序章


「さすがだな。我らが廉崎(れんざき)一族の、血を引くだけのことはある」
「はっ。身に余る光栄でございます」

 少年は、恭しく頭を垂れていた。上座に居る壮年の男性や、居並ぶ老人たちも明るい顔だ。それは少年の持っていた『力』が、文句をつけられないほどのものだったからだ。

 少年は、男の前で体術や魔術を披露したばかりだった。年に一度の、家の男たちが一堂に会する、能力を披露する伝統の行事。少年はその場において、トップクラスの戦闘能力を披露していた。

「謙遜する必要は無い。廉崎一族の血を引く中でも、これほどまでの実力者はそうはいないであろう」
「いえ。父上や母上には、遠く及ばぬ若輩の身。そのようなお褒めの言葉、到底受け取る権利はございません」
「なにを言う、それは我々と比べればどうしても実戦経験が少ないからだ。今後も多くの戦場に立ち、さらなる鍛錬をも積んでいけば、いつかは私など優に越えてしまうであろう」
「滅相もない。これからも廉崎の力となるべく、身を粉にして働く所存でございます」
「うむ」

 上座に座る男――父親なのだろう――の言葉に、少年は再び頭を垂れる。それに対して男は満足そうに微笑むと、少年に退室を促した。京も「失礼します」と言い残し、男の部屋を後にする。
 
 だが、部屋を出て行く少年の目は……満足げな表情の中にも一瞬浮かべた、何かに向けた侮蔑の意を、確かに感じ取っていた。
 
 
 
 
 
 
「…………」

 少年は、まっすぐに妹の部屋へと向かっていた。しかし、あれほどの高評価を受けておきながら、その顔には苦いものが混じっている。

 もちろん、自分の実力に不満を持っているわけではない。おごり高ぶるつもりはないが、最低限戦える力は身につけていると自負していた。しかし、向かう先にいる妹は、そういうわけにもいかなかったのだ。

 妹は、先天的に片足が不自由なまま生まれてきた。一族の宿命として『戦闘』を義務付けられている廉崎にとって、そのハンデはあまりにも大きかった。

 誓って言うが、妹は決して実力がないわけではない。体術はともかくとして、持っている魔術面においては、兄の自分をも上回るだろう。しかし、松葉杖か車椅子でもないと十分に歩けないその体では機敏に戦場に赴くことは出来ないし、後衛から魔術を飛ばすにせよ、敵との距離を保てないようでは、あっという間に距離を詰められて餌食となってしまうだろう。

 そんな、はっきり言ってお荷物になってしまう妹を、一族は忌避し続けた。学問にも優れ、その他の素養は決して悪くない妹を、たったそれだけの理由一つで。

 少年は決して、家のあり方に不満はない。しかし、だからといって実の妹を汚物のように扱うのには、大きな違和感を覚えていた。

 少年が妹を気にかけるようになったのは、おそらく自然の成り行きだっただろう。対する妹も兄の少年を純粋に慕い、二人はかなり仲睦まじい兄妹となっていた。今回の結果も、少年は妹に真っ先に報告してやるつもりだった。

「…………?」

 と。彼の嗅覚が、何か嫌な臭いを捕らえた。

 有機物が焼け焦げるような、独特の悪臭。嫌な予感を覚えた彼は、走るようにして妹の部屋へと駆けつけていく。ますます強くなる悪臭の中、少年は蹴り破るようにして妹の部屋へと飛び込んだ。

「なっ……!」

 そう。真っ先に、報告してやる……

 ……つもり、だった(・・・)

 黒焦げにされ、倒れ伏した――かつて「人」だった、大事だった、妹の姿。目の前に立っていたのは――彼らより先に武練を終え、帰ってきた分家の少年達の姿だった。

「……あ……」

 状況を理解できるほどには……少年は、賢かった。

 共に遊ぶ妹の体には、訓練のものではない傷や痣がよくあった。様子を聞く少年に、妹は笑いながら否定したのだ。なんでもない、と。

 そんなはずなど、なかったのに。

「……ああああああああっ!」

 少年は、絶叫を上げて走り去る。走って走って、何かから逃げるように走り続けて――周囲はやがて家ではなく、どこのものとも分からぬ暗闇に染まる。

 どこだ、ここ――ふっと我に返った少年は、きょろきょろと左右を見渡して……

 その肩に、ぽんと小さな手が置かれた。特に深くは考えず、少年は後ろを振り返る。

「ひっ……」

 少年の喉が、音を立てて引きつった。そこには片目が焼け爛れ、皮膚もほとんど燃えて化膿して、ぼたぼたと膿を垂らしながら手を突き出してくる妹がいて……

 ――どうして?

「う……」

 ――どうして、助けてくれなかったの?

「あ……」 
 
 

 

 

 

 

目次へ

一章へ

 

inserted by FC2 system