深き樹海に総ては沈んだ……。
 
罪なき者は、偽りの大地に残され
 
罪持つ者は、樹海の底に溺れ
 
罪深き者は、緑の闇に姿を消した。
 
人の子が失ったのは大いなる力
 
新世界が失ったのは母なる大地。
 
真実は失われた大地と共に
 
深淵の玉座でただ一人
 
呪われた王だけが知っている。
 

大陸の辺境に位置する
 
エトリアという名の小さな街で
 
大地の下に広がる樹海が見つかった。
 
エトリアの統治機関執政院は
 
大陸中に樹海探索の触れを出し
 
数多くの冒険者を集めることにした。
 
しかし、幾人の冒険者が集まろうと
 
樹海の奥深くに潜り、富と名誉を
 
手にする者は現れずにいた……
 
 
……誰にも踏破されない樹海は
 
いつしか世界樹の迷宮と呼ばれ
 
冒険者の畏敬の対象と化していった。
 
 
 
……そして。
 
 

第一幕

始点


「へえ、意外と綺麗なんだな」

エトリアの街にやってきた冒険者――ベルド・エルビウムは、いささか意外そうに第一声を発した。青緑色の髪と眼、腰に剣を吊り下げ、ツィードと呼ばれる家畜の羊毛を用いて編みこまれた衣服を身に纏っている。黙っていれば二枚目の端っこには引っかかる程度の容貌をしているものの、口元に浮かぶしまりのない笑みが評価を三割ほど引き下げていた。

「樹海に挑む者は血だらけになってくるのが日常茶飯事だからな。毎日のように掃除しておかなければすぐに腐臭等を発するのだろうよ」
「ああ、なるほどな」

答えを返したのは、ベルドと共にこの街にやってきた、眼光鋭い男であった。防具はベルドと同じツィードであるが、その得物を見れば彼が何者であるか、分かる者には分かるだろう。斬ることに重点を置いた曲刀を得物とする、異国の剣術を身につけた、ブシドーと呼ばれる侍だ。

彼らはこのエトリアより出された「世界樹の迷宮」捜索依頼に応じ、エトリアにやってきた冒険者である。彼らの前にも我こそは世界樹の迷宮を踏破せんと希望に満ちた冒険者達が幾多もやってきており、いまやエトリアは「冒険者の街」と言っても過言ではないくらいに発展していた。

 

が。

 

「腐ってやがるなー……」

路傍に座り込んで果物などをかじる、重鎧の戦士。楽器を捨てた踊り子。街を見ればそんな姿が次々と飛び込んでくる。ベルドの台詞はおおむね正しかった。あまりにも広大な樹海と、そこに生息する数多の魔物たち。迷宮は誰にも踏破されず、エトリアには現実を知って打ちひしがれた冒険者達がたむろする街となってしまった。もしかすると、もう樹海に挑む者もいなくなってしまったのではないだろうか、そんな錯覚すら覚えさせるほどの腐れぶりであった。

「樹海に挑むなら基本五人でって執政院から勧められてっからどっかのギルドにでも入れてもらおうかと思っていたが……」
「……これじゃ無理そうだな」
「さて、ゲリュオ。どうしますかね?」

苦笑を浮かべて問いかけるベルドに、侍――ゲリュオはしばらく悩んでから答える。

「そうだな、冒険者ギルドの結成所へ行ってみよう。まだ、俺たちのような存在もいるかもしれん」
「なるほどな」

至極全うなゲリュオの指摘に、ベルドも賛成の意を示した。


ところが。


「最近は新人を受け入れてくれるギルドも少なくなっちまった。どいつもこいつも、目の前の小銭ばかり拾ってるしみったればかりでな……」

ため息混じりに呟かれた言葉に、ゲリュオの目測は打ち砕かれる。聞くに、半年ほど前まではこの冒険者ギルドも夢溢れた冒険者達でにぎわっていたという。だが、ある者は倒れ、ある者は夢破れ、いつしかこの結成所も廃れていったという。新しい冒険者――つまり、ベルドとゲリュオのことだろう――がやってきたのも、実に一月ぶりのことらしい。

「じゃあ、俺たちでギルドを作るっていうのは?」

ゲリュオの言葉にも、ギルド長は首を振った。

「執政院は、樹海探索は五人でやることを推奨している。だからギルドも五人以上――とは言わないが、せめて三人はいないと結成を認められない」

悪く思わないでくれ、無駄に死者を出したくないんだ。その台詞を背に受けつつ、二人はギルドを後にした。

 

