第二幕

結成


「なるほど、最近話題の一ヶ月ぶりに発足した冒険者ギルドというのは君達か……」

樹海に近いエトリアの街、その統治を司る執政院の受付で、ベルドたちは受付の人と面会していた。三十分ほど前に冒険者ギルドでヒオリとフリードリヒの登録を済ませたところ、ギルド長に『ここでの登録だけでは冒険者と認められない。執政院に趣き、そこで出されるミッションをクリアして初めて認められるのだ』とのお達しを受けたため執政院に行って自分達の身分を明かし、それを受けた執政院受付の青年の反応が上の台詞である。

「しかし、聞いていると思うがギルドを組んだばかりの冒険者など我らは冒険者として認めはしない。名ばかりではなく、本当の意味で冒険者と認めてほしくば、我らの出すミッションをクリアしたまえ」
「内容は?」
「地下一階での地図の作成、これは我々が樹海へ挑む冒険者に課す試練だ」
「地図の作成、ですか?」
「うむ。樹海探索に必須である地図。これを作る事が出来ないものは冒険者として認めることはできぬ。地下一階を君たち自身で探索し全ての要素を書き写すがいい。それが以後の探索に役立つはずだ」

そう言って、受付の青年は一枚の羊皮紙を差し出してきた。そこには翠緑ノ樹海、その表層の地図が一部だけ描かれており、結局彼らはわずか一時間足らずで樹海にとんぼ返りすることになったのであった。

 

 

「……ところで」

樹海に入った一行だったが、入り口をくぐったところでフリードリヒが動きを止めた。

「どうした?」
「地図を作れと言われたが、結局その地図は誰が書くわけ?」

至極最もな疑問に、彼らはぴたりと動きを止めた。

「……言いだしっぺの法則で、お前はどうだ?」

ゲリュオが返す。

「いや、わしはちょっと苦手やな。お前さんは?」
「俺? ……あー、自信ないな」

フリードリヒの反問に、ゲリュオも難色を示す。

「あ、じゃあボクがかくよ。一応、マッパー経験あるし」
「本当か?」

と、意外なところから手助けが来た。マッピングの経験があると言ってゲリュオから羊皮紙を受け取ったのは――ヒオリだ。

「任せなって! ……えー、とりあえず、この辺に線ダーっと引いていい?」
「……安心しろ、細かいマップのチェックは俺がする」
「……ベルド、もしかして苦労人って言われません?」
「……所詮、俺はそんな役回りだ」

 

 

「ん、執政院から連絡を受けている新しい冒険者ってのは君らだね?」
「はい」

数分後、樹海の奥へと進んでいく一行は、門番のように道をふさいでいる兵士と出会った。割と気さくに話しかけてきた兵士に、カレンが答え――

「そこをどけぃっ! どかないと、剣の錆にしてくれるわ!」
「殺る気満々かい! お前、相手は一般人だぞ!!」

――ベルドの一言で台無しになった。それを可能な限り無視してカレンと兵士は話を続ける。兵士が地図を受け取り、ペンで大きな四角を書いた。

「……ま、今書いた四角の中だけ埋めてくれればいいよ」
「はい、ありがとうございました」

再びカレンは兵士から地図を受け取り、残りの四人がどれどれと地図を覗き込む。思ったよりは狭い四角だった。

「左側か右側か、どっちかから埋めていくことになりそうだね」
「だな。ベルド、どうする?」
「あー……どっちでもいいな。フリードリヒ、あんたの見立ては?」
「せやな……この地図を見た印象だと、左側が狭いから、そっち側から埋めていった方がええやろう。埋まりそうな所から埋めてくのがマッピングの鉄則やしな」
「なるほどな。じゃ、左と行くか」

意味なく二回手を振ってから、ベルドは左方向へ歩き出す。他の面々も特に意義はないようで、ベルドの後について行った。そんな背中に、フリードリヒは声をかける。

「ああ、ちょっと待った」
「なんだ?」
「わしのことは、フリードリヒじゃなくてツァーリと呼んでもらいたい」
「……あ? まあ、いいけど……なんで、ツァーリよ」

 

 

