戦に支障をきたさぬよう、皆は早めに休んでくれ」
「了解!」

威勢のいい声がそれに答え、最後にメンバーの振り分け確認に入る。それを聞きながら、ベルドは歴史の空気が変わり始めるのを感じていた。

 

 

「よっしゃ、これで多分大丈夫だよな」

夕食を終えての解散後、部屋に戻ったベルドとヒオリは武具や装備の点検をしていた。別にピアソラが実験を握ろうと反逆が起ころうと知ったことではないのだが、雇われた以上はきっちり依頼を果たすつもりだし、手を抜くつもりも毛頭なかった。

「ん。ボクも大丈夫だよ」
「ほいほい」

同様、篭手の様子を見ていたヒオリも、点検を終えて振り向いてくる。外見からはとてもそうは見えないのだが、彼女も超一流の腕前を持つアルケミストだ。自分の使う武具の異常があるのなら、当然一発で分かるだろう。というか、分からないようではここに来る前の世界樹でとっくに化け物の餌食になっているか行き倒れているかの二択である。

「どうする? もう、寝ちゃう?」
「んー……」

作戦会議を兼ねていたので、夕食は少々早めに取った。現在の時刻は夜の八時。作戦開始が四時だから三時ごろに起きなければならないとはいえ、確かにまだちょっと早い。

とはいえ、他にやることがあるわけでもない。ちょっと考えたベルドは、甘えんぼうなお嫁さんを呼んだ。

「おいで、ヒオリ。抱っこしてあげるから」
「ん」

両手を出したベルドに、ヒオリはちょこちょこと寄ってくる。そのまま、何のためらいもなくベルドの胸にしなだれかかってきた。

「えへへ……」

ふにゃ〜、と、緩んだ笑みを浮かべるヒオリを、ベルドはいつも通りに撫でてやる。ヒオリはベルドの背中に腕を回すと、ますます強くくっついてきた。

と、部屋の扉がノックされる音がする。ヒオリの体を離してから返事をしてやると、扉がゆっくりと開かれた。

「おう、ライブか。どうした?」
「いや……寝ようと思ったんだが、中々眠れなくてな。邪魔だったか?」
「そっか。ま、上がれよ」

ヒオリを隣に座らせると、ベルドはライブを招き入れる。ライブはお邪魔しますと頭を下げ、部屋の中へと入ってきた。

「……ベルド。教えてほしい事があるんだが、いいか?」
「なんだ?」
「……あんたたちの、境遇のことだ」
「…………」

――まあ、聞く限り、お前の境遇はどこか俺にも似てるんだよな。さっきはああ言ったけど、そんな奴をみすみす行かせちまったら、どっか後味悪いんだ――

……それは、ライブの特攻を止める時にベルドが告げた、自分たちの身の上話。短いそんな二言が、ライブは気になってきたのだろう。

「俺らの名前を知っていたって事は、俺らの境遇も知っているんじゃないのか?」
「……いや。あまり、知らないな」
「……そうか。御伽噺や英雄譚は、いつだって残酷だな」

――昔々、あるところに。そんな前置きを置いてから、ベルドはとある英雄譚を語り始める。

それは、とある神殺しの物語。今ではないとき、そしてここではない場所に、一人の優秀な冒険者がいた。冒険者は多くの仕事を重ね、名声を上げ、そしてついには“神”と称された魔物の退治さえやり遂げたという。

伝説は謳う。人が歩んできた冒険者としての道のりと、神と人との激戦を。そして、ついにはかつて神とされた魔物の首を斬り落とし、栄光に満ちて締めくくられる。

――だが。伝説は、いつだって残酷なのだ。

その物語の後日談は、闇へと葬られ、そして消えた。戦いの傷は一生残り、やがては立つことも出来なくなった勇者は、人として転落していくことを余儀なくされた。勇者は、冒険者としてしか、生計を立てることを知らなかったのだ。

勇者から、借金を重ねて、そして、盗賊へ。人の道を外し、やがて勇者は魔物へと墜ち、皮肉にも同じ冒険者の手で討たれたという。

――かつて勇者だった男の、なれの果て。それが証明する事実は、果たして読み取ることは出来ない。

「……俺自身、又聞きの話だ」

どこの勇者の話なのか、誰が歌った話なのか、ベルドは知らない。だが、エトリアという街で英雄として祭り上げられた彼ら自身、そのことは痛いほど知っている。

「……ヒオリ。その眼帯、取ってもらってもいいか?」
「…………」

ヒオリの右目にかかる眼帯。子供っぽく無邪気な彼女に似合わぬ、隻眼を作っている一つの眼帯。周囲に知れる“エルビウム夫妻”の物語は、この眼帯に触れただろうか。

ヒオリの瞳が、少女らしからぬものへと変わる。自分よりも年下に見える少女の眼光に、ライブは恐らく、気圧されている。無理もない。かつて自分の仲間だった、最強と称される侍でさえも、この眼光には怯んだのだから。

「……よく、見ておきな」

それだけ言って。少女は、眼帯を取り払う。伝説には語られない、眼帯の奥。それを見た瞬間――ライブの瞳は、思い切り見開かれた。

「伝説とか噂とか、いつだって無責任だ。いい所ばっかり見てて、苦しい所なんか目も当てない。……そうだよね。お膳立てされた舞台で戦って、ハッピーエンドのままのほうが、人の耳にはいいものね」

