第六幕

スノードリフトの恐怖!


木漏れ日の注ぐ翠緑ノ樹海、その地下四階を七つの影が交差する。

ベルド・エルビウム率いる、一月ぶりに樹海の奥地を目指すべく発足したギルドメンバー五人。残った二つはフォレストウルフだ。

樹海の奥地を目指そうとした彼らだが、地下五階から地下六階へ繋がる階段のある部屋にスノードリフトなる狼が陣取り、執政院よりそのスノードリフト率いるフォレストウルフ軍団及びスノードリフト自身の討伐を要請され、この場でフォレストウルフと激戦を繰り広げていた。

フォレストウルフは血の匂いに敏感で、ちょっとでも匂いが漂えばすぐさま駆けつけてくる。しかも個々の戦闘能力も高くはないが決して低くもなく、特に攻撃力を上げる技・デビルクライの後に攻撃を食らうと下手をすると一撃で致命傷を被ることもある。

結果、各個撃破が鉄則であった。

と、ギルドメンバーの一人、ゲリュオ・キュラージの蹴りがフォレストウルフの頭を打ち抜いた。脳髄を揺さぶられ、フォレストウルフの動きが一瞬止まる。その隙を逃さずゲリュオ渾身の突きが炸裂。下あごから入り、脳髄を突き抜けて後頭部から刃が出ている。正真正銘、会心の一撃だった。

フォレストウルフは一声上げて崩れ落ちる。断末魔の悲鳴にもう一体のフォレストウルフの意識が逸れたその一瞬、ベルド・エルビウムが剣で頚椎を斬り裂いた。急所を斬断され、二匹目のフォレストウルフも絶叫を上げて絶命した。

 

 

「……くっそ、参ったなー」

誰へともなく罵声を漏らしたのはベルドである。地下四階に陣取っている七匹のフォレストウルフを片端から撃破していった一行であったが、五匹目を撃破したところで脱出が間に合わず、戦利品の剥奪中に残った二匹に同時に襲われ、ぶっつけで戦闘に突入したのである。連戦の上に片方は二匹と結構危うい戦いとなり、結果から言えば一行の勝利だったものの、彼らもフォレストウルフの攻撃や必殺技・シルバーファング(しかもデビルクライ補正のおまけつき)まで打ち込まれて大ダメージを負っていた。仮にさらにもう一匹フォレストウルフがいたならばさすがに戦利品を放棄して逃走を選択しただろう。

「ゲリュオ、気配は感じるか?」
「いや、もうないな、これで全部だろう」

息を切らしながらゲリュオが答える。ヒオリはまた狼の死体を見つめている。

「どうしたんだよ、さっきから?」
「え、あ、なんでもないよ」

慌てて首を振る。対してベルドはなんだよと答えてため息をついた。

毎回のことなのだ。フォレストウルフを倒すとその死体をヒオリが何か物欲しそうにじぃっと見つめているのは。

「とりあえず、ツスクルさんのところに戻りましょう」

カレンが至極もっともなことを言う。そもそもどうして街にも戻らずF.O.E.並の強さを持つフォレストウルフを次々相手にできていたのかというと、ツスクルの持つ癒しの力を秘めた水が入った小瓶のおかげである。傷ついて戻ると、ツスクルは瓶に入った水を振り掛けて傷を治してくれるのだ。なぜか魔力も回復する便利仕様。

いつもならみんなそうだと言うところであり、今回もそのつもりだったのだが――

「そうだな。じゃあお前ら先に行ってくれ。俺もすぐに追うから」

――ベルドだけが渋った。

「どうしてだ? 孤立したら危険だぞ?」

そう言うのはゲリュオである。一見無愛想でガサツに見えるゲリュオであるが、仲間への思いやりはかなり大きい。なんだかんだで心配してくれるヤツなのである。

「ま、気にするな。一分もすれば追うから、気にしないで行ってくれ」
「……はぁ?」

頼むわ。そう言って手を合わせたベルドに何か言うことも出来ず、四人は一足先にツスクルのところへ戻るのであった。

 

 

「……おかしいな」
「何がですか?」

ツァーリが上げた訝しげな声に、律儀にカレンが反応する。

「狼が少なすぎる」
「確かに……」

ツァーリの言葉に眉を顰めてカレンは答えた。地下四階では七匹も狼がいたというのに五階に来てみれば全然いないのである。一応一匹いるにはいたが、それ以外はからっきしである。