「……ん?」

結局フリードリヒ……ツァーリの言うとおり西側へ向かった一行は、いきなり袋小路で止まった。

「どうやら本番は東側のほうらしいですね」

カレンの台詞に、五人全員が頷く。行き止まりであることが分かった今、本来なら速攻東側へ向かうところであるが、ここでヒオリが何かを発見した。

「ねえ、なんかブーツが落ちてるよ」
「ブーツ?」

ヒオリの言うとおり、その奥には白いブーツが片方落ちている。誰かの落し物かな、そう言ってブーツを拾おうとしたヒオリに、ゲリュオが叫んだ。

「って、バカかお前は! 良く考えろ! 普通、靴なんて落とす奴居るか!?」
「え、俺、酒場で飲み過ぎた時、気付いたら靴が片一方無かった事があったけど?」
「…………そういえば、酔っぱらって片足だけ裸足で帰ってきた事があったな、お前には」

ベルドの返事に頭を抱えたゲリュオを尻目に、カレンも自分の意見を述べる。

「でも確かに、普通靴なんて落とす人居ないと思います。靴の予備を持ち歩いている人なんて、普通居ないでしょうし――」

――と、カレンの顔色が、変わった。

「どうした?」
「この靴、血痕が残ってます」
「血痕?」
「……しかも、あちこちに傷もある……モンスターにやられた可能性も否定できません」
「……なるほど。となると、近くに凶暴な魔物がいるかもしれん。俺達はこの樹海ではあくまで駆け出しに過ぎないし、ここはひとまず撤退したほうがいいだろう」
「そうだな、そのほうがいい」

冷静なゲリュオの指摘に、ベルドも頷いて同意を示す。だが、撤退しようとしたその瞬間、ベルドは背中が総毛立つような錯覚を覚えた。背後の土が盛り上がり、次々と魔物が飛び出してくる。

「しまっ……!」

彼らにとってのいきなりの不幸は、いきなり背後から不意打ちを受けたことだ。つまり、接近戦に心得を持つベルドやゲリュオではなく、魔術師の後列がいきなり矢面に立たされたことになる。

だが。

「ひ……っ……!」

カレンの口から引きつった声が漏れ、ヒオリの動きが硬直する。そして、そんな恐怖を敏感に察したのか、魔物は鋭い爪を振るい、ヒオリとカレンめがけて集中攻撃を仕掛けてきた。

数は三。ヒオリに二匹、カレンに一匹だ。

「ぐ……っ!」

カレンに襲い掛かってきた魔物は咄嗟にツァーリが割り込んで攻撃を受け止めたものの、ヒオリに関してはどうにもならない。

「何やってんだこの馬鹿ッ!」

だが、そこへ大地を踏み込んで驚異的な速度を見せ、ヒオリを庇った男がいた。青緑の髪をしたソードマン、ベルド・エルビウムである。怒鳴りつけるより早くヒオリの後ろ襟を引っつかんで強引に押し下げ、必殺の爪を迎撃する。

「ぐあぁっ!」
「べ、ベルド!」

一撃目はどうにか剣で受けきったものの、対角線から振るわれた二撃目はどうにもならない。無防備な背中に直撃を受け、ツィードが引き裂かれて鮮血が舞った。

「っの……足引っ張るなっつっただろうがよ!!」

ゲリュオが怒りを秘めた声を上げ、ベルドに追撃をかけようとした敵を袈裟懸けに斬りつける。その間にベルドは転がるようにして距離をとり、相手の姿を睨みつけた。

「モグラ、か……」

敵の姿を確認したベルドは、油断なく声を上げる。彼の言ったとおり、それはまさにモグラだった。ずんぐりとした胴体。とがった鼻。短い四肢から小さな棒状の尾に至るまで、疑うことなきモグラである。

「見た目がモグラだからって油断するな! こいつが持ち主を殺した凶暴な魔物かもしれないだろ!」
「別に殺したとは限らねえだろうが、こんな一撃貰って油断できるか……!」

左手を背中に当てて呻き、ベルドは剣を抜き放った。

 

 

「つありゃあぁぁっ!」

緑の樹海の中、大地を踏み込んで先陣を切ったのはベルドだった。剣の切っ先が一寸の狂いも無くモグラの一体を襲う。体をえぐられ、モグラは悲鳴を上げた。続くゲリュオの一撃が二匹目のモグラを切り裂き、蹴り飛ばして打撃を与えた。と、三匹目のモグラがゲリュオに攻撃を仕掛けてくる。その一撃をゲリュオは刀で受け流すが、そこへ先ほどベルドが斬りつけたモグラが反撃に出た。

