第五幕

森に潜む魔


動物のざわめき、鳥のさえずり――緑溢れる樹海の中では、その光景は定番だ。

世界樹の迷宮第一階層・翠緑ノ樹海もその例に漏れず、のどかな光景が広がっていた。

だが、その光景はたった一本道を外しただけでがらりと変わる。

F.O.E.――その階層の他の敵とは比較にならない驚異的な強さを持ち、一定の縄張りを徘徊、そこに進入する存在を打ち砕く恐怖の塊。挑んで殺された冒険者は後を絶たない。

故に、もうほとんどの冒険者はF.O.E.には近づかず、その周囲の雑魚敵とこそこそ戦ったり伐採採掘で小金を稼ぐ存在と化してしまった。

そして、そんな中――実に一月ぶりに、F.O.E.に挑む冒険者達がいた。

 

「…………」

フリードリヒ・ヴァルハラ……ツァーリは、手元が汗でぬめるのを感じていた。目の前には自分の仲間である二つの背中があり、その先には立派な体格の一匹の牡鹿がいる。鼻息は荒く、赤くぎらつく目で牡鹿は一行を睨んでいた。その口に、空気が吸い込まれる。


咆哮。何か危害があるわけでもないのにその気迫に全員の体が震え、それを振り払うようにベルドが叫んだ。

「――デビルクライ!!」

ベルドの下から赤紫色の光が迸る。その光景に今度は牡鹿が一瞬怯み、その隙にゲリュオが先手をとった。


正々堂々の真っ向袈裟懸け。鹿の体が斜め一文字に斬りつけられ、その斬撃は一撃の下に鹿の左目を叩き斬る。続いてヒオリが術式を組み上げ体内から火炎を噴き出させるが、内臓を焼かれているというのに大して堪えた様子がない。

「効いてないの?」

疑問に答える声は存在せず、鹿は鳴いた。

――キイイィィィィィン


あえて擬音表現するならこれが一番近い。想像していたよりもずっと高い声に頭が痛くなり、ベルドたちは反射的に耳を塞ぐ。全員の動きが一瞬止まり、鹿は再び鳴いた。これも全員耳を塞いでやり過ごしたが、この隙に鹿がゲリュオめがけて突進してくる。

横っ飛びに回避したゲリュオだが、鹿は先ほどまで木にぶつからないと方向転換しなかったのが嘘としか思えないほど敏捷な動きで体の向きを変え再度突撃。体制を崩したゲリュオに回避するすべは存在せず――

「が……っ!」

直撃。この直前に鹿の攻撃力を警戒したツァーリの力祓いの呪言が入ったことは不幸中の幸いだったが、攻撃力が減退しているとは思えないほどの破壊力が抜けてくる。咄嗟に腕を立ててガードしたゲリュオだったが、その一撃は腕の感覚を麻痺させるほど強かった。

「レイジングエッジ!」

攻撃直後の隙を突き、ベルドが動いた。増大した筋から放たれる強烈な斬攻撃。鹿の前足めがけて剣を叩きつけるが、いつもウサギやモグラに放っている程度の手応えしか感じられない。信じられないほど固い皮膚は、ハサミカブトの甲殻にも劣らない硬度を有していた。

「――雷よ、落ちろっ!」

炎を恐れないことを察したヒオリは、新しく覚えた電撃の術を放ってみる。天空に小さな黒雲が発生し、そこから一筋の雷が落ちた。鹿の体を数万ボルトの高圧電流が駆け抜け、今度は苦しみからの咆哮が上がった。動きが止まった隙を突いてゲリュオの左斜め下からの斬り上げ。同時ゲリュオの右腕めがけてカレンの投げた薬瓶が飛来し、瓶が砕けると共に中身の液体が鹿の打撃を受けた部分に降りかかる。即座に傷は完治し、感覚の戻った腕で鹿の体を斬り上げる。だが、これはあまり効いていない。見たベルドは舌打ちし、一瞬で作戦を練り上げる。

「ヒオリ!」
「なに!?」
「俺ら前衛とツァーリで鹿を止めるから、お前はがんがん雷撃を落とせ!」

ゲリュオの攻撃もろくに効かず、目下ベルド最強の攻撃手段であったデビルクライからのレイジングエッジですら大ダメージを与えられないことが分かった今、決定打となるのはヒオリの術式だけだ。幸い雷撃は苦手なのか多大な打撃を与えることが出来るので、これを中心に作戦を組み上げるほかない。

