第三話

手を貸す理由


「ここが、俺たちレジスタンスの拠点だな」
「へぇ。それなりに目立たねぇ場所に用意してあんじゃん」

ラジルに案内された先は、いわゆる裏街の一角だった。結構入念なカモフラージュがされており、確かにぱっと見では分かりにくい。

まずはリーダーに挨拶するからとラジルに言われ、軽く待たされた後にリーダーと面会。そのリーダーはベルドとヒオリの名前を聞くと、ほおと興味深げに頷いた。

「君らがあの“エルビウム夫妻”か。我々のレジスタンスに参加してくれるとの事、感謝するぞ」
「まあ、依頼を受けたからな」

しれっと流したそんなベルドに、リーダーは小さく笑みを漏らした。ビジネスライクでさっぱりした関係に、好感を持ったのかもしれない。いや、あの人とは逆だ。そんな言葉が呟かれ、ベルドは特に気にすることなくその名を聞く。

「あの人?」
「ああ。先ほど、メンバーの一人がスカウトしてな。苦しんでいる民は見過ごせないといって、レジスタンスに加入してきてくれたんだ」
「……ちょっと待った」

聞いた言葉に嫌な予感を覚え、ベルドは思わず眉を顰めた。なんだと聞き返すリーダーに、ベルドは苦い顔で問いかける。

「あんたらまさか、使えそうな人間は片っ端からスカウトしてるのか?」
「いや、強い人間はスカウトするつもりだが、今のところは君らとその槍使いの三人だけだ」
「そりゃよかった。俺等が言うのもどうかと思うが、あんまり外部からスカウトするなよ」
「君らに支払う報酬が減るからか?」
「それもあるが、相手のスパイだったらどうする。詳しい事情も知らずして、特に考えずにスカウトしてしまったら敵のスパイに潜られ放題だぜ」
「う……むうぅ……」

ベルドの容赦のない追及に、リーダーの眉根が寄せられていく。腕を組んだリーダーは、やがて顔を上げてきた。

「確かに、君らの言うとおりだ。実は、先ほどスカウトしてきた槍使いにも、同じようなことを言われてな。スカウトをかけようと思っていた人間を、何人か取りやめにさせてもらった」
「賢明な判断だな」
「それに君らは、騙りというには無理がある。その空気を見れば分かるさ」

空気で本当に分かるのかと首を傾げたくなったベルドだが、確かに今のベルドとヒオリの距離感は、並の冒険者よりも少しだけ近い。騙りをやらかす偽物では、ここまで信頼した距離感を出すことは出来ないだろう。

「それに、先ほどラジルから話は聞いた。ベルド君がピアソラの兵士に勝負を仕掛けた理由や、スカウト時の言葉なども考えて、十分に本物だろうと判断できる」
「へぇ」
「とはいえ、君らの言葉もその通りだ。今後はスカウトをなるべくやめて、この戦力で挑みたい」
「なるべくって……」

その絞り込んだ人間の中にスパイがいたらどうするんだ。言外にそう続けるベルドに、リーダーはいやいやと首を振った。

「たった一人だけ、スカウトしておきたい人間がいるんだ。彼はスカウトしておかねば、ある意味危険になるからな」
「? ――どういうことだ?」
「そのことに関しては、また夕食の時にでも話そう。君らには依頼が終わるまで一部屋を貸すから、それまではゆっくり休んで欲しい。どうやら先ほど、兵士とも戦ったようだからな」
「はあ、どうも……」

夕食までには時間があるが、休ませてくれるというのなら休ませてもらうに越した事はないだろう。それに今後の事を考えるなら、顔を知られてしまった彼らはあまり外には出ないほうがいい。尾行に気付く自信はあるが、成功率が下がることには変わりないからだ。

依頼を受けなければどうでもいいが、依頼を受ければきっちり果たす、それがベルドのやり方だった。リーダーはその言葉に対して満足そうに頷くと、再びラジルを呼び寄せた。やってきたラジルに、リーダーはベルドたちを部屋に案内するようにと指示を下す。ラジルは頭を下げて承諾すると、ベルドたちに向き直った。

「では、ついてきてくれ。粗末な部屋だが、案内しよう」

 

 

「……こんな部屋で申し訳ないが、こちらの部屋でよいだろうか?」
「ううん、全然大丈夫だよ」

ラジルの言葉に返したのは、ヒオリだった。確かに立派な部屋ではないが、言うほど粗末に過ぎてもいない。外部から招いた協力者のために、できるだけ綺麗にしたのだろう。言葉よりもその行為に彼らは好感を持てていた。