「ちっ!」

受け止めることは出来ないため、ゲリュオはバックステップで攻撃をかわす。だが完全にはかわしきれず、鋭い爪がゲリュオの頬を浅く裂いた。入れ替わるようにベルドが入り、下から振り上げた一撃がモグラの皮膚に食い込んだ。

「無理はするなよ、ベルド!」
「へっ……あの程度で戦闘不能になるようじゃ、冒険者なんか務まるかっての!」
「ふん……貴様の好戦的な性格も、ここまで来るとありがたいな」

ずきりと痛む傷に脂汗を流しつつ、ベルドはニヤリと笑みを漏らす。元より好戦的なベルドは、こういう意外な強敵が出ると心が躍る。そんなベルドに、別のモグラが飛び掛ってきた。

「伏せろ、ベルドッ!」

ゲリュオの鋭い声に、ベルドはさっと地面に伏せる。直後、気合の声と共に強烈な踏み込みを見せたゲリュオが、一閃の元に手負いのモグラを斬り落とした。だが攻撃直後で隙が出来たゲリュオに、無傷のモグラが飛び掛ってくる。

「虚構に彩られし偽りの腱、まやかしで作られた仮初の筋、我、其を以って、総てを正しき道へ還さん……!」

ツァーリの口から唱えられるは力祓いの呪言。広範囲の敵の筋力を削ぎ落とし攻撃力を減退させるカースメーカーの弱体技だ。

赤い光がモグラを覆い、その爪はゲリュオを殴りつけたものの打撃は与えずに終わった。ゲリュオは返し刃を利用した一撃を放ち、そのモグラを切り裂いた。肉を切り裂く嫌な感じと共にモグラから血が吹き出るが、あれでは決定打にはならないだろう。

だが。

「ほ、炎よ、燃えろっ!」
「おっ?」

可能な限り凝縮された短い祝詞。ゲリュオの斬ったモグラが体内から炎を発し、丸焦げになって崩れ落ちる。火の術式。放ったのはおそらく、アルケミストのヒオリか。横目で見ると、多少は復活したのだろうか、息を乱しながらも戦おうとしたヒオリがいた。

「す巻きにして川に流してやるぜ!」

この間に体勢を立て直していたベルドは、鋭く剣を構えなおす。

「――レイジングエッジ!」

刹那、三匹目のモグラが真っ二つに斬り裂かれた。

 

 

「――解散だ」
「え……」

あの後すぐに宿屋に帰るようゲリュオが言い、実際に帰ってきた直後のゲリュオの言葉だ。冷たく据わったその目には、戦士特有の貫禄がぴりぴりと張り詰め漂っている。

「聞こえなかったのか? このメンバーは解散すると言っている。目下、ツァーリは役に立つことが分かったから残しておくが、貴様ら二人に用はない。さっさと消えろ」
「え、ちょ、ちょっと……」

容赦のないゲリュオの言葉に、カレンがおずおずと声を発する。睨みつけるゲリュオに怯みつつ、カレンは震えるように声を発した。

「そ、そんないきなり、クビになんかしないでくださいよ。確かに、先ほどはミスしてしまいましたけど――」
「黙れ」

その言葉を叩き切るようにして、ゲリュオは容赦なく弾劾をする。

「足を引っ張るなとは言ったはずだ。邪魔者に足を引っ張られて死ぬ趣味はない、消えろ」
「……うん、まあ、な」

そんなゲリュオの横で、腕を組んで考えていたベルドも言葉を発した。現在、彼の体には包帯が巻かれている。だが、医学の知識があるカレンからすれば、よくこの程度の傷で済んだものだと感心する程の浅さだった。

「うーんとさ。ゲリュオって、出身国じゃそれなりに名前を知れた戦士なのな。それに俺も、足の速さにはかなりの自信があるわけよ。それは分かるか?」

うむとゲリュオが後ろで頷く。実際ベルドの隣に立っていたから分かるが、確かにあの速さは並大抵のものではない。驚異的といってもいいだろう。それに、あの血痕は出来てからまだ新しかった。となれば順当に考えて、あのモグラの魔物に殺されていたと見るのが妥当だろう。そこまで考えて、ゲリュオは言葉をベルドから引き継ぐ。