だが、時は待ってはくれない。ヒオリが術式を組み立てるより鹿の突撃のほうが早い。狙いは――ベルドか。

体が回避行動を選択し、必要な動作を取るべく電気信号を発する。だが、ベルドが飛ぶと同時、鹿も飛んだ。

「くっ!」

想定外の行動に回避は失敗、蹄からの強烈な一撃を、ベルドは剣を使ってどうにか受け止めきった。しかし鹿の攻撃とベルドの迎撃、両方の力を受けた剣が先に限界を向かえ、ぐにゃりと曲がってしまう。

――嘘だろ!?

愕然として剣を見るが、その隙を逃す鹿ではなかった。大きな角がベルドを串刺しにせんと迫り、曲がった剣でベルドはそれを受け止める。一瞬の均衡の元、過剰な負荷に耐えられなかった剣がぽきりと折れ、ベルドの体が突き上げられる。

「ヒオリ、術式はまだか!?」
「行けるけどっ……ここで電撃落としたらベルドまで黒焦げだよっ!」
「馬鹿野郎、さっさと撃てっ! このままじゃ押し切られるぞ!!」

鹿の角に腹を突き刺されながらベルドは叫ぶ。自分達より鹿のほうが強いのは薄々分かっていた。一人黒焦げになるのを恐れてここで術式を放てなければ全員そろってお陀仏だ。

とはいえ、ヒオリの気持ちも分かる。味方を自分の手で倒さなければならないというのはあまりにも残酷だった。と、考えていたカレンがヒオリのほうを向いた。

「……ヒオリさん、合わせてください」
「何を!?」
「いいから! ベルドさんを死なせたくないんだったら合わせて!!」
「う、うんっ!」

状況を説明している時間はない。

「せーのっ!」
「――雷よ、落ちろっ!」

その声と同時、カレンは薬瓶を投げつける。電流が鹿とベルドを駆け抜けるのに一瞬遅れ、カレンの薬瓶が見事ベルドに命中する。一発一発の威力は小さいといえど火炎の術や剣撃によるダメージが積み重なっていたのだろう、雷撃を食らった鹿は咆哮を上げ――

ゆっくりと、大地に倒れ伏した。鹿の角からベルドが投げ出され、転がり落ちる。少年の体がぴくりと動き、呻き声と共に立ち上がろうとするが、やはりダメージが大きかったのかべちりと倒れた。

それを見てカレンは大きく息をつく。

実に心臓によろしくない勝負だった。雷撃が落ちる一瞬後に薬瓶が当たるというタイミング的な問題があるし、そもそも上手くベルドに当てられる保証もない。下手をすればベルドどころか鹿を回復してしまうことになったかもしれず、非常に分の悪い賭けであった。

それでも何の逡巡もなく、仲間を助けられる可能性に賭ける事ができたのは――

「メディックだから、でしょうね……」
「何がだ?」

ゲリュオの疑問にも答えず、黙々とベルドの治療をしながらカレンは呟いた。

 

 

「……あー、さすがにこれは直せないよ」

シリカ商店でベルドの折れたショートソードを見せ、それに対するシリカの反応である。ベルドたちも元から修理可能だとは思っておらず、駄目もとで行ってみただけの話なのでそこまで残念には思わない。

「本来なら新しい剣を買う金が吹っ飛ぶことを心配するんだろうなぁ……」

ぼやきながら新しくショートソードを購入。使えそうな剣はこれしか売っていなかった。既に言ったが彼らはジュモーを発見して売り飛ばしており、百数十万の儲けを得ている。それに対して三百五十など……痛くもかゆくもなかった。

 

 

「このごろ都に流行る物……夜討ち強盗、偽綸旨ってか」

長鳴鶏の宿裏手でどこぞの落書文句をほざきつつ、ベルドは剣を研いでいた。剣というものは個人の癖が出る。故に新しいものを買ったからと行ってそれが即座に使いこなせるわけではないのだ。最低限研ぎなおしておかねば話にならない。

「あれ、ベルドじゃん。何やってんの?」
「ああ、ヒオリか」

剣を研ぐ手を一時止めて、ベルドはヒオリを振り返る。

「剣を研いでんだ。見りゃ分かんだろ」
「錆びてたの?」
「いや、剣とか槍とかそういう近接系の武器は使用者の癖が出るからな。いくら立派な武器があったって使いこなせなきゃ話にならんだろ。自分に合うようにカスタマイズしてるんだ」