「ま、見る限り最低限の設備は整ってるしな。大体レジスタンスのアジトが超綺麗に整っていたら、普通は逆に疑うわ」

第一二人とも野宿でだって寝られるし、雑魚寝も当然経験済みだ。単に一介の冒険者としてやって行きたい彼らなのだが、聞こえてくる名声ではちょっとそれも厳しいのか。早速部屋に入らせてもらい、ベルドは荷物を隅っこに置く。そんな横で、ヒオリがラジルに問いかけた。

「晩御飯、何時ごろになるの?」
「夜の七時ごろを考えているが、準備が出来たら呼びに来よう。明日からは忙しくなるかもしれないから、それまではゆっくりしていて欲しい」
「明日から?」
「ああ。この前雇った人間はとんでもない実力者だったし、その上エルビウム夫妻まで雇えたからな。間違いなく、風はこっちに向き始めた」
「あ、なるほどね」

その言葉に納得がいったのか、ヒオリはぽんと手を叩く。先ほど話していた、スカウトしたい人間がどうのという話もあるのだろう。納得の表情を浮かべたヒオリは、ラジルに別の質問を投げる。

「ねえ、スカウトした人間って、ボクたち以外に何人いるの?」
「今スカウトした人間は、先の槍使いの女の子だけだ。この後スカウトしたい人間も含めれば、合計で四人になるだろうな」
「ふーん……」
「――槍使いの女の子? とんでもない実力者の?」

ほけーっと頷くヒオリの横で、ベルドの脳裏に引っかかる名前が浮かんできた。その予感を確信に変えるべく、ベルドはラジルに問いかける。

「なあ、その女の子、自分の名前を名乗ったか?」
「おっ? おいおい、ベルドさんよ。こんなに可愛らしい奥さんがいるのに、浮気なんてしちゃ駄目だぞ?」
「なんでそういう思考回路になる。で、名乗ったのか?」

ちょっとうろたえ始めたヒオリを意識の外に追いやると、ベルドは再びラジルに聞く。しかしラジルは首を振ると、にやにや笑って答えを返した。

「残念だったな。自分はあくまでさすらいの旅人だからと、名乗ってもくれなかったよ」
「……どんぴしゃだぁ!」

ぱぁん、と、ベルドは思いっきり足を叩く。ヒオリもここまで来れば分かったのか、思い至った表情になった。名前は知らせなかったはずなのに、こんな反応を見せた彼らが理解できなかったのだろう。呆気に取られるラジルだったが、そんなことはどうでもいい。

「なあ、ラジル。その子ってさ、癖の一つもねえ空色の髪によ、同じ色の目を持ってて、ほんでもって首からロザリオかなんか提げてなかった?」

ベルドの質問を受けて、ラジルは少しだけ目を見開く。ベルドの話した特徴が、ぴったり当てはまっていたからだろう。

「よく知っているな。知り合いなのか?」
「いやいや、師匠でございます」

顔を伏せて手を振って、ベルドはおどけた口調で返す。事実、師匠という言い方はほとんど間違っていなかった。短い間とはいえ稽古をつけてもらい、彼らの実力を鍛えた人。ベルドやヒオリの二人にとって、欠かすことは出来ない存在だった。

「ちょっと挨拶してくるわ。その娘は今、どこにいるんだ?」

 

 

部屋の扉をノックすると、「はーい」という声がする。そのまま少し待機すると、部屋の扉が開けられてきた。

「はい、いかがなさいましたか……、って、あっ! 貴方は!」
「やあ、どうも。お久しぶりです」

応対に出てきた一人の少女に、ベルドは片手を挙げて返した。背中まで伸びる長い髪と、同じ色をした綺麗な目。壁に立てかけてある長い槍から、首にかけてあるロザリオまで、全てがあの時と変わらなかった。そんな、ベルドの師匠とも言える少女――フィオナは、くすりと小さな笑みを漏らすと、扉を大きく開けて促してきた。

「何今更中途半端に敬語なんて使ってるのよ、上がって上がって」
「あはは、んじゃ遠慮なく」

一応、最初に弟子入りする時は敬語を使っていたのだが、慣れていないのが分かったのかあっけなく見破られてしまっていた。それだったら使わなくていいよと少女に言われ、言葉は通常語に戻したというオチがあったのだが……俄仕込みのつもりはなかったのだが、見破られてしまったということはそれなりに高い家の出なのか。

この少女のことは相変わらずよく分かっていないのだが、とりあえずは当時の自分など歯が立たないほどの強さを持っていた少女であったことと、彼女の名前がフィオナであるということだけは知っている。

「それにしても、こんな所で会うとはね。まあ、あんたがいりゃあ万人力……じゃなかった、百人力だ。とにかく、よろしくお願いいたしますよ」

へらへら笑ってジョークを飛ばしたベルドだったが、仮にも自分の師匠に対して何たる口の利き方だとか思ったのだろう。無理矢理軌道修正をしたため、前半がギャグで後半が敬語という妙な挨拶が出来上がった。それにウケたのかぷっと吹き出したフィオナだったが、とりあえず無視してベルドはひとまず頭を下げる。