「ヒオリといったな。貴様はかなりの速さがあるベルドが居るから、いきなり殺されるようなことはなかった。それなりの腕前がある俺がいたから、あの場を切り抜けることが出来た。はっきり言うぞ。並の冒険者だったなら、俺らは全員とうの昔に殺されている」
「…………」
「勿論、しっかりと後ろを確認しなかった俺たちにも責任はある。だがな、貴様らが無様に固まっていることさえなければ、いきなりこんなピンチには陥らなかったはずなんだ」

唇をかんで、ヒオリとカレンは揃って下を向いてしまう。ゲリュオの言葉は誇張ではない。素人目にも実力者であることは分かったし、ヒオリを庇ったベルドの速さは疾風の如くといっても過言ではなかった。それがなまじ分かるだけに、どれほど自分たちが危険な状況に落とし込んだのかが簡単に分かる。

「カレン、貴様もだ。ヒオリの身だしなみを気にするのは結構だが、お前は樹海がどういう場所なのか分かっていなかっただろう。足を引っ張ったら置いていくと、昨日言った。お前ら二人に用はない、どこへなりとも消えてしまえ」
「……そのくらいにしとけ、ゲリュオ。いくらなんでも容赦なさすぎだ」

と、ここでベルドがストップをかけた。だがその顔は、ヒオリやカレンをクビにすることに関しては何の異論もなさそうである。

「でもな。ゲリュオの言っていることも、正直正しいんだ。お前らはっきり言って、実戦経験ある?」
「…………」

少々の沈黙の後、ヒオリとカレンは小さく首を振る。だが、そこで顔を上げてきた少女がいた。紅の瞳に、すがるような、しかしその中にも強さを秘めた光を宿して彼らを見つめ返す少女は――アルケミストの、ヒオリ・ロードライトだ。

「……でも!」
「ん?」
「……もう、こんなことしないから……ボクのこと、連れて行って!」
「却下だ」

カレンが言いかけたのと同じように。ゲリュオは容赦なく切り捨てる。冷たいようだが、戦いのときに共闘して立ち向かうどころか自分の身さえ守れないような奴をメンバーに入れておく意味は無い。

だが、次の瞬間、ベルドもゲリュオも、そして横で見ていたツァーリさえも、驚くべき光景を見た。

「お願い、ですから……ボクのこと、連れて行ってください……!」
「……お前……」

ベルドの目が、少しだけ揺れる。少女が取った行動は――土下座だった。これにはゲリュオも一瞬面食らったようだが、すぐに一笑に付してしまう。ベルドはふうとため息をついて、ゲリュオに向かって手を出した。

「ゲリュオ。ちょっと、刀貸してくれねえか」
「刀?」

ベルドの真意が読めないのか、ゲリュオは小さく眉を顰める。それでも刀を鞘ごと渡してくれるあたり、少しは信用があるらしい。ベルドはそのまま、ヒオリとカレンの前に剣と刀を放り投げた。頭を下げていたヒオリも、そんなヒオリを呆然と見ていたカレンも、ガシャンという大きな音に無理矢理意識を持っていかれる。剣と刀を見つめる二人に、ベルドは容赦なく言葉を飛ばした。

「そいつを持ってみろ」

言われるままに、二人は刀剣を手に取った。が、すぐにそれを取り落としてしまう。はっとした目で見つめ返す二人に、ベルドは苦笑して首を振った。

「分かるだろ? そいつが剣の重さだ。お前ら魔術師医術師が危険な目に遭ったことがねえとは言わねえ。だけどな、前線に出て行く奴ってのは、その剣一本だけを頼りに、自分の道を切り開いていくんだ。その剣に、生き様を秘める奴もいる。誇りを秘める奴もいる。でもな。それよりも、そして何よりも、その剣には命が賭かっているんだ。それを賭けることが出来ない奴に、戦場へ出る資格はねえよ」

それだけ言うと、ベルドはヒオリの手から剣を取り、自分の腰に戻して挿した。続いてカレンの手からも刀を取り上げ、ゲリュオに礼を言って渡す。


もう、言葉は必要なかった。物理的な重さもさることながら、“剣”にかかる重さは彼女たちの想像を超えている。ゲリュオがベルドに刀を貸したのも、かなりの信頼があったからだろうという所まで、カレンには分かってしまった。