流水ですすぎ、研ぎ石に金剛砂と水を軽く取ってまた研ぐ。

「上手いね」
「そりゃ何回もやってたからな」

結構こまめに手入れしなきゃ駄目なんだぞ? そういって笑いかけ、ふと思い出したかのようにヒオリに問いかける。

「お前、杖の手入れはやってるか?」
「えっ、杖って手入れしなきゃいけないの?」
「……とりあえず杖持って来い。先端にくっついている小さな水晶があったろう、あれだけでいいから」

ヒオリは疑問を顔に浮かべながらも、杖の先の水晶を取りに帰っていった。

数分後、ヒオリがぱたぱたと駆け戻ってくる。その手にはスタッフの水晶が握られており、開くと少し濁っていた。

「ああ、やっぱりな」
「やっぱりって?」
「杖を持つとなんで術式の威力が上がるか知ってるか?」
「ううん、知らない」
「術式は精神的な力が関係してくるのは知ってるだろ。水晶ってのは元々邪念を吸い取る力があって、術式を使う際に余計な感情を吸い取ってくれるんだ。つまり集中力が高まるってことだな。それで術式の威力っつーのは上がるんだ。だけど、水晶だっていつまでも吸い取り続けてくれるわけじゃない。やっぱ限界ってのはあるし、その状態で下手をしたら邪念を吸い取ってくれるどころか逆に邪念を放出しちまうんだよな」
「へぇ、そうなんだ」
「例えば有名な話で『呪いのダイヤモンド』ってやつがあるだろ、すっごく綺麗で価値があるのに災いを引き起こすって奴」
「うん」
「あれも元はただの石に過ぎねえ。ただ高価で美しいために、より強い人の物欲やら念やらが石の中に凝り固まっちまって持つ者に災いをなすようになっちまったんだ。この水晶も同様さ。逆に邪念を放出するような存在がありゃ術式の威力は上がるどころか逆に下がっちまうのは簡単に推測できるだろ?」

長台詞でごめんねー、と笑いつつベルドは結論を話す。

「とゆーわけで、水晶っつーのは定期的に手入れ――まあ、いわゆる『お清め』だな。それをしなくちゃならないってわけだ」
「ふーん、じゃあどうやって手入れするの?」
「手っ取り早いのは海水に浸すことだが……無理だな。調理場から粗塩と、コップかお椀どっちか好きなほう持って来い。携帯用の塩じゃ駄目だ」
「うん、分かった」

そう言ってヒオリはまたぱたぱたと駆けて行き、やがて塩とコップを持って駆け戻ってきた。

「いちいち走るな、子供かお前は」
「うん?」
「……まあ、いいや。水晶の手入れだが、コップに塩水を入れてその中につけ込むか、お椀に塩を盛って埋めるかどっちかだ。あ、ただし水晶に金属の部品がくっついてると錆びちまうからそれは外せよ」

ベルドの説明に合わせて、ヒオリは作業を進めていく。全ての作業を終えると、顔を上げてベルドへ向き直った。

「これでいい?」
「ああ、いいぞ。後は一晩置いて流水で流すだけだな。それからまたスタッフにはめれば術式の威力三割増しをあなたにお約束いたします、ってな」

へらへら笑って、ベルドは軽口を叩いてみせた。それを見てヒオリの顔に影がよぎる。

「……ベルド」
「なんだ?」
「そうやって笑うのって、仮面じゃないよね?」
「は?」
「ゲリュオが『ベルドが笑ったり軽口を叩いたりするのは別に仮面じゃない』って言ってたから」
「……ああ、なるほどな」

何を言いたいのか薄々察したベルドは、単刀直入に切り出した。

「デビルクライのことか?」
「……うん。どうして使えるのか、差し支えなければ教えて欲しいなって」
「……まあ別に構わんが……答えは『分からない』だぞ?」
「えっ?」

ベルドは力なく笑って首を振った後、壁に寄りかかって空を見上げながらヒオリに告げた。

「俺は、冒険者になる前の記憶がないんだ。自分が何者なのか、いくつなのか……それも分からねえ。ベルド・エルビウムという名前とて、俺と一緒に冒険していた女が俺のことをそう呼んでいたに過ぎないんだ」
「記憶喪失なの?」
「似て非なるものかな。ここ五、六年の記憶はあるし、日常生活も差し支えなく送ることができる。デビルクライは恐らく記憶を失う前から使えたんだろうな、『覚えた』記憶がないから」
「……その女の人は?」
「死んだよ。山間部を冒険していたら崖から転落してそれっきりさ」