「ともすれ、ヒオリの時とセルの時には大変お世話になりました」
「お世話になりました」
「はい、どういたしまして」

二人揃って頭を下げるベルドとヒオリに、フィオナも一言そう返す。頭を上げた二人には、もう既にいつもの空気が漂っていた。

「しかしまあ、なんたってこんな所に」
「うーん、立ち寄ったらピアソラって奴がとんでもない圧政を行っててさ、兵士も好き勝手やってたのね。それで、ナンパしてきた兵士さんをお断りしたら、無理に連れて行かれそうになって、仕方が無いから軽く打撃を与えて追い払ったら、レジスタンスの人からスカウトされたの」
「……そりゃ、貴方ほど綺麗な人ならね」
「あら、そう? でも、そんなこと言っちゃあ、お嫁さんがやきもちを焼くんじゃない?」
「……う」
「“エルビウム夫妻”のお嫁さんって、すごいやきもち焼き屋さんなんでしょ? 風の噂で聞いているけど、間違いだったの?」
「……ごもっともで」

フィオナの指摘は間違っていない。ある事情により、ヒオリはベルドにやや依存気味な感情を抱いているといってもぶっちゃけ過言ではないはずだ。それ以上に強すぎる好意があるのだが、まあ、それはともかくとして。

「だけど、それだとレジスタンスに協力する意味合いがないんじゃないか?」
「……統治者っていうのはね。常に、民のことを第一に考えてなくちゃ駄目なんだよ。民あっての王国だし、民あっての自治領なんだから」
「…………」

利発さと聡明さを併せ持つ、フィオナの瞳。まっすぐな瞳と紡がれる言葉は、少女が本気でそう思っていることをベルドたちにも知らしめた。

「ま、即物的なベルドさんには分からないかな?」
「うるせー……」

自分はフィオナのように立派な思考は持っていない。そしてそのことも、フィオナはとっくに見抜いているだろう。悪戯っぽく笑ったフィオナに、ベルドも頭を抱えて返す。と、負け惜しみのように呻く横で、ヒオリがおずおずと声をかけた。

「……フィオナ、さん」
「呼び捨てでいいよ。元気そうだね」
「……うん」

ヒオリから声をかけられたフィオナは、小さく微笑んでそれに返す。ヒオリはしばらくかける言葉を迷っていたようだったが、やがてもう一度頭を下げた。

「えっと、その節は、お世話になりました」
「おっ」

フィオナの瞳が再び悪戯っぽく光り、ベルドのほうに向けてくる。

「元々奴隷さんなんだっけ? ちゃんとした言葉遣いも出来るじゃない。教えてるの?」
「……まあ、多少は。俺自身、そんな学を積んでもないから、最低限しか分からないけど」
「それだけ言えれば大丈夫だよ。ちゃんと、教えてもらってるんだ?」
「うん。ベルド、分かりやすく教えてくれるんだ」

前半の言葉はベルドに、後半はヒオリに聞いたものだ。ヒオリの返事に微笑んだフィオナは、続いてこう聞いてきた。

「ベルドさんは、優しくしてくれてるのかな?」
「うん、とっても」
「ふふ。大事にしてくれてるんだ?」
「うん。すっごく、大事にしてくれてるよ」

そういえば、フィオナっていくつなんだ? ヒオリとフィオナのそんな会話を聞きながら、ベルドはなんとなくそう思った。見た目上、自分たちとは同世代に見える。が、恐らくはかなり高くまで積まれているだろう学などが見せる、大人びた立ち居振る舞いを見るに、自分よりも年上なのかと思えなくもない。

しかし、ストレートに年齢を聞くのも失礼なので、その疑問は一旦流す。と、そこまで考えて、ベルドは土産の一つも持ってこなかったことに気がついた。結構いい加減に見えるベルドであるが、恩と仇は忘れない。大慌てで飛び上がり、すぐにどこかで買ってこようと断りを入れて飛び出しかけたベルドだったが、フィオナに笑って止められた。

「いいよいいよ、気にしないで。それに、今のこの場じゃ、物価も高くてしょうがないでしょ? それに、本来なら私もお客さんに対してお茶くらいは出さなきゃいけなかったんだし、おあいこおあいこ」
「……すまねッス。いや、ホント、面目ねッス」

ひらひらと手を振ってくるフィオナに、小さくなったベルドだった。

 

 