 

「樹海に挑む? 止めておけ、俺たちみたいになるのが関の山だ」
「いや、そんな諦めないで俺たちと一緒にもう一花咲かせましょうよ」
「無理だといっている! お前は俺たちを殺す気か!?」

次の日、ベルドは落ちぶれた冒険者から怒声を食らっていた。すでにこれを繰り返すこと十回以上。前日「長鳴鶏の宿」でのゲリュオとの会話で、樹海捜索そのものを諦めるか誰かをスカウトするしかないという結論に至ったベルドは、ゲリュオと手分けして冒険者のスカウトに当たっていた。

ところが、結果は等しく全敗。エトリアの広場はベルドの思った以上の落ちぶれようで、朝からスカウトを開始して、もう昼になるというのに手ごたえは全くのゼロである。

「……うぁー」

そしてあまりの手ごたえの無さに、さしものベルドも諦めようかと思ったとき。

「……あの」
「ん?」

声は、かけられた。

「アルケミストは、ご所望ですか?」

そこにいたのは、かなり小柄な眼帯をかけた少女だった。淡い紫のかかった銀髪に、燃えるような紅の瞳。磨けば可愛い容貌をしているのだろうが、全体的にどこか薄汚い。服装はまだいいとして、髪の毛も伸ばし放題といった表現が近く、しかもかなり痛んでいた。

まあ、それはともかくとして。

「……アルケミスト?」
「はい」

アルケミスト。万物を操る異端の学士で、腕にはめた篭手を媒体として炎や氷、雷鳴といった自然元素をことごとく操り、毒物の制御もお手の物である魔術士だ。そう見るとなるほど、確かにその少女の右手にはアルケミストの象徴、篭手がつけられている。

「ご所望ご所望。ってゆーかまず人数的に足りないから誰でも来いって感じ。そうでなくても俺たち物理タイプだからいてくれるとありがたい」

ひらひらと手を振りながら、ベルドは答えた。その姿を見て、少女は微笑む。

「じゃあ、決まりだね」

 

 

「おーい、スカウト成功したぞー……っと、おぉ?」

冒険者が寝泊りする宿屋の一つ「長鳴鶏の宿」204号室の扉を開けて、ベルドは先に帰って来ていたゲリュオに声をかけ……止まった。ゲリュオの隣に、白衣の女性が腰掛けていたからだ。その横に置いてある医療鞄とあわせて考えると、メディックという回復・支援系の職業に属する人間だろう。

ちなみに、これまた結構整った顔立ちをしている。

「えっと……」
「あー……」

そしてなまじ中途半端に美がつく彼らは、互いの顔に一瞬見とれたせいでタイミングを掴み損ね、数秒の間硬直することになるのであった。

 

 

「とりあえず、自己紹介と行こう」

ゲリュオが硬直していた面々に声をかけて解凍し、車座を作らせて口火を切った。

「俺はゲリュオ・キュラージ。職業は侍……ここではブシドーというのか? をやっている」
「ベルド・エルビウム。職業は剣士・ソードマンだ」

まずはベルドとゲリュオがそれぞれ自己紹介を済ませる。次にスカウトされてきた二人の自己紹介と相成った。

まず、ベルドが連れてきたアルケミストの少女はヒオリ。炎系の術式を少々たしなんでいるらしい。ゲリュオが連れてきた女性の名はカレンといい、ベルドの予想通りメディックであった。自己紹介を聞いたベルドはふむふむと頷き――

「では、いかがですかお嬢さん方。今晩一緒にお食事でも」
「いきなり仲間にコナをかけるな!!」

ゲリュオが思い切り突っ込んだ。ベルドはへいへいと笑って流すと、再びヒオリとカレンに聞く。しかし、そんなベルドのお誘いに対し、カレンの返事は辛辣だった。

「お断りします。貴方のような軽い男性と、共に歩む気はありません」
「あちゃー、振られちまったよ。オレ様ショーック」

へらへら笑って軽口を叩き、ベルドは今度は性懲りもなくヒオリに聞く。対してヒオリは免疫がないのか、わたわたと慌てた空気を出した。

「え? えっと、えっと……」
「……別にいいぞ、断っちまって。こいつの悪癖はいつものことだ」

そんなヒオリに、横からゲリュオがフォローを入れる。ヒオリはまだしばらく迷っていた風だったが……

「じゃ、じゃあ、今晩七時に。他の仲間とは、時間をずらして食べに行こう?」
「よっしゃー!」
「お前な……」

ナンパを成功させて喜ぶベルドに、ゲリュオが疲れたようにぼやきを発した。さらに食べに行く場所を幾つか提案するベルドだったが、横からカレンが口を挟んだ。

「その前にですね……」
「え?」
「『え?』じゃないですよ! なんですかその小汚い格好は! ちょっと来なさい、少し身だしなみというものを教えてあげます!!」
「は、はわっ!?」