あっけらかんと言って、ベルドはヒオリに笑いかける。

「……ま、別段可哀相とか思わなくていいぜ。身寄りのない風来坊は元からだし、一緒に冒険していたとはいえ一人でやっていく技術はお互い持ってたから困らなかったしな」

それよりも、と、話を区切る。

「これを聞いてヒオリちゃんはどうしますかね? 俺、もしかしたら魔物の子かもしれないぜ?」

ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべてベルドはヒオリを覗き込む。対してヒオリは微笑を浮かべてそれに返した。

「別にどうもしないよ。魔物の子だろうがなんだろうが、ボクの見てきたベルドはそういう人物だし、何の生まれだろうが別にベルドを差別したりなんかしないよ」

屈託のない笑みはその言葉に一部の嘘も混じっていないことを暗に語っていた。ベルドがボクたちにデビルクライを見せたのも、多分ボクらが差別したりなんかしないって信頼があったからやったんだと思うしね。そう付け加えて、ヒオリはベルドに手を出した。

「ごめんね、変なこと聞いて」
「別に問題ない」
「そう。じゃ、帰ろっか?」

手を取ると、ヒオリはその手を引いた。ベルドは一瞬体制を崩しかけるがすぐに立て直す。自分の手を引きながら前を歩くヒオリを見て、ベルドはもう片方の手で頭を抱えた。

――やべえ。


――惚れたかもしんねえ。

 

 

「……相変わらずデーンと王様気取りで鎮座してやがるな、あのカマキリ」

それから数日、地下三階の樹木の陰から覗きつつベルドはぼやいた。その視線の先には草原の中央に鎮座し強烈な殺気を放ち続けるジャンボサイズのカマキリがいる。

第一階層・翠緑ノ樹海最強の名も高いF.O.E.全てを狩る影。地下二階の狂える角鹿と怒れる野牛をことごとく殲滅してきた(とはいえ強いので一、二匹倒すごとに宿に戻る有様だったが)彼らであっても挑むことは憚られる。

そもそも彼らの目的はフォレストウルフ&スノードリフトだ。カマキリ相手にタイマン張る必要はない。流石にスノードリフト戦直前ぐらいには倒せるようになっていたいところだが。

「こそこそと隠れて移動しなきゃならないのが悲しい所だな」

ゲリュオがぼやく。と、そこへベルドが意味ありげな笑みを浮かべた。

「ふっふっふっ、こんなこともあろうかと、秘密兵器を持ってきたぜ」
「秘密兵器?」
「虫除けスプレー」
「あのサイズに効果あるかーっ!」

期待を思い切り打ち崩され、ゲリュオは思わず突っ込んだ。と、そこでヒオリが声をかける。

「……ねえ、ベルド、ゲリュオ」
「なんだ?」
「あのカマキリ、こっち睨んでない?」
「……あ」

カマキリの濁った銀色の瞳は、一寸の狂いもなく一行を見つめている。

「…………」
「…………」
「……一、二の三で逃亡だ、構えーーーーーっ!」
「もうやだこのギャグメンバーっ!!」

悲鳴を上げたのはカレンだ。目下誰かがボケてそれに残った面子が律儀に突っ込むから問題が起こっている気もするのだが――まあ、世の中には一蓮托生というすばらしい言葉があるわけで――

結局、全員は一目散に逃げ出した。この時全員の逃亡速度は百メートルを六秒で走るほど速かったとか。

 

 

「君らか、何の用だ?」

カマキリの魔物から一目散に逃げ出し、一行は再びレンとツスクルの前に立っていた。

「しっかし、何度見ても怖そうな人だな……」
「怖いって、別にお前は彼女になにもされてないやろ」
「いや確かに何もされてないけど、何となく威圧感があるんだよな、この人」
「……まあ、迫力のある女性であることは認めるがな?」
「……お前ら、仮にも女性を捕まえて迫力のあるとか失礼なことを……」