「地図のほうはどう?」
「ほとんど完成やが……」

地下五階は実はやたらと広く、狼も分散しているのではないか――そんな推測の元聞いてみたヒオリだが、ツァーリの『ほとんど完成』という言葉の元にその推測は打ち砕かれる。

……だが。

「なんだ、やけに渋ってるな」
「……一部だけ、不自然に埋まらないんだ」
「なんだと!?」

ゲリュオが放った問いに、ツァーリはとんでもない答えを返した。二人だけではなく全員がなんだなんだと地図を覗き込む。

すると、そこには確かに一箇所だけ不自然に埋まらない場所があった。

「おそらく、ここにスノードリフトがいるんだろうな」
「ですけど、スノードリフト一匹にしては、やけに大きな巣に見えますね」
「同感だ」

ゲリュオとカレンが眉をひそめて相談する。そういうことかとベルドも頷き、ツァーリにいたっては鋭い目つきでスノードリフトの巣の方角を眺めていた。そんな中、ヒオリが聞く。

「え、どういうこと? スノードリフトはその中にいるんでしょ?」
「ああ」
「それに、何の問題があるのさ」
「さっきこいつらが言ってたろ、ヤツ一匹にしちゃ巣がでかすぎるんだよ」
「それがどうかしたの? 大は小を兼ねるっていうじゃない」

こてん、と小首をかしげて聞くヒオリに、ベルドの何かがぶちっと切れた。

「お前はアホなのか!? アホの子なのか!? つまりこの空間にスノードリフトが居るのは間違いないだろうけど、仲間を率いている可能性があるって言いてーんだよこいつらはよーーーーー!!」
「いひゃいいひゃいいひゃいいひゃい!!」

ヒオリの両頬をぐにぃっと抓くり上げて怒鳴るベルドに、ヒオリは痛いのかじたばたと足を踏み鳴らす。五、六秒じたばたするヒオリの顔を楽しんで手の力を緩めると、その瞬間ヒオリはぱっと離れて両頬を押さえた。

「うぅー……ひどいよー……」

(痛みで)頬を赤くして涙目で睨むヒオリを見て、どきりとしたベルドは煩悩を吹き飛ばすべく思いっきり木に頭を叩きつけた。

 

 

「たのもう、たのもーっ!!」
「アホ」

不自然に開いた地図の部分に通じる扉をベルドが蹴破る。次の瞬間、周囲から数多くの殺気を感じ取った。耳をすませば低いうなり声と獣たち特有の匂いが鼻をつく。

「……間違いねぇな、ここがスノードリフトの住処か」

無数の狼が闊歩するその中を、垂れた冷や汗を袖で拭ったベルドが笑って言った。一行の武器を持つ手に自然と力が入る。

「しかしこんなに沢山居たら、どれがスノードリフトだか分かりませんね」
「それは、心配ない」
「え?」
「キュラージ卿、どれがスノードリフトだか分かるか?」

ツァーリの質問に、ゲリュオは小さく頷いた。

「……ああ。一匹だけ物凄くでかい『気』を放つ奴がいる。奥へ続く通路……大体、距離的にこの部屋の中央か。そこに陣取っているヤツだ」
「となると、すぐ近くにいる三匹の狼は……」
「フォレストウルフ、って事だろうな。だが……」
「どうした?」
「フォレストウルフにしては、微妙に『気』が強い」
「一般兵と近衛兵みたいなものか?」
「そうだな。とりあえず、ごちゃごちゃ話していても始まらない、行くぞ!!」

 

 

「ベルド」
「なんだ」
「ヒオリのこと、どう思う」
「どうって言われてもな……」

スノードリフトの近衛兵(近衛狼?)を叩き潰した彼らは、長鳴鶏の宿204号室と205号室で休息を取っていた。ツスクルの水は確かに傷や魔力は回復するものの、溜まっている疲れまでは取れない。やはり宿に備え付けてある薬で傷や魔力、その上で一晩ぐっすり休んで体力も回復させ、万全の状態にして挑んだほうがいいだろう。