ヒオリの後ろ襟を引っつかむようにして、カレンは立ち上がる。ぱっと見だけでこの女性陣にはいろいろと正反対な点があるのだ、無理もないといえば無理もない。そうでなくとも、男のベルドから見ても少々問題だなーなんて思うほどでは、同じ女性としては余計許しがたいのかもしれない。

例えて言えば、まずは服装。ヒオリの服装は恐らく大量に作られたであろう、普段着とも呼べる代物である。麻で作られただろう灰色の服とズボンは、どちらかといえば男物だ。対してカレンの服装は、丁寧に仕立てられたであろう上質のもの。冒険者というよりは、どこぞの貴族の令嬢が略式で着ているような、そんな綺麗な格好だ。

「ああもう、それに髪の毛もぼろぼろじゃないですか! 毛先もほつれているなんて……うわ、枝毛もある! あなたちゃんと手入れしてるんですか、ちょっと問題外ですよこれ!」
「はぅわああぁぁぁ」

奇声を上げるヒオリを引きずるようにして、カレンは部屋を出て行った。

 

 

「…………」
「…………」

しばらくして、上がってきたヒオリは見違えるように綺麗になっていた。髪の毛は丁寧に梳られ、軽く香でも振ったのかもしれない。だが、何故かカレンの陰に隠れておどおどしている姿を見ると、イロイロと悪戯したくなるのは何故だろうか。

「ほら、ヒオリさん。前に出て」
「ぁうぅ……」

うつむいているヒオリの姿は、どこか庇護欲をかきたてる。しかし、本人からしてみれば恥ずかしくて仕方がないのだろう。ベルドは苦笑して、ヒオリに言葉を飛ばしてやった。

「安心しろ。すっげえ可愛くなってるから」
「え……?」
「だから、堂々と出て来いって。ちょっくら俺に目の保養でも……なんだよ、ゲリュオ」

ヒオリを褒め称えて手招きしていたベルドだったが、ふとこめかみに指を当ててため息をついているゲリュオに言葉を投げる。対するゲリュオは再び大きなため息をつきつつ、呆れたような声を出した。

「世界樹の迷宮は、魔物もひしめく修羅場だろう。それなのに、ここまできらびやかにしてどうする。俺たちはピクニックに行くわけじゃないんだぞ」
「……まあ、そりゃあそうだろうが、別にそこまで華美なもんでもねえだろ。それに、今日はこの時間じゃ潜れねえし、あのくらいいいんじゃねえの?」
「……足引っ張ったら置いていくからな」
「なんでそういう言い方になるかな」

言っていることは間違っていないにせよ、もう少し言葉を考えたらどうだ。そう続けるベルドだったが、そういえばと思い立ったことを聞く。

「お前にしては珍しいよな。そもそも女の子連れてくるなんて」

ベルドとゲリュオは、それなりの付き合いがある。その中で、ベルドの知っているゲリュオという男は女性を避ける傾向があり、二人でいたときも女性との会話はもっぱらベルドの役割であったからだ。

「別におかしくはないと思うが?」
「おかしいっ!」

断言。

「……俺が女と会話するのがそんな変か?」
「変だ。つーかありえねぇ。フェルマーの定理はワイルズが証明出来たけれど、おまえが女子と話すことについては誰がどう頑張っても証明出来そうにない」
「殺されてぇか?」

数学的定理まで持ち出して罵倒するベルドに、ゲリュオはこのときかなり本気の殺意を抱いた。が、それを渾身の努力で押さえ込み、会話を続ける。

「偶然だ。もう一度冒険者ギルドを訪ねてやっぱり二人でギルドは組めないかと相談しに行ったら、昨日の俺たちと同じ会話をこの子がしてたから引き抜いてきたんだよ」
「一ヶ月も音沙汰なかったと思ったら二日連続で新米冒険者が来たりと大変だな、あそこも」
「だから俺とこの子とお前とでギルド登録してきたが、問題はなかったか?」
「ねえな。一応明日ヒオリの加入手続きをせにゃならんが」