ベルドとツァーリのやり取りの途中からレンがふるふると震えだした。こっそり刀の柄に手を当てているところを見ると地味に怒っているらしい。

「やべえ、ギャグ飛ばしてる場合じゃねえぞ! いえ、あのですね、執政院で話を聞いて、我々がスノードリフトを退治することになったのですが――」

慌てたベルドが説明をすると、レンは刀の柄から手を外し、一つ頷いた。

「……む、そうか。ミッションを受ける冒険者がやっと現れたと連絡があったが、君らのことだったのか」

微笑んだレンは一歩右へ動き、道を空ける。

「すげえ、笑った!」

ベルドが驚き、ゲリュオがぼやく。

「笑うこともあるだろうよ、なんだと思ってたんだ彼女を……」
「うーむ、怖そうだけど実は優しい人なのか?」
「分からんぞ、先に恐怖を与えておけば些細な優しさでもものすごく優しくされているように感じるからな。そういう手口かもしれん」
「そりゃヤクザの手口だろ!!」

考えたベルドに対し、ツァーリが大真面目な顔で冷静な分析をしてとんでもないことをのたまった。当然ゲリュオが怒鳴る。レンはそれを聞きながら事務的に声をかけた。

「それじゃあ、頑張ってくれ。我々はここにいるから、何かあったら声をかけてくれ」
「はい」

カレンが返事を。残りの四人が力強く頷き、一行は森林にある巨大な扉を開き、足を踏み入れ……

「あ、そうだ。ベルドとツァーリでよかったか?」
「え? はい、そうですが?」

……る前にレンから声がかかる。

「とりあえず、君らに一つ忠告をしておこうと思ってな」
「はあ」

その返事を聞くと、レンはぎしりと刀の柄を握り込んだ。

「女性に対する礼儀ってのを少しは身に着けて来いこの馬鹿どもーーーーーっ!!」
「ぎえええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 

「食らえ、新技・トルネード!!」

ベルドの魔力を帯びた剣がマンドレイクを両断し、その剣先から迸った旋風が左右にいた森ネズミを吹き飛ばした。

「へぇ、魔法剣技か」

ゲリュオが感心したようにベルドを見つめ、ベルドはどんなもんだいと笑ってみせる。そこへカレンが声をかけた。

「ベルドさん」
「なんだ?」
「いくらなんでも、技名に捻りが無さすぎだと思いますが」
「しょーがねーだろ! 公式技名がトルネードなんだからよ!!」
「楽屋裏の話ですよね……」

ぽつりと呟いたカレンが扉をこじ開け――

「な……っ!」

――た矢先に目に飛び込んできたのは、フォレストウルフに襲われている兵士の姿だった。

「くそっ、陣形を整えろっ! ヒオリは相手の目の前に雷を落として怯ませて、ツァーリは力祓いの呪言を頼む! 俺とゲリュオでフォレストウルフを攻撃して吹き飛ばすから、カレンは兵士の回復! ヒオリは術式を使うな、兵士まで巻き添えにしちまったら元も子もねえ!!」

ベルドが素早く指示を飛ばし、ゲリュオはこの時既に踏み込んでいる。しかし、ゲリュオの刀が攻撃の間合いに入ったのと同時、鈴の音がした。ゲリュオ以外の全員が振り返り、その先にはカースメーカーのツスクルがいた。

ツスクルは何か呪言を唱える。技の展開、構成速度、どちらもツァーリより桁違いに速かった。ツァーリの名誉のために付け加えておくが、彼の詠唱速度も決して遅いほうではない。むしろ、一般的な冒険者・カースメーカーの中ではかなり速い方だろう。だが、ツスクルの呪言発動の速さは一般的な冒険者の速さを鼻で笑って打ち砕くほど速かった。何百回、何千回と同じ呪言を唱え続けてきた者にのみ許される、驚異的な速呪。呪言を唱え終えると、狼は動きを止め、数度痙攣して息絶えた。

そのままツスクルは兵士のほうに歩み寄り、手にした瓶の中身を振り掛ける。と、すぐに兵士の傷は塞がり、兵士は立ち上がってツスクルに礼を言う。

「勇敢なのは悪い事じゃない。でも、傷ついた身体で狼と戦うのは危険よ。狼は、特に血の臭いに敏感なの」

その言葉の対象はツスクル以外の六人。兵士はその言葉を聞くと逃げ出すように立ち去っていった。その姿を見届け、ツスクルは瓶の中身を一行にも振り掛けた。冷たい水は、即座に一行の傷を癒していく。