そのため彼らはスノードリフトの取り巻きをことごとく叩きつぶした後、決戦に備えてアリアドネの糸を使ってエトリアの街まで戻ってきたのである。

「まあ、あの時鍛えた時から、やたら胆力はある奴だとは思っていたが……ここまで鍛えられてしまうと、むしろ恐ろしい所があるな」
「というよりは、あの戦闘能力にこの胆力では、恐ろしいとか言う前に不審すぎるぞ」
「うーん、確かに不審っちゃ不審だけどよ、咄嗟の場合ってこともあるんじゃねえの?」
「いや、でもよ……」

この会話は、取り巻きとの戦闘中に取ったヒオリの行動である。

飛びかかった狼の開かれた口の間に、ヒオリは魔力を込めた篭手を突っ込んだのだ。喉まで異物をねじり込まれて、狼は腕を食いちぎらずに首を振って吐き出した。そして手が吐き出されたその瞬間、狼の頭は火の術式で吹き飛ばされたのである。

別にその行動自体で一行の戦いが妨害されたわけではないし逆に助かったのだが、口の中に腕を突っ込んでみせるなど平凡な胆力の所有者には到底出来る芸当ではない。先ほども言ったとおり胆力を鍛えるために鍛錬をしていたとすれば身体能力・戦闘能力が低すぎるし、そうなるとやはりゲリュオとしては怪しむところである。

ところが相談を持ちかけてみたらベルドはのらりくらりとかわすだけで、問題は無いと答える。ゲリュオからすれば真面目に考えて欲しいというのが本音で、ベルドからすれば惚れた女を疑いたくないのである。

「別にいいだろう、助かったんだからよ」

そして、しつこい追及に不愉快になったらしくベルドは逃げるように部屋を後にしていった。

 

 

「……お、先客か?」

部屋を出たベルドは、階段を使って屋上へ向かった。十一階建てと物凄く高いこの宿は、屋上からの光景は絶景だ。街を行き交う人々や厳然とそこにある世界樹まで、かなり広くを見渡すことができる。

とはいえ今は夜なのであまり行きかう人々もいないが。

ともかく、そんな屋上へ出てきたベルドは、既に先客がいるのに気がついた。暗くてよく分からないが、髪の長さから判断するに――ヒオリだ。

「あぁ、ベルドか」
「おう」

外を見ていたヒオリはベルドに向き直り、声を発する。

「どしたの、いきなり?」
「ああ、ゲリュオのヤローが昼間のお前が取った行動の話をしてたから不愉快になって逃げ出してきた」
「ボクの話でなんでベルドが不愉快になるのさ」
「お前のことが好きだから?」

笑ったヒオリに、ベルドも笑って肩をすくめながら返す。さすがに本気だとは受け止められなかったらしく、ヒオリはぷっと吹き出した。

「女を見る目無いよ、ベルド」
「俺が誰を好きになろうが勝手だろうが」

缶コーヒー片手にへらへら笑う少年に向かって、少女も笑いながら答えを返す。

「でもボク、今ちょっと怒ったよ?」
「なんで?」
「生まれて初めて貰った告白がそれじゃ、怒るのも無理ないと思うけど?」
「あーそーかい」

ここでいっそ「本気だったんだが」とでも言ってやりたかったが寸前で堪える。

「じゃ、怒らせたお詫びにこいつでも」

そう言って、ベルドはヒオリに持っていたものを差し出した。受け取ったヒオリが驚きの声を上げる。

「え、これ……」
「フォレストウルフの尻尾だよ。ごわごわした皮は革製の防具とかに使えるかもしれんが尻尾は使い道ないだろうからな。みんな打ち捨ててたからちょっくら切り取ってきた」
「……どうして?」
「お前あれだけ尻尾欲しそうに見つめてて気付かないわけ無いだろうが。まあ、ふさふさして柔らかいから気持ちは分からなくもないがな」

ぽんとヒオリの頭に手を置いたベルドはそう言ってきびすを返す。

「あ、あのさ、ベルド!」
「なんだ?」
「尻尾、ありがと!」
「ああ」

背中から礼が追いかけてきた。ベルドはそれに手を上げて答える。

「それから、ヒオリ」
「なに?」

言ってしまっていいのかどうか。しばし悩むが、言っておくことにする。

隠し事は苦手だし、思い悩む状態で戦いに望むのは体によくない。

「さっきのお前が好きだって告白な、あれ本気だから」

それだけ言い置くと、ベルドはさっさと屋上を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

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