まあともかく結果オーライだろう、そう言って肩の力を抜いたベルドに、ゲリュオは低い声で告げた。

「そうも行かんぞ、今日の昼から俺を追跡している影があるんだ、しかも宿まで追ってきてる」
「なにぃ?」

 

 

翌日、ベルド達は樹海へ向かった。

というのも、本来ならば冒険者ギルドへ向かいたいところであったが、ゲリュオが不審な視線を未だに感じるというので先に樹海のほうへ向かうことにしたのである。

「で、まだ変な影ってのは着いて来てんのか?」
「ああ」

前列にベルドとゲリュオ、後列にヒオリとカレンという陣形で、彼らは樹海の表層、翠緑ノ樹海の入り口付近をうろうろしていた。

と。

「――そこだっ!!」

視線の出場所を突き止めたゲリュオは、懐から調理用の小型ナイフを取り出して投擲する。ナイフは切っ先を向けて鋭く飛翔し――

「げはぁっ」

何かに突き刺さった。

 

 

「……で、なんでこそこそ追跡してたのか説明してもらおうか」

引きずり出された人間を前に、ゲリュオは低い声で唸るように言った。格好といい隠れるように追跡していたことといい、この人間を説明する言葉に「変質者」以外に適切な言葉は見当たらない。

その黒衣の人間は、特に後ろめたさを感じているわけでは無い様な口調で自己紹介を始めた。

「我が名はフリードリヒ・ヴァルハラ。おはようからおやすみまであなたの生活を見つめながらお守り――」
「しなくていい」

フリードリヒ・ヴァルハラなる人物の弁明を、ゲリュオはバッサリとぶった斬った。

「こそこそ隠れて追跡するとはいい度胸だ――斬る」
「ひぃ、暴力反対」

刀の柄に手を当てたゲリュオに、フリードリヒはからかうような顔で言ってのけた。このやりとりでとりあえず彼のキャラクターを掴んだベルドはゲリュオと会話役をバトンタッチする。

というか、しないと本当に斬りかねない。

「……それはともかく、なんでこいつに付きまとったんだ?」
「いえ、ですからおはようからおやすみまであなたの生活を――」
「いや、だからそうしようとした理由を説明して欲しいんだが。俺はずいぶんこいつと一緒にいたが、お前みたいなヤツに付きまとわれる理由なんぞさっぱり分からん」


その後のフリードリヒの話を統合すると以下のようになる。


エトリアの街にやってきたのはいいが、街の腐れぶりにフリードリヒは飽き飽きしていた。だが一人で樹海に行く気にもなれず、持っていた路銀で宿に泊まりつつ時間を潰していた。ところがここで気合の入った冒険者がやってきたため、その動向を観察し、影ながら見守ろうと思った――らしい。

「……ならば、折角だ」

その話を聞き終えて、ゲリュオは一つ提案する。

「どうせなら、もっと近くで見たらどうだ?」
「――は?」
「俺らは今人員不足でな。聞く限りお前も、それなりの戦闘能力ってものは、持っているんだろう?」
「……って、いいんですか!? こいつ、ストーカーした奴なんですよ!?」

だから、メンバーに入らないか。その誘いに対して、ストップをかけたのはカレンだった。だがゲリュオはいたって真面目な表情で、カレンの反対を受け流す。

「別に手口が変だっただけで、他は問題ないだろう。そもそも、こいつから敵意は感じられなかったしな。樹海に移動したのは念のためだ」
「……まあ、被害者本人がそういうなら、別に構いはしませんけど……」

樹海探索は、基本は五人。それなのに彼らは、まだ四人しかいなかった。得体の知れない人物ではあるが、危害はなさそうだということと、実利的な部分で評価する。首をかしげながらも溜飲を下げたカレンを見て、ベルドは今度はフリードリヒに提案する。

「――だ、そうだが、あんたは?」
「……ふむ」

悪くなさそうだ。老人の答えは、そんなものだった。ベルドは示談成立だなと笑い、仲間の紹介に入っていく。

「じゃあ、軽く自己紹介だ。俺はベルド・エルビウム。ベルドでいい。職業は冒険者、ここでの分類は剣士・ソードマンだ。趣味はあっちこっちを巡って旅をすることと、うまい話」
「ボクはヒオリ・ロードライト。アルケミストをやってるよ」
「カレン。メディックをしています」
「……ゲリュオ・キュラージ。侍・ブシドーをやっている。趣味といえるものはないが、しいて言うなら剣の鍛れ――」
「え、触手調教エロゲーじゃないの!?」
「なわけあるか!!」

 

 

 

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