「――以上、三名がピアソラに対して革命を起こす、同志となってくれた方である。いずれも一騎当千の実力者ゆえ、拍手で出迎えてやって欲しい」

夕食の前、ベルドにヒオリ、それにフィオナは、レジスタンスのリーダーから歓迎の意を告げられていた。一騎当千の実力者じゃなかったら歓迎はされないのかと内心で揚げ足を取ったりしつつ、ベルドはうぃーっすと片手を挙げる。一部の戦士からは歓待されたようであるが、やはりフィオナには及ばない。というか、見事なまでに野郎ばっかだ。少しは女の子とかいてもよかろうに。

口に出した瞬間ヒオリに泣かれそうなことを思いつつ、ベルドはヒオリと共に食事の席へと戻っていく。冒険者は一まとめにされているのかと思いきや意外とそうでもないらしく、フィオナの席は別だった。

「聞いてるぜ、お前ら。なんでも、超強い戦士なんだってな」
「晩飯食い終わったら、ちょっと俺と戦ってみてくれないか?」
「おう、いいぜ。なんかこの場所、広い訓練場みたいな所は――」
「……あー、ちょっといいかな」

レジスタンスの居場所よりは酒場にいそうな豪傑系戦士の申し込みに喜んで返すベルドであったが、そこへリーダーが口を挟んできた。彼の食器は目の前にあり、話を中断してまで切り出してくるということは、最初から彼らに用件があったということか。そういえば、先のスカウト話は夕食の時に話すとか何とか言っていた。

「なんだ?」
「いや、戦うのはいいんだが、君らに一つ頼みがあってね」
「頼み? ……ああ、例のスカウト話か」
「話が早くて助かる」

水を軽く口に含み、リーダーはベルドたちに依頼を話す。

「我々と同じく、ピアソラに対抗しようとしている人が一人いるのだ。だがどうしてなのかは知らないが、我々の勧誘にも応じようとせん。しかも動きを見るに、すぐにでも行動を起こしかねない勢いなのだ。彼が行動を起こす前に、どうか我々の元に引き込んできてはもらえないか」
「……いや、ちょっと待った」

内容を聞き、ベルドは思わずストップをかける。

「もしかしてそれさ、あんたらがのたくらしていたのが原因なんじゃねえの?」
「それは正直認めなくもない。だが、我々は機会をうかがっていただけだ。ついでに言っておくと、君らにあの槍使いまで来てくれた今、戦力は十分に整ったと思う。後はその人をスカウトすれば、作戦はすぐにでも実行に移そう」
「へいへい。ま、いいけどね」

レジスタンスの存在を知っていて、それでも統治者の家に単身突撃しようとするなら、それはレジスタンスにも言えない理由があるか信頼が置けないかのどちらかだ。どちらにせよ交渉の余地はあるし、協力しない理由が単にいつまで経っても攻め込まない姿勢に苛立っていたというだけならしめたものである。とりあえずは当たってみようと結論を下したベルドは、リーダーに続いての質問に移る。

「で、その人は今どこに?」
「それが、分からないのだ。どうやら、既にそいつはピアソラに睨まれているらしくてな。既に何日も自宅へは戻っていないらしい」

話からすると、そいつはこの自治領の住民ということか。思った以上の結果と現状に、ベルドは思わず眉を顰める。警備兵に逮捕されたという話もないなら、奴はこの自治領のどこかに隠れ潜んでいるのだろう。そうなったら、地理感にも詳しくないベルドやヒオリでは見つけ出すのは困難に近い。

「……しゃあねえな。んじゃあ、一つだけ教えてくれ」
「なんだろうか?」
「ピアソラの拠点の警備が一番薄くなる時間だ。もしかしたら、突撃しようと来るかもしれない」

 

 

……ところ変わって、屋敷付近。慎重に眼を凝らしながら付近を忍び歩くヒオリの目に、とある光景が入ってきた。

「……ねえ、ベルド。あれじゃないかな?」
「あれ?」

指差す先にあるのは、林の中から屋敷をうかがうシルエットが一つ。木陰から屋敷をうかがうそれは、控えめに言ってもかなり怪しいものだった。

「……多分、間違いねえな」

見つめること数秒、ベルドも同様の結論を下す。やっぱり忍び歩きで近づいていくと、そいつはフードにマスクまで被っていた。順番に手を当てているところからすると、面が割れないことを確認したらしい。見れば見るほど、そいつは怪しい人間だった。

やがてそいつは、耳を凝らさねば聞き漏らしてしまうほどの小さな気合の声を入れ、静かに速やかに行動を開始――

「あーっと、ちょっと待った」
「――――っ!?」

――ベルドの言葉に、面白いように振り向いた。

さーって、なんて声をかけようかね……そんな事を考えて、言葉を探すこと十数秒。ベルドはそいつに、声をかけた。

「別に敵対しようってわけじゃねえよ。お前もしかしなくても、あの屋敷に用があるんだろう?」

 


 

 

第二章・兵士と抵抗者へ

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