第三十話
宴と暴走
「……の活躍により、魔王軍の侵行からわが国は守られました。皆様の苦労を労い、此度は席を用意いたしましたので、本日はごゆるりと、お楽しみください」
その女性が頭を下げると同時、歓声が沸く。ロマリア郊外の戦、その勝利を記念した祝宴が、今まさに始まろうとしていた。城のテラスから頭を下げるのは、美人姉妹との呼び声高い、ロマリア王国の皇女たち。男共が多かれ少なかれ心を寄せ、絶対にかなわぬ高嶺の花。二人の開会演説に、城下町そのものが揺らいだかと思うような歓声が沸いた。
「けっ。さっすが第二皇女、いい声してるぜ」
「おやおや、リューゼ君は妹様のほうがお好みかい?」
「馬鹿言え、あいつとは思いっきりやりあった仲だからな。こう、男同士の心地よい連帯感というか……」
「あいつ女だぞ」
「ナイス突っ込み、見りゃ分かるってな」
へらへら笑って、リューゼはクエルスの突っ込みに返した。見渡すと、人は思い思いに、食べ物や飲み物へと手を伸ばし、人々との会話を楽しんでいる。クエルスはよっしと腕を伸ばすと、走り出す直前のポーズをとり――
「今日の宴は盛り上がるぜ! 麗しき美女をぜひともナンパでひっかけてやる!!」
「女性の人権のためにやめときなさい、馬鹿男」
「ぁんだと!? おい、イルもなんか言ってやれ!!」
「……お兄さん」
「あ?」
「……見損なった」
「うおおおおっ!?」
――走り出す前に崩れていった。
場は、歓声に包まれていた。ロマリア郊外の戦、その勝利を記念した祝宴が、盛大に執り行われていた。それは平和ボケしたこの時代における、久方ぶりの激戦の勝利によっているようにも見えたし、魔王軍に対する「自分はこれほどまでに戦力は残っているんだぞ」というセレモニーのようにも見えた。
「……っぷは〜! この一杯のために生きている〜!」
「何ジジくさいこと言ってんのよ十四歳児。あんた羽目外しすぎないでよ?」
「そりゃてめえこそな。ったく、なんでこんな酒癖の悪い女が幼馴染なんだ」
「こっちの台詞よ、このドエロボーイ!」
酒の入ったグラスを片手にぎゃあぎゃあとやりあう二人の横では、イルがくすくすと楽しそうに笑っていた。そこへ、一人の来客がやってくる。
「やっ、お二人さん。楽しんでますか?」
「おう、フィオナ! ちょうどいいや、どなたかナンパで引っ掛けようかと思ってんだけどさ、ちょっといい娘いないか?」
「それはそれは。おにいちゃんもお年頃なんだね」
「まあな」
「それなら私が――」
「……いや、勘弁してくれ。いろんな奴から袋叩きにされそうで怖い」
笑顔で申し出てきたフィオナの言葉を、クエルスは丁重にお断りする。王国の首都に住む男の数はかなり多い。そしてフィオナとその姉である第一皇女は、美人姉妹との呼び声高い男共の憧れの的。姉と妹で半分ずつに分かれたとしても、それでもかなりの数を敵に回すことになる。だがフィオナはくすっと笑うと、いたずらっぽく続けてきた。
「大丈夫よ。多分荒くれ共は、別のところに行ってるから」
「へ?」
「うおおおおおおっ!」
「だっしゃあっ!」
荒くれの一人が、赤い髪をした少年に突進する。対する少年は右肩を入れるようにして回避すると、相手の顎をつかみあげる。そのまま器用に反転すると、半円を描くようにして地面に叩きつけて沈黙させた。酒をぐびっと飲み干すと、少年は次の荒くれ者に手招きをする。
「おら、次だ! 来い!」
「上等だああぁぁぁ!!」
「……隊長〜」
その後ろにいた緑髪の少女・セイナは、大きなため息を吐く。悪い酔っ払いの典型例が、目の前で羅刹のごとく暴れまわっていた。時に、この中に後ほんの一つの刺激でも与えてしまおうものなら、手に負えない事態になるのは明白だろう。このうちにも少年は三人の男共を叩きのめし、さらなる戦いを求めて手招きをする。彼らがやってきたのは、ちょうどそのときだった。
「あー、なるほどな」
大暴れする少年、リューゼのほうを見たクエルスは、苦笑してわしゃわしゃと髪をかき乱す。いっそ自分がヤマチュウに仕掛けてみようとも思ったが、やめた。隣にはシャルナとフィオナがいるし、イルも一緒だ。女性三人という両手にも持ちきれない花の状態に、手放す理由がない。
それに、もう一つの理由があった。武器はご法度のこの状態で、彼に対して「その感情」を持っている彼女が、どう行動するかも見物だったのだ。
そして寸分たがわず、彼女はその行動を選択する。
「次はお前かっ!」
突っ込んできた、彼女の――イルのかかとを、リューゼは交差させた腕で受け止めた。イルは地面に降り立つと、リューゼめがけて右のストレートを叩き込む。リューゼはそれを片手で受け止めると、素早くイルの足を払った。イルは軽く飛び上がって交わすと、リューゼの鳩尾に蹴りを入れる。
「ごはっ……」
少女のつま先が、露骨にリューゼにめり込んだ。だがリューゼは口から酒ともよだれともつかない微妙な液体を吐き出すと、イルの足を掴み取る。逆の足で蹴り払おうとするイルだったが、それではバランスが若干崩れる。リューゼはその隙を見事に突くと、体を半回転させてイルを容赦なく投げ飛ばした。少女の体は思い切りぶっ飛び、荒くれの集団めがけてすっ飛んでいく。
「って、おい!」
クエルスは思わず声を上げる。まともに突っ込んだら、たがの外れた男共がどうなるかは分からない。しかもこういうときに限って体勢を立て直すことができず、イルはまともに荒くれ共の中に突っ込んだ。
「あ、あー……」
フィオナが呆然とした声を上げ、キレた男がどやどやと戦いの中に割って入ってくる。拳と蹴りが飛び交い、一瞬でその場は乱闘となった。引き金を引いたのが自分の仲間だというのが恥ずかしくて、クエルスは軽く死にたくなる。
「あー、もう! 面白そうなことやってるじゃない!」
そして、シャルナがそれこそ面白そうな声を上げ――
「とりあえず、あたしも混ぜなさいっ!!」
乱闘の中に突っ込んでいった。
規模の拡大はとどまることを知らず、宴がめちゃくちゃになったのだけは追記しておく。
第三十一話・決意へ