ヒオリの右目は、既に完全に潰されていた。まぶたは閉じられ、その上から強引に捺されたのは……この身分社会で最下層に位置する、奴隷の焼印だった。

「ば、馬鹿な……」
「納得いったか? これが“英雄”の真実だ。逃げ出した奴隷と、金に釣られてやってきた冒険者。これが、てめえらが歌い憧れる“勇者”の現実だよッ!!」

ベルドの咆哮に、ライブは思わず目を閉じた。ベルドはしばらく、ライブのそんな表情を見ていたが、やがて小さく首を振った。

「……話が逸れたな。だからこそだ」
「……どういうことだ?」
「お前がピアソラに反逆する理由は、確か自分の恋人を屋敷に連れ込まれたことがきっかけだったろう」
「……ああ」
「同じことだよ。脱走した奴隷なんて、持ち主が認めるわけがないだろう? 例え一人でもおめおめと奴隷を逃がしでもしたら、他の奴隷も脱走を企てかねないし、世間体にも影響する。だから……持ち主の貴族は、威信を賭けてヒオリを取り返しに来た」
「…………」
「奴隷制度は、暗黙の了解だ。俺はそのとき、みすみすヒオリの奪還を許しかけたところだった。あの時奪還されなかったのは、いろんな外的状況が重なった偶然に過ぎん」

ベルドは、当時恋人だったヒオリを貴族の手から逃げ出させたかった。そしてライブは、恋人を貴族に連れ込まれ、歯痒い思いを続けている。ベルド・エルビウムとライブ・トライルは、あまりにもよく似ているのだ。

「俺らの境遇は、そんなものだ。俺やヒオリが、旅をし続ける理由は知っているだろう。俺らは勇者なんかじゃない。ピアソラが引き摺り下ろされようがクーデターが失敗しようがどうだっていい。だけど、な……」

そこで、ベルドは一旦言葉を切る。エトリアという町で英雄として扱われ、それでも冒険者としての生き方を選んだ、少年の言葉。

「お前の境遇は、どこか俺たちにも似てるんだ。だから、放ってなんかおけなかった。依頼を受けたからお前をスカウトしに行ったって事もあったが……そんな、個人的な事情もあったんだ。もっともその事情は、お前に会って話を聞いてから新しく加わっただけなんだけどな」

ヒオリを手招きして、その体を抱き寄せる。頭を撫でてやりながら、ベルドはライブに言葉を続けた。

「こんなもんでいいか」
「……ああ」

エトリアの近辺では、ベルドとヒオリのルーツも語られていた。出会いこそは知らぬものの、奴隷であったヒオリを奪還した話も。だが、そこからしばらく離れた土地では、エルビウム夫妻の名前は知れていても、都合の悪い事実は消されていた。ヒオリが奴隷だということは消され、貴族との奪還話を話したら、首を傾げられた。都合の悪い事実が消されていたことを知らなかったベルドたちはヒオリが奴隷であったことを漏らしてしまったのだが、この時町の人の一部は、手の平を返したように冷たくなった。もちろん、それは一部だけであったが、他の人もどんな感想を抱いたのかも分からない。

「俺は別に、勇者だから、困っている人を見過ごせないから力を貸してやるわけじゃない。旅をするのに路銀が必要だったから、この話に協力したに過ぎん。よって、このクーデターがどうなろうがぶっちゃけどうでもいいんだよ。勇者でも英雄でもなくて、俺らはただの冒険者。その辺だけは、どうか覚えておいてほしい」

まあ、成功しなくちゃ報酬はもらえないから、その意味では成功しないと困るんだけどな。微笑を浮かべながらそう続けて、ベルドはでもと忠告する。

「その恋人だけは、絶対に助け出してやれ。理不尽な圧力にさらされた奴は、拠り所を求めるものだからな」
「……ああ。言われるまでもない」

ライブは剣を抜き放ち、天に掲げる仕草をする。そんな行動に再び微笑を漏らしたベルドは、ヒオリを手招きして抱き寄せた。頭を撫でてやりながら、ベルドはヒオリに謝罪する。

「悪い。辛いもの、見させちまったな」
「ううん、いいんだよ。その代わり、今日はずっと、ずーっとボクの傍にいてね?」
「んー? 今日だけでいいのかー?」
「えへへ、毎日」

うりうりとほっぺを摺り寄せてくるヒオリの頭を撫でながら、ベルドは穏やかな笑みを浮かべる。それを見て、ライブも小さく笑みをこぼした。

その動作で、何よりも雄弁に分かったのだろう。ベルドやヒオリが英雄の立ち居地を捨て去って、たった一組の冒険者として在り続けているその理由が。

ベルドとヒオリは、選んだのだ。与えられるはずだった名誉に背を向けて、穏やかな幸せを選んだのだろう。幸せそうなヒオリと、彼女の頭を撫でるベルドは、幸せいっぱいの夫婦の絵だった。

 


 

 

第三章・手を貸す理由へ

目次へ

第五章・自治領の逆襲へ

 

トップへ

 

 

inserted by FC2 system