「これは、樹海でわき出た泉の水……傷を癒してくれるの」

全員の疑問に答えるように、ツスクルは先回りして説明をする。ベルドは礼を言い、ツスクルは傷ついたら自分のところに来いと言い置いて遠くを向いた。

「時に、この後スノードリフトを倒すまでツスクルはこの場にいて回復をしてくれるわけだが」
「うん」
「回復してもらった直後にYボタンを押すとDSがフリーズするらしいぞ」
「また無駄な知識を……」

 

 

「……うお」

ツスクルの立った部屋からすぐ近くにあった階段を下り、地下四階にたどり着いた一行は獣の咆哮とたくさんの気配を感じ取った。

「……いやがるな、フォレストウルフが」
「ゲリュオ、何匹いる」
「……七匹ってところか」

ベルドの問いに、ゲリュオが気配を敏感に感じ取り答えを返す。ちょっと歩くと、いるいる。姿を隠すことも無く我が物顔で歩き回るフォレストウルフの姿が。見た目は一匹だが、近くに何匹隠れているかも分からない。だが、倒さなければならなかった。

「……行くぞ」

ゲリュオの声に全員が頷く。そして、唸り声を上げる狼に飛び込んだ。

 

 

「たあぁぁっ!」

ベルドがデビルクライで攻撃力を、ゲリュオが居合いの構えで敏捷性を高め、結果的に先手を取ったのはなんとカレンだった。メディックといえど傷ついている人間がいなければ基本的に用はない。まだカレンは医術防御を使える腕前ではなかった。

武器による近接戦を苦手とするカレンでも、重い杖で殴りかかればそれなりの打撃力はある。頭部を狙った一撃をフォレストウルフはカウンター狙いで受けて立つ。自身も回避しきれずに背中を打ちつけるが、噛み付き攻撃がカレンに炸裂し、白衣と防具を打ち破ってその胸に炸裂する。肋骨まで達する深傷に、美しい顔が痛みに歪んだ。狼が牙を離すとカレンはくずおれそうになるが、その体を叱咤して後方まで下がる。そこで薬瓶を出して回復の体制に入った。

続くヒオリの火炎がフォレストウルフを焼き、有機物の燃える焦げ臭い匂いがあたりに充満する。ツァーリの力祓いの呪言が入り、狼の牙は鈍くなった。

「はあぁっ!」

そこへゲリュオの居合い抜きが炸裂し、フォレストウルフを斜めに切り裂く。怯んだところにベルドの横薙ぎが襲い掛かり、フォレストウルフは真っ赤な血を噴き出しながらのた打ち回る。ツァーリが傷跡に杖の先端部を捻り込み、対してフォレストウルフはその杖を噛み千切ろうとする。こらえようと腰を据えるが物凄い力で杖ごと振り回されそうになり、ツァーリは慌てて杖を放した。バランスを崩しそうになるも敵の前で転んだら即刻殺される。どうにか堪えた。フォレストウルフが奪い取った杖を適当な方角へ放り捨てる。途端、向こうから悲鳴が上がった。回り込んでいたベルドの位置を直撃したらしい。

「キャー! ちょっとツァーリ、何投げてんの!?」
「取られたんじゃヴォケ! 後『キャー』ってなんじゃい、『キャー』って!」

間抜けなやり取りに、真っ先にゲリュオが反応する。

「丸腰か!?」
「ああ、済まんが援護頼めるかね!?」
「了解!!」

踏み込みからの鋭い袈裟懸け。ツァーリに噛み付こうとしていたフォレストウルフを吹き飛ばし、続くベルドの蹴りが入る。そこへ

「炎よ、燃えろっ!!」

ヒオリの二撃目の火炎が襲い掛かり、フォレストウルフを焼き払って決着を見た。

 

 

「……ふぅ、倒したか」

デビルクライの殺気を消し去りながらベルドが呟いた。同時、構えを解除して自然体に戻りながらゲリュオが頷く。

「カレン、何か取れそうか?」
「……そうですね、この皮ぐらいでしょうか」

カレンが取ったのは妙にごわごわした皮だった。ヒオリが何かフォレストウルフの体を見つめている。

「どうした?」
「え、ううん、なんでもない」
「そうか?」

ベルドの問にヒオリが頷き……

「とりあえず場所を変えよう。いい加減に別の狼が駆けつけてくる」

ゲリュオの判断で場所を替えることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

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