悔しいが、彼らの言葉を認めざるを得ない。侍の横顔や少年の苦笑には、いくつもの修羅場をくぐった者に特有の、そんな貫禄が漂っていた。彼らの前に、もう言葉は通用しないのだろう。

「…………」
「……待って」

だが、言葉も発せなくなり、折れかけたカレンの前で。そんな小さな声が、静かに部屋に響き渡った。

声を上げたのは――ヒオリだ。四対の目線が集まる前で、ヒオリは再び彼らに願う。

「……連れて行って」
「…………」

ゲリュオが、これ見よがしにため息をついた。だが、ヒオリはそれにも怯まずに、ベルドのほうに手を差し出す。

「……ベルド」
「なんだ?」
「もう一回、剣を貸して」
「……はあ?」

何をしたいんだ? 首をかしげるベルドだったが、ヒオリの瞳は真剣だ。まさか、冗談で言っているわけでもないのだろう。そう結論付け、ベルドはヒオリに剣を渡す。ヒオリはそれを両手で掴むと、真剣な声音でこう言った。

「……重いね」
「そうだな」
「……うん、重いよ。だけど……」

ヒオリの瞳が、ベルドを捉える。ヒオリは右手で柄を持ち、左手で鞘から引き抜いた。抜き身となった剣を片手で振り上げ、ヒオリは大きく首を振る。

そして――ヒオリは、反動で動いた髪を無造作に鷲掴みにすると、剣を真上から振り下ろした。

「なっ……!!」

その動作に、ベルドとカレンの動きが止まる。ツァーリも若干、目を見開いたようだ。ゲリュオは特に変化はないが、彼の場合は単に意味が分かっていないだけだろう。

「……ベルド」
「…………」

止まったベルドに、ヒオリは願う。

「……連れて、行って」

開かれた手の平から、髪の毛が落ちた。バッサリと切り裂かれ、それなりに長かった髪は不格好な短髪となってしまう。

しばしの間、沈黙が流れる。ベルドは、ゆっくりと顔を伏せ……

「……くっ……」
「…………?」
「くっ、くくっ……ははっ、あっははははははははは!!」

その肩が震えたかと思うと、豪快に爆発した。

「ははっ、そう来るか! 了解了解、そりゃ予想してなかったわ!」

相当面白かったらしく、ベルドはヒオリに笑みを向ける。何のことだと聞いてくるゲリュオに、ベルドは笑いながら声をかけた。

「あー、こりゃ負けだぜ、ゲリュオ。少なくともヒオリは、連れて行ってやろうぜ」
「……わけが分からないのだが、どういうことだ?」

やはり、ゲリュオはその辺は疎いらしい。ベルドは苦笑しながら、落ちた髪を指差した。

「顔と髪はな、女の命なんていわれてるんだよ。そりゃ上等だぜ、この場でヒオリは死んだんだよ。あんな風に髪をバッサリ切り落とすなんて余程のことがなきゃ無理だぜ?」
「……知ったことか。そんなもの後から生えてくるだろう」
「うーん、お前にゃ分からねえか。んじゃ、五日だ」
「五日?」

笑いながら言うベルドに、ゲリュオは再び眉を顰める。ベルドは頷いて、ヒオリのことを指差した。

「五日、猶予をくれ。その間に、俺が責任を持ってヒオリを戦えるレベルにまで引き上げる。あれだけの覚悟を見せられりゃ、さすがに文句も言えねえわ」

ゲリュオが露骨な舌打ちをした。一年だろうが五日だろうが、足止めを食らうのは我慢できないのかもしれない。と、ここで黙って成り行きを見守っていたツァーリが、ゲリュオにこう発言した。

「……止めとけ、キュラージ卿。これはお前さんの負けやぞ」
「…………」

自分以外の四人のうち、三人にまでこう言われてしまっては、さすがにゲリュオもこれ以上否とはいえなくなる。ゲリュオはもう一度舌打ちをすると、ベルドに向かって手を出した。

「三日だ。三日でこいつを満足いくレベルにまで鍛え上げろ」
「了解」

不敵な笑みを浮かべながら、ベルドは剣を取って立ち上がった。

 

 

「よう、ゲリュオ!」
「なんだ?」

次の日、瞑想していたゲリュオは、ベルドの嬉しそうな声で我に返った。ベルドの後ろには疲れを顔に出しながらもどこか穏やかな笑みを浮かべるヒオリがおり、何かあったのかとゲリュオはベルドに聞き返す。

「おう、ちょっと嬉しい誤算だぜ! 三日と経たず、一日で目標まで行ったんだからな!」
「はあ?」

彼の言う『目標』がなんなのか、分からないほど馬鹿ではない。だが、ベルドの言葉を額面通りに受け止めるなら、ヒオリはたった一日で魔物と戦える胆力を身につけたことになってしまう。そんな馬鹿な。

「冗談は休み休み言え。あれほど無様な戦いをした女が、一日で成長しきるはずがないだろう」
「いやそれがさ、本当に実戦経験がなかっただけらしいんだ。もともとの胆力は大したものだぜ、この建物の三階から隣の建物の三階にロープ渡して綱渡りさせてみたら、両手両足を使いはしたものの躊躇うことなく渡りきったからな」
「お前、なんつう無茶な修行を……それに、それと実戦では話が全く違うだろう」
「ああ、何度か実戦もやったよ」
「なんだと? だが、二人で樹海へは行けなかったはずだから……ツァーリにでも頼んだのか?」
「いや、その辺で腐ってたムッさい冒険者の前でよ、ヒオリと二人で手を繋いで楽しそーに歩いてみたんだ。そしたら案の定僻みと妬みで喧嘩売ってきてさ、郊外まで連れ出して丁寧にブッ潰してやること数回」
「お前な……」
「念のため言うと、ヒオリも前線に出した。でっかい斧を振り上げて襲い掛かってきた奴に堂々と向かっていったのは大したものだったぜ」
「…………」

突っ込みどころが多すぎて頭を抱えるゲリュオだったが、とりあえず成長はしたらしい。喜ぶべきか嘆くべきかを少し悩むが、まずは翌日に樹海に連れて行ってからに決めた。

 

 

「炎よ、燃えろっ!」

前列の間をすり抜けて襲い掛かってきたモグラに、ヒオリがカウンターに近い要領で火の術式を叩き込んだ。耳障りな悲鳴を上げて崩れ落ちるモグラの前で、ヒオリはふうと一息入れる。

「……なるほど。大したものだ」

刀の血糊を軽く取りつつ、ゲリュオがそんな褒め言葉を入れる。ベルドはへっと笑みを漏らし、ヒオリにサムズアップをした。ヒオリも少しだけ笑いながらサムズアップを返し、それなりの余裕は見せてくれる。

「さてと、ヒオリの実力もお分かりいただけたところで、解体作業と行きますか」
「……解体を貴様に任せておいてなんだが、なぜお前はまだここにいる?」

へらへら笑って、モグラの傍に膝を突くベルドの前で、ゲリュオが別方向に目線を飛ばして半眼で唸る。その先にいた女性――カレンはうっと言葉に詰まると、逃げるように解体を始めた。

どさくさに紛れて一緒にいるカレンであるが、そういえば彼女はまだろくに戦えていない。一番最初よりはマシになっているが、それでも自分の身さえ守れていない、戦闘という面に関して言えばお荷物である。やれやれと首を振るベルドであったが、連れてきてしまったものはしょうがない。それに、その他の面ではそれなりに役に立つことが分かったので、少々手間はかかっても同行していく価値はあった。

例えば、今回の解体作業もそうだ。当たり前の話だが、敵を倒しても金銭なんぞは落とさない。敵の体の部位で使えそうなところを切り取り、持って帰って換金するのだ。換金場所は武具屋・シリカ商店。商店は買い取った素材を強力な武具に加工し販売する。その武具を買った冒険者はさらに良質の素材を求めて樹海へ潜る。まさにギブ&テイクの関係であった。

冒険者あってのシリカ商店だよ、というのは店を切り盛りする少女・シリカの弁である。

この解体作業で素晴らしい実力を発揮するのが、メスを持ったことがあり、生物の体の構造をよく理解しているカレンだった。とはいえさすがに一人では厳しいし結構硬い部位とかもあるので、手助けとして力の強い野郎二名(ベルド&ゲリュオ)が狩り出されたりもするのだが。

「つーかてめえも手伝え!」
「ネクロマンサーに力仕事は適しません」
「こいつ、いつか殺す……」

結論として、頑丈で小さな骨と伸縮性の高い皮を剥ぎ取り、ヒオリが小さく十字を切って、剥ぎ取り作業は終了した。

 

 

 

 

 

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